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白百合の君(ホワイトリリー)

不安定な精神のセラに詰め寄られたり、ガイが勇者の関係者であることをセラに隠していたことを打ち明けたりしました。

「何か良いクエストがあるかな……?」

「これなんていいんじゃない、お姉様!」

「……セラ、それ遠すぎる……この街を拠点にするには、適してない……」


 宿で疲れを癒し、元気を取り戻した僕達は、朝からギルドに顔を出し、クエストが張り付けてある掲示板の前で、幾つかの依頼を精査していた。


「それじゃあ、これは?」

「……それは、割りがよくない……セラ、ちゃんと自分で読んで、考えて……!」


 セラが採集、カータが雑用、僕が討伐系のクエストを主に確認することになっているのだが、セラは依頼の良し悪しが分からないようで、いちいち確認しては、カータを怒らせているようだ。


 苦笑いしながらも、僕はその微笑ましい光景から目を離し、自身の目的を果たす為に、依頼書を漁る。


「ん? これは……ロビアン付近の森のスライムを三十体以上討伐すること……か、報酬は金貨三枚……。条件は破格だな……」


 スライムは弱いわけではないが、群れをつくるような習性はないし、倒し方さえ分かっていればそこまで苦戦するような魔物ではない。

 というか、割りが良過ぎるような気もするな。条件はパーティ二組で、としか書いてないし。


「あ、お姉様、それとっても良さそうね!」


 セラ……?! いつの間に、隣に……。

 驚きつつも、セラにこのクエストの怪しさを説明する。


「え、ああ、そうなんだけどね……割りが良過ぎたり、条件が曖昧だったりで、少し変な依頼かなって……」

「でも、良い依頼なのよね?」

「そうだけど、パーティリーダーとしては許可しがたいよ」


 そこまでお金に困っているというわけでもないし、わざわざ怪しい依頼を受けなくてもいい気がする。

 しかし、セラはそんな僕の懸念もお構いなしだ。


「分かったわ、それなら私がギルドの職員に聞いて来てあげるわ!」


 そう言って、セラは僕の手から依頼書を奪い取り、受付の方へ走っていってしまった。


「……セラ、まだ少し、様子がおかしい……?」

「どうだろうね……元気が良過ぎる気もするかな……」


 無理に元気を出しているのか、本当に元気になったのか、判別が付きづらい。


「ねえ、貴女……スライムの依頼を受けられるおつもりかしら?」


 セラの去った方を気にしていた僕は、突然後ろから誰かに声をかけられた。

 振り返ると、頭からつま先まで全身真っ白な装備で、髪が激しくロールした、美しくきれいな女性が、こちらを見て静かに微笑んでいた。


 その女性の後ろには、緑の髪を持つ可愛らしい女の子と、その女の子によく似た黄色い髪を持つ女の子が立っている。似通った容姿からして、彼女達はおそらく双子だろう。

 双子は一歩下がってすました顔で立っている……と思ったが、よく見ると僕とカータを睨んでいるような気がする。

 訝しく思いつつも、無視するわけにもいかず白い女性の問いに答える。


「えっと……いえ、まだクエストを受けるかは決めていません。一緒に組むパーティもいませんし……」

「そうなのですか? それではもし受けられるのでしたら、(わたくし)のパーティと一緒に行きませんこと? これでも私は上級冒険者資格を持っていますの」


 上級資格……確か、勇者の仲間にすら選ばれる可能性のある、冒険者の中でも選りすぐりのエリートしか得られない資格……だったかな。

 しかし、なんでそんな上級資格持ちが、僕達に声をかけてくるんだろう?


