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7. 放置プレイ

 一ヶ月目の朝、その日はよく晴れていた。

 

「本日までお世話になりました」

 

「ああ、いい仕事だったよ。セバス」

 

 慇懃に礼をすると、セバスは玄関から出て行く。

 突然の事態に対応することができず、リアとシアは閉じられた扉を呆然と見ていた。

 

「セバスさん、どうしたの?」

 

「おまえらには関係のないことだ。さて、あいつもいなくなったことだしやることをすませるか」


 状況が理解できないといった様子の姉妹に近づき、

最初に手を伸ばした先はリアだった。

 男がぐいと顔を近けると、リアはあちこちに視線をさまよわせる。


「な、なによ……」


「じっとしてろ、このじゃじゃ馬娘」


 肩に優しく手を置かれ耳元でささやかれると、リアの頬はバラ色に染まっていく。上気した頭をうつむかせた。


「……うん」


 小さくうなずき、男のなすがままにさせる。

 首筋に男の指先がふれると、リアはピクリと体を反応させてぎゅっと目をつぶる。

 しかし、男はそれ以上のことをしようとはせず、リアの心は期待と緊張でいっぱいいっぱいになっていく。


 まだなの? なにしてるのよ? というかあたしってば、もしかして期待しちゃってるの!? うそ、うそ、そんなわけないでしょ!!


 脳内のリアが恥ずかしさで床を転げまわっているが、待っていても男からは何の接触もなかった。

 それどころ、肩に置かれていた男の体温が消えていることに気づく。


 リアがそっと薄目を開けると、そこにはリアと同じようにシアに触れている男の姿が見えた。


「ちょっと! 人を期待させておいて、そのまま放置とかどういうことよ!!」


「何を言っているんだ、おまえは」


 呆れる男の手には銀色に光る首輪が2つ握られていた。

 リアはまさかと驚きながら、自らの首筋に触れるがそこにはなにもなかった。


 シアも同じように首輪をはずされ、二人は信じられないといった顔で首輪の跡をなぞった。

 二人の困惑をよそに、男は二人の前にひとつずつ銀貨の入った袋をおいていく。

 

「そいつは餞別だ。それだけあれば1週間はこまらないだろう。あとは自分達でなんとかできるはずだ」

 

「なんなのよ、わけがわらないわ! ちゃんと説明しなさいよ!」


 怒り出したリアに構わず、男は扉に向かっていく。

 

「この屋敷に住めるのは今日までだ。そのあとはおまえら二人で生きていけ」

 

 ゆっくりと閉じていく扉のすき間から、にらみつけるリアと、泣きそうな顔のシアの顔をのぞかせる。

 

「ばかーーーーっ!!!」

 

 元貴族の令嬢らしからぬ叫び声を扉越しに聞こえ、男は口元がゆるませる。それは姉妹の前で見せていた皮肉げなものとは違い楽しげなものであった。



 男が屋敷から出ると、そこにはさきほど出て行ったはずのセバスが待っていた。


「もうよろしいですかな?」


「ああ、問題ない」


 セバスの後を男がついていく。物陰からものものしい雰囲気をまとった黒服の男達が両脇を固める。


「旦那様には既に報告済みです。あなたが彼女たちを解放したことも」


「さすがだな、セバス。仕事が早い」


「旦那様は裏切ったあなたを決して許しはしないでしょう」


 男はセバスにこれといった感情を向けることもなく、ただ粛々と断頭台に向かう罪人のように前に進んでいく。


「それにしても、セバスよ。オレのやっていることをもっと前から報告することができたはずだが、どうして事ここに至るまで放置していたのだ?」


「この度の仕事を旦那様から受けた際に、できうる限りあなたの補助するようにと仰せつかっていました。契約期間が切れましたので、さきほどのことを旦那様に報告した次第です」


「くくくっ、ぬかしおる。そのわりにはリアの教師役をしているとき、楽しそうに見えたが?」


「お嬢様は、水を吸う綿のように知識を吸収していくのでつい興が乗ってしまいました」


 男が声を上げて笑いだすと、黒服たちが反応して警戒態勢をとる。しかし、男からの反応はなく、肩透かしをくらった黒服たちは多少の苛立ちを感じながらも見張り続ける。


「最後に、ひとつ質問をよろしいですかな?」


「なんだ? しばらく、人間とまともに会話することもできないだろうから、何でも答えてやろう」


「あなたはどうしてあの姉妹を助けようとしたのですか? 子爵への恨みは本物だと思っていたのですが、私の人を見る目も曇ってしまったのかもしれません」


「いいや、おまえの目は確かだ。子爵への恨みはいまも心にこびりついて、一生とれることはないだろう。だた、それとは別の話だ。それもとても単純なことだ」


 怪訝な目をむけてくるセバスに男は肩をすくめて、目じりにシワをつくり茶目っ気を含んだ笑みを向ける。


「とある人間の言葉を借りると『やりたいからやった』。ただ、それだけだ」


 セバスは男の答えに虚をつかれたように目を丸くした後、愉快そうに口の端を広げる。


「バカな人です。成功すれば、旦那様からあの屋敷を報酬として受け取れるはずだったというのに」


「ずいぶんな物言いだな。しかし、その言葉は否定できそうもない」


 男もまた満足気な笑みを浮かべて、空を見上げる。二度と見ることがないかもしれないと、しっかりと目に焼き付けておいた。

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