帰らぬ彼女 ――彼女は帰る、お姉ちゃんと共に――
夕食の時間も迫り、おじいさんから情報を手に入れた僕達は、宿へ帰ることにした。
一つだけ悲しかったのは、僕の話は眠そうに聞いていたカータが、おじいさんの話はきちんと聞いていた事だ。
しかし、おじいさんの話は分かりやすくて、作戦に役立ちそうな情報も多く、僕の悲しい気持ちなど吹き飛ばすくらい有意義な時間だった。
「ありがとうございます。必ずクエストを成功させます」
「ああ、おぬしらの役に立てて、キトも喜んでおるじゃろう」
僕達が立ち去ろうとすると、おじいさんが僕に声をかけてくる。
「レナ、最後に一つ言いたいことがあるのじゃが……。すぐ終わるからカータは先に行って、セラを安心させてあげなさい」
僕と手を繋いでいるカータは不服そうに僕の方を見た。
「すぐ戻るから……ね?」
頭をなでると笑顔になり、名残惜しそうにしながらも手を離して、セラの元へと戻って行った。
「何ですか? 言いたい事って……」
「いや、カータに倣って、おぬしに気付かぬ振りをさせてやろうと思ってな……」
どういう意味だろ? 全く何を言っているのか分からない。
「そうじゃ、そのドア、実はペンキを塗り立てでな」
「はあ……」
「まあほとんど乾いておるから、少しくらいなら触っても大丈夫じゃが……長い間ひっついていると色が写るんじゃ」
「あ、そうなんですか?」
「……じゃから、耳にペンキを付けた嬢ちゃんにも、よろしく言っておくようにの? それだけじゃ。気をつけて帰るんじゃぞ」
「はあ、ありがとうございます……?」
おじいさん、この短時間でボケでも始まったのかな? ペンキを塗った人と僕は知り合いじゃないと思うけど……。
かなり失礼な事を考えながらも、時間もないし、お暇する事にする。
そういえば、セラ、さっきは凄く怒っていたからな。どうやって宥めようか……。
そう思いながら、外に出るとセラがカータに抱きついていた。
「……セラ? 何やってるの?」
僕が声をかけると、カータが身をよじり、セラの腕から逃れようとする。
「……セラ離れて、汗臭い……。……それに、レナに勘違いされる……!」
勘違いって……そんなに、セラと仲良しと思われるのがイヤなの?
ホントに……セラに対しては素直じゃないんだから……。
「く、臭くないわよ! それに、別に良いじゃない! その、あれよ……!そ、外で待ってて、寒くて体温が下がっちゃったから、仕方なく抱きついていただけよ!」
ここ最近、温かくなってきていたから大丈夫だと思っていたんだけど、悪いことしちゃったな。
「ああ、なるほどね。ごめん、セラ……」
「わ、分かれば良いのよ!」
彼女はそう言って、顔を背ける。
ん……? セラの耳に何か付いているような……。
僕は思わず彼女の耳元に手を伸ばし、それに触れてしまった。
「な、レ、レナ……! い、いきなり、何するのよ……」
僕の手を、振りほどくことはなかったが、顔を真っ赤にして俯くセラ。
「あ、ごめん……」
僕は彼女の耳から手を離す。
頭の中で、全てのピースがつながった。
……そうだね。ここは、カータに倣おうか。
「セラ、耳に汚れが、付いているみたいだから、後で洗った方が良いよ?」
「あ、そういうこと……。でも、どこで汚れたのかしら?」
首を傾げる彼女が可愛くて吹き出しそうになる。
「……セラのことばかり見ないで……。……見ても、何も良いことはない……」
僕の腕をカータが抱く。
柔らかくも温かい感触に胸が躍った。
「どういう意味よ! それに、あんた達、ちょっとくっつき過ぎじゃない!?」
「……そんなことない……。……セラのにおいが、移ったから……レナで消毒してただけ……」
「ど、どういう意味よ! 大体、さっきまで排水溝の掃除をしていたんだから、レナの方がにおうはずよ!」
