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10. 一人遊び

 薄暗く湿った地下、澱んだ空気にすえたにおいが混じる空間に苦悶の声が響く。


「ぐっ……はぁ……」


 その声の主は頑丈な鉄格子と冷たい石で囲まれた牢の中にいる。

 顔を歪ませ口を真一文字に結びながら、流れでた汗は地面に水溜りをつくっていた。


「99……100!!」


 体を起こすと、男は爽やかな顔をしながら汗を腕でぬぐいとる。

 そこに盛大なため息が聞こえた。


「おっ、奴隷商の旦那じゃないですか。どうです、ご一緒しませんか」


「だれがやるか。おまえみたいな爽やかな顔をした奴隷なんて初めてだ。まったく、いい仕事見つけたからと言って1ヶ月ほど姿を見せなくなったと思ったら、自分が奴隷になって戻ってくるとはな」

 

 現在、男は奴隷商の元にいる。

 ただし、檻の内側の商品として。

 

 高利貸しは、勝手に姉妹を解放した男へと彼女たちの購入代金を請求した。当然、男はつっぱねようとするが、既に各所に手を回されていた。結果、男は返すこともできない額の借金を背負い、奴隷に身を落とすこととなった。

 

「旦那、オレの買い手ってまだつかねえんですかい?」

 

「安心しろ、あと1週間も残ってたら鉱山行きだ」

 

「お、いいね。オレの筋肉を活かせる場所ならどこでも歓迎ですよ」

 

 高利貸しによって、金貨200枚の値段をつけるという条件つきで、男は奴隷商へと二束三文で叩き売られた。

 ただの平凡な男性奴隷にそんな高値を払うものはあらわれず、男は売れ残り続けた。


「空元気もそこまでいけば立派なものだな。鉱山にいけば、3ヶ月と待たず事故で死ぬぞ」


 鉱山での採掘作業には崩落事故、有毒ガス中毒などさまざまな要因による事故死が多発していた。そのため、重犯罪者や買い手のつかない奴隷は鉱山で使い潰されていた。

 一日一日とせまってくる運命に恐れおののく男の様子を想像することで、高利貸しは男への腹いせにしようと企んでいた。


 しかし、その現実を理解していながらも男は悲観しうつむこうとしない。

 自暴自棄というわけでもなく、暇な時間にあかせて鍛錬を続ける男の姿は奴隷商の目には奇異に映った。


「きけばあの奴隷の姉妹を助けようとしたらしいじゃないか。さぞかしあの姉妹がよかったようだな。生娘という話だったが、女というのは怖いな。おまえのように、女で破滅するやつは何人も見てきたよ」


「ええ、すごくよかったですよ、あの二人は。妹のシアは大人しい顔をしていますが、実は中身はけっこう激しくてね」


「ほう、昼は聖女、夜は娼婦というタイプか。普段はお淑やかだが二人きりになるといい反応をしてくれる女がいてな、いい女だったよ」


 男に同情的な目をむけていた奴隷商だったが、男の話に身をのりだして興味を示す。


「姉のリアの方は、普段は強がってみせているけど押しに弱くて、すぐに腰砕けになっちまってかわいいもんですよ」


「なるほど、強気な女は男の征服欲をいい具合に満たしてくれるからな。そういう女は丁寧に男に尽くしてくれるのも、またいい」


 奴隷商は元貴族令嬢の姉妹をはべらしている男の姿を想像する。

 一方で、男はリアやシアと筋肉の鍛錬をしていたときのことを思い出していた。


「一緒に過ごすうちにほだされちまったってところか。まあ、それだけいい思いができたのだから、悔いもないだろう」


「いえ、まだ続けますよ。あの二人はいなくても、一人でやるつもりですよ。時間はいくらでもありますからね」


「一人でか……。まあ、うん……、なるべく隠れてやれよ。それとほどほどにな、やりすぎは体に悪い」


 複雑な表情をして去っていく奴隷商を見送ると、男はまた一人で鍛錬を始めた。



 変化のない薄暗い地下牢にいると、色々なことを考えてしまう。それは牢獄にいたときも同じだった。思い出をめくっていくと、最後のページに残るのは子爵の下で働いていた間のできごとであった。


