ドグーの騎士は……
前回のあらすじ
ラトの秘密を垣間見てしまったレナは、謝ることで許してもらい、選んでもらった下着を見てその事を思い出すのであった。
(なんだコレ……間違ってないのに全く意味わからんぞ……)
僕達が門へと向かうと、既にドグーの騎士――ガイさんはそこにいた。
正直あんな光景を見てしまった身としては、普通に接することは気恥ずかしい。
しかし、内緒にするといった以上、ラトのことには触れない方がいいだろう。
「すいません……ガイさん、待たせましたか?」
ガイは重そうなヘルムを横に振る。
「それでは……もう出ますか?」
ガイは重そうなヘルムを縦に振る。
……会話が成立しないのは少しやりづらいが、仕方ないことなのだろう。
あの中じゃ音が反響して、喋っただけで頭が痛くなりそうだし、何より暑そうだ。
「それでは行きましょう」
そうして、僕達はレアンを出立した。
事前の調べによると、ロビアンには明日の夕方頃には着けるはずだ。
「何か出てくるわ……」
ロビアンに向かって歩き続け、夕方に差し掛かりそうになった頃、セラが探知魔法により、何かの気配を感じ取ったようで、僕に報告してきた。
もう少しで、野営の準備をと思っていたところだったのだが、予定通りには行かないモノだ。
「ガイさん……」
ガイさんの方に目を向けると、彼は首を縦に振る。どうやら「分かっている」と言っているようだ。
「……ホーンハウンド……!」
カータの呟いた方向を見ると、そこには角の生えた犬……ホーンハウンドが、五匹ほどこちらを窺っていた。
お腹を空かせているのか、その眼差しはギラついており、油断していたら今すぐにでも駆け寄ってきそうだ。
しかし、よりによって狼系の魔物か……。
コルウェイの森のブッシュウルフ以来、僕達三人は狼系の魔物が苦手だ。
もちろん勝てないような相手ではない。【勇者の恩恵】があれば尚更だ。
だが、心まではどうしようもない。
僕達は、狼が近くにいるだけで、吐き気が襲ってくるくらいには狼が苦手になっている。
特にセラが顕著であり、チラリと彼女の顔を窺うと、顔は真っ青になり、体が小刻みに震えているようだ。
「すいません……ガイさんに負担をかけるかもしれません」
ガイさんは首を横に振る。おそらく「問題ない」ということだろう。
「はは、頼もしいですね」
そんなやり取りをしている内に、ホーンハウンドが三匹こちらへと疾走してくる。
「セラは後方に後退して、カータは僕からなるべく離れないで!」
僕は二人に指示を出しつつ、カータを庇いながら前へと進む。
ガイさんは既に三匹と接敵し、大剣を振りまわしている。
「やっぱり動きがすごいな……」
ホーンハウンドは一匹でも、翻弄されそうなぐらい動きが素早いのに、ガイさんはあの鎧を着けながら攻撃を避けている。
でも、どうしてわざわざ避けるのだろう? あの鎧に攻撃が通るとも思えないが……。
もしかしたら、あの鎧をつける前は、軽装で攻撃を避けるタイプの戦い方だったのかもしれない。
それにしてもガイさんは強い。おそらく一人で五匹相手にしても圧倒できるだろう。
僕もおそらく同じことはできるが、それは【勇者の恩恵】があるからだ。
独力でこれほどの強さなら、異名が「騎士」というのも納得できる。
「おっと……こっちに回り込んで来たか……」
ガイさんの動きを観察している内に、残りのニ匹が僕とカータの方に向かって走ってきた。
「それじゃあ、カータ……行くよ!」
僕はカータを片腕で引き寄せ、地面を蹴って跳躍する。
鞘から剣を抜き放ち、ハウンドの頭上に叩きつける。
手に伝わる何かを砕いた感触がなくなる前に、隣にいたハウンドの首目掛けて、剣を横へと薙ぐ。
「ヴォゥ……」という唸り声が彼の遺言となった。
「ガイさんは……もう終わってるね……」
ガイさんの足元には、三匹の物言わぬ骸が乱雑に転がっている。
「セラ、大丈夫?」
僕はカータと共にセラへと近付いていく。
「え、ええ……ありがとう、お姉様……」
「……よし、ホーンハウンドの討伐証明の角をとったら、野営の準備をしようか」
どうやらこれ以上は無理して進まない方が良さそうだね。セラがトラウマを呼び起こされて、大分参ってるみたいだ。
「……! お、お姉様、私まだやれるわよ……!」
「……駄目だよ、無理して怪我をしたらどうするの?」
「……私も、疲れた、そろそろ休みたい……」
カータも珍しく、セラを気遣っているようだ。
「ありがとうカータ……セラも良いね?」
「……うん」
流石にカータにも気を使われては、反論することができないのか、渋々ながら彼女は了解した。
「ガイさんもそれで良いですか?」
ガイさんは少しだけ考えて、すぐに首を縦に振った。
「ごめんなさい、二人とも……」
野営の準備を終え、僕と、セラ、カータの三人で夕食をとっていると、セラが頭を下げて、謝辞を述べる。
「仕方ないよ、心の問題は早々解決するモノじゃないし、気にするな……とは言わないけど、気負わなくていいんだよ」
「……セラは、面倒、いつも通りでいい……」
「ありがとう、二人とも……」
カータは気恥ずかしいのかそっぽを向き、セラは微笑んで、嬉しそうにしている。
珍しいカータのデレは、僕の心をも癒していくようだ。
「それにしても……ガイさんは本当にいいのかな?」
ガイさんは御飯を用意したかと思えば、先に食べておいてくれとジェスチャーして、どこかへ行ってしまった。
周囲の警戒をしてくれているのか、それとも僕達に気を使ったのだろうか?