「僕達はまだ初級ですけど……」

「初級ですか……いえ、別に構わないのです。貴女方みたいな可愛らしい人達は、私が保護して差し上げなくてはならないのですから!」


 彼女は自身の言葉に酔ったように、芝居がかった口調で述べる。


「「流石です、姉様! 例え初級であろうとも差別しない、美しき心を持つ清らかなる存在です!」」


 後ろにいた二人もまた、芝居がかった動作と口調で、白い女性を称賛する。

 ちなみに双子は、動作も声も完全にシンクロしている。


 なんだろう……これ……。

 僕は茫然とその光景を眺めていた。

 カータは彼女達を警戒しているのか、僕の体に抱きつき離れようとしない。


「ほら、姉様が誘っているのですから、ここは涙を流して喜ぶべきところです!」

「そうです、そうです! このような栄誉は滅多にないのですからね!」


 黄色の子と、緑の子が高圧的な態度で僕に詰め寄ってくる。


「おやめなさい、ホーリ、ヘーカ……そのような言い方では、彼女も困ってしまうでしょう?」


 どこから取り出したのか、扇子で口元を隠しながら、白い女性は二人を諌める。


「「ですが……」」

「良いのです、私の愛は平等ですわ……もちろん貴女達二人にも……」

「「姉様……!」」


……正直関わりたくない。というか、僕の勘がこれ以上関わるなと言っている。

 カータも凄いモノを見たと言わんばかりに、口を大きく開けて、放心状態になっている。


「あ、あの、お忙しいようなので、僕達はこの辺りで……」


 立ち去ろうとした僕の行く手を遮るように、白い女性が回り込んでくる。


「そうですわね、まだ名前をお伺いしていませんでしたね。私の名は、リリアン……リリアン・ヴァイスですわ!」


 いや、僕の話を聞いてよ……!


「ですから、リリアンさん……でしたっけ? 僕達は忙しいのでこれで……」

「パーティ名『白百合の園(ホワイトリリーズ)』のリーダーを務めさせていただいております。それで、貴女の名前は? 黒い髪のお嬢さん?」 


 だから、僕の話を聞いてよッ!


「だから僕はあなた方とクエストを受ける気は……!」

「まあ、恥ずかしがり屋ですのね……。いいですわよ……そういう謙虚な方は嫌いじゃありませんの……!」


 聞けよぉぉぉ! 僕の話を聞いてくれよぉぉぉぉ!

 なんなのこの人は! 全然会話にならないんだけど!


「さあ、黒い髪のお嬢さん、遠慮なさらなくても良いんですのよ……!」


 どうすればいいんだよぉ……。


「お姉様ー!」


 僕の心が挫ける寸前、セラが僕達の元へと駆け寄ってくる。

 セラの声は僕を落ち着かせ、少しだけ余裕を取り戻すことができた。

 やばかった……あのままだとなし崩し的に一緒に行くことになるところだったよ……。


「特に問題はないって受付の人が――」

「あら、もう一人いらしたの――」


 ん……どうしたの……?

 何故かセラとリリアンさんが見つめ合い動かなくなる。


「あ、貴女……セラフィーネ……?」


 セラフィーネ? それって確か、セラの本名じゃ……?


「私の名前を知ってるってことは……あんたはやっぱり、パイぷぁぅぶ!」

「その名を呼んではいけませんわ!」


 セラが何か言いかけたが、リリアンさんはセラの口をとっさに押さえ、それを阻止する。

……もしかして、二人は知り合い、なの?


「あの……リリアンさん、うちのセラとはどういったご関係なんでしょうか……?」


 僕は暴れるセラを取り押さえているリリアンさんに、恐る恐る尋ねてみる。


「その……セラフィーネは、魔術学園での後輩ですのよ」

「もぐもがもご……!」


 なるほどね……道理で親しげなはずだ。

 でも、少し密着しすぎじゃないかな……? 僕としてはもう少し離れてもらいたいんだけど……!

