初めての仲間
「言質取ったわよ!」
大きな音を立てて開いたドアの方に目を向けると、そこにはセラが佇んでいた。
「言質って……まあ良いけどね」
もう仲間になるって決めたんだ……必要ないと言われない限りはやるつもりだよ。
「それにしても……カータ……レナって名前は――」
僕の名前がどうかしたのだろうか?
「……違う、雰囲気は似てるけど、違う……だから、レナ……」
「そう……あんたがそう言うなら、別に構わないわ」
どういうこと……?
僕には意味が分からなかったが、セラにとっては納得できる答えであるようだ。
その言葉の意味が気になるが、聞き出せるような雰囲気ではない。
「それにしても、あんた達……」
セラは思い出したように手で鼻を覆い、二人の発言の意味を考えていた僕に告げる。
「夕食まで時間があるから、今から風呂に入りなさい。酷い臭いよ、この部屋……」
「におい? 別に何もにおわないけど?」
「それはあんたが全身を黒百合で覆われてたから、鼻がマヒしてるだけよ!」
黒百合?
確か人が好まない臭いを発する花で、呪術に使用されることもある花だったかな……ソレに覆われていたってことは……僕が女の体になったのは、もしかして呪いなのかな?
「えっと……僕ってどういう状態で見つかったの?」
色々あって失念していたけど、気絶している間のことを少しでも知っておいた方が良いよね。
そういえば、荷物や武器等、色々と持っていたはずなのに、この部屋のどこにもそれが見当たらないな……もしかして全部奪われた……?
「カータが街の近くであんたを見つけてきたのよ」
「街の近く? コルウェイの森じゃなくて?」
「いくらカータのローブに魔物避けの術式が埋め込まれてるからって、用もなく一人で森の中に行くはずないでしょ?」
目を向けるとカータはこくりと頷いた。
どういうことだ? 僕は森の奥で倒されたはずだ。
あいつがわざわざ運んだってこと?
「それにあんた全裸で気を失ってたのよ? 周りに荷物も落ちてないし、追い剥ぎにでも遭ったの?」
ぜ、全裸!? 荷物もやっぱり……。
僕を心配するようにセラは言ったが、続く彼女の発言は大変失礼なモノだった。
「まあ、あんたがそういう趣味じゃなければだけど……」
「そんなわけないでしょ!」
僕が露出狂の変態とでも言いたいの!? 激しく遺憾だよ!
「そう? なら良かったわ」
彼女も本気ではなかったようで、あっさりと引き下がった。
「そんなことより、今あんたがすべきことはお風呂に入って臭いを落とすことよ」
セラは僕からカータへと視線を移す。
「カータ、お風呂の場所を教えてあげなさい」
「……命令しないで……。……セラに、言われなくても、そうするつもり……」
カータは不機嫌そうにセラに返答する。
「それなら早くしなさいよ! この部屋に臭いがこもって入れないんだから!」
ああ、そういえばさっきから変だと思ったら、部屋に入って来ないのはそれが理由か。
初見ではセラのことを女神みたいだって思ったけど、こうしていると怒りっぽいというか、少し大人気ない気がする。
幼馴染だってカータは言っていたけど、あまり仲良くないのかな?
このままだと二人が喧嘩しそうな雰囲気なので、大人しくセラの言う通りにすることにした。
「分かったよ。それじゃあカータ、場所を教えてくれるかな?」
「……うん、レナの為なら、いくらでも、教える……」
「何で、レナには素直なのよ!」
「……セラ、静かにして、部屋の外で、喚いてると、近所迷惑……」
カータはそう告げ荷物を漁り始めた。
おそらくタオルなどを探しているのだろう。
「くっ……! 本当に可愛くないんだから……!」
うう……カータ、あんまりセラを怒らせないでよ。経験上こういうときは周りの人間に被害が及ぶものなんだよね。
案の定、怒りの矛先は僕の方へ向く。
「レナ、窓ぐらい開けなさいよ! 気が利かないわね!」
「う、うん!」
僕はびくびくしながら、ベッドから立ち上がる。
窓を開けると、外からさわやかな風が吹き込んできた。
風が心地いいな……。
僕は深呼吸をして思い切り伸びをする。
ああ……生まれ変わったように清々しい気分だね。
上機嫌のまま振り向くと、すぐ後ろにセラが立っていた。
何で下を向いてプルプル震えているのかな?
「あれ? 部屋に入りたくないんじゃなかったの?」
「……ええ、さっきまではそうだったわ。でも、部屋の外にいたらいきなり風が私を襲ってきたのよ……!」
彼女の言葉と態度で僕は全てを悟る。
そう、僕が窓を開けたせいで臭いは全てセラの元へ向かったのだ。
「まあ、窓を開けろと言ったのは私だし、あんたに悪気があったわけではないのよね。それは分かってるんだけど、それで私の気が済むかは別問題なわけなのよ、分かるかしら?」
「はい、それは重々承知しております……」
あーあ……こりゃ終わったね。
僕は心の中で、白旗を振りながら両手を挙げた。
「……それじゃあ、右手を出しなさい」
彼女の真意は分からなかったが、戸惑いながらも右手を差し出す。
右の頬を叩かれたら、左の頬を差し出せというわけではないが、波風を立てない為にも大人しく従う。
おそらく叩かれるのだろう。
僕は目をつぶり痛みに備える。
パチッ! という乾いた音と共に痛みを感じる僕の右手。
恐る恐る目を開くと、僕の右手はセラの両手に包まれていた。
「……これくらいで許してあげるわ! これからは仲間だから特別にね!」
そういった後、かろうじて聞き取れるか細い声でセラは続ける。
「これからよろしく……」
そう言って、セラは僕の手をぎゅっと握った。
顔を紅潮させ俯くセラ。
「ふふ……こちらこそよろしくね」
僕も握手に応え白魚のような手を握り返す。
「何笑ってるのよ!」
「ふふ、何でだろうね?」
セラに微笑みかけると彼女は僕から顔を背けてしまう。
僕はセラという少女が少しだけ分かった気がした。
少し怒りっぽくて素直じゃなくて照れ屋で、そして、優しい少女なのだろうと……。
そう確信した僕にセラは言う。
「……やっぱりあんた少し臭うわね」
……やっぱり、優しくはないかも知れない。
異性に臭うと言われると、とてつもなく悲しい気分になるんだけど……。
ふ……今は同性か……。
「……レナ、私とも握手……」
悲しみと自嘲にのまれた僕に、小さな手が差し出される。
カータだ。
傷付いた僕の目に彼女は天使のように映った。
「うん、カータもよろしくね」
僕は悲しみを乗り越え、天使の手を握る。
「あ、そうだ。レナ、少し待ってなさい」
そう言ってセラは荷物の方に向かって歩いて行く。
大人しく待っていると、カータが僕の手を握ったままドアの方に引っ張る。
「……セラのことは、放っておいて、早く、お風呂に行こう……?」
「え? でも待ってないと……」
「……大丈夫、どうせ、大したことじゃない……」
「そう……かな?」
余りに強く引っ張られるので、僕は大人しくカータに従うことにした。
その後、部屋の方から怒鳴り声が聞こえてきたが、僕はその理由を考えないことにした。
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