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いつかやむ雨、やまない雨。

スライム討伐のおり、カータ達の危険を察知したレナは現場へと急ぐ。

「大丈夫ですか?」

「ええ……リリアンありがとう」

「……どうも……」

「皆、無事で良かったですわ……」


 セラとカータ、二人の声を聞き、リリアンはホッと一息つく。


「……スライムはたくさん倒し過ぎると、まれに液体に残されたわずかな核を元にして、核のない巨大スライムへと変化することがあります。ああなると、強力な火の魔法で焼き切るか、四属性魔法以外の魔法で倒すしかありませんわ。ここは森なので炎は使えませんから、ああなったら逃げるのも一つの手です。覚えておくとよろしいでしょう」


 優しく諭すようなリリアンのアドバイスを、セラ達は軽くうなずき受け入れる。


「「姉様、付与魔法ありがとうございました!」」


 スライムを始末し終えたホーリとヘーカが、リリアンへと駆け寄っていく。


「ええ、貴女方もよく二人を守ってくれました……私はとても誇らしいですわ」


 リリアンは二人の頭を撫で、優しい微笑みを向ける。


「私達もああいう関係になりたいわね」

「……羨ましい……」

「そう? なら、なれば良いんじゃないかな?」


 声に導かれるように二人の視線が集まり、彼女達の表情は僕が無事であると分かった瞬間に和らぎ、安堵へと変わる。

 僕はそんな二人に、能面な笑顔を差し向けた。


 僕はこれから、この微笑みの仮面を張りつけたまま、最低の人間を演じなければならない。

 だって僕がやろうとしていることは、二人の信頼を打ち砕く、とても独りよがりで残酷なモノなのだから。


「お姉様それは……」


 ごめんセラ……僕は君を――


「ああ、リリアンとよりを戻せばいいよ」

「え……?」


 最初何を言われたのか理解できなかったのだろう。セラはしばらく呆けた表情をしていた。

 そして、僕の言葉が浸透するにつれ、段々と絶望の色に染まっていく。

 そんな彼女を見ていられず、僕は視線をセラからカータへと移した。

 カータも僕のセラへの言葉に呆気に取られているようだった。


 そして、ごめんカータ……僕はまた君を――


「カータ、君もだよ」


 セラの顔を見つめていたカータの体が、怯えたようにビクリと跳ねる。


「ち、違うの! 勘違いなの! リリアンは、本当にただの上級生で……!」

「それはもうどうでもいいよ」


 自身でも驚くほど、冷たい刃のような言葉が口から飛び出た。

 セラはその刃を突き立てられ、言葉につまり、小刻みに震え出す。


「……おねえ、ちゃん……?」

「僕はもうお姉ちゃんじゃない」


 カータの姉になること……僕達三人の歪な関係の始まりは、多分そこからだったんだと思う。

 それを僕はたった今否定してしまった。

 それは三人で築いてきた『今までの関係の全て』を崩し去ることと、おそらく同義なのだと思う。


 そのとき見た二人の表情は、暗いだとか悲しいだとかそんな生半可な言葉では説明できないほどの、どす黒い闇をはらんでいた。


 歪んだ二人の顔を見ていられなくて、僕は下を向き、一度深呼吸をする。

 まだ足りない……彼女達に僕が必要ないと思ってもらうには……まだ足りないんだ……!


 震えそうになる声を必死に抑え込み、僕は声を振り絞る。


「僕は負けだよ、スライムは一匹も倒せなかったんだ。元々勝負のやる気はなかったし、潮時だったのかもね……僕は疲れてたんだ、君達の姉でいることに」

「……っ……!」

「お姉、様……冗談は、やめて……」


「冗談なんかじゃないよ。僕は君達とのパーティを解消する……後はリリアンと一緒に、どこへなりとも行っていいよ」

「嘘、よね……? お姉様ってば、そんなひどい嘘を――」


 張り紙を顔に無理矢理張り付けたような、セラの痛々しい笑顔に応え、僕も満面の笑みを張りつけ、セラへと告げる。


「嘘じゃないよ?」


 絶望の底に叩きつけられたセラの表情は、水に溶けた紙のように、剥がれてぐちゃぐちゃになった。


「そんな……そんなこと……」

「……うそ……うそ……!」


 下を向き、何事かを呟き続けるセラと、頭を抱え、耳をふさぎ、うずくまって真実から必死に目を逸らそうとするカータに、僕が用意した真実を突きつける為、大きな声を出そうと息を吸い込む。


