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決戦、コルウェイの森 ――彼女の正体――

真犯人の女を問い詰める為に、ギルドに向かうと、そこで手紙を受け取る。それを読んだレナは呼び出された場所へと赴くことにした。

 コルウェイの森の大樹といえば、木の実の採集クエストで行った場所だ。


 前回来たときは、あまり良い思い出がない。


 赤く染まった球体。

 首の取れた人形。


 あのときは感じなかったが、今は新しい記憶まである。


 体を貪られる感覚……。


 その後、必死に治療するカータを見上げている僕は、何故か声を出せなくて、「逃げろ」と頭の中で訴え続けているのに彼女は止めてくれない。

 目の前で頭がなくなったカータを見た後、意識が途切れる。


 見たことがないはずの情景が浮かんでは消えていく。


 これはカータのヴィジョンじゃない。


 それなら、一体誰か?


 普通に考えれば、この森に伴って来たセラ以外にはあり得ない。

 しかし、セラもカータと同様に、【勇者の恩恵】を受けるに至った要因が全く分からない。


 あの時僕の勘に従ったことで、セラの身の危険を防ぎ、カータも無事だった。


 まあ、案外カータの安全を優先した方が、良い結果になったのかもしれないが。


 頭が、ズキリと痛む。

 セラとカータを見ると、彼女達も顔が青く気分が悪そうだ。


 思考を切り替えなければ……。


 奴はどんな手を使ってくるか分からない。


 準備する時間は大量にあった。


 あの自信だ。

 罠を張っているかも知れないし、数多くの人間を引き連れて待ち受けているかもしれない。


「二人とも、気持ちは分かるけど、今は気を引き締めて。何があるか分からないからね」


 頷いた二人の目には、僕に対する信頼の念が込もっている。


 僕も落ち着かなくちゃ……僕が二人を守るんだから……!


 大樹に近付くと、木の幹付近に誰かが立っているのが見える。


 おそらく彼女だろう。


 周りを見た感じ、罠があるという訳ではなさそうだ。

 僕達が近付くと、大樹を見上げていた彼女がこちらを振り向く。


「どうも、きちんと来てくれましたね」


 受付にいたときと変わらない仕草で僕達に接してくる。


 本当にこの人が、あんな下品な手紙を書いたのだろうかと疑いたくなるほど、彼女は普段通りだった。


「あんた、よくも抜け抜けと……!」


 セラが前に出ようとするのを手で制する。


「ああ、セラさん……その節はどうも。精神の不安定なあなたはとても可愛らしかったですよ?」


 神経を逆撫でさせるようなことを滔々と語る彼女に、歯噛みし、怒りを感じながらも、僕は会話で彼女に探りを入れることにする。


「随分と余裕なんだね。こちらは三人、そっちは一人。勝ち目なんてないよ。伏兵でもいるのなら話は別だけど……」

「……どういう意味でしょうか? 私は一人ですよ?」


 彼女は小首を傾げ、心底何を言っているのか分からない、といった表情で応じる。

 彼女の言葉を全面的に信用する訳ではないが、嘘を吐いているような感じはしない。


「……ああ、なるほど」


 彼女はしばらく考えていたが、得心が行ったと言わんばかりに、ポンと手を叩く。


「大丈夫です。あなた達みたいな脆弱な人間と一緒にしないで下さい。私は罠も張っていませんし、一人で戦えますよ」


 彼女の目と発言に、僕達を見下す光が宿る。


「私が策を用いるのは楽しむ為です。ゴーラ達を利用したようにね……。実力で十分なのに無駄に頭を使う……そんなのは私のやり方ではありません」


 何を言ってる……? お前はただの受付嬢……いや、違う! 本物はもう死んでいる! なら、こいつは、誰だ……!?


「ああ……もう認識阻害の魔法も切れそうですね。私、初日に失敗したんですよ」


 友人と接する様な気やすさで、彼女は語る。


「入れ替わる前に名前を聞くのを忘れてまして……。わざわざ探るのも面倒だから、私の存在の認識を曖昧にする魔法をかけたんです。名札を付ける胸の辺りに……。名札はクソ女神の紋章があったので、ぐちゃぐちゃに切り刻んでしまいましたので丁度良かったんですよね。現に私の名前を知らなくても、違和感なかったでしょう? ちなみに、セラさんを騙すときにも使わせていただきましたよ」


 確かに、彼女の名前を聞こうとしてたのに、彼女と会ったときに限って忘れていたし、誰一人として、彼女の名前を言わなかった……。


 本当に恐ろしいのは、魔法の効果範囲だ。


 自分の周りだけでなく、メラン・コリーの町全体……いや、世界そのものを変えた……!? 少なくとも僕がアウステルダーに行ったときも、違和感はなかった……!


