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帰らぬ彼女 ーー出迎えーー

 宿屋へたどり着くと、セラが部屋の中をぐるぐると歩き回っていた。


「どうしたの? セラ?」


 声をかけると、セラは飛び跳ねるように僕の元へ駆け寄ってきた。


「レナ! あ、あんた、カータは一緒じゃないの……!?」

「カータ? 一緒じゃないけど……もしかして、まだ戻って来てないの?」


 セラはこくりと頷く。


 表情は強張っており、凄くカータを心配していることがうかがえる。

 窓の外へと目を向ければ、空は薄暗くなり始めており、もう少しで夕暮れに染まってしまいそうだ。

 僕と違って一件しか依頼を受けていないカータが、依頼が要因で僕より帰りが遅いとは考えにくい。

 僕もカータは既に帰って来ているモノだと思っていた。


「どこへ行ってるのかしら……!」


 再び部屋の中をぐるぐる周るセラ。


「とりあえず、落ち着こう? セラ」


 こういう時は心を落ち着けて冷静に動かなければ、良い結果は生まれない。


「ベ、別に、落ち着いてないわよ!」


 おそらく「落ち着いてる」と強がったつもりなのだろうが、動揺のあまり言い間違えて一周回って素直になっているようだ。


 これはひどい……。そんなに自信満々に言わなくても……。


 こうなっては、口で行っても調子を取り戻すことはないだろう。

 とにかく今は刺激しないようにしておこう。


「とりあえずカータが行ったクエストの依頼主の所に行ってみようか?」

「そ、そうね! 速く行きましょう!」


 僕は荷物の中から、依頼主の家が書いてある地図を探す。


 どこに、やったかな? ……あ、あった、あった。


「セラ、コレを持ってて」


 僕は荷物の方に目を向けながら、セラがいた方向に地図を差し出した。


「……セラ?」


 いつまで経っても、地図を受け取らないセラの方を見ると、既に彼女の姿は部屋から消えていた。


 いない? もしかして、道も分からないのに、探しに行ったのか?


 どれだけ、慌てているんだよ……。


 結局彼女はその辺りを一周して帰って来た。





「セラ? 大丈夫?」

「へ、平気よ、はやく行くわよ……」


 セラと合流してから休みなしで出発したのだが、彼女の疲労が半端じゃない。

 息が荒く汗を大量にかき、心なしか足取りも怪しい。

 目的地を前にして、カータよりもセラの方が心配になってくる。


「まだ着かないの……?」

「うーん、地図ではこの辺りにあるはずなんだけど……」


 手に持った地図を確認し、周りを見渡すと、僕達が探している人物らしき姿が目に入る。

 民家の入口の前にある階段で、フードを被り膝を抱えて座り込んでいる。


「あっ! セラ、あそこにカータが……!」


 僕が指を差した時には、彼女はもう走り出していた。


 元気で何よりだね……。さっきまで、死にそうな顔してたのに。


「カータ! あんた何してんのよ!」


 カータの目の前で、腰に手を当て仁王立ちで怒鳴るセラ。


「……セラ……? ……用事、終わった……?」


 しかし、カータは怒られていることを気にした様子もなく、いつもの調子で対応する。


「用事って、そんなことはどうでも良いのよ! クエストが終わったら帰るように言われていたでしょ!」


 セラ、心配してるのは分かるけど、あんまり強く言い過ぎても良くないよ?


「そうだよ、カータ。僕もセラも心配したんだから」


 僕がカータに諭す様にいうと、セラが「わ、私は別に……」と小さく呟いていた。


……素直じゃないんだから。


「さあ、帰ろうカータ。あまり遅くなると、ご飯の時間に遅れちゃうよ?」


 カータを立ち上がらせようと、彼女に手を差し出す。

 その手をしばらく見つめて、彼女は首を横にふるふると振った。


「……終わってない……」

「えっ?」

「……クエスト、終わってない……」


 終わってないって……どういうこと?


