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彼女達の理由

「……それで、あいつらは何なの? 説明してくれるんだよね?」


 八つ当たりをするつもりはないが、怒りのあまり険を含んだ物言いになってしまう。

 もちろん納得いかない理由なら……僕は今からでも、あいつらを殴りに行くつもりだ。

 セラも元から隠しだてするつもりはないようで、目を伏せながらも、すんなりと事情を語る。


「……あいつは、ゴーラ。私はあいつから金を借りているの」


 金か……。

 シンプルではあるけど、とても難しい問題だな……。


「だからってあんなこと……」

「金を借りる時、約束したの……。利子を取らない代わりに、必ずここで毎日夕食を食べて注文が届くまでの間、体を触って良いって」

「そんな……」

「仕方ないのよ。条件に納得してお金を借りたんだし」


 そう言われれば、僕も納得するしかないけど……。


「そうだ……! 他の人からお金を借りて、借金返済したら良いんじゃないかな?」


 利子等で多少借金は膨らむが、背に腹は代えられない。


「それはできないの。契約書に『返済はクエストの報酬でのみ受け付ける』なんていうふざけた条件がつけられていたから。契約自体も冒険者同士ということもあって、わざわざ冒険者ギルドの立会人を介して署名入りで公式に認められたものだし。まあ、正直に言うと、私もお金を借りてから気付いたの……私は世間知らずだったのよ」

 

 過去を悔むようにセラは憎々しげな表情を浮かべる。

 確かに理由は納得できなくもない。


「……もし、期日までに返せなかったら?」

「…………」


 僕の言葉で黙りこんでしまったセラの代わりにカータが答える。


「……借金はなくなる……そして、セラはあいつの、奴隷になる……」


 自分を借金の担保にしたってことか……。

 あのゴリラ男の態度からして、セラがどのような目に遭うかは想像に難くない。


「大丈夫よ。そうならない為にあんたを仲間になってもらうんだし」


 セラが僕に向けたぎこちない笑顔は無理をしているようにしか見えない。

 だが、そこを指摘するようなことはしない。ここは彼女の虚勢に応えて、前向きな対応をするべきだろう。


「……そうだね。僕、頑張るよ、セラの為にもね」


 僕はセラが安心できるように、できうる限りの笑顔を彼女へと向ける。

 すると、セラは何故かそっぽを向いてしまった。

 

「さっき怒ってくれたのもそうだけど、ありがとね。す、少しだけ嬉しかったわ……!」


 どうやら照れているようで、セラの顔はまるで風呂上がりのときのように真っ赤になっている。

 素直になりきれないセラの反応が微笑ましい。


「何ニヤニヤしてるのよ……!」

「い、いや、別に何でもないよ」


 表情に出てしまっていたみたいだね……。

 気をつけないとまたセラの機嫌を損ねてしまう……とりあえず話を変えよう。


「そうだ……! ところで、借りた金ってどのくらいなの?」


 当然の疑問。

 目標を知らなければ、目指すことなどできないのだ。


「それは、その……」


 セラ、どうして目を反らすの?

 セラの行動を不審な目で見ている僕にカータが答えてくれる。


「……借りたのは銀貨5枚……」

「ぎ、銀貨5枚……?」


 えっと、銅貨100枚で銀貨1枚だから……


「……つまり、セラの価値は、定食五十人分……」

「それって……」


 相場なんて分かりはしないけど、僕の感覚で言うと、凄く安い……。

 僕は憐れみの目をセラへと向ける。

 すると、どうやらその目がいたく気に障ったようでセラは激昂した。


「し、仕方ないじゃない! その時は明日の食事にも困るぐらいだったんだからね!」

「だからって……」

「あのね……! 他人事のように言ってるけど、あんただって私達に拾われなきゃ、今日にでも体を売らなきゃならなかったのよ!」


 セラの言葉を受け、今の自分の状況を客観的に捉えてみる。


 今の僕は無一文。

 ご飯も、宿も、今日着る衣服ですら金がなければ用意できなかった。

 なんの担保もない女が金を稼ぐには――

 と、考えたところで思考を打ち切る。


 セラの言う通りだ。決して他人事じゃない!

 

「僕、頑張るよ! 自分の為にも!」

「ふふ、全く……分かれば良いのよ」


 僕の代わり身の速さがつぼを捉えたのか、呆れながらもセラは笑う。

 セラの笑顔に女神のような慈悲深い優しさを感じる。


 そうだ……間違いなく彼女は優しい。

 さっきだって自分が犠牲になって、カータや僕に害が及ばないようにしてくれていた。


 そんなセラの不器用な優しさを感じながらも、ふと生まれた疑問。


 なんで彼女達は冒険者なんてやってるんだろう?