「……ッ……!」


 しかし、空気が上手く吸い込めなくて、僕は中々声が出せない。

 口の中が乾き、喉がひりつき、今すぐにでも叫び出してしまいたい衝動に駆られる。

 これから僕がやろうとしていることは、二人を更にズタズタに傷つけることになるだろう。もう元の関係には戻れなくなるだろう。僕はきっと二人に嫌われてしまうだろう。


 それは、僕が今まで越えてこなかった一線だ。


 傷つけたくなかった。

 関係が変わるのが怖かった。

 嫌われたくなかった。


 だけど、僕は今それを踏み越えようとしている――徹底的な決別と共に。


 彼女達の肩を抱きしめてしまいたかった。

 嘘だよと言ってしまいたかった。

 ごめんと謝ってしまいたかった。


 でも……それはできない。

 今僕にできることは――例え自己満足で、彼女達に許してもらえないとしても――ただ心の中で謝り続けることだけだ。


「う、嘘じゃないって言ってるだろ! 僕は思い出したんだ、昔のことを! だから邪魔なんだ……僕が僕のいた場所に帰るには――君達が邪魔なんだよ……!」


 パシン!


 耳をつんざく音、ひりつく頬を撫でる。視線の先には僕を睨む鋭い瞳。

 白百合のように、清らかで気高い乙女、リリアン・ヴァイスがそこにいた。


「貴女、とことん見下げ果てた人ですのね……!」


 痛みにより、急激に頭が冷えていく……いいタイミングだった。

 あのまま言葉を発していたら、僕は泣き出していたかもしれない。

 それはまだ早い……それは全てが終わったそのときだ。


「痛いね」


 僕は微笑みを張りつけたまま、リリアンに応じる。


「貴方より彼女達の方が痛いに決まってますわ」

「……ッ」


 分かってる……僕自身が一番よく分かってる。

 こんな行動に意味などないことも、ただの独りよがりだということも、

 でも大きく広い川の流れを止める術がないように、僕はもう……このまま進むしかないんだ……!


 ポツリポツリと暗い空から、冷たい滴が落ち始める。


「良いじゃないですか、あなたの狙い通りになっただけですよ」

「私は……こんなことを望んではいませんわ……!」


 ギリッと音がしそうなほど、歯噛みして、更に僕を睨む。


「黒百合の君は、同じようなことをしても何故か好かれていましたが……貴女は無理ですわ、あれは創作、こちらは現実ですから」

「好かれようなんて思っていませんよ……」


 雨はポツリポツリとしたモノからザーザーと激しいモノへと変わっていく。

 僕の髪や頬を雨水が伝い、体を冷やしていく。


「……分かりました、もう何もいうことはありません……!」


 リリアンはまるで僕への興味は完全に失ったと言わんばかりに、素早く後ろを振り返り、僕を視界から外す。

 そして、リリアンは傷ついた少女達の元へと近付いていく。


「このままでは風邪をひきますわ……セラフィーネ、カータちゃん、行きましょう……?」


 しかし、セラ達はその場所から一歩も動かない。


「…………」


 しばらくその光景を見守っていたリリアンだったが、やがて、そんな二人を諭すように、優しく言葉を紡ぎ始めた。


「……セラフィーネ、もう理解なさいな……あの黒髪は貴女の思うような人ではなかった……それだけですわ。カータちゃんも立ちなさい……あの人の為に、もう貴女がこれ以上傷つく必要も、汚れる必要もありませんわ……」


