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1. とりあえず脱げ

 広い屋敷のロビーで一人の男が二人の少女を出迎えていた。

 美しい少女たちだった。

 背中までたらした金色に輝く髪は日の光を受けて輝いていたが、その表情はくすんでいた。

 

「わたしたちをどうするつもり!」

 

 猫のような丸いひとみを精一杯つりあげて目の前の男を睨んでいるのが姉のリア、姉の陰にかくれるようにふるえているのがシア。


 服を着ていてもわかるほど内側から押し上げる鍛えられた男の体を前に、リアの声は震えていた。

 双子の姉妹で見た目はそっくりだったが、性格は真逆のようである。

 

「口の利き方がなっていないようだな。今のおまえらは奴隷で、そしてオレがその飼い主だ。ご主人様と呼べ」

 

 彼女達の首をしめつける首輪。奴隷の証であった。

 傲然といいはなつ男を前にリアは悔しげに唇をかみしめる。

 

「お貴族様だったお嬢様にはさぞかし屈辱的であろう。すこしずつ躾けてやるから覚悟しておけ」


 

 こいつらはオレのことなんて覚えていないようだった。以前のあの頃とは変わってしまったせいかもしれないが……。

 心中でつぶやきながら男は過去を思い出す。


 姉妹は子爵家の令嬢として生まれ、男は屋敷の使用人として働いていた。

 貴族にとって使用人は、人間などではなくただの道具としてしかみられていなかった。

 しかし、男が子爵の不正を偶然見つけてしまった。

 領主という立場を利用して余分に領民たちから税金を搾取していた。

 見て見ぬふりもできたが、いらぬ正義感のつけとして、あらぬ罪を着せられ投獄。

 冷たい石牢の中で男は恨みをとぎすませ、頭に思い浮かべるのは復讐の方法ばかり。

 

 しかし、その復讐劇の幕切れはあっけないものだった。

 自滅だった。子爵は手を広げていた新大陸への投資事業に失敗した。信頼して資金を預けていた男爵が、金をすべて持ち逃げして姿をくらませたのが落ち目の始まり。

 その資金には国におさめるべき税もふくまれており、借金を返しきれず全てを失った。


 外に出た男はためつづけた恨みの矛先を失ってしまった。


 しかし、残った莫大な借金を返すために、二人の娘も奴隷として売りにだされたのを聞き、男は手を回して姉妹を自由にできる立場を手にした。

 

「こい」

 

 男は二人をつれて屋敷の奥へと向かう。

 薄暗い廊下を進むにつれて、二人の顔に不安の色が濃くなっていく。


 ギイと軋んだ音をたてて扉がひらく。


 広い部屋のなかにおかれた器具が、それが何に使われるのか理解して、二人は顔を青ざめさせた。

 

「な、なによ、これは」

 

「いまからお前らの体にわからせてやるさ」

 

「シアにはひどいことしないで! この子は体が弱いのよ」


「なるほど、わかった」

 

 妹をかばうようにたちはだかるリアの体を押しのけて、男はシアの細い手首をつかんだ。

 やめてと叫びながら姉が男の腕にとりつくが、男の体は根をはった大樹のようにびくともしなかった。

 

「セバス! こいつをおもてなししてやれ」

 

 男の声が響くと、音もなく現れた執事がリアへと静かに近づく。

 白髪が混じり始めた初老の男であったがその物腰にスキはなく、抵抗するリアを連れ出していった。

 

 連れていかれた姉を心配していたシアだったが、男と二人きりになったことを自覚すると途端に不安で顔を曇らせる。

 

「脱げ」

 

 元貴族としての価値をつけるため姉妹はドレス姿のまま売られていた。それは、貴族としての体面を残す一枚でもあった。

 シアは戸惑ったように男の顔をチラリと見上げるが、そこに一切の情けがないことを知って絶望を浮かべる。

 

「姉のことが心配なんだろう。お前が逆らうほどあいつが酷い目に会う」

 

 ハッと理解したように目を見開き迷いながらも、服に手をかける。

 床の上に落ちたドレスが花のように広がった。

 

