コルウェイの森にて ――彼女達の理由――
美味しい昼食はすぐに終わった。楽しい時間というのはやはり早く過ぎていくものだ。
決して量が少なかったということはない。
むしろお腹いっぱいになるまで食べられて今は消化のためにくつろいでいるくらいだ。
ふと横を見ると、カータがシートの上で寝転び寝息を立てていた。
この丘は日当たりも良くぽかぽかとしており、カータでなくてもこの暖かさに身を包まれれば、気持ち良くて眠ってしまうだろう。
セラはそんなカータを優しいまなざしで見つめている。
まるで愛らしい妹を慈しむ姉のように。
今なら聞けそうな気がする。
いや、今聞かなければ、もう聞くことはできないだろう。
そんな決意を持って、僕は口火を切る。
「セラ、訊きたい事があるんだ……」
「どうしたのよ? 改まって」
柔らかい雰囲気のまま、セラは僕の方に向き直った。僕はセラの目を見つめ核心を切り出す。
「……どうしてカータは、僕を姉と呼びたがったの?」
僕の問い掛けに、セラは息をのみ、誤魔化すように僕から目を反らす。
「……迷惑してるのかしら? それなら、すぐにでも止めさせなさい。言い辛いなら私が――」
セラは、話を一方的に終わらせようとする。
理由を言いたくない。
彼女の顔にはそう書いてあった。
「迷惑じゃないよ!」
僕は思わず叫んでいた。
セラは一瞬だけ泣きそうな顔で僕の方を見たが、再び目を反らす。
そのままでも構わない……僕は僕の気持ちを伝えるだけだ。
「僕は二人の仲間になって……まだ短い時間だけど一緒に過ごして……二人と真剣に向き合いたいって思ったんだ……! 僕を……僕のことを仲間だと思ってくれるのなら……訊かせてよ、セラ……!」
セラはゆっくりと顔をあげ、ようやく僕の顔を見てくれた。
しかし、その顔は不安そうだ。
けれども、僕の表情を見ると何かを観念して、セラは哀しげに微笑んだ。
僕はなんとなく、今初めて彼女に仲間と認められたような気がした。
「……ズルいわね、その聞き方……。でも、まあいいわ。本人から聞けって言いたい所だけど、多分話さないだろうから……教えてあげるわ」
セラは、空を見上げ、昔の事を思い出しながら、語り始める。
「私達は王都出身なの」
王都……勇者だった僕の向かっていた場所か……。
「私はそれなりに裕福な家庭の生まれだったんだけど、カータと彼女の姉のサレナは、子供の頃に親が亡くなって教会に身を寄せていたの」
サレナ――僕の名前と少し似ている。
なるほど……カータは僕を姉と重ねて見ていたんだ。
だから、僕に名前を付けるときに姉と似た名前をつけたのか……。
「私の家は教会に寄付をしていて、親が視察に向かうときに一緒に付いて行ったの。そして、私は二人と出会った……。サレナは私より二つ上でカータは三つ下、当時は本当の姉妹のように仲が良かったわ……」
結構、昔からの、知り合いだったんだな。
「サレナはカータに良い暮らしをさせてあげたくて冒険者になった。彼女は青と赤の髪を持っていて、聖女相と戦士相の二相を持つ文字通りの天才だったの」
天職相を持つ人間は珍しくない。五人に一人くらいの割合で生まれるからだ。
しかし、二つ以上となるとグッと数が減る。
聞くところによると、一万人に一人の割合でしか、生まれないらしい。
「彼女はメキメキと頭角を現し、遂に国家冒険者資格を取得するまでに至った……。カータも寂しい思いはしていたみたいだけど、姉の成功を心から喜んでいたわ。教会に寄付もしていたし、カータも治療師の修行を始めて、姉の後に続くことを……助けになることを目指していた」
だから、カータはあの歳で、それなりに高度な治癒術が使えるんだな。
「でもある時、サレナがある勇者のパーティに入ってからおかしくなった……。それまで、カータの待つ家にひと月に一回は必ず帰っていたのに、その日から手紙すら届かなくなったの」
どういうことだ? 忙しくなって帰って来れなくなったってことか?
「それまでのサレナは、自分の手で直接カータに生活費を渡していたのに、その時から一切の仕送りもなかった……。私は丁度その時、魔術学校に通っていてそのことに気付けなかった……。卒業して、三年振りに家に帰ってから、初めてカータに会ったときは何も気付けなかった……」
「カータは何も言わなかったの?」
「ええ、サレナのことを聞いても『元気でやってる……』としか言わなかったの。そして、私は何も知らずに、豪華な食事を摂り、何不自由ない生活を送っていた。そんなある日、なんとなくカータに会おうと思って、彼女の家に行ったわ」
でも、仕送りが止まっていたのなら、その間の生活費は……。
「酷い有様だったわ……。カータは姉からお金を貰わなくなってからも、いつも通りに生活していたの。教会への寄付も、治療師の勉強も、姉の為にしていた事を全部いつも通りに……!」
セラは震えていた。そのときのことを思い出しているのだろう。
「幸いカータは貯蓄をしていたみたいで、数カ月は問題なかった。でも、最後の方は……あの子、一カ月近くもほとんど水だけで生活していたのよ……。私が家に行ったときは、もう歩くこともできないような状況だったの……。それなのに部屋は奇麗で『……いつ、お姉ちゃんが、帰って来ても、良いように……』ってカータは笑って答えたわ……。もし、気づくのがもう少し遅かったら……考えたくもないような、酷い結末になっていたのに……! 私が再会したときに気付いていれば……!」
カータを失ってしまったかも知れない恐怖に、彼女は今もずっと怯えているのだ。
「あの子は姉のことを最後まで信じていたの……。いえ、今もずっと信じている……。いつか会いに来てくれる……自分の元に戻ってきてくれるって……」
セラは膝を抱え、下を向いてしまった。
「私はあの子を保護した。そして、ある日……カータから『姉を探しに行く』って言ったの。私は止めろと言ったけど、全然聞いてくれなくて……。そのとき言われたわ。『……私のお姉ちゃんに、なってくれる……?』って……。でも、私はカータのお姉ちゃんになってあげられなかった……。私はもうサレナのことを、信じられなく、なっていたから……! あんな奴みたいに、なりたく、なかったから……!」
セラは、俯いたまま、肩を震わせていた。
「カータは、未だに、姉の後ろを、追いかけてる……! そして、私はサレナを……あいつを、殴ってやる為に、旅をしてるの……!」
僕は思わず、セラの肩を包むように抱きしめていた。
そうしないと、セラが壊れてしまいそうで……。
「……あの子は……あんな……物静かな子、じゃ……なかったの……! 私の……ことも、お姉ちゃん……って、言って……良く、笑う……子、だった、の……! 私は、あの子……を……拒絶、して、しまっ……たの……!」
飴細工のように繊細な彼女の心ごと、優しく抱きしめてあげたいと思った。
だから僕は彼女の心が少しでも軽くなることを願いながら、できる限り優しい声で告げた。
「……もう良いんだ。セラ一人が頑張ることはないんだよ……。僕が二人の重荷を、少しでも背負うから……。だから、今だけは、ね……?」
僕はセラを抱く腕の力を強めた。
安心させてあげる為に……。一人じゃないってことを伝える為に……。
僕達の会話はそこで途切れた。後は彼女の嗚咽が響くだけだった。
暖かく強い風が僕達を襲った。
カータの体が震えている。
きっと風のせいだ……。
そう結論付けて温もりに震えるカータのことを、彼女に倣って僕は見て見ぬ振りをした。
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