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出会い、宿屋、食堂にて

乗っていた馬車に、乗れなくなったレナ達は、鎧の人の案内で町を目指して……。

「本当にあったのね」


 レアンが見えてからのセラの第一声がそれだった。

 疑ってたのは別に良いけど、声が大きいよ……。


 これでは鎧の人に聞こえてしまう。

 失礼どころの騒ぎじゃないが、鎧の人は気にした様子もなく僕達の前を歩いている。


「もう、せっかく町の場所を教えてもらったのに、そんなこと言っちゃ失礼だよ」

「……セラは恩知らず……」


 セラは僕達二人に責められ、少しばつが悪そうにたじろぐ。


「わ、悪かったわよ……でも、油断させてるってことも考えられるわ」


 セラの表情は真剣だ。

 彼女は余程あのときのことがトラウマになっているのだろう。そして、それ以上に僕達が心配で仕方がないのだ。

 憎まれ役になって、危険を少しでも遠ざけようとしているセラの気持ちは嬉しく思う。


「……あんまり張りつめてばっかりだと疲れるよ。セラの気持ちは分かってる……僕も同じ気持ちだよ」


 僕だって彼に対して、完全に気を許しているわけではないしね。

 僕はセラにできる限りの微笑みを向けた。


「レナ……」


 セラが、瞳を潤ませ僕を見上げる。


「それは今日、私と同じベッドで寝てくれるってことよね!」

「え?」

「レナが私と同じ気持ちだったなんて……! 言ってくれれば毎晩だって……」

「……この、色ぼけセラ……!」


 カータがセラのお腹をつねる。


「い、痛い! 何するのよカータ!」

「……寝言は、この駄肉を、落としてから言って……!」


 カータはセラのお腹をモニモニとこねくりまわす。


「や……やめ……! 駄肉って……そんなの……ついてな……い!」

「……セラは甘い顔をすると、すぐに欲求を解消しようとする……」


 カータはセラのお腹を堪能し、満足したのか彼女から手を引いた。


「……こんなところで、気を抜かないで、私達の目的地はロビアン……。……あの人が怪しくても、他のところにも、気を配らないと……」

「……そうだね、ありがとう。少し冷静にならないとね」


 全く……一番年下のカータに気を使わせたら駄目だよね。


「……うん、冷静に考えて、レナは私のベッドで寝るべき……」


 いや、全く気を使ってなさそうだ……。


 そんな言い合いをしている内に、鎧の人の歩みが止まる。

 彼の止まった建物には『INN』と描かれた看板がついていた。

 どうやら宿屋に着いたみたいだね。


「えっと……あなたは宿に泊まるんですか?」


 鎧の人は横に首を振り、市街地の方を指差した。


「ああ、この町に家があるんですね。それじゃあここでお別れですか……。わざわざ案内してもらってありがとうございました」


 僕が頭を下げると、彼は重々しく手を挙げて、首を振る。

 気にするなってことかな?


「それでは、また縁があったら」


 僕の言葉を聞いて、彼は頭を下げた後、ゆっくりと市街地に向かって歩いていった。






「ああ……疲れたわ」

「……ご飯、まだこない……?」


 宿屋の予約を取り付けた後、部屋に荷物を置いて僕達は食堂に繰り出していた。


「二人とも、行儀悪いよ」


 机に突っ伏している二人に苦言を呈す。

 いくら疲れているからってだらけ過ぎだ。


「だって、せっかく宿屋に泊るのにお姉様、三人部屋をとるんだもの……。期待してたのに……」

「……ベッドは二つで良かった……」

「いえ、シングルとダブルの二部屋借りるべきだったのよ……」


 僕は聞こえないフリをする。

 流石にどういう意味かは分かるよ。

 まあカータの発言はまだいいとして、セラの言葉は問題が多過ぎる。


「お待たせしました!」


 ウェイトレスさんが料理を持ってやってきた。


「ほら、料理がきたんだから体を起こして……! ウェイトレスさんが困るでしょ」


 二人は、のそのそと亀のように鈍い動きで体を起こす。

 しかし、顔を上げて料理を見ると、目に見えて元気になった。


「うーん、良い匂いね。メラン・コリーにいたときは本当に酷かったと感じるわ。やっぱり美味しいご飯は最大級の娯楽よね」

「……今だけは、完全に、セラに同意する……」


 僕も、嬉しいよ。

 美味しいご飯を食べてるときだけは喧嘩しないしね……。


 僕達がこういった普通の食事を摂れるようになってから、食事にはルールができた。

 そのルールとは、料理の注文は最初に数品を頼み、それを皆で共有するというものだ。

 だから、僕達の目の前には肉料理、魚料理、パン、野菜料理、果物と多種多様なモノが置かれている。


 これは僕的には、実に理にかなっていると思う。


 僕は基本的に好き嫌いしない。

 しかし、逆に言えば何でも食べられる。否、食べたいのだ。

 食事くらいしか娯楽のない旅先では特にそういう欲求が強くなる。

 それを発散できるこの制度(ルール)は素晴らしいと思う。






 食事は進み、料理を半分ほど消化したが、まだまだお腹が空いていたので、二人に追加注文の提案をしようとしたときだった。


「嬢ちゃん達、あたしも同席して良いかい?」


 頭の上から投げかけられた快活な声に、僕達の視線が集まっていく。


 赤い髪。

 戦士であろうか? それとも火魔術の使い手?

