決戦、コルウェイの森 ――嗜虐――
圧倒的な力に蹂躙され、レナはボロボロになる。
その後敵から、条件次第で助けてもいいと、契約を持ちかけられるが……。
ひとしきり大声で嗤った彼女は、底意地の悪い笑みを浮かべながら、僕に契約内容を告げようとする。
「……ふう、それじゃあなァ……!」
一回区切り、僕の表情の変化を楽しんでいる所が、余計に底意地の悪さを感じさせる。
何だっていい……何だってやってやるさ……。
僕の体を彼女達の代わりに弄ぼうが……それでも構わない……!
だけど、そんな僕の決意は、彼女の言葉によって一瞬ではじけ飛んでしまう。
「……お前が片一方を……殺せ……!」
は……? い、今……なんて、言った……?
僕の疑問に気づいた様子もなく、彼女は続ける。
「そしたら、もう一人は見逃してやるよ……! 優しいだろ? どちらも救えないところを一人だけ助けてやるんだからなァ!?」
告げられた契約内容は、僕を絶望の崖の淵へと誘うモノだった。
僕が……殺す? 誰を……? お前をか……?
僕の頭が「理解したくない」と彼女の言葉を、認識することを拒否している。
しかし、僕は理解した。理解してしまったのだ。
僕がセラか、カータを殺せって……?
そんなこと……そんなこと……!
できる訳がない!
「……どうしたァ? やらねえのか?」
僕はかぶりを振る。
「……そんなこと、できない……」
「あーあ……一人が犠牲になりゃあ助かったのに……じゃあ、両方見捨てるってことかァ!」
大袈裟に、楽しそうに、どこまでも見下しながら、彼女は告げる。
そんな言い方やめろ……!
どちらかなんて無理なんだ……!
それは彼女達への裏切りだからっ……!
嫌だ……嫌だ、嫌だ……! 嫌に決まってる……!!
彼女達が殺されるのも……! 自分が殺すのも……!!
何より……一瞬でも彼女達を天秤にかけてしまった自分が嫌なんだ!!!
「くくく……良い顔をするじゃねえか……!」
絶望にまみれた僕の姿を楽しそうに見物し、彼女は満足感が満たされたのか、一つ深く息を吐いた。
「ふう……でもこれ以上やると壊れちまうかなァ? 仕方ねえダルマは諦めるか……」
その発言も束の間。
彼女は僕のことをセラ達の近くへと軽々と放り投げる。
なんの抵抗もなくボールのように飛んでいく僕の体が、どさりと大きな音をたてて、地面と激突する。
「ぐぅっ……!」
「お姉様! お姉様!」
「……お姉、ちゃん……!」
僕を心配してくれている声が聞こえるのに、目が開けられない。
カータは泣いているのか……?
熱い滴が頬に落ちてその場所が痛みを訴える。
しかし、同時に回復もしてくれているようで、体が少し動くようになっていく。
「……お前ら。そいつを助けたいか?」
ゆっくりと歩いて来た彼女が二人に語りかけると、二人の恐怖が膨れ上がった。
無理もない。
僕から見ても、こいつは異常だ。
精神も、そして持っている力も。
こういった負の感情まで伝わってくるのは、【勇者の恩恵】のデメリットかも知れない。
「で? どうなんだよ?」
ニヤニヤと笑いながら彼女は二人の返答を待つ。
この顔は分かりきっているんだ。
二人が絶対に断らないことを……。
先程までと雰囲気の異なる彼女に、驚きつつも二人は頷く。
予想通りと言わんばかりに、彼女は笑みを深くした。
「そうか、それならなら、俺が今から言う言葉をこいつの前で宣言しろ」
彼女はセラに近付き、耳元でその言葉を伝える。
セラの表情が苦々しく歪み、チラリと僕の顔を確認する。
どうしたんだ……?
疑問に思う僕の目から逃れるように、セラは顔を赤らめてうつむいてしまった。
何度もためらいながらも、セラはただ僕を助ける為に、意を決して言葉を紡ぎ出す。
「……私達の、穴と言う穴は……男の……よ、欲望を……受け、入れる為に……あるモノ、です……。お姉様には……つ、ついてないから……受け入れる事は、できないの……。ごめんね……私の、は、初めては……名前も、知らない……誰かに、捧げる……から、見て、いてね……」
品性の欠片もない台詞が、セラの口から発せられる。
言葉にした後、セラは震えながら、真っ赤な顔を僕から反らした。
またセラに、こんな辱しめを受けさせてしまった……!