 言葉では言い表し難い苛立ちが、僕を包み込もうとする。


 気のせいか、カータが僕の手を強く握った気がした。


「その……そろそろ離さないとセラが苦しそうなんですが……?」

「もぐもがごも……」

「へ……? あ、そ、そうですわね、セラフィーネ……私の名はリリアン・ヴァイス……くれぐれもさっきの名前は言わないで下さいましね」


 そう言い含めて、リリアンさんはセラを開放する。


「ぷはっ……! な、なんで、あんたがこんなところにいるのよ!」


 セラは自由を取り戻し、リリアンさんを指差して怒鳴りつけるが、リリアンさんは特に気にした様子もなく、先程僕に向けたのと同じようにセラへも微笑みかける。


「別によろしいんじゃないですか? 私は冒険者……どこにいようと誰にも文句は言わせませんわ」

「それはそうだけど……」


 セラがチラリと僕の方を見る。何か言いたいことがありそうな雰囲気だ。


「お姉様……ちょっと……」


 セラが近付き、耳元で僕にささやきかける。


「この人……白銀の勇者の妹よ……」

「……! 本当なの……?」

「……ええ、以前本人が言っていたから間違いないわ……」


 ということは、ガイさんがこのロビアンに来た理由は、リリアンさんと関係がある可能性もあるのか……。

 いやむしろ、こうなればリリアンさんも怪しい。


 偶然勇者の関係者と勇者の妹が同じ街にいるなんて、ありえないとは言えないが、あまりにもタイミングがよすぎる。


「少しよろしいかしら? セラフィーネ」


 僕達が話をしているところに、リリアンさんが近付いてくる。


「その黒髪のお嬢さんと随分仲がよろしいようね? 私昔を思い出して、妬けてしまいそうですわ」

「あ、あんたは何を言ってんのよ!」

「あんただなんて……昔のように姉様と呼んでくれてよろしいのよ?」


……ん? 姉様……?

 僕の耳がおかしくなったのかな?


「ねえ……さま……?」


 僕はセラの方をゆっくりと振り向くと、彼女は僕を見て、まるで嘘が見つかった子どものように体をビクリと震わせる。


「ねえ、セラ……姉様って……どういう意味かな?」


 僕はニコリといつもの笑顔をうかべる。

……僕はしっかりと笑えていたはずなんだ……。

 でもセラは、なぜか「ひっ……!」と短い悲鳴を上げた。

 なんで……どうして僕を怖がるのかな?

 抱きついていたカータがより強く僕の腕を抱く。


「ち、違うの……これは違うの……!」

「違うって……何が?」

「お姉様っ……! 落ち着いて話を聞いて……!」


 落ち着くだって? 僕の心は至って冷静だ。

 何故なら視界は明滅し、心の中は冷水をかけられたように冷たいモノが走っているし、心臓だって、とても激しく鼓動しているし、頭は回転が速すぎるのか妙に熱い。

 うん、間違いなく落ち着いている。


 僕以外に姉がいるとか、僕はそいつの代わりなのか? とか、先程の彼女達の距離感の意味とか……様々な思考が浮かんでは消え、頭の熱とは裏腹に、心はより冷たくなっていく。


「ねえ、セラ……そんなに震えてちゃ、分からないよ……?」


 僕はセラに近づき、頬を撫ぜる。

 触れた瞬間にピクリと反応するセラの可愛らしい反射行動に、僕はクスリと笑みを浮かべる。


「落ち着いて言ってごらん? 真実がなんであれ、僕の気持ちは昨日言ったはずだよ? ただセラは本当のことを言えばいいだけさ」

「あ……その……お姉様……あのね……?」


 セラがやっとのことで、僕の質問に対する答えを述べようとしたところだった。


「ねえ、貴女……少し乱暴ではなくて?」


 リリアンさんが、僕とセラの間に割って入るように、声をかけてくる。

 あなたに邪魔をされる筋合いはないよ……?


「なんですか? パーティ内の事情に首を突っ込まないで下さいよ」


 僕は名状しがたき感情をできる限り抑え込み、リリアンさんに詰め寄る。


「そのようににらみつけて……セラフィーネも怯えているではありませんか」


 リリアンさんはセラに痛ましい視線を向けた後、扇子を開き口元を隠しながら、僕に蔑んだ視線を向ける。


「そのような愚行を犯す貴女に、セラフィーネは相応しくありませんわ。パーティは解消した方がよろしいんじゃありませんか?」


 パーティーの解散?

 ハハハ、面白い冗談……いや、もしかしてその顔は本気なんですかね……!?


「ふふふ……あなた、上級冒険者だか何だか知りませんが、少し厚かましいんじゃありませんか? 他のパーティのことにまで口出しして……いったい何様のつもりなんです?」


 僕達は一緒にいたいからいるだけだ。

 セラ達に相応しいかどうかなんて、あなたに決められるようなことじゃない。


「……貴女はまるで『黒百合の君』のようですわね……」


 リリアンさんは目を細め、僕の顔を憎々しげな表情で眺める。


「黒百合の君?」


 聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまう。


「ええ、私のよく読むお話に出てくる登場人物ですわ……。黒百合の君は、意中の人物に意地の悪い態度をとっているにも関わらず、嫌われることもなく、女性達を次々と籠絡していってしまうという、とても羨ましい人物です。とても創作性に溢れていますわね……?」


 そこまで言ったところで、リリアンさんは口元を隠していた扇子を閉じ、僕の方へと突きつける。


「でも、私、その黒百合の君が大っ嫌いですの……! 美しき華は愛でてこそ花開くモノ……決して黒百合の君のような最低の人物がもてはやされることなどあってはならないのです……! ですから、私は貴女を否定します……! 貴女のような方にセラフィーネや、隣で震える青く美しき小さな華も任せておけませんわ! 私の二つ名、『白百合の君(ホワイトリリー)』の名に賭けて!」


 何を言ってるんだ……! 僕達の関係をよく知りもしないくせに……!

