コルウェイの森にて ――インターミッション――
「……レナ。あんたはカータのことを裏切らないであげてね。それが……あんたが彼女の姉になった事に対する責任よ」
どれくらい彼女の肩を抱いていたのだろうか?
肩の震えの収まったセラは、しっかりとした言葉で僕にそう告げた。
「うん、カータもセラも僕が守るよ」
「別に、私は良いのよ……強いから」
セラは力なく微笑んだ。
僕はそれを否定することはなかった。
「ふふ、そうかもね。……そろそろ行こう。夜には食堂に行かなきゃいけないしね」
「……そうね。……カータ、起きなさい。そろそろ行くわよ」
セラが声をかけると、あくびと伸びをしてカータは体を起こす。
「……あんた、変な寝方したわね。目が真っ赤になってるわよ?」
「……セラも、目が腫れて、凄く、不細工になってる……」
「不細工じゃないわよ!」
いつも通りの彼女達を見て、僕は安心する。
「それじゃあ、片付けが終わったら大樹の方に向かおう」
僕達はすぐに準備をして、暖かい丘を出発した。
「……よし、大丈夫だとは思うけど、もう一回作戦をおさらいしよう」
大樹への道中で、僕は昨日話し合っていた作戦内容を、もう一度確認することにした。
「まず、ウルフの巣に僕が近付いて囮になる。それから、一分後にセラが手薄になった大樹に近付き、木の実を取ってくる。そして、戻ってきたら風系の魔法でウルフを一網打尽にする。これが作戦の大筋だ。カータは僕に回復魔法が届くギリギリの場所で待機。何かを頼むときは、声で指示を出すからそれに従ってね」
「了解」
「……了解……」
しかし、本当はカータに何かをしてもらうつもりはない。
僕の作戦は二人を危険から遠ざける為に立てたモノだからだ。
おじいさんから訊いた情報はとても役に立った。
ブッシュウルフは魔法に弱い。だからこそ、彼らは魔法の発動に敏感だ。
魔法は発動時に人間には分からない臭気が発生するらしく、ブッシュウルフは嗅覚を犠牲に、魔法の臭いを感知する能力がずば抜けているのだ。
近くで魔法を放とうとすると、術者は優先的に狙われてしまう。
だから、彼女達の安全を確保する為には、極力魔法を使わないようにするしかない。
しかし、今の僕では、一人で十体以上のブッシュウルフを相手に、二人を守りながら勝つことは難しい。
そこで、大樹の実を利用する。
大樹の実には、魔法の匂いを阻害する効果があり、これの近くであれば魔法の匂いを誤魔化せる。
クエストでこれが所望されているのも、この実で作る薬で魔法の匂いを完全に消し、ブッシュウルフと同じような性質を持つ魔物達への対策に利用されるからだ。
実だけでは完全に匂いを押さえることはできないが、セラの魔法の射程ギリギリであれば気付かれることはない。
つまり、セラが安全に魔法を放てるということだ。
しかし、もう一つ、気掛かりなことがある。
それはブッシュウルフの縄張りが、大樹にまで及んでいるということだ。
セラは護身用のナイフを持っているが、短剣術で戦える訳ではない。
もし、彼女一人が大樹に向かってブッシュウルフに襲われれば、一匹ぐらいなら大丈夫だが、それ以上となると非常に危険だ。
しかし、ブッシュウルフには住処の近辺で襲われると、遠吠えで群れの仲間を呼び戻す習性がある。
つまり、それを利用して巣の近くに僕が姿を現し、大樹の近くのブッシュウルフを呼び戻させる。その間にセラが安全に大樹へと辿り着き、最後にセラの魔法でとどめを刺す。
それが、僕の下した作戦だ。
カータは完全に出番なし。
しかし、これを伝えると拗ねるので彼女には言わない。
まあ、もし、出番があるとすればセラに危険が及んだ場合だけだ。
カータのローブには魔物に見つかり辛くなる術式が埋め込まれている。これは結構強力で、この森でいえば、ブッシュウルフ以外の魔物全てに効果が及ぶ。
ブッシュウルフがいなければ、カータは安全にセラの元へと行けるのだ。
回復役のカータがいれば、ブッシュウルフ以外の魔物に後れを取ることはないだろう。
まあ、それも万が一にもないことだ。
説明の間に目的地が近付いてきた。
ここが気付かれるかどうか、ギリギリのラインだろう。
「それじゃあ、補助魔法を……」
カータが防御力アップの魔法を、セラが俊敏性と攻撃力アップの魔法を僕に使用する。
僕はジェスチャーで二人に作戦開始の合図を送り、全力で駆ける。
真っ直ぐウルフの巣へと向かう。
数は目視で十匹。
「おりゃあ!」
先手必勝と言わんばかりに、相手の陣形が整う前に斬りかかる。
上段から振り下ろされた剣にブッシュウルフは真っ二つになる。
「はっ!」
すかさず、横に一薙ぎ。
頭と胴が分かれ、また一体ブッシュウルフが絶命する。
「ウオオオオオオウウウ!!」
ウルフの一匹が空気の震えるような遠吠えを発する。
よし……これで大樹への道は開けた……!
しかし、順調だったのはここまで。
ウルフ達は、円状に一定の距離を取り、じりじりと僕との間合いを詰めてくる。
そうしている内に、新顔が四匹大樹の方向からやってきた。
これで全員ということか、思ったよりも多い。
そろそろ、セラも大樹に向かって出発した頃か……。
だが、魔法の持続時間もあるので、あまり悠長にはしていられない。
わざと、後ろの方に隙を見せ、ウルフが飛びかかってきた所を、宙返りして上から切り捨てる。
穴の空いた円周に納まり、剣を横に薙ぐ。
左右二匹のウルフが倒れた。
残り九匹。
僕は体勢を立て直し、再び膠着状態になった。
読んで下さり、ありがとうございます。
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明日は3話です。
明日の投稿内容は少し衝撃的かもしれません。