 僕はセラの方を見た。彼女も僕の顔を見ていた。

 僕達は多分、お互いに困ったような顔を浮かべていただろう。


「……何かあったの?」

 

 あれだけ自信満々にしていたのだ。終わってないなら、何か理由があるのだろう。

 カータは俯きがちに、ぽつぽつと語り出す。


「……この家のおじいさんが、依頼主で、着いてすぐに、話し始めた……。……最初は楽しく、会話をしていた……。……でも、私が冒険者として、コルウェイの森に行くことと……その為に、このクエストをしている、ってことを話したら……そこに行く気なら、クエスト完了のサインは、しないって……」

「何で、そんなことに……?」


 訳が分からない。

 カータが気に障るようなことをするとは思えないし……。


「カータは何でそんな風にされたか、理由に心当たりはないの?」


 僕を見上げるカータ。

 否定の言葉はない。

 

 言えない?言いたくない?


 どちらかは分からないが、彼女は言うつもりがないようだ。


「何よそれ……! それなら私がそのおじいさんに抗議してくるわ! 大体要件を満たしておきながら終了証明のサインをしないなんて、ギルドクエストの規約違反よ! 訴えてやるわ!」


 確かにこれは重大な規約違反だ。

 これは収集クエストで例えると分かりやすい。

 薬草を依頼し、それを納品されながらも受け取り証明をしない。

 受け取り証明がないということは報酬を受け取れない。

 

 人を騙し、物を代価も払わずに奪い取る。

 つまり、詐欺だ。泥棒だ。

 僕も本来なら訴えるべきだと思う。

 しかし、それは彼女が望んでいない。


「……セラ、やめて……! ……私が、もう一度、おじいさんと話す……。……あの人は、私のことを心配に思って、言ってくれたの……だから……」


 家へと乗り込もうとするセラの腕を掴み、カータは必死に訴えかける。


 カータの為……ってどういうことだ?


 彼女の言っている言葉の意味は良く分からないが、カータがこんなに必死に訴えかけているのなら、それは真実なのだろう。


「でも、あんた……!」

「……お願い、セラ……」


 カータが指に力を込める。

 目には決意の光が宿り、セラもそれを感じ取ったのか体の力を抜いた。


「……分かったわよ……。でも、私達も行くわよ」


 セラは僕の顔を見る。

 彼女は僕の返答の内容を正確に理解していた。


「もちろん! 僕も二人の仲間だからね」


 僕の返答に満足げなセラの顔。

 カータは僕の事を見上げ目を潤ませている。


 僕はもう一度、カータに手を差し出した。すると、今度こそカータは力強く手を握り返してくれた。

 カータを引っ張り上げ、僕達の前に立たせる。

 フードを取り僕達を見上げるカータ。


「……ありがとう、二人共……。……それじゃあ、一緒に――」


 途中でカータの言葉が止まる。

 顎に手を当て何かを考えている様だ。


「――いや、レナだけ、付いて来てくれれば良い……」


 彼女が何かを考えて下した結論。

 それはセラが不要であるということだった。


「な、何でよ!」


 セラは納得いかないようだ。

 まあ、せっかく話がまとまりかけたのに、いきなり来るなと言われれば僕だって納得しないだろう。


「……セラはまた、何かやらかす……」

「どういう意味よ!」

「……そのままの意味、セラは、感情的になり過ぎる……」


 確かに僕もその辺は、同意せざるを得ない。


「ちゃんとできるわよ! 私だって、感情を抑える事ぐらい……!」


……できるのか? 僕の考えとしては少し怪しいと思うけど……。


「……そこまで言うなら、やってみて……」

「ええ! やってみせるわ!」


 セラは自信満々だ。

 カータはセラの目の前に立ち、見上げながら深呼吸する。

 セラはカータのいきなりの行動にたじろぎながらも、カータの目を見つめる。


……一体、何をする気なんだ?


