5. 男x男、女x女
ベッドにうつぶせになった姉のうえで、シアが馬乗りになっていた。
シアの手が姉の体の上ですべっていく。
上下を使い分け、緩急をつけて攻め方を変えていくと、リアはびくんと反応して吐息をもらした。
そんな姉にシアが耳元でささやく。
「おねえちゃん、どうですか?」
「うん……なんかだんだんよくなってきたかも。んっ……シア、うまいわね。そこ気持ちいい」
シアが体重をのせるたびにベッドがギシギシと軋み音を立て、リアの体がゆすられる―――筋肉痛で動けない姉をシアがマッサージしている最中であった。
「ところで、シア。あの男とは本当になにもなかったのよね?」
「うん? なんのことですか?」
「えっと、その……だから……いわゆる男女の深い関係みたいな」
姉の質問にシアは顔を赤らめる。同時に、姉に加える力が無意識に強くなった。
「なかったですよ。むしろ、まったく手を出そうとしてこないので、少し寂しいかも……なんて、わたしってば何言っているのでしょう!?」
「ちょっと! シア、痛い、力つよいってば!」
「あっ……、すいません、おねえちゃん」
痛みでうめきながら、シアが男の毒牙にかかっていないことに安心する。
一方で、リアの中に疑問が浮かんだ。
あの男がなんのために自分達を買い取ったのか。
「……まさか、鍛錬の相手がほしくて買った? でも、それならもっといい相手がいるはずだし……」
シアは独り言をつぶやく姉を不思議そうに見ていた。
そして、唐突に「わかった!」と大声をだしてリアはがばりと身を起こした。
リアの体から落ちたシアはベッドの上でごろんと転がる。リアは得意気な顔で小鼻をふくらませていた。
「わかったのよ、あの男の目的が!」
「はぁ、どうしたんですか、急に」
「まあ、いいから聞いて。いい、あの男がわたしたち姉妹にまったく手をだそうとせずに、シアには筋肉の鍛錬、あたしには勉強をさせている。その理由よ」
シアは小首をかしげながら姉の言葉を聞いていた。
「あたし見ちゃったのよ。セバスさんとあの男がときどき、こっそりと内緒話をしているのを。しかも、少し深刻そうな雰囲気をただよわせて、あれはただならないことね。シア、あの二人の関係もけっこう謎でしょう」
リアは知っている材料を並べていく。
この屋敷は男の所有物ではなく、借りているものである。
屋敷の使用人はセバスしかおらず、掃除なども必要最低限だけですませている。
「わかる、シア? つまり、二人は秘められた関係にあるってことなのよ!!」
「え?」
「前に屋敷のメイドから聞いたことがあるの。王都の方では男と男が恋人同士になることもあるって。わたしたちは、二人の関係をごまかすために用意されたのよ! ここは二人の愛の巣だったんだわ!!」
「えええええええええええ~~~~!?」
驚愕の声をあげながら固まるシア、それを見て満足気にうなずくリア。
シアは思い出す。こそこそと興奮した口調でメイドと話している姉の姿を見たときのことを。
仲間に混ぜてもらおうと話しかけたが、「シアにはまだ早いから」と追い返された。「双子なのに、おねえちゃんだけずるい」とむくれたシアを執事服を着た使用人のひとりが慰めてくれた。
そういえば、あのひと……。
屋敷にいたころの記憶にひたっているシアをよそにリアは部屋の出口に向かっていく。
「それじゃあ、いまから証拠をみつけにいくわ!」
「おねえちゃん!?」
勇んで部屋から飛び出していった姉をシアが慌てて追いかけていく。
ついた先は男の寝室であった。
リアがドアノブに手をかけるが、固い手ごたえが返ってくるのみであった。
「ちっ、鍵をかけてるか。仕方ない」
「おねえちゃん!?」
舌打ちをするとおもむろに懐から金属製のピンをとりだす。
「セバスさんから錠前開けを教えてもらったのよ。シア、あいつがこないか見張ってて」
「だめですよ、見つかったらおしおきされてしまいます」
今にも廊下の先からだれかが来るんじゃないかと不安そうにするシアの前で、「ほら、開いた」と言ってリアが部屋の中にためらいなく入っていく。
「おねえちゃん!?」
「何もないわね。前にきたときは夜だったからわからなかったけれど」
部屋の中を物色しだしたリアの背後で、シアは親の仇を見るように姉を見下ろしていた。
「……おねえちゃん」
「どうしたの、もしかしてもう帰ってきそう?」
「……夜にきたってどういうことです?」
何気なくつぶやいた言葉だったが、シアの表情を見てリアは慌てる。
「ち、ちがうわよ。いまのは、その……ただの勘違いよ」
「まさか……おねえちゃんはご主人様とそういう関係なのですか? 教えてください」
有無を言わせない様子でせまってくるシアの迫力にリアはたじろぐ。後ろに下がろうとしたところで、足元をひっかけて体勢を崩した。
倒れそうになる姉に、シアがあわてて手をのばす。
のばされた姉の手をつかみとるが勢いはころせず、お互いに胸の中に抱きとめて衝撃を和らげようとした。
倒れた二人はお互いを気遣い合い、リアもさきほどまでの興奮も冷めていた。
「そろそろ戻りましょう。あの男は変なヤツだけど、悪い人間ではないみたいだしね。ここの生活も悪くない気がしてきたわ」
「わたしもそう思います」
姉妹は抱き合った状態のまま、お互いの顔を息が触れ合うほどの距離で見つめあいながらにっこりと笑みを浮かべる。
そこに扉が開く音が聞こえて二人はびくりと体をすくませる。どこかに隠れようとするが、二人は折り重なって床に転がっているせいですぐに動くことはできなかった。
「……なにをやっているんだ」
「あは、はははっ、掃除でもしてあげようと思って。ベッドの下とかほこりがたまりやすいじゃない」
「二人しか残されていない姉妹で仲がいいのは結構だが……、わざわざ鍵をあけて他人の寝室で始めるというのはずいぶんと特殊な性癖だな」
立ち上がったリアは「ちがうわよ!」と顔を赤くしながら叫ぶ。一方で、シアはじっと男の顔を見ていた。
「あの、ご主人様とは以前に会ったことがありませんか?」
「……知らないな。もしかしたら道ですれちがったかもしれないが、オレの記憶にはない」
「じゃあ、話はおわったみたいだし、お邪魔しました~」
自分の勘違いだったかと落ち込むシアをつれて、リアは流れるように部屋を出て行こうとする。
「待て」
「……な、なによ」
リアが恐る恐る振り向くと、腕を組んで仁王立ちした男の視線に貫かれて顔をひきつらせる。
翌日、再び筋肉痛でうごけなくなったリアは、ベッドの上でうめくことになった。