鎧の人
今日から隔日で再開でございます。
もう一つの連載と交互に投稿するので、実質毎日投稿(暴論)です!
よろしければ、『V・L・Fantasy』もどうぞよろしくお願いします!
「カータ、あんた少しは遠慮しなさいよ」
「……セラこそ厚かましい、もうオバサンになった……?」
「あんたねえ……!」
「二人とも、仲良くして……」
馬車のガラガラと言う車輪の音を聞き、体を揺さぶられながら、僕は心の中でため息を吐いた。
僕は今、絶賛板挟み中だ。
表現的にも、物理的にも……。
メラン・コリーを発ってから、もう既に一週間が経ち、僕達は今、サレナが活動していたという噂があった、ロビアンという町に向かっている。
そしてその道中、僕達はこの馬車に護衛として乗ることになったのだ。
この馬車は僕達が徒歩でロビアンへ向かう道中で出会ったのだが、客も荷物も何も乗せていなかった。
何でも、元々冒険者を乗せていたらしいのだが、そいつらは素行が悪く、乗せていると気分が悪くなったとかで、道の途中で放り出してきたらしい。
そんなことして良いのかな……?
まあ僕も、ゴーラみたいな奴が乗っていたら、恐ろしく不快な思いをするだろうから、気持ちは分かるけどね。
でも、こういうのは逆恨みされる可能性もあるからなあ……。
と、現実逃避をしてみたはいいものの、二人の喧嘩は治まることはない。
ちなみに喧嘩の原因は「どちらが僕の隣に座るか」というものだったのだが、どちらも譲る気はなく、そして、話し合いで決着が着くはずもなく、仕方なく三人並んで座ってみたは良いものの、今度は場所が狭いと喧嘩する……。
僕にどうしろって言うの……?
「嬢ちゃん達は随分仲がいいねえ」
「そ、そうですかね……?」
「ああ、前乗せてた連中は酷いモンだったよ。仲間同士だっていうのに、常にピリピリしててさ」
この子達も常にピリピリしてるような気がするんだけどね……。
「御者なんて職業やってるとね、たくさんの人間と出会うからかねえ……。分かるんだよ、人となりってやつがね。だから分かるのさ、少なくともあんた達は、全員信頼関係で結ばれてるってね」
そっか……このオジサンは良い観察眼を持ってるね。
「……それで、モノは相談なんですが、オジサンの観察眼を持ってして、この状況をどうにかする方法は分かりますか?」
オジサンは僕の両隣りにいる二人を交互に見比べ、少し考えた後、僕から目を逸らして、こう言った。
「……おっと、話してばっかじゃいられねえな」
いや……やっぱりオジサンの観察眼とやらは節穴かもしれない。
そんな会話から、しばらく時間が経ったときのこと……。
「ねえ、お姉様。どうやら厄介事がやってきたみたい」
セラが後方を指し示す。
膝立ちになって後ろを確認すると、五人の男達が馬を走らせ、この馬車を追いかけているように見える。
「オジサン、もしかしてあの人達って……」
「ああ、そうだな。俺の客だった奴らだ」
「なんで追ってきてるんですかね?」
「それは俺の目を持ってしても見抜けんね」
やっぱり節穴か……。
うーん、どうするべきだ?
