店のサービス
セラの秘密のバイトを知ってしまったレナは、セラの機嫌をどうにかとることができたのだが……。
すんなりと軽くなった心に戸惑いながらも、僕は目の前に置かれたオムライスとコーヒーを思い出す。
「ああ、セラ! せっかく用意してもらったご飯だし、温かい内に早く食べようよ」
僕はスプーンを手に取り、目の前のオムライスに突きたて――
「あ、ち、ちょっと待って!」
――ようとしたが、セラの静止によって留められる。
「どうしたのさ? 早く食べないとご飯冷めるよ? それに食べて良いって言われていたけど、セラって今、仕事中だよね? 早く食べないとマズいんじゃない?」
「あの、その……そう! レナが本当に、カータに言わないか不安だから、この店でやってるサービスを体験させてあげる! だから、その代わり絶対に言わないで!」
何やら、必死にまくし立てて来るセラに対して、僕の心は無風状態だった。
「いや、言わないよ? 僕を信じてよ」
失礼しちゃうな。これでも僕は口が堅いんだよ。
「あんたが良くても、私が納得できないの! これは言わば……そう! けじめみたいなモノよ!」
まあ、セラが納得するなら、それでいいか……。
「それじゃあ、お願いしようかな」
許可を出すと、セラは立ち上がり僕の横に座った。
肩が触れ合うぐらい体を近づけられ、彼女の柔らかい体の感触と温かさが伝わってくる。
疑問に思う前に、僕の前に置いてあるオムライスにセラは両手をかざした。
「人間レナとの盟約に従い、妖精ティータが命じます……」
僕が固まっていると、セラの手から光があふれ、実際に魔法が発せられていることに気付く。
「愛あれ……光りあれ……美味しくあれ……祝福あれ……」
呪文のようなモノを唱えながら、セラは少しずつ手を動かしている。
「妖精ティータが、汝が人間レナの所有物たる印を……今ここに刻む…………ハッ!」
魔法の発光が治まり、オムライスを覗き込むと中央に焼印が刻まれていた。
どうやら、微弱な火の魔法を用いて、任意の焦げ目をつける事が彼女の言うサービスであったようだ。
魔法の力の調整というのは、大きくするよりも小さくする方が難しく、彼女の魔法の実力が高いことがうかがえる結果となった。
しかし、一つだけ疑問がある。
「……なんでハートなの?」
そう、彼女の描いた焼印は、大きなハート型だったのだ。
「こ、これが、一番人気のある形なのよ! 特別な意味なんてないわ!」
「へえ、なるほどね……」
でも、誰が頼むんだろう?
僕はレナのことを知っているから嬉しいけど、知らない人にされても嬉しくないんじゃないかな?
「さあ、次行くわよ!」
「えっ! まだやるの!?」
早く食べようよ! 冷めちゃうから!
僕が驚いていると、セラは僕のことを恨めしげに睨んできた。
「何なの? やっぱりカータに言い触らすっていうのね! それとも私のサービスが受けられないって言うの!?」
何でそうなるんだよ! 大体、言わせない為にやっているっていうのに、サービスすること自体が目的みたいになってない?!
「わ、分かったよ! やって良いから! でも、これで最後にしてね、セラがご飯食べられなくなっちゃうよ?」
「そ、そうね……早く済ませましょう」
僕のコーヒーをセラがひったくる。
「それじゃあ行くわよ……!」
次は一体どんなパフォーマンスなのだろう?
サービスをしなくても良い、と言ってみたものの、僕は他にどんなサービスがあるのか、本当のところ少し興味があった。
ワクワクしながら、セラの挙動を見つめる。
すると、セラはいきなり、僕の腕に抱きついてきた。
な……なんだって!
彼女の胸のムニムニとした感触に頭が真っ白になる。
さっきの、ターニアさん程じゃないが、彼女の胸も大きいことを、腕の触覚で改めて強く実感する。
……一体、何が起こるっていうんだ。
今起こっている以上の事態を想像できず、僕は彼女の行動を固唾を飲んで見守る。
すると、セラの頭がだんだんとソコへと近付いて行く。
「ふーふー」
そして、セラは僕のコーヒーに向かって息を吹きかけ始めた。
「えっ? セ、セラ何やってるの?」
「見れば分かるでしょ? 冷ましているのよ」
えっ!? それがサービスなの?!
もう、それ結構冷めているし、必要無いよ!
「というか、セラ! このサービスをお客さんにやってるの?! だ、駄目だよ! 変態なオジサンがセラの唾液と、胸の感触目当てで店に来たらどうするの?!」
セラの体を激しく揺さ振りながらまくし立てる。
その思考へと辿り着く僕も、相当変態的だがそんなことは言っていられない。
「バ、バカじゃないの!? やる訳ないでしょ!? 本来は背中の翅を魔法で羽ばたかせて、コーヒーを冷ますってだけのサービスなの!」
そ、そうか、なら良かった。
でも、それならなんでセラはこんなことをしたんだ?
店のサービスをするって話じゃなかったのか?
「……こ、これは、あんたの好みに合わせてやってあげただけよ!」
「僕の好みって、どういう事?」
確かに押し当てられた胸にはかなりドキドキさせられたけど……。
「あ、あんた……女の子が好きなんでしょ?」
えっ! な、なんでバレてるんだ?
