妖精の集落でのクエスト 中編
クエストを受けて、とうとう男の矜持を投げ捨てたレナは……。
「ぼくは、しょうきにもどった! だから大丈夫です、離して下さい。少し痛いです……」
「本当ですか? もう、店中の油を集めようとしないですか?」
「はは……そんなことする訳ないじゃないですか……」
おい、今さっきしようとしてただろ? と言わんばかりの視線から目を逸らす。
「それに、こんなことしている場合じゃないですよね……? さっきチラリと外を見ましたけど、かなり人が多かったですよ……!」
開店まで後一時間はあるのに、既に外には三十人位並んでいた。
以前に来たときは、時間帯的な問題もあっただろうけど、そこまで人は多くなかったし、店員自体も、ティータとターニアさん、それと後二人ほどしか、見える範囲にいなかった。
料理や皿洗いなどの人員を四人と見積もっても、全員で十人もいなかっただろう。
しかし今日は――今僕を取り押さえている――総勢二十名を越える人間が妖精の集落にいる。
つまり、おそらく今日は客が多いと、店側は分かっていたということだ。
「ホホホ……既に宣伝済みですから……」
「宣伝って……」
ターニアさんが僕の目の前に一枚の紙をぶら下げ、僕はそれを手に取る。
えっと、なになに……。
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今話題の美少女冒険者パーティ『Black Lilies』のメンバーが、あの妖精の集落に遊びにきたよ!
パーティリーダーの『黒百合』こと、レナ。
美少女治癒師の『青蓮の乙女』こと、カータ・バレンシア。
辛辣なる魔術師の『金香の華』こと、セラ・ミアーレ。
この三人が妖精の給仕服を着て接客します!
この日だけの特別営業!!
さあ、君達も彼女達と触れ合おう!!!
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まあ言いたいことは多々あるが、まず一番に僕達は妖精の集落に遊びに来たわけではない!
僕達は仕事だよ!
それよりも、なんか変な名称が……。
「こ、この、花の名前は何なんですか……?」
「……何って……二つ名ですよ?」
「いや、二つ名って何?! そんなの聞いたこともないですよ!?」
と言うか、いつ決まったの、そんなモノ……。
「あれ、知りませんでしたか? これは『Black Lilies』のファンクラブ会員が決めた正式なモノですよ?」
「えっ!? こう言うのって、ファンクラブ会員が決めるようなモノなんですか?!」
「あれ、知りませんでしたか?」
知らないっていうか……そういえば、ファンクラブなんて僕には関係ないと思って、何も詳しく聞いてなかったな……。
「というか、あったんですね。僕達のファンクラブって……」
「ふふ、そうですよ?『Black Lilies』は本人達が思っているよりこの町では有名なのですよ……。ここ辺りを拠点にしていた、ゴーラ一味を潰したという実績は、あなたが考えているより、名を売るきっかけになったということです」
確かに、あいつらは仲間の人数が多く、パーティというよりも、いわゆるクランに近い存在になっていたようだ。
そこの頭を潰せば、確かに注目されてもおかしくはないね。
「僕らは見世物って訳ですか?」
「まあ、せめて広告塔と言って欲しいですね」
ターニアはすました顔で微笑んでいる。
全く、仕方ないね……。
「ふふ、引き受けたからには、やりますよ。金払いが良い理由も分かりましたしね」
「そうですか、やる気になってくれたようで良かったです」
スカート穿いてるから、やる気は出ないんだけど……。
「それでは、とりあえず業務が始まるまで、少し接客の練習しましょうか?」
そこから開店まで、ターニアさんに教えてもらいながら、僕とカータは研修を行うのだった。
「よくぞ来た、偉大なる人間よ……(訳・いらっしゃいませ、お客様!)」
妖精の集落が開放(開店)されてから、既に三時間ほど経過した。
しばらくは休む間もなく、大忙しであったが、仕事に慣れてくると、意外にやりがいを感じるモノだ。
それにしても……何度言っても、この尊大な挨拶は慣れないね……。
今は、大分客足も落ち着き、周りを観察する余裕もできている。
「……人間よ、契約の言葉を……」
カータ……じゃなくて、ナンシーが、迷い人(お客さん)に契約の言葉(注文)を伺う声が後ろから聞こえてくる。
この店の接客は、他のお店とは少し異なるので、あまり言葉数が多くない彼女でも、特に浮いているということはないようだ。
ナンシーも仕事に大分慣れたのかなと、彼女の方を確認するべく振り返る。
「あ、え? な、な……!?」
う、嘘だろ……! 僕は夢でも見ているのだろうか?
