妖精の集落でのクエスト 前編
三話にかけての短編となります。
「いやです!」
僕の大きな声がバックヤードに響き渡る。
ここは妖精の集落。
セラが少しの間バイトし、お世話になっていたところだ。
僕達『Black Lilies』は旅の資金を貯めるために、割のいいクエストを求めていた。
メラン・コリーの町に迷惑がかからないように、早く街を出ていきたかった僕達は、一日で一人あたり金貨一枚という好条件に惹かれ、妖精の集落でのクエストを受けることを即決した。
まあ理由はそれだけじゃなく、多少なりとも、妖精の集落の人達に恩を返したいと思ったというのもある。
でもさ……こんなことになるとは思わなかったよ……。
「何が嫌なんですか? 絶対似合いますから! 大丈夫です、怖いのは最初だけですから……! なんなら先っちょだけでいいですから!」
「先っちょだけでも、入れたら僕は僕じゃなくなりますよ!」
「一日で金貨一枚ですよ! なんの困難もなくお金を稼げるわけないでしょう!」
「それは僕の求める困難じゃないんですっ! そんなに穿かせたいなら、店長に穿かせたらどうなんですか!」
「レナさん! この店につぶれろとおっしゃるんですか!?」
今にして思えば、このクエストは確かに怪しかった。何故気付かなかったのかと思うほどに。
ギルドのクエスト求人にはこう書かれていたのだ。
求める人材の条件
・可愛らしい女性であること
・三人パーティであること
・妖精の集落で働いた経験がある者が最低一人はいること
・髪の色は青・金・黒の三色のいずれかであること
これって僕達以外いないんじゃね?
というか、髪の色の指定までされてるし、確実にこのパーティに向けて出された指定クエストじゃん!
とまあ、思わず口調が変わってしまうほど、今の僕は窮地に立たされているわけである。
「強情な人ですね……! ティータとカータちゃんはもう終わってますよ!」
妖精の集落の従業員であるターニアさん(本名不詳)が差し示す方を見れば、確かに二人はそこにいた。
以前見たことがあるセラの蝶の翅がついた給仕服姿と、トンボの様な翅をつけた給仕服のカータであった。
「どうかしらお姉様?」
「……どうせセラのは、一回見て、見飽きてる……新鮮な私の姿で、お姉ちゃんは、私に惚れ直すハズ……」
「ほら、見て下さいよ! あの二人の可愛さを……!」
「そりゃ当然可愛いに決まってますよ! あの二人なら……!」
僕の言葉を聞いて二人は顔をほころばせる。
だが、その言葉は彼女達を喜ばせるために言ったわけじゃないのだ。
「でもね……! 僕には絶対に似合いません! それに、僕はスカートだけは絶対に穿きたくないんです!」
それは男としての最後の矜持……譲るわけには――
「ハア……それでしたら、違約金を払ってもらうことになりますが……?」
顎に手を当てながら腕を組み、自身の豊満な胸を押しつぶしつつ、ターニアさんはやれやれと首を振る。
「違約金……? なんの話ですか、そんなこと聞いてませんよ!?」
「何を言っているんですか……ほら、ここ見て下さいよ」
差し出された依頼書の隅の、そのまた隅の方に小さく『もし、途中で依頼を降りられた場合、違約金――金貨三枚をお支払いいただきます』と書かれている。
こんなの詐欺だ!
などと叫び出したいのは山々だが、確かに依頼書に書いてある以上、無下にはできない。
「でも、それでも……僕はスカートだけは……!」
それだけは譲れない。
強情だなんだと言われても構わない。
もし、僕がスカートを穿いてしまったら、もう戻れない気がする。
「……そんなに嫌なんですか?」
僕は力なくコクンと頷く。
「仕方ないですね……。それなら一つだけありますよ。スカートじゃない給仕服が」
溜め息を吐きながらも、ターニアさんは代替案を示してくれた。
これは間違いなく、天からの救いの糸だ!
そう感じた僕は、一も二もなく手を挙げた。
「それなら着ます!」
救いの糸を逃してなるモノかと、前のめりになりながら、ターニアさんの案を採用させてもらう。
「……絶対ですね? これも断ったら絶対にスカートを着てもらいますからね?」
「良いですよ! だってスカートじゃないんですよね? なら何も問題なんてありませんよ!」
はあ、良かった……。
と、心を落ちつけたそのとき、ターニアさんの口元が歪む。
なんだ……この嫌な予感は……! 僕は選択を間違――!
僕が完全に真実へとたどり着く前に、ターニアさんが口を開く。
「昨日店長が着ていた制服でよければどうぞ。あれはスカートに見えて、実際は下にズボンのようなモノを穿いているんですよ」
僕の頭にサングラスで筋肉質な厳ついオッサンの顔が思い浮かぶ。
僕が初めてこの店に来た時、あのオッサンはセラと同じような格好をしていた。
濃い体毛と筋肉が透けて見えるおかげで、雑巾以下の汚らしさだったのをよく覚えている。
いや……だからなんだ! スカートよりはるかにマシなはずだ!
