不安定な心(ちから)
魔物に襲われたレナ達は鎧の騎士に助けられるが、そこで彼が勇者の関係者である可能性が浮上して……。
「お疲れ様です」
コクリ。
僕達より先に野営地まで戻ってきていたギルさんに言葉をかけると、彼も頭を下げて僕に応えた。
「あ、お姉様、お疲れさま!」
近くにいたセラは僕を見止めると、すぐさま僕の元へ走り寄り、腕に抱きついて、スリスリと頬をすりつけてくる。
「んー……寂しかったわ……ギルって全く喋らないんだもの……あ! でも別に、喋りたいとかそういうわけじゃないわ! お姉様、誤解しないでね?」
「ふふ……分かってるよ、セラ」
セラの男嫌いも困ったものだね……。
苦笑いして、セラの頭を撫でながら、ギルの元に向き直る。
「あの、これ……ギルさんの……ですよね?」
先程拾った『勇者の仲間』の紋章付きのナイフを、ギルさんに差し出す。
コクリ。
慌てるでもなく、ガイさんはただただ、その重そうな頭を縦に振り、ナイフを受け取る。
つまり、彼は勇者の関係者である可能性を――自身で認めたのだ。
「そうですか……大事なモノなんじゃないですか?」
コクリ。
「すいません、そんな大事なモノを、セラを助ける為に使っていただいて……」
ブルブル。
ガイさんが首を横に振った……気にするなということだろう。
僕はその返答に笑顔で応える。
「ありがとうございます。それじゃあ、そろそろ休みます……見張りはお願いしますね。それと、交代は六時間後で……」
コクリ。
ガイさんの頷きを確認し、僕は後ろを振り返る。
会話ができない以上、ガイさんにはあまり詳しい話は聞けない。
もちろん理由はそれだけでなく、あまり聞き過ぎると相手を警戒させてしまうかもしれないし、そもそも、彼が勇者の関係者であっても、僕達とは全く関係がないかもしれない。
だから、今はここまでで良い……。
ただ『勇者の仲間』の可能性があると分かっただけでも大きな収穫だ。
「二人とも、行こうか?」
二人が頷いたのを見届けて、僕達は三人でテントへ向かう。
そして、その途中、僕は二人にちょっとした指示を出す。
「テントに入ったら、カータは寝ないで起きておいて? 僕とセラは普通に眠って……カータは見回りのときに、僕の近くで眠ってもらっていいかな?」
ガイさんを警戒すべき理由ができた以上、皆揃って夢の中という訳にもいかない。
僕が起きておいても良いが、そうすると、見張りの方が手薄になってしまう。
セラとカータでは接近戦に対応できないし、バランスを考えれば、この判断で間違いないだろう。
「え? どうして、みんなで寝ないの?」
そうか……セラにはまだガイさんのことについて、言ってないんだったね。
「ほら、やっぱりガイさん一人だと、何かあったときに困るからね。念のためカータに起きておいてもらうんだよ」
「そう……でもカータはそれで良いの? 私がお姉様を一人占めしても……」
どうやらセラはカータに気を使っているようだ。
いつもは言い合いをして喧嘩するくせに……まあ、あれが二人のスキンシップだっていうのは分かってるけどさ。
「……お姉ちゃんの指示なら、仕方ない……それに、近くにいるから、あんまり関係ない……」
その言葉は本心ではない。
そんなことは顔を見れば一目瞭然で、カータのその捨てられた子猫のような表情を見ていると激しく心が痛みを訴える。
「……そう? それなら遠慮なくお姉様に腕枕してもらうわよ……?」
セラもカータの表情の意味に気づいているのか、やはりどこか遠慮がちだ。
でも、腕枕か……手が痺れるから苦手なんだよね。
「……それなら、私は、寝るまでは、手を握っていたい……」
セラの言葉に我慢しきれなくなったのか、カータは僕の手を取り、捨てられた子猫のような目をして、上目づかいで訴えかけてくる。
