コルウェイの森にて、 ――叱責――
「起きなさいよ! レナ!」
「セラ……?」
僕を呼ぶ声に意識が覚醒し、ゆっくりと目を開ける。
最初に僕の目に映ったのは、心配そうなセラの顔だ。
「良かった、目が覚めたみたいね……」
えっと……何があったんだっけ……?
落ち着いて頭を働かせると、ついさっきまで起こっていた現実が思い起こされる。
「セラ、無事だった……って、血塗れじゃないか! そうだ、ブッシュウルフは!?」
「落ち着きなさいよ。魔物はあんたが倒したじゃないの。回復薬も飲んだし、血も止まったからもう大丈夫よ。あんたこそ目立った外傷もないのに、いきなり倒れるからびっくりしたわ……」
そっか……なんでセラが助かったのかは、良く覚えていないけど、彼女が無事なら……。
「いや、カータだ! カータがまだ残ってる!」
僕の言葉を聞いて、セラが顔を青くする。
「戻ろう!」
僕は急いで起き上がり、来た道を駆け足で戻る。
先程まで全力で走って疲れていたはずなのに、体力が十分に回復していることに違和感を覚えながらも、今は関係ないと頭の片隅に追いやり、ただ足を動かす。
「なんで、カータを置いて来たの!?」
後ろから着いてくるセラが泣き出しそうな表情で怒鳴る。
「ごめん……! でも、セラが心配で……!」
言い訳しても仕方がないが、僕には謝罪しかできない。
「カータがウルフに見つかったら、身を守る術を持たないあの子はすぐに殺されるわ!」
分かっていたさ、その危険性は承知していたんだ。でも、僕はどちらも助けたかったんだ……!
「あの子を、裏切らないでって、言ったのに……!」
セラは何も分かってない……! 僕の気持ちもカータの気持ちも!
「分かってるよ! あの子を裏切らない為に君を助けに行ったんだ!」
「何を言ってるの!? 私なんて、見捨ててくれて良かったのに!」
「バカ言うな! 僕は二人とも守るって決めたんだ! セラを見捨てる?! そんなことをカータが望んでいると思うのか!? どちらか一人を見捨てるなんて……それはもう一方に対する裏切りなんだよ! 分かれよ!!」
僕達は走りながら、全力で互いの思いを言い募る。
「話は後ね……! とにかく、一刻も早くカータのところに行くわよ」
目線を反らしたセラに、同意し僕も前を見る。
すると、程なくして、俯きながら歩くカータの姿が見えてきた。
怪我等もなさそうに見える。
「「カータ!」」
僕とセラの声が重なる。
カータはすぐに顔を上げ、僕達に笑顔を見せてくれた。
「……お姉ちゃん……セラ……!」
走って近付いてくるカータのすぐ後ろ――彼女目掛けてブッシュウルフが疾走する。
僕は無意識の内に走り出していた。
剣を持っていたら、間に合わない!
剣を投げ捨てカータの元へと全力で走る。
どんどん、カータとウルフの距離が近付いて行く。更に最悪なことに、迫り来るウルフの足音に気付き、カータは後ろを振り返ってしまった。
バカ! 止まるな!
声にならない思いを走らせ、少しでも彼女へと近付く。
間に合え! 間に合え!! 間に、合え!!!
「ひっ!」
小さな悲鳴が聞こえる。
僕の耳元で。
「がっ!」
僕は体全体でカータを守る。
肩口を深く噛まれ、激しい痛みを感じる。
「ギャン!」
風の刃がウルフを両断する。
セラは気付いた位置から動かずに魔法を詠唱していた。必ず僕がカータを助けると信じて。
「……お姉ちゃん……! ……大丈夫……!?」
カータの心配する声が耳元で聞こえる。
大丈夫……だけど、僕はカータに言わなければならないことがある……!
「バカ!」
カータの肩を掴んで、激しい叱責を浴びせる。
「なんで、待ってなかったの!? 指示があるまで動くなって言ったのに!」
僕は怒りながら涙を流していた。
「カータが居なくなったら、僕は、お姉ちゃんは、どうしたらいいの……? 心配したんだからね……!」
「……ごめん、なさい……! ……セラが……首を、千切られて、体も、食べ……られて……! ……そんな、映像が、頭の中に……あふれて……恐くて、心配に、なって……ごめんなさい……!」
カータは、幼子のように泣きじゃくる。
それは僕がさっき見たヴィジョンと同じモノ?
この現象は……もしかして【勇者の恩恵】?
確か【勇者の恩恵】の能力のひとつに、《感覚共有》という意識や感情、記憶などを共有できる能力があったと思う。
元々は集団戦のときに迅速な命令を出せるなど、チームワークが必要な行動の助力となる力だったはずだ。
何でカータと? カータが勇者の仲間たる資質を持っていて、いつの間にか条件を満たしたっていうこと? いや、そもそも何で勇者の力が戻っているの?
今まで必死で気付かなかったが、僕の体の中には確かに勇者の力を感じる。
いや、今はそんなことはどうでも良いんだ……!
「僕は、カータのお姉ちゃんだから、妹が間違っていたら、僕が怒ってあげる……。そして、泣きたいときに胸を貸してあげるのも僕の役目だから……」
僕はカータを、強く強く抱きしめた。
「無事でいてくれて良かった……」
より大きくなったカータの泣き声を聞きながら、僕も小さく肩を震わせた。
「……私が悪かったわよ。レナ、あんたは何も悪くなかったわ」
そんな彼女の呟きは僕の耳には届かなかった。
僕達は本当の姉妹のように、お互いの感情が納まるまでずっと抱き合っていた。
因みにサブタイトルの句点は「前回経験した世界とは少し異なりますよ」という意味だと思ってください。(AとA'みたいなものです)
最初はセラ達が死んでから、想像を膨らませていただく為に、次の日は一話しか投稿しないようにしようかと悩みましたが、少しでも先の展開を待って下さる方達がいるのではと思い直し、いつも通りの形になりました。
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