 カータはリリアンに抱え上げられるようにして立ち上がり、セラは未だに顔をうつむけたまま、何かを呟いている。

 雨の音のせいで何を言っているかは分からない。


「うそつき……」


 だけど、ただ一言……ポツリとつぶやいたその言葉だけが、妙に耳に残った。

 その言葉は僕の耳から頭へ、頭から体の隅々へと行きわたっていく。


 昨日約束した言葉のことだろう。

 僕は姉であり続ける……例え二人が嫌がっても僕は姉であり続けたい。

 そう言ったのに……僕は確かにそう言ったのに……!


「さようなら……黒い髪の最低な人」


 リリアンが最後にそう告げ、彼女達は僕からゆっくりと離れていく。

 最初は渋っていたセラも、その場から動こうとしなかったカータも……リリアンと共に去ってしまう。

 彼女達を見送るのがつらくて、僕はすぐに後ろを向いた。


 立ちつくす、ただただ立ちつくす。


(これで良かった……これで良かったんだ……)


 自身に無理矢理そう言い聞かせながら。


……チャ……パチャ……バチャ、バチャ……!


 後ろから泥が跳ねる音が近づいてくる。


「……お姉、ちゃん……!」


 聞き慣れたカータの声……聞き間違えるはずもない。

 そんな彼女の呼びかけに、僕は何も答えられない。

 激しい雨が邪魔をして――言葉が出てこないのだ。


「……今なら、まだ、うそでいい……よ……?」

「…………ッ!」


 鈴が震えるような声で、僕の心を決壊させかねない、甘美な提案を告げる。


「……私、笑えるよ……? ……お姉ちゃんが、しろって言ったら、なんだって、するよ……? ……だから……だから、私の、お姉ちゃんで、いて……よ……」


 僕は何も答えない。答えられない。

 雨が……強すぎて……。


「……カータちゃん、行きましょう?」


 カータを誘うリリアンの声が僕の耳に届くが、カータは動かない。


「……また、私を、置いて、いくの……?」


“ザーーー”

「…………」


「……わたしの、お姉ちゃんに、なって、くれるって、いったのは、うそだったの……?」


“ザーーーーーーー”

「……………………」


「……どうして、なにも、こたえて、くれないの……?」


“ザーーーーーーーーーーー”

「………………………………」


 ただ雨だけがカータへ返事を重ね続けていく。


 しばらくして、カータは諦めたのだろうか、泥の跳ねる音が再び遠ざかっていく。

 振り返りたい衝動を抑え、僕は自身の胸を締め付けるその音が聞こえなくなるのを待つ。


「……そ……き……」


 それでもまだ、胸の締め付けは終わらない。終わるはずがない。

 こんな、無理矢理引きちぎられて、バラバラにされるような感覚が、なくなることなどあるはずがない。

 仮にもし、この痛みが消えるとするならば……それはきっと心が壊れたときだけだ。


「うそつき……うそつき、うそつき、うそつきぃ! ばか、ばかぁ! きらい、きらいぃ……だいっきらい……!」


 僕の心を抉るカータの心の悲鳴(ばとう)と、泣き声(さけび)……それでも僕は何も言えない。

 ただ……雨足だけが、強くなるばかりだ。


“ザーーーーーーーーーーーーーーー”

「…………………………………………」


 やがて、そんな罵倒すらも聞こえなくなった。

 だけど、まだしばらく、僕は雨から抜け出せそうもない。

 しかし、やがて雨は止む。どんなに降っていて欲しくても止んでしまう。



「……ごめん、ね……それでも、僕はっ……! 大好き、なんだよぉ……」



 いつまでも止まない雨が降る中、僕は天を仰ぎ、誰にも聞こえないように、誰に向けたわけでもなく……ただ一言、そう言った。

見ていただき、ありがとうございます!

お疲れさまでした!

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