ははは、ターニアさん……思惑が外れてしまって申し訳ないが、僕はその服を着させてもらうよ!
「ちなみに、洗濯もしていませんし、最近温かくなってきたので、汗まみれで――」
「スカート穿きます……」
こうして僕は、ターニアさんの策略にまんまと引っ掛かってしまったのだった。
「ああ……とっても似合ってるわよ、お姉様!」
「……やっぱり、お姉ちゃんは、なに着ても似合う……!」
セラとカータの賛辞を聞きつつも、僕の心は陰鬱だった。
もう……お婿に行けない……。
「本当に似合っていますよ、だから自信を持って下さい」
「……そういう問題じゃないんです……」
女の僕にスカートが似合うということは、体つきも顔つきもあまり変わっていない男であったときも、似合うということだ。
そんなの認められるわけがない!
それに何だかいつもと違った感じで、スースーするし……。
しかし、穿いてしまったモノは仕方がない。
気を取り直して、クエストに挑まなければなるまい。
なんせ、金貨一枚だ。
さっきターニアさんに言われたが、決して楽して稼げるようなお金だとは思っていない。
恥を忍んで、身を粉にして、働くべきであろう。
「それではとりあえず源氏名を決めますか?」
「源氏名ですか? 確か、お店で使う偽名のことですよね?」
「ええ、この店では伝承に伝わる妖精の名を参考にしていますよ。特に希望がなければ、適当に決めさせていただきますが……」
僕の方は特に希望はない。
面倒だし、ネーミングセンスもないから、決めてもらった方がいいかな。
「うーん……カータはなにかある?」
「……私は別に、何もない……」
「それじゃあ……ターニアさんにお任せします」
「それでは、レナさんが『リャナ』、カータちゃんが『ナンシー』にしましょう。一応お店では本名を呼ばないようにして下さいね?」
「分かりました」「……はい……!」
よし、名前を呼び間違えないようにしないとね!
そんな感じで僕は気合を入れ直す。
「それでは業務内容ですが……魔法を使ったサービスができない以上、あなた方は低位妖精扱いとなります」
「……「低位妖精?」……」
「はい、レナさんは知っていると思いますが、この妖精の集落は、妖精との戯れをテーマとして、魔法を使ったサービスを行っているわけですが――」
確か、料理に魔法で焦げ目をつけたり、背中の翅で起こした風でコーヒーを冷ましたりするやつのことだね。
「――それができない人は、注文をとったりお皿の回収をしたり、その他の雑務を担当してもらうことになります。そしてそういう人達をこの店では低位妖精と呼んでいるのです。逆に魔法を使える人達は高位妖精といいます」
なるほどね……魔術を勉強してなきゃ、そんなことはできないもんね。
そう考えると、この店の高位妖精は、手に職をつけた専門職と言えるかもしれない。
「慣れるまでは大変ですが、この店はそこまでメニューの種類は多くありませんし、たくさん注文する人もいませんから、そこまで問題ではないと思います」
まあ、メモもできるみたいだし、なんとかなりそうかな?
「二人には比較的簡単な、注文取りと皿の回収をお願いします」
「……「はい」……!」
「いい返事ですね。……あ、一つ言い忘れてました」
ターニアさんはいつもの優しい笑顔から一変し、急に真面目な表情になる。
「セクハラをされた場合のことです」
セクハラ……まあそりゃあるよね……。
先程何人かと出会ったが、この店の女の子は全体的にレベルが高い。
バカな男が変なことを考えても納得はいく。
「この店はそういうお店ではないのですが、ごく稀に……命知らずの人間がいるんですよ……」
そう言った後フィリアさんは笑顔になったが、それは先程までの優しさなど微塵も感じない、悪辣で怨嗟溢れる悪魔のようなモノだった。
「ひッ!」
僕は思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
「あらあら、すいません……つい、昔を思い出してしまいまして……」
そんなに酷い客がいたのだろうか……?
あの怨念の強さは、人すらも殺せそうだったよ。
「でも、レナさん、考えてもみて下さい……ティータやナンシーの体を男達が穢れた手で触れる様を……」
(………………………………)
「……ターニアさん……」
「はい、分かってくれましたか……」
「この店を焼き払えば、そんな目にあわなくて済むんじゃないですかね?! よし、そうしましょう! この店燃やしてクエストをなかったことにしましょうよ! そうすれば、僕もスカートを脱げて、二人を穢さなくて済む……まさしく一石二鳥ですよ!」
僕はおもむろに立ち上がり、外へと走る。
「ティータ! 少し読み違えました! レナさんを取り押さえて!」
「お、お姉様……! そこまで私達のことを……!」
「……お姉ちゃん、愛が大きい……!」
「ああ!! 二人とも同じようなものでしたっ!!」
そこから店員総出(セラとカータを除く)で取り押さえられるまで、僕が正気を取り戻すことはなかった。
言い回しがセルフパロディなところがあります。
よければ探してみて下さい。
お疲れ様でした、またみて下さいね。