「ふぅ……そうだね、セラには腕、カータには手を貸してあげるよ」
なんだかんだ言ったって、僕は結局、彼女達の願いを無下にするようなことはできないのだ。
テントに入り、ランプに火を入れると、灯りが闇に溶け、ほの暗い空間になり替わる。
テントの床にカータ、僕、セラの順に並び、僕とセラのみが寝転がった。
「おやすみ、カータ……見張りのときはずっと一緒にいてあげるからね?」
そう言って僕がカータの頭を撫でると、テントの明かりが彼女に移ったかのように頬が朱に染まり、表情は喜びへと変わる。
「……うん、楽しみ……」
暗がりの中で唯一の、まばゆい輝きのようなカータの表情をまぶたの裏に焼きつけ、僕は眠りの中へと落ちていった。
「……着いた……」
少し遠くにある、夕焼けに染まるロビアンの街並みを眺めながら、カータはつぶやいた。
「そうだね……良かった……ね」
結局あのホーンハウンドの件以来、特に事件は起こらず、僕達は何事もなくロビアンの町にたどりつくことができた。
しかし、ガイさんに気を配りながらの道のりは、想像以上に僕の精神をすり減らしていたようだ。
「ああ……早く宿屋で休みたい、ねっ……!」
疲労感に包まれた体を思い切り伸ばすと、バキバキと骨の軋むような音がした。
とりあえず今は、ここまで無事にたどり着けたことを喜んでおくことにしよう。
だけど……。
チラリとガイさんの方を見ると、彼は普段と変わらず、重そうな鎧をものともせず、力強く歩みを進めている。
そろそろガイさんとの別れが近づいてきたが、彼の正体に関しての進展は一切なかった。
それに、ガイさんは何もしかけてこなかったし……やっぱり、考え過ぎなのかなぁ……。
これは、どちらかと言えば願望に近いが、やはりガイさんが何かしらの悪意を以って近づいてきたとは僕には思えない。
僕は彼を、なんとなく信じていたいのだ。
「どうしたの、お姉様?」
「えっ?!」
僕はセラに不意を突かれ、少し驚いてしまう。
考え事ばかりしていちゃだめだね。
「い、いや……何でもないよ?」
「……? 何を見てるの……って、ガイ?」
僕の視線を辿り、セラはガイさんを見ていたことに気づいたようだ。
「どうしてガイのことなんか見て……? ……ッ! お姉様、まさか……!」
「え!?」
セラの細められた鋭い眼差しに、思わずドキリと心臓が跳ねる。
セラは鈍そうだから大丈夫だと思っていたんだけど……もしかして、ガイを疑ってることが――
「ガイのことが……ガイのことが気に入ったんじゃないでしょうね……!? ダメ、ダメよ絶対! お姉様が男に穢されるなんて……そんなの、そんなの……!」
いや……バレてはなさそうだね……。
でも、なんとなく、セラの目に光がなくなっているような……。
「……セラ、お姉ちゃんは、男に興味はない……」
カータが助け船を出してくれたのか、どう対処したモノかと考えていた僕と、目から光が消え去ったセラの間に体を割り込ませる。
「お姉様、本当……?」
セラは滑らかな動きで首を動かし、僕の顔を捉える。
まるでいつものセラじゃないみたいだ……。
声には力がこもっていないし、いつもの自信に満ちたような表情もなりを潜めている。
何より違うのはセラの瞳で、光がないどころか、そこはかとなく濁っているような気さえする。
「そ、そうだね……少なくとも、男に恋愛感情を抱いたことはない……かな?」
セラの気迫に押され、言葉に詰まりながらも、笑顔を以って彼女の言葉に応える。
「お姉様は私に嘘つかないわよね……? 私に隠れて男と逢引することはないわよね? お姉様は……お姉様は……私達のお姉様であり続けてくれるわよね……?!」
「う、嘘なんて――」
「吐かないよ」と続けようとしたところで、僕は言葉に詰まった。
思わずセラから目を逸らしてしまう。
嘘、は吐いてるね……。