 朝言ったことが昼には変わる子爵の気まぐれさに振り回されていた。口答えは許されず、そんな日々に男は心と体をすり減らし続けていた。


 それは、大量の荷物を抱えていたときのことだった。

 その頃はやせぎすだった男の細長い体が右に左にゆれる。

 

「そんなにもってて危なっかしいわね。まったく男のくせに全然力がないわね、あんたは」

 

 男が荷物を落とさないように視線をむけると、そこには双子の姉が生意気そうな顔を向けていた。男との身長差を縮めようと目一杯背伸びをして。

 大変なときに面倒な相手に絡まれたとどうあしらうかと男が考えていると、リアが荷物の一つに手をかけた。 


「ほら、なにぼさっとしてるのよ。さっさと運ぶんでしょ」


 そういって少女は荷物のひとつを持ち上げると、その意外な重さに体をふらつかせた。

 屋敷のお嬢様にそんなことをさせたら大目玉だと、男がとめようとする。

 しかし、少女は特に気取ったようすもなく言い放つ。

 

「あたしがしたいからしてるのよ。文句ある?」

 

 そういうと、少女はふうふうと息をつきながら最後までつきあった。

 それは、恵まれた環境に住むお嬢様が、気まぐれにかわいそうな使用人に施しを与えただけかもしれなかった。

 

 

 季節は変わり寒空の下、男は上着を羽織ることも許されず立たされていた。

 名目は警備のためということだったが、それは子爵に税金の過剰取立てについて言及したことへのはらいせであった。

 

 男が白い息を吐きながら歯をかちかちと鳴らしていると、蚊の泣くような細い声が聞こえた。


「あの……」


 振り向くと、そこには距離をとりながら上目遣いに見上げる双子の妹。人見知りでいつも姉の後に隠れているような子が、声をかけてきたことに男は驚いた。

 子爵の娘が、主人から罰をうけている最中の使用人に何の用だろうか。男は若干警戒気味に横目で少女を見ていると、湯気をたてるカップが差し出された。

 

 それはよく温められた蒸留酒であった。

 手に温もりを感じながら口にすると、寒さでこごえた体をカッと芯から温めてくれた。


「寒い日は、それがよく効くって聞いたので……。この前優しくしてもらった、お礼です」


 少女はつっかえながらも言い切ると恥ずかしげに視線をそらす。

 男は思い出す。むくれた表情をしながらもどこか寂しそうにしている少女を見かけて、思わず声をかけてしまったことを。

 そのときは少女に逃げられてしまい、余計なことをしたと思っていた。


 夜になってからも、少女は人目を避けて何度も男の様子を見に行った。少女がこっそりと持ち込んだ上掛けなどによって、男は寒さをしのぐことができた。

 

 それから、ほどなくして男は冤罪によって投獄される。



 宝石箱のふたをそっと開けるように、男は姉妹との思い出をのぞく。獄中で過ごす間も、姉妹のことを時折思い出していた。


 男が姉妹に向ける感情はなんなのか。

 恨みのある子爵の娘だというのに、何故、男が姉妹を助けたのか。

 それは男自身にもわかっていなかった。



 地下牢の中で、男が明日鉱山行きかと考えていたときだった。

 

「買い手がついたぞ、出ろ」

 

 奴隷商の言葉を聞いても、男はいまだに信じられないといった顔で薄暗い地下牢から地上へと続く階段を上っていく。


「金貨200枚も出そうなんて、おかしな客もいたもんですね」


「いや、銀貨5枚だよ。まあ、1週間の宿泊費といったところだな」


 奴隷商の含みのある言い方に質問を返そうとしたところで、地上に出た男はまぶしさに目を細める。


「まるで巣穴からでてきた熊のようね」


 男の耳に聞き覚えのある声がはいってくる。明るさに目がなれると、まず目に入ってきたのは金色であった。

 

 豊かな金色の髪をたらして、同じ顔をしている少女二人が男を出迎える。

 ひとりは怒ったような顔で男を見下ろし、もうひとりは寂しげな微笑みを浮かべていた。

 

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