「どうする? 燃やす?」
セラさん、少しは穏便に済ませようと思わないんですかね……。
「……お姉ちゃん、ヤる……?」
カータさん、それどういう文字を当てはめるんですかね……。
「オジサン、一回止まってみましょうか?」
流石に二人に短絡的な行動を取らせる訳にもいかない。
「……大丈夫かね? こう言っちゃなんだが、あいつらは多分、相当なろくでなしだぞ?」
「……そうかもしれません。でも、そうじゃないかもしれません」
対話もせずに、一方的に相手を傷つけるなんて……勇者のやることじゃないからね。
「分かったよ。でも、危なくなったら逃げさせてもらうよ」
「はい、自分の都合に巻き込むわけにはいきませんから」
「……もう十分に巻き込んでると思うがね。まあ俺が言えた義理じゃないか……。よし、それじゃあ、速度を落とすぞ」
オジサンの的確な呟きは聞こえないフリをして、念のために戦いの準備を整える。
馬車が停止するとともに、何頭もの馬の嘶きが響き渡る。
「おっと、観念しな……!」
馬車から出た僕達を取り囲むように、男達が歩み寄る。
「……なんの用?」
一目で友好的ではないことが分かるが、一応尋ねておく。
「そりゃあもちろん、身ぐるみを置いて行けって話さ」
「……山賊ってこと?」
「俺達が海賊に見えるか?」
「見えないね……」
どうやら根っからの悪人らしい。
「俺らはここらでお前らみたいな客を狙って襲ってるんだ。アジトの近くで御者に置いていかれたのは誤算だったが、お前らみたいな上玉と出会えるんなら、良い思い出になりそうだぜ」
「そう……初犯ってわけじゃなさそうだし、大人しく観念してくれれば良いんだけど……」
「ひひ、何言ってんだ、大人しくヤラれるのはお前らの方――」
男が言い終える前に、彼の顔に大きな火の玉が炸裂する。
「これ以上、お姉様に下品な言葉を使わないでくれる?」
「……お姉ちゃんが許しても、私達が、許さない……」
カータはセラと並び、キリっとした表情で、偉ぶって腕を組んでいるが、実際に手を下しているのはセラだけだ。
カータは他者を傷つける術を持っていないのだ。
「ぐっ! こいつ、魔術師か……!」
「ええ、最近絶好調な私の魔術がくらいたければ、前に出なさい!」
山賊達は二の足をふみ、仲間内で顔を見合わせている。
「誰か行けよ」と、全員が全員に目で訴えているのが丸分かりだ。
セラの魔法は【勇者の恩恵】によりパワーアップを果たしている。
ただの山賊に彼女を止めることはできないだろう。
それにしても、強力になり過ぎだよ……。
このままでは、彼女達が自身の力に違和を感じるのも時間の問題だろう。
「どうしたの? 来ないのかしら?」
掌からチロチロと炎を出し、弄びながらセラは得意げに問いかける。
セラは余裕の笑みを浮かべ、完全に油断しきっているが、そうなってしまうほど、彼女の魔法の威力は凄まじいのだ。
「くっ……! て、撤退だ!」
山賊のリーダーと思しき男が声を上げる。
声をあげ始めたときには既に体勢を反転させており、いの一番に逃げ出そうとしているようだ。
しまった……!
まさかリーダーが最初に逃げるとは思わなかった。同じリーダーとして彼の行動は見逃すことはできない。
なにより、ここで逃がすと他の誰かが被害に遭ってしまうだろう。
「止めなければ」と思って駆け出すが、相手は馬に乗っている。
セラはリーダー以外の山賊の行く手を遮るように魔法を発生させており、彼女に頼ることはできなさそうだ。
あいつの捕縛は難しいか……?
殺すことも念頭に入れ、自身の剣に手をかける。
あ、あれ、なんだろう……?
山賊リーダーが逃げる先に、大きな鎧が立っている。……いや、立っているのではない。
歩みは遅く、少しずつではあるが、確実に前に進んでいる。
「邪魔だ、どけえ!」
こちらを確認しながら逃げていた山賊リーダーは、気付くのが遅れてしまった。
山賊リーダーはその鎧を避けることができずに、大声で脅しかけるが、あの鎧はそれで避けられるような大きさではない。
ぶつかる!
そう思った瞬間、鎧は驚異的なスピードで流れるような動きで横に避ける。
そして、驚く間もなく、鎧は馬上の山賊のみを引きずりおろし、地面にたたきつけた。
「す、凄い……」
あの重そうな鎧であんな動きができるなんて……相当な実力者に違いない。
「それじゃあ、こいつ等は俺が責任を持ってロビアンに連れていくからな」
オジサンは、そう言い残して出発し、遠ざかって行く馬車を僕達は見送る。
山賊達は、売られていく子牛のような悲壮感を漂わせていたが、自業自得というやつだ。
鎧の人が山賊リーダーを取り押さえた後、全員を捕縛したまでは良かった。
しかし、衛兵が居るような大きな町はロビアンしかないし、彼らを連行するような移動手段は、自分達が乗っていた馬車しかなかった。
だから、仕方なくオジサンに山賊のことを全て任せ、馬車とはここで別れることにした。
「……お姉ちゃん、どうしよう……?」
「うーん、ここら辺に宿のある町ってあったかな……?」
空を見上げれば、太陽は少し傾きかけている。
このままだと最悪野宿ということになるな……。
野宿は嫌だな……。
僕は二人の少女をチラリと盗み見て、密かに溜め息を吐く。
この前三人で野宿したとき、火の番をする順番――というか、どっちが僕と一緒に寝るかで揉めたんだよな……。
そんなことを考えていると、後ろからトントンと誰かが肩をつつく。
ん? カータかな?