 浅黒い褐色の肌は自然由来の健康的な証なのか? 

 それとも闇属性や、黒魔術の適正か?


 いや、そんな情報はどうでも良いんだ……。

 そんなことより僕は彼女に会ったことがあるような気がする。


 どこでだ?

 とても大事なことのような気がするのに思い出せない。


 彼女の燃えるような赤い瞳を見ていると、僕の心にも熱い炎が灯りそうな気がしてくる。

 髪型はポニーテールだが、全体が乱雑に跳ね回っており、それは彼女の野性的な魅力を際立たせているようだ。

 それなのに、凛々しい彼女の顔は理知的な光も湛えていた。


「……他に席は空いてるわ」


 僕が言葉を発さないのを見て、セラが不機嫌そうに応える。


「んー、まあ確かにそうなんだけどね。一人っきりのご飯ってのは寂しいじゃないか」


 ニカっと、彼女は人懐っこい笑みを浮かべる。

 悪意のない笑みに毒気を抜かれたのか、セラの言葉尻が弱まる。


「……まあ確かに、そうね」

「……お姉ちゃん、どうするの……?」


 二人が僕に視線を向ける。


「え、えっと……二人が良ければ僕は構わないけど……」


 チラリと彼女の方を確認すると、セラとカータの目がスッと鋭くなった。

 あの……なんか、怖いんだけど……?


「まあ、お姉様が良いって言うなら別に……」

「……私も、別に……」


 二人とも、なんでそんなに苦々しい表情してるの?


「嬢ちゃんがリーダーだよね?」


 赤髪の女性は握手を求めて僕に右手を差し出し、僕は恐る恐るその手を握って、彼女に笑いかけた。


「はい、えっと……『Black Lilies』っていうパーティを組んで冒険者をやってるレナっていいます」

「そう、冒険者ね……」


 僕の顔を彼女はじっと見つめてくる。


「えっと、その……どうかしました?」


 視線に耐えきれずに声をかけると、彼女はハッとして誤魔化すように笑う。


「はは、あたしはラトっていうモンだ。まあ冒険者みたいなことをやってるよ。よろしくなレナ嬢ちゃん」

「よろしく、ラトさん」


「セラよ」

「……カータ……」

「はは……よろしく、嬢ちゃん達」


 二人は不機嫌な表情を特に隠すこともなく、ラトさんに自身の名前の身を告げる。

 彼女はそんな二人の対応に、少し苦笑いしているようだった。


 しばらく談笑ていると、料理の追加注文が届く。

 食事を再開し、僕は気になったことをラトさんに訊いてみることにした。


「でも、どうしてまた僕達に声を?」


 がつがつと料理を食べていたラトさんは、フォークを僕へ差し向けながら言う。


「言っただろ? 一人だと味気ないから――」

「他にもお客さんはいますよ。その中でどうして僕達なんですか?」


 ラトさんのことを見たことがある気がするのに思い出せない。

 この現象は認識阻害の魔法と似てるかもしれない……もしかして、彼女は何か魔族と関係があるのか?

 でも、彼女から感じるこの感覚は不快じゃない……むしろ――


「そっか……分かっちまったかい。そうさ、あたしはアンタ達に用があったんだ」


 ラトさんの表情が鋭さを帯びる。


「アンタ達、あの鎧……『ドグーの騎士』と一緒にいただろ?」


 記憶を呼び覚ます必要などない。

 ドグーの騎士……間違いなくあの鎧の人のことだろう。


「あ、ああ、そうですね。この近くで山賊に遭ったときにお世話になったんです」

「ああ……なるほどね、それでか……」

「ラトさんはあの人と知り合いなんですか?」

「いや、そうじゃないんだけどね……」


 ズイっとラトさんは椅子から腰を上げ、僕の方へと身を乗り出す。


「最近王都の辺りで有名だったんだよ、あの騎士は」

「王都で……ですか?」


 王都といえば、ひと月くらい前まではセラ達が居たはずだ。

 でも、セラ達はあの鎧のことを知らないようだった。


 つまり、セラ達が冒険者になってから現れて、有名になったってことか?


「有名って……あの人は何をしたんですか?」

「いや、何も」


 ラトさんは椅子に座り直し、手をヒラヒラさせて、あっさりと言ってのける。


「でもさ、あんなのが歩いているとそれだけで目立つだろ?」

「なるほど……確かにそうですね。でも、あの人ってなんであんな鎧をつけているんですかね?」


 ラトさんはこめかみを押さえながら考え込む。


「さあね? でも、噂じゃあ誰かのせいで着けざるを得ない状況になったって話らしいけどね」


 呪いってことかな? それとも誰かに嵌められたってことか?