「やっと気付きましたか? 無知って……恐いですね?」


 僕の表情を見て、彼女は僕の心に芽生えた恐怖という感情に気付き、嬉しそうに笑った。


「さあ、ヤリましょう? 少しは、楽しませてくださいね?」


 彼女の体が沈んだ。

 そう認識したときには、体の中心に鈍い痛みが走っていた。


「ぐぶぅ!」


 僕のお腹に彼女の手がめり込み、そのまま宙を三メートルほど飛んでいく。胃の中にあったモノが強制的に吐き出される。


「防御力強化の魔術ですか……。小賢しいですね」



 目の前に、見下す彼女が立っていた。


「お姉様!」

「お姉ちゃん!」


 心配する二人の声が、遥か彼方から聞こえる。


 やばい……意識が……!


 途切れそうになる思考を必死に掻き集める。


「に、逃げ、て……!」


 薄れゆく意識の中、僕はそれだけをどうにか口から絞り出す。


「あなた、忘れたんですか?」


 うずくまる僕を押しつぶそうと、彼女の足が背中を思い切り踏みつける。


「ぐぅっ!」

「言いましたよね? 彼女達の穴という穴を凌辱するって……! もし逃げても、追いかけてそうするに決まっているでしょう!?」


 足を振り上げ、再度僕の背中に足を落とす。


「がっ!」

「あなた、自分からそう仕向けるなんて、寝取られマゾなんですか!?」


 何度も何度も僕の背中を踏みにじる。

 その度に、どこから出たかも分からないような呻き声をあげてしまう。


「お姉様から……足を退けなさい!」


 セラが繰り出した真空の刃が、彼女に直撃する。


「ど、どうよ!」


 ブッシュウルフと戦った頃より、明らかに威力の上がっている風の魔法。

 発動させたセラが驚くほどの威力だった。


「せっかく楽しんでいるのに……空気の読めないひと、ですね!」


 無傷――


 それどころか、セラが発した真空の刃よりも一回り大きいそれを、彼女は生み出した。


「空気を読むっていうのは……こういうことですよ!」


 セラの元に放たれるそれは、地面を抉りながら猛スピードで進んでいく。

 一瞬魔法に怯んだセラは、少し反応が遅れてしまったが、どうにか横に飛び、回避行動を行った。


「ぐうっ!」


 間一髪直撃は免れたものの、彼女の脚は深く傷つき、骨までは至っていないようだが、出血がおびただしく、痛々しい。


「もう、邪魔するからですよ? ほらカータさん? 速く治療しないと千切れちゃいますよ……セラさんの脚?」


 楽しそうに告げる彼女の声で、放心していたカータがセラの元に駆け寄って治癒術を施す。


「あ、いや……そうだ、良いことを思いつきました……!」


 楽しい遊びを見つけた子供のように彼女は告げる。


「ねえ、レナさん……! 別に、穴が残ってれば、良くないですか?!」


 返事がない僕を見下ろしながら、彼女は続ける。


 彼女は最初から、僕の返答には期待していなかったのだろう。

 ただ、言葉の意味を理解した僕の表情が見たいのだ。


「そうしましょう! 彼女達の手脚を引っこ抜いてダルマにしてしまいましょう! だって、穴さえあれば目的は果たせる訳ですし、彼女達も逃げられません……! まさしく、一石二鳥です!」


 上機嫌に高らかに、叫ぶ彼女。

 微笑みながら、二人の元へとゆっくり遠ざかって行く……。


 彼女の声が聞こえていたのか、二人の恐怖が伝わってくる。


「やめ、ろ……!」

 

 そんなこと、させてたまるか……!


「……はあ? 『やめろ』って……。もしかして、私に言ってるんですか……?」


 僕の方に向き直る彼女。


「ふふふふ……! はっはっはっひゃっははは……ふふふひひはは――」


 笑う。心底楽しそうに笑う。

 体全体で、笑いという感情を表現するその姿は、道化師のようにも見えた。


「ふう……。あなた……ナメてるんですか!!」


 ひとしきり笑った後、顔を豹変させ、僕の腹部を思いきり蹴りつける。


「ぶぁっ!」


 数メートル地面を転がっていく。

 彼女はゆっくりと僕に近付いて、うつ伏せに倒れる僕の髪を鷲掴みにして顔を上げさせる。


「やめて下さいでしょう……!? と言うか……何で、俺が、お前ら家畜共に、丁寧に喋んなきゃいけねえんだ? おら! やめて欲しかったら、地面に頭擦りつけて、頼んでみろよ!」


 僕の頭を地面へと叩きつける。

 何度も刈り取られては覚醒する意識に振り回されながら、僕は言われた通りに従う。


「……お、お願いします……! 二人を、傷、付け、ないで……下さ、い……」


 そんな僕の情けない姿を見て、彼女は満足げに笑う。


「ひゃははは! おめえにはプライドってモンはねえのか?」


 二人を守る為なら、そんなモノ、いつでも棄ててられる!


