6.つつがなく、それでも前に進めたわけで。
「……それ、俺も混ざっていい?」
「女子の鬼ごっこに男子が混ざる時点で、それは勝負とは言わないけど意味分かる?」
「手加減しなくても俺はそんなに足は速くないし……少なくとも、京野に勝てる気はしないから安心していい」
「よし、それじゃあ……香音を捕まえられたら、カッツにあげるよ」
「はっ!? クミは何を勝手なコト言うのかな? そういうこと言っても私にもカッツにも何も得は無いよ? それに私は景品じゃないし。まぁ、カッツに捕まるほど遅くは無い!」
「……そうでも言わないと、諦めが付かないって思っただけだしあんたは気にするでない」
「よ、よし、俺、頑張る。頑張って、京野をゲットする」
とまぁ、いつもの昼休みの後半余り。カロリー消費をするための鬼ごっこをやろうとしていた。それはいいけれど、何故かそこにカッツこと、つかさなる男子が混ざって来たわけで。どれだけ他の男子に友達がいないの?
しかし勝負の世界に容赦も遠慮もしないのが私のルール。たとえ、手加減をしてくれたとしても乱入の男子に捕まるほど、私の逃げ足の早さは揺るぎないものなのです。
クミが言うには、これに参加させとけば自動的に彼は敗北して、諦めも付く。などと、意味不明なことを言って来た。言ってる意味が分からないけれど、走ってはいけない廊下と階段を駆使して、鬼のカッツから逃げまくる私だった。
「く、くそ~~な、何でそんな早いんだよ。こ、これじゃあ……いつまでも捕まえられない。はぁ、はぁ……」
どうして追いかけながら涙目なのだろう。そんなに鬼ごっこが好きで、それも今まで見て来ただけだったから、参加出来たから嬉し泣きなのかな。カッツのそんな姿に思わず足を緩めていたら、さすがに追いつかれそうになったけれど、ギリギリの所で距離を保ちながらチラチラと後ろを振り向いていた。
「ちょっ、香音! 前、前を見なって!」
カッツの後ろに一応付いて来てたクミが、急に声を張り上げるものだから、何事かと前に向き直したら誰かが歩いて来てて、避けるように声を出すしかなかった。
「すみません! 止められないので、右に避けて下さい!」
「――っ!?」
相手に右に避けてもらう。ってことで、私からみて左に避ける。それだと間違いなくぶつかるから、私は右に避ける態勢を取りながら足を止めずに走り抜こうとした。
「ズドーーン……!!」
姿勢としては間違いなく体当たり。まるでアメフトみたいな態勢になっていたと思う。ただ避けるだけならそんな攻撃姿勢になるはずもないけれど、たぶんもう自分で分かってた。絶対誰かとぶつかってしまうだろうって。それは的中してて、目の前が一瞬暗くなっていた。
「はぁ~~何度目だよ……お前、どっちに避けた? 香音」
「その声は周先輩! え、えーと、確か右です」
「いーや、お前から見て左に来ただろ。俺はお前の言う通りに右に避けたぞ? 学習しろよマジで。それとも俺にぶつかるように出来てるのか? ったく、しょうがない後輩だな」
半ば押し倒しているようになってて、先輩の顔が私の真下にあった。目を合わせられないまま、何となくの言い訳。先輩とぶつかった衝撃音が廊下中に響き渡っていたのか、教室から何人かこっちを見てた。
そして、後ろからは呆れた声を出すクミと、深すぎるため息で静かにその場から去ろうとするカッツの姿が見えたような、そんな気がした。
「とりあえず、誤解させても仕方ないから起き上がるけど、いいよな?」
「ど、どうぞどうぞ! 私に構うことなく起き上がって下さい」
それだと私をその場に転げさせることになるからってのもあって、先輩は私の手を掴みながらその場で立ち上がった。
「ぶつかるのが趣味とか、それは危なすぎる。香音は危なすぎるな、本当に」
「いやぁ、まぁ……誰にでもってわけじゃないんですけど」
言い訳しつつも、何故かまだ手を離してもらえなくて、先輩の目を見たら何だか優しい目をしてた。
「なら、これからも俺に遠慮なくぶつかって来いよ。その代わり、俺以外の男に体当たりは禁止な」
「へ? それって告ってます?」
「違う。注意と警告な。どこをどう解釈すれば告白に聞こえるんだか……と、とにかく鬼ごっこも大概にな? ぶつかって、男に馬乗りってだけで勘違いさせてるんだからな? もちろん、俺じゃなくて他の連中にだけど」
なんだ、やっぱり大いなる勘違い。だけど、勘違いなのに先輩は私の手を離してくれなかった。まさかまた走り出すとでも思っているのだろうか。
「あの~手、手を……離して頂けると」
「あぁ、だな。でもあれだ……香音、お前危なすぎる。今度また走って来たら、お前の手を掴んで離さないから覚悟しとけよ?」
「どれだけ危険人物ですか、私」
「ってことだから、そろそろ戻る。後輩、またな! あんまぶつかるほど勢い付けて走るなよ? 危なっかしくて、放っておけないから」
「はぁ、どうもです。周先輩こそ、気を付けて。またです……」
「おう、またな」
しつけをされた感じだったけれど、彼の手は温かくてかける言葉も温かかった。あぁ、だからモテるんだろうなぁ……なんて思いながら、私も教室に戻った。
先輩の気持ちも私の気持ちもどっち側なのかなんて、分からないけれど、また会った時に聞けばいいよね。もちろん、体はぶつからずに気持ちだけをぶつけていければいいな。また先輩に会ったその時に。
お読みいただきありがとうございました。