一人で受けたクエスト
僕達は死線を潜り抜けた。
あの後カータが皆を治療し、ブッシュウルフの討伐証明の証である牙を回収し、大樹に上り木の実を採集し、強行軍で町へと帰還した。
今になって思い返せば、二人を守れたことが奇跡のように思える。
就寝時にはカータが僕の布団に入り込んできた。
追い出そうかとも思ったが、僕もカータが無事であったことが嬉しくて……つい一緒に眠ってしまった。
そして次の日、セラはカータが服を着ていたので、怒ることはなかったが、少し呆れていたようだった。
そして、僕達は日課の朝食を取り冒険者ギルドに向かった。
もちろん、受付嬢に仕事を斡旋してもらう為だ。
「十件とも、片付きました」
「……はい、確かに。それでは、コレが貴女方に斡旋するクエストです」
僕が用紙を受け取ると、セラが横合いからひったくりそれを眺める。
しばらく用紙を眺めていたセラが僕の胸に用紙を押し付け、思いがけない言葉を発した。
「……これ、私、参加できないわ」
「えっ、どういう事?」
「クエストの目的地はアウステルダーっていう町よ。ここから歩いて一日近くはかかる……。ということはあの食堂で食事を取れなくなるってことよ」
そういうことか。あの制約がこれ程面倒なことになるなんて……。
他の手を――と言っても、これをこなす以外に借金を返済するアテはない。
「……仕方ないか。このクエストは僕とカータ……いや、僕一人で行こう」
「ちょっと! 危険過ぎるわ!」
「……お姉ちゃん、私と二人、嫌……?」
心配するセラと泣きそうなカータ。
「嫌とかそういうんじゃないよ。単純に、セラ一人にするとゴーラ達が恐いからね」
「私は平気よ! あんな奴ら恐くないわよ!」
腰に手を当てて、セラは怒ったように反論する。
「……恐いっていうのは、そう言うんじゃなくて、その……無理矢理、そういうことを、されるんじゃないかって……」
しばらく小首を傾げていたセラが、顔を赤くするまで、そう時間はかからなかった。
最初の頃、僕に危機感を持てって言っていたくせに……。
「まあ、その、心配なんだよ、僕は……」
「し、仕方ないわね……。本当にあんたは私……達のことが、好き過ぎるんだから!」
弁明すると後で面倒になるし、もう、そういう事でいいや……。
別段、間違っているわけではないしね。
でも、恥ずかしそうにするなら、最初から、言わなければ良いのに……。
しかし、今度はカータの機嫌が少し悪くなる。
「……お姉ちゃんの一番は私……」
それは、何の対抗意識なの?
疑問に思いながらも、押し付けられた紙に目を通す。
クエスト自体は簡単な採集作業だ。
アウステルダーの近くにある森から指定された薬草を取ってくる。
それだけのことだ。
報酬は銀貨六枚と銅貨五十枚。借金を返してもお釣りがくる。
「……一人旅なら少しは良い装備を揃えたら? あんた、まだ私の服着てるし……」
確かに今の装備で二、三日旅をするのは厳しい気もする。
「……今日は準備、明日から出発……」
本当はすぐにでも出発したいけど、装備品が良くないから失敗しました……何て事になっても困るしね。
「分かった、そうするよ……。でも、今日の夕食の後すぐに街を出るからね」
僕達はクエスト報酬を受け取る為に窓口へと向かおうとする。
「今日、町を出られるのですか?」
僕は思いがけない人物から、いきなり話しかけられて、驚いてしまう。
受付のお姉さん……。もしかしたら、初めて向こうから話しかけてきたかも知れない。
「あ、はい、何かまずいですかね?」
「いえ、最近物騒なので、気を付けた方がよろしいかと」
「あ、ありがとうございます……」
この人は仕事以外のことは話さない人だと思っていたので、とても変な気分だ。
「早く行くわよ」
「……行こ……?」
急かしてくる二人に気持ちを向けると、僕の心に芽生えた違和感はあっさりと消えてしまった。
あ、また名前を確認するのを忘れてた。
まあ、いいか……。
僕達は窓口で報酬を受け取り、商店街に行く為にギルドを出る。
商店街に着くと、早速装備を整える為に露店を物色する。
丈夫な服とズボン、マント、帽子、靴が五点セットで売っていた。一応、一週間洗わなくても清潔を保てるという謳い文句のモノだった。
銀貨二枚のところを銀貨一枚まで値切り、購入する。
美人というのは得だと改めて思った。
デザインは全て黒で統一されており、着ていると男か女かも分からない姿になる。
まあ、どっちつかずな僕には丁度良いのかもしれない。
それに、マントを着た僕の姿は黒百合のようで、『Black Lily』というパーティ名ともマッチしている。
値段も含めて、そこそこ良い買い物ができたのではないだろうか。
買い物を終え、これからの食事代と宿代を差し引いて、残りは銅貨五十枚。
これはもしものときの為に、僕が旅先に全て持って行くことになった。
そして、いつもの夕食。
最後の晩餐という訳ではないが、この食堂での食事も僕にとっては最後となると思うと、感想少しだけ感慨深かった。
食事を終え、宿屋に戻り、いざ荷物を持って外に出ると二人が僕を待っていてくれた。
「……途中まで、送って行く……」
「まあ、せっかくだし、暇だから仕方なくね!」
僕は本心を隠し、やれやれと呆れた表情を見せる。
「仕方ないね……許可するよ」
喜ぶカータと怒るセラ。
その両極端な彼女達と一緒に、笑い合いながら、ゆっくりと街門に向かって歩く。
この時間がずっと続けば良いと思いながらも口には出さない。
今の借金をしている状況が、良い状態だとは言えないからだ。
結局、彼女達は出口近くまで僕に付いて来てくれた。
「頑張ってね、私の運命は、あんたにかかっているんだから!」
「……お姉ちゃん……再開を約束する、口づけを……」
「やらせないわよ!」
間を遮るセラ。
「心配しなくてもやらないよ……」
悲しそうな顔をする、カータの頭を撫でる。
「心配しなくても、お姉ちゃんは必ず帰ってくるよ……」
手を離すと、カータは名残惜しそうな顔で僕を見つめてくる。
キリがないので、心を鬼にして出発することにした。
「それじゃあ、すぐ戻るから」
後ろを振り向かず、僕は街門へ向かう。
待っててね……二人とも……。