そんなはっきりと言われると傷付くよ……。(僕が)
「……例えそうだとしても、レナのにおいであれば大丈夫……。……セラのにおいの、何倍も、良いにおい……」
そんなはっきりと言うと、傷付くよ……? (セラが)
僕としては、別にセラを汗臭いとは思わなかったのだが、カータにとっては駄目らしい。
「あ、あんたねぇ……!」
セラはプルプルと震えている。
せっかく機嫌が良かったのに、このままじゃあ不味い。
「ぼ、僕はセラのにおい、好きだよ!」
焦っていたとはいえ、我ながら意味の分からないフォローだ……。
「な、何言ってんのよ……!」
怒られることも覚悟していたのだが、意に反しセラは恥ずかしそうに俯く。
でも気のせいだろうか? 何か嬉しそうにも見えるんだけど……。
「……レナ、セラのことは、放っておいて……私の話を、聞いてくれる……?」
「ん? 何かな、カータ?」
彼女は僕を見上げ深呼吸して、意を決して話を切り出す。
「……あの、お願いして、良い……?」
少し俯きモジモジしながら上目づかいで尋ねてくる。
「……私の、お姉ちゃんに……なって……?」
恥ずかしそうにしているカータは、とても可憐だった。
お姉ちゃんか……。
僕一人っ子だったから、昔から兄弟が欲しかったんだよね……。こんなに可愛い妹だったら願ってもないことだよ。
僕は愛でるようにカータの頭を撫でた。
「いいよ。カータのお姉ちゃんになってあげる」
僕は軽い気持ちで受け入れた。
既に僕にとって、カータは妹のような存在だったので、特に何が変わるというわけではないだろう。
「……ありがとう、お姉ちゃん……」
ニコリと笑う彼女の表情は、眩しくて目が開けられない程だ。
くー! 可愛すぎるうううぅぅ!
僕が男の姿だったら、犯罪臭がするけどね。
初めて、女になって良かったと思えたかも知れない。
僕はただ喜んでいた。彼女がどういう気持ちかを知ることもしないで。
「何を言ってるのよ!」
「……セ、セラ?」
いきなり感情的に怒鳴るセラに僕は気圧される。
「レナ……! あんた、それがどういう意味か分かっているの!? カータ……あんたもレナは似てるけど違うって……!」
セラが僕の胸倉を掴み、殴りかからんばかりの勢いで詰め寄ってくる。
確かに彼女はさっきまで怒っていたけれど、これはそれとは全く質の違う感情だ。
「どうしたのさ、セラ?!」
「あっ……」
僕の呼びかけにより自分の行いに気付き、セラは僕の胸から手を離す。
セラは僕から距離を取って、バツが悪そうに俯いた。
「ご、ごめんレナ……。その……何でもないの!」
「セラ……?」
「本当に、ごめん……」
これは拒絶だ。
彼女は訊くなと言っているのだ。
そんな気持ちを感じ取ると、やはり、僕は何も言えなくなってしまう。
「さあ、帰りましょう……。夕食に間に合わなくなるわ……」
「……そう、だね」
去っていくセラのうしろ姿は、まるで何かから逃れようとしているようだった。
カータもそんな彼女の背中を、少し寂しそうに見つめている。
僕は感じていた。彼女達の事情を訊くべきときがきているのだと言うことを。
今から夕食で、それが終われば明日の作戦会議……。
やる事は山積みだ。
すぐにでも、訊いてしまいたいが、今は……時間と度胸がない。
僕はセラの跡を追いかけた。
カータは僕の腕に抱きつき隣を歩いてくれていた。
いつかセラも、一緒に歩いてくれることを願いながら、僕は食堂への道を急いだ。
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サブタイトルの帰らぬ彼女とは、カータであり、おじいさんの孫娘のキトのことでもありました。
さて、レナ達は森から無事に帰れるのでしょうか。




