避けられない過去
ラトとご飯を食べ終わった後、レナとラトは二人でお酒を飲むことになり……。
この話は短いので、連日投稿です。
明日ももちろん投稿します。
「ごめんねー付き合わせちゃってさ」
ボトルに入った酒をコップへ注いだ後、それをカラカラと弄びながら、ラトさんは少しだけ申し訳なさそうに微笑んだ。
「いえ、僕も偶に飲みたくなりますから、気持ちは分かりますよ」
これは本心だ。
別段、僕が酒好きであるというわけではない。
ただ、冒険者パーティのリーダーというのは、想像以上に心労がたまる。
セラ達の為になら、命すら捨てる覚悟はあるが、常に気を張ったままでいることはできない。
どこかでガス抜きが必要なのだ。
僕だって、たまには全ての重責から解放されたいと考えることもある。
流石にベロベロに酔っぱらうことなどできはしないが、嗜む程度なら今日は良い機会と言えるかもしれない。
「やっぱりそうだよね。あの子達は随分レナ嬢ちゃんを頼っているみたいだからね。偶には良いもんだよ……保護者っていう肩書から開放されるのも」
ラトさんはボトルを僕の方へ差し向け、僕はコップをラトさんに差し出す。
カラカラと音を立てながら、氷が酒におぼれていった。
「……僕も思った以上に疲れていたんですかね……」
虚空に視線をさまよわせ、誰にともなく僕は呟く。
僕は自身の言葉に少しハッとして、それを誤魔化すようにお酒を一口、口に含んだ。
「……そういえば、三人はどういう集まり?」
「どういうって……あの二人とは最近出会ったんですよ」
ラトさんは少しだけ意外そうな表情になった。
「そうなんだ。すごく仲が良いから、てっきり十年来の付き合いかと思ったよ」
「えっと……そう見えますか?」
「なんだい? 嬉しそうな顔して……」
ラトさんに指摘され、初めて僕は自分が笑っていることに気付いた。
僕は誤魔化すように乾いた笑いを絞り出す。
「はは……あの二人は、それこそ十年来の付き合いですからね。仲がいいのも当たり前ですよ」
「それじゃあ、アンタはどうしてあの二人の仲間に?」
「色々……本当に色々と、二人には助けてもらったんです。その恩返しの為……ですかね」
カータにはコルウェイの森に倒れていたときに助けてもらったし、一文無しの僕にセラは衣食住を提供してくれた。
感じている恩とは、何も形あるものだけではない。
彼女達と出会わなければ、勇者の力が戻ることもなかっただろうし、何より僕の心の拠り所となっている彼女達には、感謝してもしきれない。
「恩を返したらどうするつもりさ?」
「……分かりません。もしかしたら、二人と別れて一人で旅をするかもしれませんね……」
僕は誰にも語ったことのない気持ちをさらけ出していた。
なんでだろう……? 今日会ったばかりの人に、なんでこんな――
その疑問に答えを出す前に、ラトさんの質問が僕の戸惑いに満ちた考えを断ち切る。
「……またどうして? あんなに仲睦まじいのに」
仲睦まじい、か……。
確かに外から見たら、そこだけしか見えないだろう。
だが、内面は違う……少なくとも、僕には凄まじい葛藤があるのだ。
「……不安になることもあるんですよ。僕のせいで二人の関係が壊れるんじゃないかって……」
セラとカータが、僕をただの仲間として見ていないことには気づいている。
でも、僕は彼女達に応えることはできない。
「それこそ杞憂だよ。あの二人もアンタ程ではないにしろ、互いに頼り合っているように見えるよ。それにさ、アンタの影響で壊れるような関係なら……所詮それまでってことさ」
ラトさんはグイッと酒をあおった。
確かにラトさんの言う通りだ。
実際、関係を壊すかも……なんていうのは建前だ。
本当は今の状況から目を背け、ただ逃げ出したいだけなのだ。
彼女達に応えることのできないヘタレな僕は、答えを出すのでなく、問題を放り出すという安易な策を取ろうとしているだけ。
もし今の僕が男であれば、彼女達のどちらかを選び……なんて選択肢もあるだろうが、今の僕はどうしようもなく女なのだ。
女同士という非生産的な行動を、共に歩む勇気は僕にはなく、それを彼女達に歩ませることもできはしない。
彼女達の将来を奪うことはできない。
男に戻れればあるいは……とも思うが、僕を女にした魔族の手がかりもない状態だ。
仮に遭えたとして、僕はあいつには勝てない。
もしかしたら、今度こそ殺されてしまう可能性だってある。
とても、男に戻れるとは思えないのだ。
「僕はこれ以上彼女達と離れ難くなるのが怖いんですよ。関係を深めて後戻りができなくなるのが……本当に恐ろしいんです……」
僕は恐怖から逃げるように、また一口酒を含んだ。
「…………」
ラトさんはしばらく無言になる。何を考えているかは分からない。
おもむろに、ラトさんはコポコポと音を立てながら、ボトルからコップへとお酒を注ぎ始めた。
カランという硬質な音が僕の耳に響いた。
「……そんなに深刻に考えることかね?」
ラトさんは再びカラカラとコップを弄ぶ。
「えっ……?」
「確かにアンタはそっちの方が楽かもしれないけど、一緒にいたいなら一緒にいれば良いじゃないか」
「それが幸せに繋がっていなくてもですか?」
「先のことなんて誰にも分からないよ。……少なくともあたしは……共にいたい人の近くにいられれば……それはすごく幸せなことだと思うよ」
先程までの軽い雰囲気ではない。
それは初めて見る、ラトさんの本音だったのかもしれない。
◇◆◇
「ありがとうございます、ラトさん」
酒を飲み終えた後、廊下を歩きながらレナは礼を言った。
酒を飲む前より、レナの心は幾分スッキリとしていた。きっとラトに、自身の抱えた悩みを打ち明けたからだろう。
レナはラトにおおらかな包容力と、安心感を覚えていた。
会ってそれ程時間も経っていないラトに悩みを話せたのも、そういった精神的なモノが要因だったのだろう。
「良いんだよ。でも次は堅っ苦しい敬語なんてやめて、気軽にラトって呼んでよ」
「なら僕も嬢ちゃんはやめて欲しいです」
「……考えておくよ」
「それじゃあ、おやすみラトさん」
ラトの部屋の前で別れを告げ、レナは自身の部屋へと足を向けた。
「あ、レナ嬢ちゃん……アンタさ……、――――って知らないか?」
レナの心に戦慄が走る。
「え、えっと……確か黒髪の勇者が、そんな名前だったかと……」
動揺を隠しながら、レナは声を絞り出す。
「ああ、そうだよな……よくある名前だから、最初に勇者が出てくるよね。すまないね、変なこと聞いて。おやすみレナ嬢ちゃん」
ラトは部屋へと消え、廊下にレナだけが残された。
「ここでその名前が出るなんて……」
レナは一人でそうつぶやき――ラトは部屋で一人こうつぶやいた。
「何やってんだ、あたしは……!」
スランプ過ぎてつらいですね……中々筆が進みません……。
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