あの……あのナンシーが!
「リャナ、ナンシーはすごいですね。あそこまで完璧な営業スマイルができる人間はいませんよ!」
いきなり後ろから声をかけてきたターニアさん。
しかし、今の僕はそんなことでは驚けない。
目の前の光景の方がより、驚きに溢れているからだ。
その驚きとは……いつも表情の変化が乏しいナンシーが、言葉の抑揚は変わってはいないモノの、今は満面の笑みで迷い人と向かい合っているのだ!
僕にもそんな顔見せてくれないのに……!
ギリギリと歯ぎしりしながら、僕はナンシーを観察し続ける。
くそ、相手は誰だ……!
呪いでもかけてやろうかと、迷い人の顔を確認する。
(あ、あれは……!)
見たことのある顔……その人はコルウェイの森に入る前に、ブッシュウルフの情報を教えてくれたおじいさんだ。
彼はナンシーに話しかけながら楽しそうに笑っている。
……まあ、しょうがないよね。
でも、おじいさん……カータは貸すだけだからね?
「全く……善良な迷い人に嫉妬しないで下さいよ」
「……これは姉として大事なことです。譲れませんよ」
僕が顔を逸らすと、呆れたような顔でため息を吐かれる。
何ですか、何ですか……! 別に良いじゃないですか……!
スカート穿いているせいで、何か調子狂うんですからね!
ここぞとばかりに、スカートをこき下ろすが、今は全く関係ない。
「……お姉ちゃん、サボり……?」
「な、ナンシー……ひ、人聞きが悪いなあ……」
いつの間にか給仕を終えていたナンシーが、いつの間にか僕の隣まできていたようだ。
まあ、確かに傍から見たら、サボっているようにしか見えないかもしれない。
「僕はサボっているわけではないよ? でもね、僕は今原動力が足りないんだ……」
深刻そうな顔をして言ってみたが、考えていることはしょぼい。
僕にとっては重要だけれどね!
「……原動力……?」
こてんとナンシーは首を傾げる。
そうだよ、そういうのだよ!
僕は今、きっとカータ分が足りないんだ。
「ナンシー、僕に笑いかけてくれないかい?」
「……えっ……?」
「ほら、さっきおじいさんにしていたみたいにさ……ダメかな?」
それさえもらえれば、僕は頑張れる!
「……その……ダメじゃ、ない、けど……」
「けど?」
「……は、恥ずかしい、よ……」
顔を掌で覆い隠し、うつむいたまま、イヤイヤと首を振る。
なんだよ……なんだよこれぇ……!
何なんだよ、この可愛すぎる生物は……ッ!
「ごめんね、ナンシー……もう十分だから……!」
僕はこれからも仕事を頑張れそうだよ!
「ハア……何やっているんですか……仕事して下さいよ……」
そのときのティータさんの溜め息は、今日一日を通して、一番大きかったという。
「ねえ、お姉様……?」
もう少しで昼過ぎというところで、ティータが僕に声をかけてきた。
「ん? どうかしたの?」
「いえ、あのね、あそこにいる人なんだけど……」
ティータの指の先の先、段々と辿っていくと、そこには一人の男が座っていた。
「あの人、私やナンシーが近づくと、いきなりハンカチ取り出して、泣き出すんだけど……会ったことがあるのかしら? あまり記憶にないんだけど……」
ねえ……ティータ? それは少し酷過ぎないかな?
まあ仕方ないか……ここで教えておくかな。
「あのね、あの人は僕達がいつも朝食を食べているパン屋の人だよ」
「え……! それじゃあ、あの人私達を捕まえにきたの?!」
……えっ! なんでそうなるの!?
「くっ……お姉様とナンシーだけでも逃げて!」
「い、いやいやいや! 違う、違うから……!」
なにその展開……!
超展開過ぎて、僕ついて行けそうにないよ!