悔しさのあまり涙が出てくる。
泣きたくないのに……! 泣いたら彼女を傷つけるのに……!
しかし、まだ終わらない。終わる訳がない。
だって、彼女はまだ満足していない。
自身が楽しむ為だけに、僕が苦しむのを見たいが為だけに、彼女にとってのこの宴を終わらせないのだ。
次なるターゲットを見定め、僕の治療を続けていたカータの横に屈み、彼女は耳打ちする。
しかし、カータは首を振り拒絶する。
自分が言いたくないというのも、もちろんあるだろう。
たが彼女は何よりも、僕を傷つけたくないのだ。
セラの言葉に傷つく僕を見たからこそ、カータは今ささやかで、おそらく無意味な抵抗をしている。
だが、彼女がそれで許すはずがない。
「……良いのかァ? 大好きなお姉ちゃんがボコボコにされてもよ?」
「……い、言うな、カータ言わなくて良いんだ……!」
ようやく喋れるようになった口で、かろうじて言葉を発する。
「てめえは黙ってろ!」
彼女は僕の頭を殴りつけた。
「ぐぶぅ!」
「……やめてぇ……! ……言うからぁ……! ……お姉ちゃんを、傷つけないでぇ……!」
涙混じりの声でカータは叫んだ。
「ああ、言ってやれよ。姉ちゃんは変態だから喜んでくれるぜェ……!」
彼女はそんなカータを満足げな表情で嘲笑う。
止めてくれ……! 言わないでくれ……! 頼むから……!
しかし、僕の声にならない気持ちを、カータ――の僕を労わる優しさ――が踏みにじる。
「……大好きな、お姉ちゃんの、為に……わ、私の穴と……は、初めて、は……別の、人に、ささげる……ッ」
カータは先を言いよどむ。
僕の方をチラリと確認し、泣きそうな表情を向けてきた。
しかし、僕は体も動かせず、声もあげられない。
「どうしたァ? 言わねえのかァ?!」
そう言いながら、彼女は大袈裟に足を振り上げる。
僕の体を踏みにじる為に。
「……や、やめてぇ……!」
それを見たカータが、制止の声をあげると、彼女はニヤリと微笑み、足をゆっくりとおろす。
そしてカータに、あごで先を言うように促す。
僕の心を踏みにじる為に。
「……う、嬉しい、よね……? ……お姉ちゃんは……自分以外の……他人に、妹を……抱かせて、興奮……する、寝取られ、まぞ……だから……。……私の、その姿を、見て……自分で慰めて……?」
カータは泣いている。
ただ僕を助ける為だけに、品性を疑いたくなるような台詞を、カータは口にしたのだ。
カータが……穢されてしまった……。
「いやぁ……お前らの姉妹愛には感動すら覚えるねェ……!」
彼女の白々しい台詞に反吐が出そうになる。
こいつ……殺してやる……!
〈俺〉の女に……純粋なカータに……あんな事言わせやがって……!
「いやあ……お前らの姉妹愛に免じて……両脚切断ぐらいで勘弁してやるよ……! やっぱり逃げられると面倒だしなァ……!」
ここまでやらせておいて、こいつは……!
結局こいつは、最初から救いなど与えるつもりなどなかったのだ。
「ふ、ふざけるな……!」
「はあ……両手を残して、お互いを慰め合う事ができるようにと思って、言ってやってんだぜェ? ……脚だと入れずれェだろ?」
下衆な理論をぬけぬけと展開し、魔力を練り、口笛を吹くような気軽さで、特大の真空の刃を作り出す。
「や、やめろ……!」
「ほら、お前ら二人さっさと立てや……!」
彼女は指示を出し、二人を並ばせる。
僕の言葉なんかもう耳にも入っていない。
「……手も上げろ……そうだ、それで良い……。動くなよ? 他の所までなくなっちまうぞ……?」
やめろ……やめろ……やめろ……! やめろやめろやめてくれえええぇぇぇ!!!
願いも空しく、彼女達の元へと向かって行くソレを、僕にはどうすることもできなかった。
スローモーション。
僕はこの感覚を知っている。
だけど体は動かない……。
吸い込まれるように風の刃は二人の体に当たってーー僕の意識とソレは完璧に砕け散ったのである。
そろそろ終演も近いです。
続きが気になると言う方は、ブックマークなどよろしくお願いします。