 

 少女の白い肢体が魚のように上下にはねている。

 白い肌は上気して薄桃色に染まっていた。

 

「おい、動きが遅くなっているぞ」

 

「……すいません、もう」

 

 酸素を求めて喘ぎながら、シアの口から切れ切れに弱音をもれる。

 

「抵抗してもいいが、それはお前ではなく姉のほうに返ってくるのを忘れるな」

 

「……おねえちゃん」

 

 シアが必死に歯を食いしばり、動きがまた元の調子を取り戻す。

 

 

 居間ではかぐわしいお茶のにおいがただよっていた。

 ソファーに座ったリアのカップが冷えると、セバスが整った動作で代わりのお茶を用意する。

 湯気をたてるカップを見ながらもリアは手をつけようとしない。

 自分だけがどうして接待されているのかわからず、少女の顔には困惑だけがあった。


「どうだ、セバスのおもてなしは?」


 そこに男の声が聞こえるとはじかれたように立ち上がった。

 

「シアは! シアはどうしたの!」

 

 リアが男につめよろうとしたとき、その視線が男の背後に向けられると表情が一変する。

 体をふらつかせながらようやく追いついてきたシアが、姉の姿を見てホッとした表情を浮かべた。


「おねえちゃん……、よかった」

 

「シア! あんた、妹に何をしたのよ!」

 

「ちょっとした運動だ。十数分やっただけでこれだ。まったく貴族の令嬢というのは鍛え方が足りないな」

 

 丈の短い簡素なワンピースを着させられ、乱れた髪が汗で額に張り付いていた。

 シアをかばいながら射殺すような瞳を向けるが、男は気にした様子もなくソファーに座りセバスからの給仕を受ける。

 

 気遣う姉に、シアは「大丈夫です」といって笑顔を見せた。

 

「大丈夫、シア? いたかったよね、酷いことをされたんだよね」

 

 こうなることがわかっていながら止められなかったことに、リアは責任を感じ奥歯を強く噛んだ。

 まだまだお互いを気遣いあう余裕あるようだと、男は口元に皮肉げな笑みをうかべた。

 


 夕食の席、男は姉妹と食卓を共にしていた。

 姉妹は貴族だけあってテーブルマナーは完璧であった。

 

「おい、シア、何を悠長にたべている。もっと、むさぼるようにして喰らいつけ。貴族だったときのことなど忘れてしまえ」

 

 姉のリアの前にはセバスが一皿一皿丁寧に作り上げた料理がおかれていた。

 しかし、シアの前には蒸し焼きにして余分な脂肪を落とした鳥肉が置かれている。

 

「こんなに食べられません……。それにお肉は苦手で……」

 

「食え、それが貴様の仕事だ。もしも残せば、わかっているな」

 

 男は同じものを食しながら、シアへともう一度命じる。シアは男の言葉を思い出し姉へと視線を向ける。そして、覚悟を決めた顔で持っていたナイフとフォークを置いて手づかみで食べ始めた。

 口の周りを肉汁でべたべたと汚しながら食べる、そんな貴族とは程遠い姿をする妹にリアは哀しそうな顔をしていた。

 

 

 姉妹は同じ部屋をあてがわれ、リアは妹を前に男への怒りを吐き出していた。

 

「なんなのよ、あいつ。シアばっかりをいたぶって。ねえ、ほんとうにだいじょうぶ、シア? 次こそは代わってもらうようにもっといってみるから」

 

「ううん、大丈夫ですよ」

 

「本当に大丈夫? あいつにどんなことされてるの? ……ごめん、いいたくないよね。わたしのほうはあの無愛想な執事に毎日勉強ばかりやらされて、本当に訳がわからないわ」

 

 ぶつぶつと文句をいいながらも、セバスが話す内容は知識だけではなく経験を交えた話であり、リアにとって充実した時間であった―――ときどき、自分が奴隷であるということを忘れるほどに。

 自分だけが楽しんでいるということに罪悪感がたまっていくのを、リアは感じていた。


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