「あの人はワザと、パンをきれいな籠に入れて、餓えていた僕達に朝食を恵んでくれていたんだよ……」
「え……? そ、そうなの? そ、それじゃあ、お礼を言わないと駄目……よね?」
何故か、気まずそうなセラに助け船を出す。
「……そうだね、せっかくだし、一緒に行こうか?」
「そ、そうね……その……私あまりにも変な人だったから、少し、失礼なことをしてしまったかも……知れないわ……」
「え? 失礼なことって……?」
「え、いや、たいしたことないのよ……? ただ――」
「あんた何見てるのよ?! 私だけならともかく、ナンシーまでチラチラ見て! 遠目からはお姉様まで……! ここは御飯を食べるところで、女の子を物色する場所じゃないのよ!」
「あ、ああ、申し訳ない……」
「謝って住むなら衛兵はいらないの! これだから男は嫌いなのよ!」
「あ、あの……」
「何よ……? さっきまでのは水に流してあげるけど、これ以上何かしようとするなら、店から追い出させてもらうわよ!」
「も、申し訳……ないッ!」
「――って言ったら、ハンカチ出して泣き出したから……」
な、何やってんのおォォォ?!
泣きだしたから……じゃないよ!?
全然大したことなくないし!
そりゃ泣くよ! 僕だって泣いちゃうよ!?
いくら男嫌いだからって……それは酷過ぎるでしょ……。
て言うかハンカチ持って泣き出すっていうのは、元々ティータが原因ってことじゃない……?
くそぅ……僕が最初にオジサンに気づいてさえいれば……!
しかし、悔やんだところで、オジサンのメンタルはもう元には戻らない。
仕方ない……誠心誠意を以って、謝罪するしかないね……。
「……もう、一緒に謝ってあげるから……ね?」
「お姉様……ごめんなさい。それに、ありがとう……」
謝罪も感謝もオジサンにね……?
「さっきは勘違いしてごめんなさい……それとパンのこともありがとうございました……」
僕の隣で、ティータが頭を下げている。
「僕からもお礼を言わせて下さい。あなたの優しさがなければ、僕達は生きてはいられませんでした」
僕も同じように頭を下げる。
「……頭を上げて下さい。私は気にしていませんよ」
でも、近くにハンカチの山ができてるんですけど……。
いや……これは気付かないフリをした方が良いのかな……。
「最初に街中でセラさんとカータさんを見たとき、彼女達は必ず大成すると確信し、まだ二人だけの無名パーティの頃から、私はファンクラブに入会していました……」
えっ……! なにその唐突な自分語りは?!
というか、おじさんもファンクラブに入ってたの!?
「おかげで会員番号0001番です」
それはそんな頃から注目していたら、一番だろうね……。
「その内、私は彼女達が何やらお金に困っているようだということを知り、ギルドの冒険者に依頼したのです。私の店の情報を流してもらい、パンを取りに来てもらえるようにね……」
オジサン、どんだけなの……。
ガチのファンだよ、コレ……。
「そして、レナさん……あなたが加入したことによって、パーティ名も正式に決まり、ゴーラという強い冒険者を潰すまでに至りました……『Black Lilies』は私が育てた! と言えるようになってとても嬉しいです……!」
「は、はは……そうですか……」
オジサンのほとばしるような『Black Lilies』への情熱に気圧されてしまう。
握手を求めて差し出されたオジサンの手を、僕は乾いた笑いを浮かべながら握り返した。
はは……まあ、オジサンのパンがなきゃ、セラ達は生きていけなかっただろうし、僕とも出会うことがなかったかもしれないからね。
『Black Lilies』の育ての親っていうのは、あながち間違ってないのかな。
謝罪を終えた僕達は、オジサンへの感謝を胸に、仕事へと戻るのだった。
二つ名の由来
レナは言わずもがなの黒百合です。
カータは睡蓮ですね。青蓮は清廉ともかかっております。
セラのピオニーはボタンのことで、ボタンユリはチューリップの別名です。金香はチューリップの別名鬱金香からきております。
花言葉は……気になる方は調べてみて下さい。
今回もセルフパロディ的な言い回しがあります。
よければ探してみて下さい。
お読みいただきありがとうございます。また次もお楽しみに……。