本当は男であることを僕は隠している……後ろめたい気持ちがないわけではない。
「どうして、言葉を詰まらせるの……? どうして、目を逸らすの……?!」
セラの語調が強くなる。
這うように、縋るように、たどたどしくセラが僕へと歩み寄ってくる。
「……セラ、落ち着いて……!」
いつも冷静なカータが声を荒げるほど、今のセラは少し異常だ。
「お姉様……! 私の思いに応えて……!」
泣きそうなセラの表情、瞳に光は映っていない……だけど、僕の姿は……僕の姿だけはしっかりと映っている。
僕はセラへの対応を少し間違えてしまったみたいだね……。でも僕は、これだけは言えるよ。
「……セラ、心配しなくても、僕はずっと二人の姉であり続けるよ。二人が嫌がったって、僕は姉であり続けたい」
セラの手を優しく包みこみ、瞳をしっかりと見つめながら、努めて優しい声で彼女の言葉に答える――セラの不安を根こそぎ摘み取るように。
これだけは、混じり気のない僕の本心だ。
「ほんとう……? うそじゃない……?」
「うん、セラは嫌かな?」
僕はにこやかにセラへ微笑みを向ける。
「ううん……うれしい……!」
掴んだままの僕の手を、頬に擦り寄せ、セラは染み入るように告げた。
そして、しばらくそうした後、セラは顔を上げ、光の宿った瞳で僕を見上げる。
「お姉様……一つだけ覚えておいて? お姉様がお姉様じゃなくなったときは、私達を裏切るということ……。私をこんな気持ちにさせたのはお姉様なの……だから絶対に裏切らないでね……?」
「うん……僕が僕である限りは……セラを裏切ることはないよ」
「……お姉ちゃん、私も……!」
「うん、もちろんカータもだよ」
カータの頭を優しく撫でると、彼女も目を細め、嬉しそうな表情を向ける。
そんなカータを見て、セラも大分落ち着いたようで、申し訳なさそうな表情を僕へと向けてくる。
「ごめんなさい、お姉様……私どうかしてたわ。でも、最近不安なの……お姉様が私達を見放してしまうんじゃないかって……置いていってしまうんじゃないかって……」
「そんなことはありえないよ……僕は二人を見捨てたりしない。僕は二人を置いて行ったりしない……だから安心して?」
「うん、お姉様は嘘つきじゃないものね」
ごめん、それに関しては首を縦には触れない……。
心の中で苦笑しながらも、僕は一つの違和感に気付く。
あれ……? そういえば……大分長い間ここで話していたけど、ガイさんはどこに……?
周りを見渡すと、ガイさんは道の先にいて、こちらをじっと見つめているようだった。
その表情は分厚い金属の向こう側にあり、どうなってるかは分からない。
でも、なんとなく――泣きそうなほど悲しそうで、怒り出しそうなくらい腹立たしそうで、恋焦がれるように妬ましそうな――とても複雑な感情を抱えているような気がしたのだ。
それは夕陽に染まる鎧が見せた、蜃気楼のようなモノだったのか、彼を少しの間見つめていると、そんな感情の気配は煙のように霧散してしまった。
「ガイさ――」
僕はそんな彼に何か声をかけようと呼び止めたが……。
「ガイさん……?」
彼は僕達から目を逸らし、軽く手を上げただけの挨拶を最後に、ロビアンの街へと消えていった。
「ガイが勇者の関係者ですって!」
ひなびた宿屋の一室にセラの声が響き渡る。
「どうして、そういう大事なことを伝えてくれないのよ!」
セラは大分怒っているようだ。
だけど、セラがこういう直情的な人間だからこそ、伝えられなかったということは知っておいて欲しい。
「……セラに言うと、絶対バレる……!」
「そうだよ……悪いとは思ったけど、僕らがナイフの意味に気づいたことをガイさんに知られる訳にはいかなかったんだよ」
「……まあ、分からないでもないけど……!」
ちゃんと自覚はあったんだね……。
