長く暗い三日間 ――最終日、急――
カータはセラを止めるべく、必死に説得するが、その願いも虚しく、セラは宿屋を出て……。
私は背中が丸見えな、黒いドレスのスカートをひらめかせ、食堂への道を歩いている。
その扇情的で美しい漆黒は、レナが出発した日に、私の心を塗りつぶした色と良く似ていた。
私の家は、王都の中では有名な旧家で、このドレスは社交パーティに出たときに数回着ただけの物。
男に見られる為に作られたようなデザインで、私は好きではなかったが、親が持って行けとうるさかったので、渋々荷物に入れた品だった。
男達のいやらしい目線を感じる。
鼻の下を伸ばす者、口笛を吹く者、友人とこちらを見ながらひそひそと話す者、彼女と居るのに私を見て怒られる者。
そんな様々な視線……。
普段なら気持ち悪くなるだけのモノだけど、昨日、良いことに気付いた。
これが全てレナのモノだと思えば、私の体は喜びに震えるのだ。
だから、私は平気。
体の芯が熱を帯びる。
レナになら全部見せてあげる。
私の、全てをあげる。
鼻の下を伸ばすレナ、口笛を吹くレナ、レナとこちらを見ながらひそひそと話すレナ、私と居るのに私を見て怒られるレナ。
私の全てが、レナに包まれていく。
熱いよぅ……レナぁ……!
跳ねそうになる体の衝動を押さえながら、私は歩く。
食堂が見えてきた。
食堂の前には、ゴーラの部下達が何十人も集まり、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、私の体を視姦する。
レナ見ないでぇ……! でも……もっと見てぇ……!
私は小さく体を震わせ、食堂のドアを潜る。
レナ、私に、罰を与えて……
◆◇◆
来るなと言われたけれども、結局追いかけて来てしまった。
セラの体が暗闇へと吸い込まれ、ドアが閉まる。
私の眼には地獄の門に吸い込まれる、哀れな魂のように見えた。
だけど、お姉ちゃんはもう近くまで来ている。
そう確信めいたモノも感じていた。
「ああああっぁああぁっぁぁあぁぁ!」
セラの声だ……!
外にいた男達から歓声が上がり、私の頭に最悪のイメージが浮かぶ。
間に合わなかった……?
その時、横を何かが通り過ぎた。
風? 弓矢? 馬? 魔法?
いや……違う。
横を通り過ぎたときに、聞こえた声。
「遅くなった」
私はこの優しい声の人物を、ずっと待っていた。
◆◇◆
僕はゴーラの部下達を蹴散らした後、戻って来た馬車に再び乗せてもらい、町に戻って来ていた。
逃げたはずの馬車が戻って来た理由。
それは、彼らに分けると約束した薬草を、僕が持っていたからだ。
雇い主の命令で薬草を取りに行ったのに、手ぶらで帰る訳にはいかない。
僕が死んでいようが、そうでなかろうが、彼らは戻って来ざるを得なかったのだ。
街に戻ってからは、急いでギルドへ赴き、借金返済の手続きを行って、食堂に向かって全力で走った。
食堂の手前に見えたカータに内心安堵するが、セラの叫びが聞こえたところで僕の危機感が警鐘を鳴らす。
カータには最低限の言葉だけを投げかけ、僕は怒りと焦燥感を抑えながら、目の前のクソ野郎どもに目を向ける。
「どけぇぇぇ!!!」
僕はドアの前にたむろする野郎共に、剣を全力で叩きつけた。
叩きつけられた人間は砲弾の様に吹っ飛び、近くにいた四、五人を巻き込み食堂の壁に激突した。
唖然として状況も理解できない馬鹿共に、現状理解すべきことを、簡潔に大声で説明してやる。
「お前ら!! 今から僕の邪魔をした奴は必ず殺す!! 地獄の果てまで追い駆けてでも、必ず殺し尽くす!! 分かったら、絶対に邪魔をするなぁぁ!!!」
そのままの勢いでドアをブチ破る。
ドアは近くにいた何人かを巻き込みながら吹っ飛んだ。
どこだ!? セラは……?!