 もしそうなら、悪い人じゃないと思うから、今の状況から立ち直れるといいとは思うけどーー


 ん? 何だろう……?


 僕が鎧の人に同情心を向けていると、ラトさんが僕をマジマジと見て、何事かを考え込みながら首を傾げていることに気づく。


「うーん……なんだかねえ……」

「どうかしました?」


「ああ、いやね? 変なこと言ってるって自覚はあるんだけどさ。聞いてくれる?」

「はあ、何でしょうか?」



「……レナ嬢ちゃん……アンタ、男みたいだって言われたことない?」


 ラトの言葉に僕の心臓がドクンと跳ねる。

 何で……何か気づくようなことしたかな……?


 男だったとき、女に間違われることはあった。

 そのおかげか、女になって僕の顔がそれ程変わっていなくても、僕は男に間違われることなんてなかった。


 それなのに……ラトさんは僕のどこに男を感じたんだ?

 まるで、鋭いナイフを首元に突き付けられた気分だ。

 多くの秘密を抱える身としては、真実に辿りつく道はなるべく断っておかなければならない。


「どうして、そう思うんですか?」


 僕は必死に、笑顔と平常心を保ちながらそう言った。

 声は震えていなかった……と思う。

 正直自身がない。それくらい動揺していたのだ。


「いや、視線がね……」

「視線?」

「うん、何か露骨に胸ばっかり見てるからさあ」


 ラトさんが少し恥ずかしそうに身をよじり、自身の体を抱くように力を込める。

 ああ! またやってしまったああぁぁぁ!


 どおりでセラ達の機嫌が悪くなったはずだ。

 チラリと二人を確認すると、凄く睨んでる……ラトさんの胸を。

 特にカータ。

 でも、確かに冷静に思い返してみると、何度も見てしまったような気がする。


 いや、でもね! 言い訳をさせて欲しいんだよ!

 大きいんだもん! でかいんだもん! 揺れてるんだもん!

 誰かは忘れたけど、昔の人は大きいことは良いことだって言ってたよ!

 だから、僕は悪くない!!


 なんてことが言えるはずもなく……。


「い、いやだなあ……誤解ですよ、誤解……」


 僕はそう言って誤魔化すだけで精一杯だった。


「……そうかい? なら良いんだけどね」


 ラトさんは気にした様子もなく笑っている。

 そういう視線には慣れているのかもしれない。


「……お姉ちゃんの、嘘つき……」

「お姉様ったら、私のでいいならいつだって……!」


 うん、二人の発言は気付いていないことにしよう。

 僕はそうすることでしか、心の平穏を保てないのだった。





 僕達がご飯を食べ終え、しばらくゆっくりとお茶を飲んでいると、ラトさんが質問を投げかけてきた。


「嬢ちゃん達は、お酒は飲まないの?」


 この国では成人後は飲酒が認められている。

 つまり、十五歳から飲酒が可能ということで、一応僕達は全員飲酒できる訳だが……僕達は飲まない。


 その理由は――


「ラトさん、女性冒険者は基本的に酒を飲まない方がいいですよ」


 酒を飲んで泥酔した女性を自室に連れ込み、ことに及ぶなんていうことは本当に他人事ではない。

 実際僕が男だったときにも、そういった行動をしている人間を見たことは一度や二度ではない。


「んー……まあ分かってるんだけどさあ……やっぱ飲みたくなるときってあるじゃん?」


 メラン・コリーで受けたクエストの中に、そういうことを目的とした集団をあぶり出す為の囮になるというものがあった。

 あのときは、流石に二人を囮にすることができなかったので、僕が担当したのだが……血走った目をした男は相当に怖かった。


『女性の飲酒は時と場所と人を選んで行うモノ』というのが、世界共通の不文律だ。


「いいじゃんさあ……! レナ嬢ちゃんだけでもいいから付き合ってよー!」


 僕の体にラトさんが縋りついてくる。

 ちょ、ちょっと! 胸が当たってるよ!


「一杯だけ、一杯だけでいいから!」


 手を合わせ、頭を下げ、懇願するさまは、あのとき部屋に連れ込もうとした男の姿をなんとなく思い出す。


「分かりました……一杯だけですよ?」


 セラ達に目を向けると、冷たい視線が僕に突き刺さる。

 べ、別に胸に屈したって訳じゃないんだからね!

 そう、同じ冒険者同士……少しくらいは交流を深めても罰は当たらないはずだ。



「ごめんね……悪いけど、先に部屋に戻っておいてくれるかな?」

「お姉様、本当に一杯で済むんでしょうね?」

「も、もちろんだよ」

「……分かったわ、行くわよカータ」

「……むね、ん……」


 セラが、うなだれるカータの手を引っ張って、部屋へと戻っていく。

 自身の体を眺めながら去っていくカータは、とても哀愁が漂っていた。

お疲れ様でした。

よければ、ブックマークなどをよろしくお願いします

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