 お金が欲しいからか?

……いや、違う。


 彼女達の話によると、借金はギルドに入った後にできたものだし、世間知らずだったってことは、借金もおそらく初めての経験だったはずだ。

 少なくともセラはお金に苦労したことはないのだと思う。

 それに金を稼ぐなら、冒険者はとてもではないが良い選択とは言えない。

 それが女性なら尚更だ。


 冒険者の稼ぎは基本的にクエストという依頼があってこそ成立するもので、言わば依頼主依存の側面がある。

 名のある冒険者でなければ、女というだけで侮られ、クエストを断られる場合もあるらしい。

 その上、お金を多く稼ごうとすれば危険は付きまとうし、まともに定職に就いた方が稼ぎも安定するだろう。


 それに冒険者間では性犯罪も少なからず存在する。

 検挙例は少ないが、実際は発覚していないだけで、被害者が泣き寝入りすることがほとんどであるというし、噂ではそういったことを目的にしている冒険者パーティもいるという話もある。

 彼女達はどちらも可愛いので、そういった標的にされてもおかしくないし、現にゴーラというクズに狙われている。


 二人の仲はあまり良いようには見えないけど、わざわざ互いを危ない目に遭わせてまで、金を求めることなどありえないと思う。彼女達は優し過ぎるのだ。

 それじゃあ名声の為?

 いや、それもお金と同じで、理由としては少し弱い。


 二人は何故そうまでして冒険者を……?


「ねえ――」

「お待ちどう」


 僕がしようとしていた問いかけは、料理を持ってきた店主の声にかき消された。


「さあ、話はやめて冷める前に食べるわよ」

「……いただきます……」


……また今度聞けば良いか。

 冷静に考えてみれば、まだプライベートなことを聞けるほどの仲でもないしね。


「いただきます」


 少量のパンとスープと鶏肉のソテー。正直これで銅貨十枚は高すぎる気がする。

 露店の出店でも銅貨五枚で同じ量は食べられる。

 もしかしたら、ここで食事を取らせる契約は、料金の割り増しを行い、借金返済を滞らせる為なのかも知れない。


 店主の顔を思い返すと、間違いない気がする。

 問題は味だが、一口食べると見た目以上に美味しく感じた。

 空腹は最高のスパイスってことかな。


 僕は疑問に蓋をして、今はただ食事を楽しむ事にした。


◆◇◆


「くあー! たまんねえなあ!」


 レナ達がいる食堂から少し離れた行きつけの酒場で、ゴーラとその仲間達はいつものように酒を飲んでいる。

 ゴーラは先程まで堪能していた感触を肴にし、いつになく上機嫌だ。

 そんな中、子分の一人がゴーラへと問いかける。


「ゴーラさん、良かったんですかい?」

「何がだ?」

「いや、あの新入りの女……実力は分かりやしませんが、これでセラ達は割の良いクエストを受けられるようになっちまいますよ?」


 彼らの目的はセラを奴隷に落とすことだ。

 つまりはクエストを達成し、借金を返済されたら困るのである。

 ゴーラが飽きたら、セラを使わせてくれると聞いていた彼にとっては特に重要な問題であった。


「くくく……心配すんじゃねえよ。ちゃんと作戦はある」

「作戦……ですか?」

「ああ、ある人物の協力を取り付けてある。これでほぼ間違いなくセラは落とせる。うまくやりゃあ、あの新入りも落とせるかもしれねえぞ?」

「マジですか!? ちと胸が物足りませんが間違いなく上玉。あいつは我々が好きにしても……?」

「……良いだろう」


 レナが聞いていたら暴れ出しそうな台詞も、この荒くれ者どもの間では許されてしまう。

 親分の気前の良い言葉に気分を良くした子分は、コップに入った酒を一気に飲み干した。


「ふう……それで、あのガキはどうするんです? あんな色気のない奴でも一応需要はありますぜ?」


 子分の頭に白いローブの青髪少女が思い浮かぶ。


「……あいつは、無理して落とすこともないこともねえよ」

「そうですかい? まあゴーラさんがそう言うなら文句はありませんがね」


 ゴーラの表情を訝しく思いながらも、子分の頭は既にピンク色に染まりきってしまっており、深く追求することはなかった。

読んで下さり、ありがとうございます。

よろしければ感想や評価などお願いします。


明日は3話投稿します。


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