僕を唖然とした顔で見つめるクソ野郎共にイライラしながら、必死で周りを見渡す。
すると、上半身裸のゴーラが目に入る。
殺意を必死に押さえながら、ゆっくりと奴に近付いて行く。
「おい……返済証明書だ」
近くのテーブルにくそったれな紙切れを乱暴に叩きつける。
「チッ! 間に合いやがったか……」
「セラはどこだ?」
ゴーラに近付くと、奴の足元に体を痙攣させながら倒れているセラがいた。
「セラ……セラに何をした?!」
僕は力の限り咆哮する。
「ちっと強力な媚薬を飲ませただけよ。生娘でも娼婦のように狂っちまうヤツをぐぁほ!」
僕はゴーラを殴ってセラへと駆け寄った。
彼女は胸をはだけさせ、苦しそうに浅い呼吸を何度も繰り返している。
体中がびっしょりと汗などの体液で濡れており、その量は床に水たまりができている程だ。
目は焦点が合っておらず、口からも涎を垂らし、体は時々短い痙攣を起こしていた。
「あっ……は……んんっ! かっ……はんぁ……!」
プライドの高いセラが、もし自身のこんな状態を知ったら、自ら命を絶ってしまうのではないだろうか?
そう思う程に酷い状態だった。
「おらぁ!!」
何かが僕の顔に触れたと思った瞬間、〈俺〉の体が吹っ飛んで行く。
机と椅子を巻き込み、ほこりが巻き上がる。
「けっ! ざまあみろ、不意打ちなんかしやがって……!」
殴られたのか……。
〈俺〉の頭は冷静にそう判断した。
怒りのせいか痛くはない。
体に乗っている椅子や机に構わず、ゆっくりと立ち上がった。
「……なんで、動けるんだよ!?」
ゴーラの手には〈俺〉の剣よりも大きなハンマーが握られている。
あんなので叩かれたら〈俺〉の頭なんて、卵のように容易く中身をぶちまけてしまうだろう。
自分の顔を触ってみる。
特に腫れてもいない。
あいつは、わざわざ素手で殴ったのか。
まあ良いか……どうでも良いことだ。
〈俺〉はゆっくりとゴーラに近付いた。
「く、来るな! 化物が!」
また一歩近付く。
「……い、いや、わ、悪かった……! 謝る……! 俺は頼まれただけなんだ! ギルドの受付の女に、お前の妨害をしてくれって!」
そうか、あいつか……。
〈俺〉は止まらない。
でも、情報を提供してくれたんだ、殺しはしない……。ただ、全力で殴るだけだ!
「……〈俺〉の女に……! 二度と手ェ出すんじゃぁねえぇぇぇ!!!」
顎に向けて、全力で振りかぶって繰り出したアッパーカット。
「ぐおうぼおおぉ!!」
天高く打ち上げられたゴーラの体は、天井にぶつかって落下し、ゴム毬のように何度か跳ねて、ピクリとも動かなくなった。
周りの取り巻きは駆け寄ることもせず、ただ〈俺〉とゴーラを見比べるばかりだ。
少しは気も晴れた。
何もしてこないなら、もう何かをするつもりは僕にはない。
僕はぐったりとしたセラに近付く。
苦しそうにしている彼女の服を整え、僕のマントで包む。
マントに包まれた彼女は、いつか見た黒百合に似ていた。
もう、ここに用はない。
僕はセラを、お姫様抱っこで抱え上げる。
「……最後に、一つだけ忠告して置く。二度と、僕達に接触するな。次に会ったときは……皆殺しにするよ」
言いたいことは、それだけだ。
食堂から出ると、カータが待ってくれていた。
僕の姿を見止めたカータは顔を歪めた。
そして、僕の元に走り、体にしがみついて泣きだした。
「……お姉、ちゃんの、ば……かぁ……! ……遅、過ぎるぅ……!」
「カータ、待たせて、ごめんね……」
「……ばかっ……ばか……ばかぁ……!」
「ごめんね……」
僕を待っている間、本当の姉を待っているときと同じか、それ以上の不安が、彼女を襲っていたのだろう。
小さな体に重荷を背負わせてしまった。
姉失格だな……。
でも……時間ギリギリで遅くなったけど、二人が無事で本当に良かった。
僕はカータが泣きやむまで、ずっと、ずっと、心の中で謝っていた。
こうして僕達の「長く暗い三日間」は終わりを告げたのだった。
これにて彼女達の悪夢はひとまず終わりました。
次の話からは少しイチャイチャします。
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