「とりあえず、あの場所で別れちゃったし、普通にしてたら、もう会う可能性は低いと思うよ。それに勇者の関係者と言っても、どういった関係かは分からないからね……僕としてはもうガイさんとは関わらない方がいいのかな、と思うんだけど……どうかな?」
元々サレナを探すのは、ただのポーズだ。
見つからないなら、その方がいいと思っている。
それに、僕としては、危険を冒してまで、ガイさんと接触し続ける意義を見出せない。
あのときのセラの反応は、精神に魔法のような何かが作用したとしか思えないほど、異常な雰囲気だった。
このことから、最悪の場合、ガイさんが魔族であるという可能性さえ出てきてしまったのだ。
僕がガイさんに抱いている、この安心感にも似た感情でさえ、何かの魔法が作用しているせいであるという可能性は捨てきれない。
「……私はそれで良いと思うわ。元々、ガイに良い印象はなかったし、お姉様をとられるような……そんな気さえしていたもの……」
「セラ、大丈夫だよ、僕は二人のそばにいるよ。ガイさんは別にそういうのじゃないよ」
彼はラトさんと恋人関係みたいだし、誰かが入る余地なんて元々ない。
「分かってるけど……何て言ったらいいのかしら……ガイは危険な香りがするの……!」
「……私は、お姉ちゃんを、信じてるから……」
自身の勘を力説するセラをよそに、カータは僕の手を握り、セラを見て少し鼻で笑った。
「……ん……セラは、どうせ、口だけ……」
「わ、私だって信じてるわよ! でも……不安なんだもの……!」
バカにしたかのようなカータに対し、逆上するセラ。
一見これはそう見えるだろう。
しかし本当は、カータがセラを元気づける為にワザとこういった言い方をしていると僕には分かる。
セラもおそらくそれに気付いているのだろうが、あえて言わないのだ。
でも、何かがおかしいな……。
カータの気持ちは【勇者の恩恵】で伝わり、ほぼ確実なモノとして理解できるのだが、最近は少し感度が落ちているような気がする。
セラの気持ちの伝達に至っては特に顕著で、なんとなくそうだろうと感じる程度になってしまっている。
これは一体どういうことなんだろうか……?
僕も【勇者の恩恵】について、全てを知っているというわけではない。
もしかしたら、精神的に弱っている状態では効きにくいなどの、制約みたいなモノがあるのかもしれない。
セラとカータの力に何か違いがあるのか、それとも――
「……お姉ちゃん、大丈夫……?」
「え、ああ、大丈夫だよ」
心配そうな顔のカータに笑顔で応える。
……考えても、仕方ないか。
「それで、カータはガイさんのことをどう思う?」
考えを切り替える為に、話を切り替える。
「……私も、お姉ちゃんの意見に、賛成……ここで、無理をする必要はない……」
どうやら満場一致で、ガイさんのことは放っておくことに決まったようだ。
「それにしても、勇者、ね……やっぱり『白銀の勇者』かしら……?」
『白銀の勇者』……白い鎧と、プラチナブロンドの髪を持った男で、この国でも特に有名な勇者の一人のことだ。
そして、そいつこそがサレナの入ったパーティの勇者で、おそらくサレナが変わってしまった原因を作った張本人だ。
「……分からない、でも、もう関係ないこと……気にしない方がいい……」
「……そうね、考えないことにするわ。それより、今日は早く寝ましょう? 何かいつもより疲れちゃったわ。お姉様、明日はギルドに行くんでしょ?」
「うん、しばらくはこの街に滞在するし、少しでも情報が欲しいからね。……それじゃあ二人とも、今日はゆっくり休んで明日に備えよう!」
こうして作戦会議を終え、僕達は旅の疲れを癒す為、ゆっくりと体を休めるのだった。
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