 でも……なるほど、リリアンさんの言いたいことはよく分かりましたよ。


「リリアンさんは……現実とお話の区別がつかないお方だったのですね? 話し方もとてもお上品なようですし、世間知らずなお嬢様なワケだ……」

「……何が言いたいんですの……?」


 そうですか……分からないならはっきりと申しましょう。


「リリアンさん……もう『冒険ごっこ』はお止めになって、早くお家にお帰りになられた方がよろしいのでは? さっきおっしゃっていた上級資格も怪しいモノですからね……その鎧が飾りでなければ良いのですが」

「……!? そ、そのような侮辱は生まれて初めてですわ……!」


 はは、それは良かった。

 僕としても、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうなんだ。

 この程度で済むならお礼を言われても良いくらいだ。


「そうですか……貴重な体験のお相手をできたことを嬉しく思います」


 僕はうやうやしく頭を下げる。

 もちろん謝罪の意ではなく、相手をバカにして、見下す為だ。

 しばらくして、僕が顔を上げたとき、リリアンさんは体を震わせて、こちらを睨んでいた。

 僕は少しだけ溜飲が下がった気がした。


「……貴女、勝負なさい……!」

「勝負……?」

「ええ、このままでは引き下がれません! 私もここまで様々な方に支えられて上級へと至ったのです。ここで貴女に何も言い返さずにいたら、その方達に申し訳が立ちませんわ!」


 中々に殊勝な心がけですけどね。


「僕にそれを受ける筋合いはありませんよ」

「私が負けたら、私のことを煮るなり焼くなりお好きになさってよろしいですわ……!」

「別に、欲しくないモノを貰ってもね……?」


 ニヤリと僕はイヤミたらしく微笑む。


「……っく! わ、分かりました。何でも貴女の言う事を一つ聞きますわ……! お金でも、物でも差し上げますし、奴隷にだってなって差し上げますわよ!」


 それなりの覚悟を以ってということか……。


「ですが、その代わり……私が勝てば、貴女のパーティは解散……それと、セラと青髪のお嬢さんは私のパーティに入ってもらいますわ」

「話になりませんね……」


 そもそもリスクとリターンの釣り合いがとれていない……二人とリリアンさんでは、例え何人彼女(リリアンさん)が増えようと、天秤が釣り合いを示すことは絶対にない。

 セラ達は僕にとってかけがえのない存在だからだ。


「僕は受けませんよ」


 そうきっぱりと答えると、何を勘違いしたのか、リリアンさんは勝ち誇ったような顔をした。


「怖いんですのね? 二人の前でみじめに負けて、恥をかいて、私に彼女達を取られてしまうことが……。まあ仕方ありませんわね、私と貴女では天と地との差がありますものね……逃げ出したくなるのも当然ですわ」


 だがその言葉(かんちがい)は、僕の冷静さを完全に消し去るには十分なモノだった。


「は、ははは……! 面白い冗談ですね……! 僕があなたに負ける? 僕の優しさが伝わらなかったんですね? せっかく奴隷落ちは見逃して差し上げようと思ったというのに……! それとあなたみたいな欲しくもない商品を受け取るのが忍びなかっただけだというのに……!」

「また、そんな侮辱を……!」


 リリアンさんが憤りに震えているが、僕には関係ない。


「いいでしょう、受けて差し上げますよ! そしてあなたを奴隷小屋にでも売り払って差し上げますとも!」


 気づけばリリアンさんを指差し、堂々と宣戦布告をしていた。


「よろしいですわ……! では、スライム討伐を我々二つのパーティで受け、私達個人の討伐数を競うことにしましょう。それでよろしくて?」

「ああ、僕が吠え面をかかせてあげますよ。リリアンさん……いや、リリアン……!」


 こうして、僕はリリアン……勇者の妹と対決することになったのだった。

面白いと思った方は、どんな小さなことでも良いので、感想を書いていただけるとありがたいです!

やる気につながるのであれば、誤字脱字の指摘から、作品の批評でもなんでも構いませんので、是非ともお願いします!

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