2.少し、落ち着こうか
わたしはずっと親から言われていたことがあった。それは、慌てすぎというか落ち着きなさすぎな所というべきか。気付けばどこかに向かって走り出していたらしい。もちろん、そんなのは小さな頃の話。
「香音って、エネルギー余りまくりなんじゃないの? 陸上入ったら?」
「それは別問題」
「どっちにしても、高校に入ったら直しなさいよ? 慌てたっていいことなんてないんだしさ」
「んもう、分かってるってば! さすがにしないし。高校の……まぁ、小中も同じだったけど、廊下は狭いんだし走ったところで変わらないって知ってるから心配しなくていい」
母はずっと同じことを言い続けてた。さすがに高校は落ち着くでしょ。そう思ってた。そして入学式を終えて、静かに慎ましく廊下を歩いていたわたし。ええ、落ち着いていましたよ? その時までは。
中学からの馴染み友達でもある、今津クミと廊下を歩いていたら、窓からたまたま見えてしまった光景に興奮をしてしまったのです。
「クミ、あれって、何か分かる?」
「んあ? あーここだったんだ。や、モテまくりな先輩がいるって聞いてたけど、ウチの学校だったか」
学校の作り的に学年別で校舎が分かれているらしく、窓から向こう側の教室が見えるという何とも言えない構造になっている。そのおかげで、あちらの廊下からウワサの先輩がバッチリと見えてしまったわけである。学校の作りとしては学年がそもそも3年しかないのに、5階建てという不思議な作りだった。
「モテモテ? イケメンか~」
「それだけじゃなくて、成績も運動も何でも万能って聞いた。それ以外は興味無いから聞いてないけど。まぁでも、うちらには無関係でしょ」
「何で~~?」
「あっちの校舎に行けないし。先輩と後輩が出会うなんて、行事くらいじゃん? やめとけ」
「やー、職員室が中間にあるし、会わないこともなくない?」
「無理っしょ!」
そんな感じで無理やり話を終了されてしまったわけだけど。わたしの興奮は収まりがつかなくて、一瞬でもいいから近くで見てみたい! そんな興味が湧いてしまって、学年が違う校舎に向かって猛ダッシュをしてしまったのです。廊下は走るな! なんて言われるのは分かってるけれど、一瞬だからお願いします。
わたしたちの校舎は3階にあって、先輩が見えたのは2階だった。先輩なのに上から見られたなんて変な感じがしたけれど、そういう作りなのかそれともたまたまそこを歩いていたのか分からなかった。
それはともかく、よく分からないけど慌てて隣の校舎に向かって走り出してた。会えるわけもないし、話すことも出来ないのに。階段を急いで下りて、2階に下りてすぐに角を曲がった時だった。
「あっ!?」
「ってえ……」
「ご、ごめんなさいっ! 前を見てなくて」
「いや、いいけど気を付けてね。じゃあ、俺は行くから」
「は、はい。それじゃあ、わたしも……」
「いや、だから、俺はこっちに」
「あ、はい。じゃあ、わたしはそっちに」
「よし、少し落ち着こうか? キミ、何年?」
右に避けようとしたらこの人はわたしの進む所に行こうとするし、別の方に変えたらそこに来るし。落ち着かないのはそっちなんじゃ? なんて思ってよくよく見ると、多分さっき見た先輩っぽかった。
「あ、1年です」
「何で降りて来てるの? 1年は上階だよね?」
「えーと……見学です!」
「それって、ここに入る前に済ませてないの?」
「ふ、復習です」
「ま、いいけど。今度から気を付けてね? というか、学年別で違うんだしあんまり用の無い時は通らない方がいいと思うよ。じゃ、俺は行くから」
「は、はいっ。ごめんなさいでした」
アレが噂のモテモテ先輩だったんだ。見た感じは超絶イケメンでもないような気がしたけれど、優しかった。もっと話がしてみたかった気がしたけど、学年も違うしそうそうそんな機会も無いよね。