「んーでも、家畜との約束なんて、守る義理ねェな」


 残酷な現実を突きつけられ、絶望に落とされる。


「な、何でも、する……人だって、殺しても、良い……僕は、どうなっ、ても……良、い……だ、だから……!」

「ハア……俺が言うのも、何だけどよ……。お前、それでも勇者かよ……?」


 呆れたような彼女の声。


 お前……なんで……僕が勇者だって知っているんだ……?


「まあ、力を封じられてるから、元勇者……か?」

「な、何で、それを……? いや、おまえは、まさか……!」


 魔族……なのか……!


 セラとカータのいる方向へチラリと目を向ける。


 僕を心配そうに見ているが、この話は聞こえていないようで、少しだけ安堵する。


 あの手紙といい、こいつはどうやら話したがりのようだ。

 僕の疑問に、ニンマリと悪魔のような笑いを浮かべて、楽しそうに理由を説明する。


「ああ、多分お前が考えている通り、俺は……魔族だ……! それと……せっかくだし、教えといてやるかァ……! ……お前を女にした奴は魔族の幹部でな……結構、勝手な真似するんだわ。『勇者を殺さずに、力だけを封じる』とかなァ。あいつはお前に手を出すなって言ってたが、それでも勇者を放置するのは危ないって考える奴もいる訳だ……。それで、お前を監視する役目を与えられたのが、俺って訳よ。あーあ……俺の元になった女も、お前さえ来なければ、死ぬことはなかったのになァ!」


「そう、かもね……」


 二人を守る為には殺しも辞さない、と言った以上、僕がその人に同情する資格なんてない。


「面白くねえな……。少しは罪悪感を持てねえのかね」


 僕の反応が薄かったことが気に障ったようだ。


 しかし、僕は彼女の気持ちなどには興味がない。

 そんなことより気になることを彼女は言った。



――僕を監視していたと。



「……目的が、僕の、監視なら……何で、僕達に、手を出すの……? 放って、おいてよ……僕は、二人が、無事なら、それで、良いんだから……」


 僕の疑問とささやかな願いを聞いて、彼女は笑いながら機嫌良く答える。


「まあ手紙にも書いたが、聞きたいなら改めて教えてやるよ……! 言うなれば遊びよ、遊び……! 退屈な任務を潤す遊び……。お前を殺さなけりゃ、他は、どーでも良いんだわ。そういえば、ゴーラ以外にも俺が仕掛けた作戦がもう一つあるぜ? お前らがブッシュウルフを倒しにココに来たとき、わざと他の群れのウルフを大樹への道に追い込んどいたんだよ」


 ブッシュウルフが大樹への道に残っていたのには、そういうカラクリがあったのか……。


 だからあの時、セラが危ない目に……。


「俺の予想では、あそこで二人が死ぬのを目の当たりにする予定だったんだが、お前が作戦無視の変な指示を出しやがったから計画が狂ったぜ。一瞬、『お前がカータを見捨てた』と思って、面白くなったのも事実だがよォ」


 くそ……! 僕はこいつに踊らされていたってことか……!


「見捨てる、か……。そうだ、良いこと思いついたぜ……!」


 彼女は再び、下卑た笑みを浮かべる。


「俺はお前のことが気に入ったぜ? だから、お前にあいつらを助けるチャンスをやるよ……」

「……本当か……?」

「もちろんさ……! これは家畜との約束じゃねぇ、契約だ……! 元勇者のお前が魔族と契約を交わす……何とも面白いじゃねえか! ……どうだ、やるか?」

「やる、よ……!」


 僕は一片の迷いもなく答えた。

 その僕を彼女は嗤った。


「っひはひゃひゃはあはっはぁはやはっはっはっはふふうひいひ……!」


 その姿に、子供の頃絵本で見た悪魔を連想する。


 しかし、二人を救えるのなら、悪魔だろうが魔族だろうがなんでも良い。


 魂だって売ってやるんだ……! 例え二人がそれを望んでなくても……!

またレナがひどい目にあっておられるぞ……。


もう少しで予定していた最終話にたどり着きますが、次章に行く前に何かクッション話を入れようと思います。

もし何か要望でもございましたら、感想にでも描いていただければ嬉しいですね。(批判、賛辞問わず普通の感想もあれば、なお嬉しいです)


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