「まあ、いいんじゃないの? あまりに馴れ馴れしいよりは好感を持てるわよ」
「……セラは、外道……あの人がいなかったら、結構きつい……」
確かにカータの言う通りだ。
この辺りにホーンハウンドがいるのは知っていたが、セラがあれほどまでに動揺するとは思わなかった。
ガイさんがいなければ、僕が一人で、二人を守りながら、戦わなければならなくなる。
いくら力があっても、あいつらの牙や角を完全に防げるような防御力はないし、もっと大勢で来られれば、僕も流石に勝てないかもしれない。
「……! お姉様、周りに何かいる!」
セラの言葉と共に立ち上がり剣を抜く。
周りに目を向けると、草むらに紛れた幾つもの目が、怪しい光を湛えながら、こちらを窺っているのが分かる。
「くそっ……!」
油断していた。まさか取り囲まれるまで気づかないなんて……。
「しかも、ホーンハウンドか……!」
マズイ……この状況はマズすぎる。
ガイさんもいない、セラも調子が悪い、カータも無防備だ。
少しばかりの怪我を許容してでも突っ込んでいくしかないのか……?
「大丈夫……お姉様、あれを使うわ……!」
あれ……最近セラが練習していた土の魔法か。
「いけるの? 失敗はできないよ……!」
「やって見せるわ……!」
意気込みと共に、セラは魔力を練り上げていく。
その気配に何かを感じ取ったのか、一匹のホーンハウンドが、セラに向かって飛びかかる。
「させないよ!」
僕はセラの前に立ちはだかり、ホーンハウンドを剣で叩き落とす。
「グウォン!」
ホーンハウンドは地面にたたきつけられ、雄々しい悲鳴を上げる。
それを皮切りに全てのホーンハウンドが、牙をむき出しにして一斉に僕達へと襲いかかる。
彼らの爪が、牙が、全てが、僕達の体の肉を貪らんと、僕達の血で喉を潤さんとしている――!
しかし、もう遅い。
セラの魔法は既に構築済みなのだ。
「くらいな……さい!《土の槍》!」
セラの掛け声とともに、地面から硬質化した土の槍が次々に飛び出し、魔物のオブジェを作り上げていく。
襲いかかろうとしていたホーンハウンドは全て串刺しになり、うめき声を上げる間もなく全て絶命していた。
「すごいね……思った以上だよ……!」
「……やっぱりセラは、外道……えげつない……」
僕とカータはその魔物のオブジェに近付いて、そのすさまじい威力を観察し、思い思いの賛辞をセラへと送る。
――まだ油断するべきではないというのに……。
「グルウウウォォォ!」
先程僕が地面にたたきつけたホーンハウンドが、セラへと向かって疾走する。
油断から、少しセラと離れ過ぎたせいで、僕の剣が届くような距離ではない。
「セラ!」
僕の叫びはセラに届いただろうか?