僕は少し目線を下に向けながら、後ろを振り向く。
「……ってうわっ!」
目に映ったのは熱い鉄板……後ろには鎧の人が立っていた。
「ど、どうしたんですか?」
僕が驚いたことを、なるべく悟られないように、平常心を保ちながら微笑むと、鎧の人はどこからか地図を出し、その中に描かれたある場所を指し示した。
僕はその地図をおずおずと覗き込んで確認する。
鎧の人が指し示した場所は、この街道から少し逸れたところにあるレアンという名前の町であった。
「えっと……ここがどうしたんですか?」
鎧の人は重そうな手を挙げ、街道から逸れた道なき道を指で差し示す。
「……もしかして、この先にこの町があるってことですかね?」
重そうなヘルムが縦に揺れる。
「夕暮れまでには着けますか?」
再び縦に頭が揺れる。
「ちょ、ちょっとお姉様……!」
セラが慌てた様子で僕に近付き、マントの裾を掴んで僕を引き寄せ、鎧の人に気付かれないような声でヒソヒソと囁く。
「あんなあやしい奴の言うことを聞くの?」
セラの懸念は最もだ。
あんな怪しい格好した人間を信用しろと言っても無理な話だと思う。
「うーん、あの人って、なんとなく信用できそうな気がするんだよね……」
チラリと、鎧の人を確認する。
まあ、根拠は全くなく、ただの勘ではあるが……。
「そうかしら? 私は全くの逆だわ。あの鎧は何か嫌な予感がするのよ」
鎧の人の鎧は、先程は遠くて気付かなかったが、以前噂で聞いたことがある代物だった。
確か『ドグー』という名前で、その形状が昔の呪術で使用していた人形に似ていたことから、その名前が付いたといわれている大きな鎧だ。
魔法を含め、防御力は凄まじいものがあるが、あまりに重量が大きい為に、通常の運用は難しいという欠陥装備だったはずだ。
それを着ているだけでなく、あんな動きまでできるなんて……相当鍛えているんだろうな。
「……お姉様、魔族はあのときのアイツみたいに、心に作用する変な術を使うかもしれないわ。私はお姉様の意見にはなるべく従うつもりだけど、一応その可能性だけは頭に入れておいてね」
「うん、セラがそういうことを言ってくれるから、僕も安心して背中を任せられるよ」
「当然だわ、私はお姉様の女房役……いえ、役を取っても良いくらいの関係だと思っているのだから!」
「そ、そう? ありがとうね」
なんと言えばいいのか分からない。
セラ……女同士は結婚できないんだよ?
「……セラ、どさくさに紛れて、変なこと言わないで……」
いつの間にか、僕とセラの間に体を割り込ませていたカータが、不満げな声を上げる。
「変なこととはなによ。これは私の将来設計なのよ!」
「……セラの将来なんて、どうせ真っ暗……」
「何言ってんのよ、明るいに決まってるでしょ!」
全く……喧嘩するほど仲が良いって言ってもね……もう少しだけ頻度を落としてくれてもいいんだよ?
気疲れした僕の肩が、再びトントンとつつかれる。
振り向くと鎧の人は再び街道の先を指差している。
「えっと、あなたもあの村に行くんですか?」
鎧の人はコクンと肯定の意を示す。
「一緒に行きますか?」
コクンと頷き、鎧の人は先を歩いていく。
僕も彼の後ろについて歩いていく。
僕が先に行ったことに気付き、言い争いをやめて、僕を追いかけてセラとカータが走り出すのは、それから十秒ほど経ってからだった。
感想などよろしければお願いします。




