残念……勇者の冒険はーー
タイトル変えました
勝敗は決した。
勇者の使命を帯びて村を出立し、ささやかな出会いと別れを繰り返しながらも、今まで三ヶ月ほど僕は旅を続けて来た。
メラン・コリーという町の近くのコルウェイの森。
鬱蒼と茂る木々の間を歩いていると、僕に一つの出会いが訪れた。
相手はこの辺りに出てくる低級なソレではなく、言葉を解す魔物――すなわち魔族であった。
出会ったのは偶然。
倒されたのは必然。
敵は強過ぎたのだ。
「勇者よ……言い残すことはあるか?」
抑揚のない単調な声が耳に届き、倒れ伏せた僕の目と鼻の先に剣が突きつけられる。
「ぼ、僕を倒したとしても、勇者は他にもいるよ……!」
これは強がり。
自分の醜い本心に蓋をして今の状況から目を背けた――とても無様な強がりだった。
「それが最後の言葉か?」
冷たい痛みと共にドロリとした生温かい液体が頬を伝う。
ああ……ここで僕は死ぬんだね……。
「……元々、僕に勇者なんて大役は無理だったんだよ。村の皆に担ぎ上げられたけど、元々世界を救えるような器じゃないんだ……」
自らの死の気配……それを心が認識すると、自分の中にあった黒い感情がどんどんあふれてくる。
何で僕が、痛い思いをして魔物と戦わなければならないんだ……!
何で僕が、見ず知らずの人間を助けなければならないんだ……!
何で僕が、他人の幸せを守らなければならないんだ……!
何で僕が、こんな所で死ななければならないんだ……!
何で僕が――
そして、そのやるせない感情に押され、僕の望みが口から噴き出していく。
「僕は勇者なんかになりたくなかった……。故郷の村で働いて、誰かと結婚して、ただ普通に暮らして、家族に看取られながら死んでいきたかった……!」
それが嘘偽りのない僕の本心だった。
「そうか……」
目の前の魔族が剣を鞘へと納めた。
見逃してくれるのか?
僕の頭に浮かんだ淡い期待を打ち砕くように、魔族は僕の頭を踏みつける。
「勘違いするなよ? 勇者の力は危険だ……。このままお前を逃す訳にはいかない」
魔族は僕に向かって手をかざす。
その手からほとばしる光に魔法の気配を感じ、自らの最期を悟った。
体は動かない……現状を打破する作戦もない……。
これで終わりか……。
仕方がない、受け入れよう……。
瞑目し体の力を抜く。
たった今、僕は自身の生を諦めたのだ。
「次の人生ではお前の言ったような道を……歩めると良いな」
魔族の言葉に少し驚いたが、すぐにその感情も消える。
ここで結末を迎える自分にとって、魔族の真意は関係のないことなのだから。
僕は心の中で魔族に同意しつつ、そこで意識を手放したのだった。
目を開けると、そこには見慣れないシミだらけの天井が広がっていた。
ここは何処?
自身の状況を把握する為に頭を働かせると、混濁していた意識が段々と覚醒し、魔族に殺されかけていたことを思い出す。
生きているってことは……助かったってこと?
コルウェイの森での記憶がよみがえる。
絶望的な状況、死への恐怖。
今思い出すだけでも震えあがりそうになるが、僕はその衝動を抑えて、一息つく。
こんなことしている場合じゃないよね……。
今は、現在置かれた状況を正確に認識するべきだ。
命は助かっているが、決してあの魔族の手に落ちていないとは言い切れないのだから。
「……ん……すぅ……」
ん……? 何か聞こえる……?
音のする方に少し首を動かすと、ベッドに突っ伏して、寝息を立てている子どもが目に入る。
白いローブに身を包み、フードを目深に被っているので顔は見えないか、押し潰された僅かな膨らみから、この子が女の子であることは予想できた。
この子は一体……?
もしかしたら魔族であるという可能性もある。
訝しみながらも、起こしてしまわないよう慎重に観察し、少しでも情報を得ようと試みる。
ん? このローブは……魔物避けの魔法陣か……。
良かった……それならこの子が魔族である可能性は低いかな。
この魔法陣は人間が信じる女神の力であり、人には恩恵を与えるモノだ。
しかし、魔族は何故か女神の力を嫌悪しており、余程の理由がない限り、近寄ることすら許容できないらしい。
だから、それを身につけている彼女は、ほぼ間違いなく人間であるはずだ。
この子が僕を助けてくれたのかな……?
でも、あの状況でどうやって……?
様々な疑問が頭に浮かぶが、答えは出ない。
現状を把握する為にも少女に話を聞きたい気持ちはあるが、起こすのも忍びない。
でもとりあえず……少しは気を緩めても良さそうだね。
心を落ち着けて、再び情報を収集する為に部屋を見渡し確認する。
置いてある荷物の量から予想するに、一人用の部屋に多人数で泊まっているのか……ということは、この子には誰かツレがいるはずだね。
それに、魔物避けを身に着けているということは、日常的に魔物と接する環境にあるということか……。
騎士ってわけでもなさそうだし、彼女は冒険者で、魔術師か治癒師ってところかな……。
そんな風に考察していると、少女がもぞもぞと動き出した。
どうやら目覚めてくれたようだね。
白いフードがふわりと揺れ、猫のように伸びをした彼女が僕へと視線を向ける。
目と目が合い、しばらく見つめ合うような形になる。
可愛らしい瞳に見つめられ、段々と自身の顔が熱くなるのを感じた。
「き、君が助けてくれたのかな?」
見つめ合いに耐えきれず、僕はぎこちない微笑みと質問を投げかける。
僕は自慢じゃないが女の子に免疫がない。
「……おきた……? ……おねえちゃん、よんでくる……」
寝起きで意識がおぼろげなのか、少女は僕の質問に答えることなく、おもむろに立ち上がり、危なっかしい足取りでドアへと向かう。
目深にかぶったフードのせいで、前が見えていないのではないかと心配になる。
「……ぅ……!?」
「あ……!」
そして案の定、僕の予想が当たってしまった。
スッテーンという擬態語が似合いそうなほど、少女がそれはもう見事に転んだのだ。
「だ、大丈夫?! ……ッ!」
立ち上がって駆け寄ろうとした僕の体が、金縛りにあったように動かなくなる。
魔法などの効果ではない……転んだ拍子に捲れ上がったローブから覗く少女の、ウサギの絵が描いてある下着が、僕の活動の全てを阻害していたのだ。
少女がこちらを見る。バッチリと目が合った。しばらく時間が止まる……。
しばらくして、少女はバツが悪そうに立ち上がるが、ローブからは未だに、ウサギがこんにちはをしている。
僕は視線を反らすことができず、少女に指摘しようとするが声も出ない。
そこでようやく、僕が見ていることに気付いたのか、少女は視線をたどる。
しかし、彼女は小首を傾げるだけで、すぐに服をなおそうとしない。
いや、隠してよ! 転んだことより下着が見えてる方が恥ずかしいでしょ?!
「み、見えてるから! 直した方がいいよ!」
「……うん……」
ようやく発せられた僕の言葉を聞いて、少女は服を正し、ゆっくりと部屋の外へ出ていく。
「僕も一応……男なんだけどなぁ……」
そんなことをつぶやきながら、先ほどの出来事は忘れることにした。
お疲れ様でした。