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押さえきれない感情

 風呂の後、晩御飯を兼ねて今後のことを話し合う為に、僕達は三人で近くの食堂へやって来ていた。

 ここに来るまで僕には試練があった。


 その試練とはズボンのことだ。

 セラに借りたズボンは僕の経験の中で一度も穿いたことがないくらいに丈が短い。

 脚に風が当たり本当に隠れているのか不安を感じるほどだ。

 そんなことを気にしながら町中を歩いていると、誰もが自分を見ているような錯覚に陥ってしまう。


 女の人ってこんなの穿いていて恥ずかしくないのかな?

 とりあえず店の中に入れば視線も限定されるので、少しはマシになったけど、慣れるまでに時間がかかりそうだ。

 ちなみにスカートをはくという選択肢は最初からない。

 僕の男としての最後の一線である。


「セラよ、特別定食三人前」


 セラが店主と思しき人物に話しかける。


「三人前ぇ?」


 店主が振りかえり、僕に不躾な視線を送ってくる。


「へえ……仲間になってくれる人がいたとはねえ。合わせて銅貨30枚、前払いね」

「分かってるわよ!」


 セラはカウンターにコインを叩きつける。


「はい、いつもの奥の席ね。セラちゃん、食事はただでいいから、俺にも今度サービスしてくれない? 可愛いし新入りの君でも良いよ?」


 ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべながら舐め回すような目線を送ってくる。


 なんだ、こいつ? 妙に馴れ馴れしいな。


「ふざけないで……! 本当はこんな所で食事なんてしたくないんだから!」

 

 セラは店主を振り切るように店の中へと足を進める。

 その後に続いて、僕達は店の最奥の席へと座る。


 何故食事をしたくない場所にわざわざ足を運ぶんだろう?


 そんな僕の疑問を遮るように、セラから質問を受ける。


「あんたは黒髪だから、天職相が分かりづらいけど、剣以外に何か特技とかあるの?」


 黒髪は親からの遺伝で、この場合天職相が発現しにくい。

 多分僕に相は無いけどね。何事も凡庸だし。


「特にないね」

「それでも一人旅できてたんだから、それなりに強いんでしょ? 私だって少しくらいなら短剣で戦えるけど、あくまで護身用の域を出ないし。カータは武術に関しては本当に素人だから、攻撃の役には立たないし。魔法はどうしても発動に時間がかかるし。総合的に見て、やっぱりあんたの強さが最重要なのよ」

「まあ、ここら辺の魔物だったら一対一なら負けないよ」


 今は力を失ってしまったが、勇者になる事を定められてからは道場に通っていたのだ。多少の剣術の心得はある。


「ふーん、記憶もないのに戦えるの?」


 セラに睨まれ内心ドキリとする。


「……全部ない訳じゃないからね」


 僕の言葉を受け、セラは少し何事かを思案する。


「……ねえ、あんたって本当に名前思い出せないの? 隠しても良いことないわよ」


 セラの詰問に内心冷や汗をかく。

 もしかしたら、セラは記憶喪失を疑っているのかも知れないな。

 これからは仲間だというのに、嘘を吐いていることがバレれば信頼関係にヒビが入ってしまう。

 それだけは避けないと。

 こんなことなら適当な嘘なんてつかなければよかったな……。


「隠してないよ。そんなことする意味ないしね。何か心配事でもあるの?」


 白々しい台詞を吐き微笑んでみる。顔が引きつっていないだろうか。


「だって……このままじゃ冒険者証、一から作らなきゃならないわよ。お金無いのに……」


 いや、ただお金の心配をしているだけみたいだ。

 どうやら彼女達の生活はかなり切羽詰まったモノのようだ。

 世知辛い世の中である。


「うん、悪いけど、そうしてもらうしかないかな」


 どうせ僕の冒険者証なんて元々存在しないからね。


「しょうがないわね……。少し手数料がかかるけど、明日ギルドに行って冒険者登録をするわよ。剣もギルドでレンタルしてくれるわ」


 セラは溜め息を吐いて指折り数える。 おそらく金の勘定をしているのだろう。

 今の僕は無一文で文字通り裸一貫であり、衣食住は完全に彼女達に依存している。

 服はセラから借りている。

 食事はもちろんセラ持ち。

 宿は彼女達と一緒に泊めてもらえる事になった。


 これで男の姿だったら、完全にヒモだよね……。


 哀しい結論に至り、テンションの下がった僕の気持ちを知る由もなく、セラが話を変え会話を再開させる。


「それにしても、あんたを見つけたのが、同性のカータで良かったわね」

「……勿論感謝しているけど、なんでそう思うの? 男だって問題ないでしょ?」


 信じられないモノを見るような目で、セラは僕を見ている。


「あんた、裸で倒れていたんでしょ! 男に見つかっていたら、そのまま襲われてるわよ! 男は欲望を吐き出せればそれで良いんだからね!」


 店中に伝わる様な大声で怒鳴られる。


「ちょ、声抑えてよ!」


 カータや他の客もいるし、大声でそんなこと言わないでよ!