ただ少なくとも、僕の救いの手はセラには確実に届かない。
カータも体をこわばらせるだけで、セラを救う術などありはしない。
「グァワワワゥゥ」
大口を開けたホーンハウンドの牙が、今セラの首元へと――
喰らいつくさまを想像していた僕の目に、キラリとした何かが映り、ホーンハウンドの口の中に、その何かが吸い込まれていった。
「グォオ……!」
魔物は断末魔のようにひと鳴きした後、地面に落ち、その後動くことはなかった。
ガサリと草の根をかき分けたような音がし、警戒していた僕は、そちらを勢いよく振り返る。
ガイさん……? そうか、さっきのはガイさんが何かしたのか……。
少しだけ安堵し、先ほどのようなヘマをしないように、周囲に気を配りながら、僕はセラの方へと近付いていく。
「大丈夫、セラ?」
セラはビクリと一度震え、恐る恐る僕の顔を確認する。
「レナ……私、助かったの……よね……?」
「ああ、ガイさんがやってくれたよ……」
放心しながらも、元気そうなセラに安心しつつ、僕はセラの腕を引き上げ立ちあがらせ、ガイさんの元へと向かう。
「ガイさん、ありがとうございます」
ガイさんは首を横に振る。気にするなと言っているのだろう。
「ほら、セラも礼を言わないと」
「あ、その……ありがとう……」
セラは恥ずかしがりながらも、しっかりとした声でお礼を告げ、ガイさんは再び、首を横に振った。
これで少しはセラの態度も軟化すれば良いんだけどね……。
そこから、ホーンハウンドの角を回収する為、僕達は少しの間、散開することになった。
念のために二手に別れ、僕とカータ、セラとガイさんでチームを分けることにした。
セラは少しだけ渋っていたが、ガイさんに助けられた恩もあったので、そこまでかたくなに拒みはしなかった。
そしてそんな中、ある事件が起きたのだ――
それは、最後にガイさんがとどめを刺した、ホーンハウンドの角を回収しているときのことだった。
「よし、角はこれでいいか……ん? カータ、どうしたの?」
件の魔物を観察しているカータに、声をかける。
「……お姉ちゃん、これ……」
カータが差しだしたのは、一本の短いナイフ。
柄の部分には紋章が刻まれており、とても凝った意匠であることが分かる。
「このナイフは?」
「……これは……『勇者の仲間』の、紋章……」
「……ッ!」
「……あの人は、ほぼ間違いなく、勇者の関係者……」
僕はカータの言葉に耳を疑った。
なっ……! 『勇者の仲間』のナイフだって……!?
どうして、ガイさんがそんなモノを……?!
驚きのあまり、心臓は激しく鼓動し、僕の思考はぐちゃぐちゃになり、様々な思いが交錯する。
そんな……どの勇者の……?
もしかして、サレナのパーティの勇者……?
もしそうだとすると、これはサレナ会うつもりならば、かなりの有力情報になりえる……でも、そうであれば彼が何の意図で、ロビアンに行こうとしているのかというのも気になってくる。
サレナと合流の為? それとも何の関係もないのか? 僕達の旅の理由を知っているのか? いや……そんなこと、彼に聞けば全部――!
ガイさんを問いただそうと、僕の足が彼の元へと向かう。
しかし、そんな僕を押しとどめるように、僕のマントの裾を掴む存在がいる。
「僕は話を聞きに行くだけだよ、話して、カータ」
「……お姉ちゃん、ダメ……」
「カータ……でも……!」
「……お姉ちゃん、疑ってばかりでは、真実は分からない……落ち着いて……」
カータの優しく落ち着いた声が、僕の熱くなった頭を徐々に冷ましていく。
僕は大きく深呼吸をした。
「……ごめん……ありがとうカータ、ちょっと冷静じゃなかったね……」
そうだ、まだ何も分からない。
サレナと関係あるのかも、僕達のことを知っているかも、彼が何を考えているのかも……。
わざわざこちらから情報を与えてやる必要はない。
ここは気付かなかったふりをして、彼のことを探っていく方がいいだろう。
それにさっきはセラを助けてくれたんだ……。
だからガイさんは、決して悪い人ではないと思う。
助けたこと自体が僕達の油断を誘う罠でなければ……だけど。
でも、とっさとはいえ、あのナイフを使ったってことは、勇者の関係者だと知られても、ガイさんは困らないということだと予想できる。
……と、ダメだな、また考え過ぎてる。
僕は自身の頭を振り、煮詰りそうな思考を霧散させる。
とにかく今後は、彼の動向に注意しながら、ロビアンを目指すとしよう。
「……野営の場所に、戻ろう……?」
カータはそう言って僕の手を握り、僕は彼女の手を握り返す。
「うん、行こうか」
僕達は心持ちゆっくりと歩いて野営地に戻る。
そしてその途中、カータが僕を見上げながら、ある提案をしてきた。
「……とりあえず、これは、二人だけの秘密……」
「セラには言わないの?」
「……セラは、秘密とは、最も縁遠い存在……」
「ふふ……確かに」
とりあえずはロビアンに着くまでは、セラには内緒にしておこう。
セラが慌てふためき、ガイさんを警戒していることがバレバレなほどに、怪しい行動をとっている姿を想像し、僕は心の中でもクスリと笑うのだった。
昨日は投稿してなくて申し訳ありません。
楽しみにして下さっていた方がいると信じ、ここにお詫び申し上げます。
お読みいただきありがとうございます。お疲れ様でした。




