谷間の男たち
王都より半里のところにある渓谷で、三人の男が野ざらしのまま、おのおの背の高い木の柱へとくくりつけられていた。通りかかった人間は、頭上に縛られている男たちの姿を下から見上げるかたちになる。
左右の男たちは盗みの咎で捕らえられた。ひとりは四十七、八の中年で、年季の入った顎髭を有していた。もうひとりは二十四、五のたくましい体をした青年だったが、憂いをふくんだ目尻には歳不相応の皺が刻まれていた。(むろん、通行人からは彼らの髭や皺などの容姿の詳細はわからない。)
真ん中の男はすこし様子が違った。左右のふたりよりやや高い位置に固定されたその男は、襤褸をまとってはいるが端正な顔立ちを有していて、その眼や口元には誇りと彼の信念とが宿り、この男の高貴さが見てとれた。
南の空に日が昇り、顎髭の盗人が真ん中の男を見上げて声をかけた。「あんた、なにをやったんだい」
反対側の青年が、声をかけた盗人を睨んだ。(この男は、歳は離れているが彼の悪事の相棒なのだ。)
「怒るなよ」
顎髭がなだめるように言う。
真ん中の高貴な男は、ふたりの罪人を見おろして言った。「私のことを知らないのか」
「ああ、知らねえ。なあ相棒」
青年は訝しげに見上げつつ、「俺たちとは事情が違うようだが」
「ああ、そうだ。お前たちは強盗かなにかだろうが、私は貴族の身分なのだから」
「貴族の身分で悪事とは」
言われた男は声を高くして言った。「私は悪事などしていない!」
青年の盗人も、これには怯んだ。
「私は王様の忠臣だ。それはいまでも変わらない」
「ならなぜ、こうして罪人として捕らわれ、俺たちと一緒になっているのだ」
「相棒」と、このときは顎髭のほうが彼を止めようとしたが、青年は問いかけをやめようとしなかった。
高貴な男は訳を話した。
「私は幼い頃より王様のお側近くにお仕えしてきた。いまの私があるのは、すべて王様のご恩あってのことだ。その海より深い王様のご恩をお返しすべく、私は国のために働いた。王様への助言もした。私は王様のおんために尽くしてきたのだ、なんら恥じるところない」
遠くの空に、入道雲があった。貴人の話を聞きながら、青年はそのほうを見遣った。
顎髭が先をうながした。「なら、なんだってあんた、罪人として捕らわれ、俺たちと一緒になっているんだい」
すると男は、険しい顔つきになって言った。「私の忠節をこころよく思わぬ連中のためだ」
「讒言か」
「ああ、そうだ」男はつづけた。「王様は私をかばおうとなされた。そして、貴族にも私の味方をする者が現れた。いつしか王宮は、ふたつの勢力に分断されていた。私は王様に進言した。皆の前で私を裁き、家臣をひとつにまとめるべきだと」
「けど、それじゃあんた」
「わかっている。いずれは佞臣を除かねばならぬ。しかし、このままではあの者たちのために王国が滅ぶ。……時が来れば、正しい者を救い悪い者をくじく天の恵みが、この王国に幸福をもたらすであろう。いまは耐えるべき試練のときなのだ……」
青年の盗人はどこか遠くを見つめていた。目尻の皺がやわらかく動き、肌をなぜるように吹きすぎる風をただ感じているようでもあった。
高貴な男はふたりの盗人を見おろして言った。「お前たちは罪人であるが、見たところ、私の善に手向かえるほどの悪人ではなさそうだ」
それからしばらく、三人の男は沈黙した。顎髭の盗人はときおり青年のほうを見遣ったが、彼の相棒は遠くを眺めるのみだった。なにかを思案しているようすにも思えた。
日が西の空を赤くする頃、幾人かの通行人が彼らを指して言った。
「見ろ、罪人どもが縛られているぞ」
「やい悪人ども、この世に正義はあるのだ」
「野垂れ死ぬがいいさ」
高貴な男は目を閉じて言った。「私には悪心など微塵もない……」
「俺にはあるぜ」青年がことばを発した。「そこにいる、俺の相棒もだ」
青年は、通行人どもにも聞こえるように、ありったけの声を出して言った。
「おうおう、俺たちゃ悪人だ、地獄の底へ落っこちてやら。だがな、この真ん中のは一味も二味も違うぜ。両端はただの盗人、だがこの真ん中のやつは、世にも恐ろしい謀反人だ、国家に弓引く大悪人だ」
顎髭の男はなにも言わない。代わりに顔を上げ、目を閉じた貴人の顔をうかがった。彼の目には涙がにじんでいたが、口元はやさしく微笑んでいるようにも思えた。
「俺たちゃたしかに盗みはやったが、さすがに国にまでは逆らえねえ。そこまで落ちぶれちゃいねえってんだよ。俺たちにとっては死よりも屈辱的な刑罰だ、こいつの目の下にくくりつけられるとはな」
「どういうつもりだ」ついに、顎髭が口を開いた。
「花道だよ」
「花道……、この高貴なお方のか」
青年は笑って言った。「俺たちのさ」
日が沈み、湿った夜の空気が谷間をおおった。雨もすこし降った。
この翌日、太陽が南の空へ昇った頃には、三人の男はすでにこの世になかった。