 カータの方に顔を向けると、彼女は全く気にしていないようで、足をぷらぷらさせながら厨房の方を見ていた。


 周りでは他の客が僕の方を見て何やらヒソヒソと話している。

きっとろくな話ではないだろう。


「あんた、自己評価が低いのは別に良いけど、結構凛々しくて可愛い顔してるんだから、危機感を持たないとすぐ男に手篭めにされるわよ……!」


 僕って可愛いんだ……風呂で鏡を見た時あんまり顔は変わってなかったんだけどな……。


 僕がへこんだのを気付かないまま、セラは続ける。


「大体どのくらいの間、倒れていたのかも分からない訳だし、もしかしたら、もう襲われてたとか?」


 セラは冗談のつもりで言ったのだろう。


「そ、そんな事は――」


 しかし、僕は完全に否定しきれず、言葉に詰まってしまった。

 確かに僕は気絶した後の記憶がない。


 元男としては御免こうむりたいけど、今の体は間違いなく女だし絶対ないとは言えないよね……。


 セラはそんな僕の態度を見て狼狽する。


「あんた、まさか本当に……!?」

「い、いや、そんな事は! ない、と……思う……」


 言葉は最後の方には弱弱しくなってしまった。

 大丈夫だとは思うが、確証はない。


「……不安なら、私の魔法で検査する……?」


 今まで黙っていたカータが提案する。

 確かに聖女系の魔術には純潔検査魔術なるモノもあった気がする。

 どんな方法で行うモノなのか、ちょっとだけ興味ある。


「えっと……」

「おーう! 楽しそうな話、してるじゃねえか!」


 どう返答しようか考えていた僕の思考を遮り、横合いからいきなりゴリラの様な男が、僕達に向かって不快な声をかけてくる。

 周りを見れば男が数人、僕達のテーブル周辺を囲んでいるようだ。


「そんな魔法使わなくても俺達がすぐに調べてやるぜ。最も……検査した瞬間に純潔は失っちまうがな!」


 下品な声を響かせ、男達が笑う。

 男達を不快に感じつつも、セラの耳元で尋ねてみる。


「あの……この人達、セラの知り合い?」

「あんた……! 私がこんな下品な奴らと知り合いだと思うの!?」


 セラはものすごい形相で、僕を睨みつけてくる。目つきの鋭いセラに睨まれると、無条件で謝ってしまいそうになる。


 そんなに怒らないでよ、僕は状況が知りたいだけなんだから……。


「傷付いちまうなあ、そんな風に言われるとよ……!」


 男はそう言って、馴れ馴れしくセラの肩を抱くように腕を伸ばす。セラは嫌な顔をしつつも振り解こうとはしない。


「本当のことでしょ」


 自分の体を触る手から目を反らすように、彼女はそっぽを向く。

 これが彼女にとって最大限の抵抗なのだろう。


「まあ良い、約束は憶えてるんだろうな?」

「……分かってるわよ。期日までには……今日を含めて、一週間で必ず返すわ」

「楽しみにしてるぜ……!」


 男の目線がいやらしく、セラの胸にまとわりつく。

 それだけかと思ったら、服の上からとはいえ、胸やお尻にまで手を這わせていた。


 僕はまだ付き合いが長いわけではないが、怒りっぽいセラの性格、男嫌いというセラの性質から鑑みれば、このゴリラモドキはセラに殴られてしかるべきである。

 だが、それをしないということはこの状況をセラは受け入れているということだ。


 僕の出る幕ではない――。

 だが、頭で理解していても、納得できるわけではない。

 心の奥底から突き動かされるような衝動と共に立ち上がった。

 

「おい!」


 明確な殺意と怒りを込めて男に凄むが、意に介さなかったようで、僕の体にいやらしい視線を送ってくる。


「じゃあ、おめえに変わりにやってもらうか?」


 そう言ってゴリラは僕に手を伸ばそうとする。


 こいつ……! 触った瞬間ぶん殴ってやる!


「やめなさい!」


 セラが怒鳴る。


「私の仲間には手を出さない約束よ……!」

「おう、そうだったなぁ……!」


 再びセラの体をまさぐる男。

 周りの男達もニヤニヤと下卑た視線で、その様子を見守っている。

 セラは嫌がり、涙ぐみながらも必死に耐えていた。


 セラ……ここまでされて、どうして黙っているんだよ……!


 どれくらいそうしていただろうか?

 悪夢のような時間にもやがて終わりがくる。


「まあ、お前達の友情に免じて、今日はこの辺にしとくか……。セラ、新入りに、きちんと俺達の関係を説明しておけよ? それじゃあまた明日な」


 男達がニヤニヤと笑いながら去る間、僕は怒りを抑える為にずっとふくらはぎに爪を立てていた。

 もし、そうしていなければ、感情の赴くままに、掴みかかって暴れ出してしまいそうだった。

読んで下さり、ありがとうございます。

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