表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪気はない。広辞苑が厚かったのだ。

作者: 一日一説

 たまたま目についた広辞苑で頭をぶん殴った。重力相まって振り下ろされたそれは、泣かされた小学生がよく先生に訴える「叩く」なんてもんじゃなく、完全に「殴る」だった。

 広辞苑で殴られたそいつは蛙みたいに小さく鳴いて地べたへ倒れ込んだ。

 凶器の広辞苑を手にした当初は、叩かれた頭がズンと沈んで、かわりに「いってーよ。ばーか」なんて優しい抗議が返ってくるものとばかり思っていたから、その点は少々驚いた。実際は、殴られた勢いそのままに首が折れるようにひん曲がった。曲がったというか伸びきった。それが原因であいつはあっけなく死んでしまった。


 スポーツに勤しんだことのない中肉中背の同級生に冗談の末殺されたことと、広辞苑で頭をしばかれたためにあっさり亡くなったこと。この場合、はたしてどちらが悲しいのだろう。どっちに関して人々は哀れめばいいのだろう。まあ実際そんなことはどうでもいいか。気にするだけ時間の無駄だ。だって当の本人は死んでいるんだもの。

 そんなことより、なにか大切なことを見落としている気がする。そもそもスポットを当てるべきはそこではない。灯台下暗し。木を隠すなら森の中。恨みは三代先まで晴らせ。おっと。これは関係ない。

 そうだ。たかが本の一冊で叩いたごときで仮に死罪にされてしまっては、こちらとてたまったものではない。判決を下したそいつも求刑したあいつも広辞苑で叩く(心情的には本当は殴ってやりたいがそれでは死んでしまうことがわかったので)しかなくなる。こうなると、余罪が増える。なんと、ウロボロスではないか。この身はどう足掻いても犯罪者足り得てしまうのか。

 む。そろそろ公判の時間か。いっそギネスに載せる方向で話をまとめてみようか。大切な友を失ってみな悲しんでいるはずだ。明るい話題の一つもしてやらねば、死んでいったあいつもきっと浮かばれまい。


 ドアがノックされた。その音があいつの相槌みたいで背を押された気がした。うん、そうしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