 僕は少し緊張しながら二人の様子を見守る。

 しばしの静寂。

 町を吹き抜ける温かい風が僕の耳元を通り過ぎる。


「……セラのばか、あほ、まぬけ……」


 僕が風に少し気を取られていると、突然カータがセラに向かって子供の悪口のような幼稚な罵倒を始めた。


「な……だ、誰が、ばか、あほ、まぬけよ!」


 間髪いれず怒りだすセラ。

 そんなセラを見て、カータは大げさなくらいのため息を吐き肩を落とす。


「……はあ……セラはやっぱりダメ、こんなことすら、我慢できない……」


 なるほどね……。わざと悪口を言って、感情を抑える事ができるかどうかを試すってことか……。


「も、もう一回よ! こ、今度こそは大丈夫よ!」

「……なら、あと一回だけ……。……やるだけ、無駄だと思うけど……」


 カータは呆れたような視線をセラに向ける。


 でも、流石のセラも悪口を言われることを知っていたら怒らないよ。


「……セラのばか……あほ……まぬけ……!」


 僕はセラの顔を見た。

 顔が赤くなり、心なしか体がぷるぷると震えている。


 まあ思ったより耐えられてないけど、さっきと同じこと言われただけじゃあね……。


 僕はカータの顔を見た。

 驚愕して、心なしか、焦っているように見える。


 え? もしかして、カータ的には、もうこれで終わると思ってたの!?

 セラも、そこまでチョロくないよ!


「……セラのぼけ、まぬけ、とんちんかん、おたんこなす……!」


 僕はセラの顔を見た。

 顔がリンゴのように赤くなり息が荒い。


 これはもうダメかも分からんね。


 でも、僕の耳には聞こえていたよ。「私、とんまじゃないもん……」って。

 うん、それは言ってないね。


 僕はカータの顔を見た。大量に発汗し視線が彷徨っている。


 もしかして、もう悪口のレパートリーないの!? 大体まぬけって言ったの二回目だったよね!? 大事なことだったの?!


「……奥の手……」


 奥の手って……一体どんなしょぼい悪口なんだ……?


 しかし、彼女の奥の手は僕の想像の斜め上の発想であった。


「……昔々、とある家の娘が、とある健康法を聞いた……。……彼女は、その健康法を実行し、継続していた……。……ある日、教会に泊まることになった娘は、教会に住む、小さな子供と、遊ぶことになった……。……その子と遊んでいるときに、事件は起きた……。……たくさんの人がいる前で、彼女は子供に、ある悪戯を、しかけられた……。……スカートめくり……子どもの頃は、良くある悪戯、私も経験がある……。……しかし、重要なのは、そこではなかった……。……彼女のやっていた健康法は……ノーパ――」


「それは言っちゃダメええぇぇ!!!」


 セラは叫んだ。


 周りの人間に奇異な視線を向けられようと、今の彼女には関係なかった。

 ありったけの声を発した後、彼女の周りに残ったのは静寂と視線と……羞恥のみであった。


 そして、僕はと言えば「下着を穿かない健康法って本当に効果あるのかな?」と、ぼんやり考えていた。


「……セラの負け……。……我慢しなければ、言われなかったのに……!」

「ひ、卑怯よ! それに、それは今後、絶対話題に出さないでって、言ったのに……!」


 目に涙を溜めて抗議するセラを、僕は哀れに思いながら見つめていた。


「……セラが止めたのは、ギリギリだった……もしかしたら、レナには分からなかったかも……」


 カータの言葉にセラの瞳が揺れ、僕へと視線を向ける。


 いや、もうほとんど言ってたし、カータも本当はそんなこと思ってないよね?

 露骨に目を反らしてるじゃないか。

 大体セラも話の流れで察知して、すぐ止めようよ……。


「……レナ、気付いた……?」


 僕はギクリとした。

 傷付いた彼女は僕を縋るような目で見つめている。


 うん、分かってるさ。

 ここは彼女の為にも気付かなかったことにするしかないよね。


 僕はセラの瞳を真剣なまなざしで見つめる。


「イ、イヤ、ボクニハ、ナンノコトダカ、ワカラナイヨ? ホントダヨ、ウン、ホントホント!」


 か、完璧だ!!

 僕って、演技力もあるんじゃないだろうか?


「うう……。レナにだけは絶対に知られたくなかったのに……!」


 うん、完璧にバレてたね。


「その、ごめんセラ……」


 僕が彼女にできる行動は、謝罪くらいしか残されてなかった。

 何か僕ってセラに謝ってばかりのような気がする……。


「謝らないでよ……! もういいわよ……! 時間もないし早く行きなさいよ……!」


 拗ねたようにそっぽを向き、先程のカータのように膝を抱えて階段に座ってしまった。


「……それじゃあ、言ってくる……」

「……セラ、なるべく早く、帰ってくるから」


 返事がない、相当お冠の様だ……。

 これはかなり重症かも……。後でどうにかフォローしとかないとな……。

読んで下さり、ありがとうございます。

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