確かに僕の精神は男だけど、女好きをアピールしたことはないはずだし……。
「あんた、初めて話したときから目線が男に近いのよ。胸とか色々、良く見てくるし……」
マ、マズった! 僕そんなに見てた?!
「さっきターニアが来たときも……あんた他の男の客と同じような目をして胸ばっかり見てたわよ。私の胸を当てたときだってすごく嬉しそうだったし……」
「そ、そんなこと、ナイヨ……?」
今は僕の否定の言葉も白々しくしか聞こえない。
「お、男には気持ち悪くてやらないけど、レナなら世話になってるし、恩返しのつもりで、してあげても良いかなって……」
その気持ちは凄く嬉しいんだけど、なんか複雑な気分だ……。
「い、言っとくけど私は男嫌いだけど、別に女が好きって言うわけじゃないからね! そういうのに、偏見は持っていないつもりだし、レナは良い人で、嫌いじゃないけど、私の中では友人としてのそういう感情だから……」
何この「告白もしてないのにフラれた」みたいな感じは……。
物悲しい気持ちを感じながらも、僕はここへと来るきっかけになった依頼主のことを思い出していた。
そして、その時知った事実と、誓った言葉も……。
“女の子は男の視線に敏感だっていうのは本当の事だったのか。すっごく、気分が悪かったよ。僕も男に戻ったら気をつけないと”
僕は依頼主から何も学べて居なかったようだね……。
今度からは気をつけよう……。
「……うん、セラ。分かったから早くご飯食べようか……」
「そ、そう? 分かってくれたなら良いんだけど……」
何故か残念そうなセラは自分の席へと戻って行った。
僕達は冷たいオムライスと冷めたコーヒーを胃の中に流し込む。
やっぱり、冷めてるや……。
セラを見ると、彼女も微妙そうな顔をしている。
だから、早く食べようって言ったのに……。
「でも、そういえば、なんであんたはこの店に来たの? 大体あんたにも、こんなこと知られたくなかったのに……」
ご飯を食べ終えた後、セラに今更な質問をされる。
僕だって、まさかこんな所に、セラがいるとは思ってなかったよ……。
プライドの高い彼女は、バイトをしていたこと自体、知り合いに知られたくなかったのだろう。
「ごめん、セラ。届け物の依頼の目的地がここだったんだ」
僕はどうすればいいか分からず謝ってしまう。
「謝られても、どうしようもないわ。別に、あんたが悪いわけじゃないし……」
これは、気持ちの問題なのだろう。
でも、僕は彼女に、これだけは伝えたかった。
「カータの為にやっている事なんだから、僕は笑ったりバカにしたりしない……。それにセラのその格好……可愛いしね」
「……バカね。そんなことくらいで喜びやしないわよ」
そういった彼女の顔は少し困りながらも笑っていた。
彼女の心も、少しは軽くなってくれたかな?
「僕、まだ依頼の途中だから……もう行くよ。仕事がんばってね」
「ええ、あんたもね。それと……ここでの事は絶対にカータには内緒だからね!」
最後にまた釘を刺され、苦笑しながら僕は席を立った。
カータに知られたくない――ってことは、カータに嫌われたくないってことだ。
バイトだってカータの為にやっていることだし、よく言い合いもしているけど本当に仲が悪いというわけではないのだろう。
二人の新たな一面を垣間見て、少しだけ嬉しい気分になりながらも、僕は改めて届け物の受け取り主を探索することにした。
でも、またあの変な格好のオッサンと会うと思うと気が重いな……。
足取りも重く、お礼がてらにターニアさんの所へ行き、店長のいる場所を聞くことにした。
まあ、僕が気をつけるべきことは、ターニアさんの胸を見過ぎないことだけだね。
「ターニアさん、ご飯、ありがとうございました」
「いえ、良いんですよ。ティータは良い子ですけど、ああいう性格ですから
友人がいるのか心配だったんですが。彼女があんなにサービスするってことは……貴女は随分好かれているようですね」
「はは、そんなことないと思いますよ。それに彼女は僕なんかより大切な友人がいますから」
「そうですか……なら、友人と思われてないんですかね?」
「えっ! そんなことは……」
本当は嫌われてるってこと? いや、流石にそれはないと思いたい。
「ふふ、私とあなたの考えている内容は、多分違うと思いますよ」
「は、はあ……」
どういう意味だ?
良く分からないけど、徐々に、僕の目線が下がっている気がする。
ダメだ、ダメだ!
ターニアさんのペースに乗せられると不味いかも知れない。ここは話題を変更して仕事に戻ろう。
「あ、あの、すいません。僕、店長に届け物があるんですけど、どこにいらっしゃるんですかね?」
「ああ、店長にご用だったんですか? その部屋にいますから勝手に入って行って下さい。あの人どうせ暇してますし、何も気にしなくて良いですよ」
なんか、店長の扱い……雑過ぎない?
「あ、ありがとうございます。それでは……」
ターニアさんに別れを告げ、大きく溜息をつく。
それにしても……気をつけていても目が奪われる女性の胸部というモノは、実に恐ろしい物だな……。
深呼吸をして心を落ち着けながら、僕は部屋のドアに前に立った。
ドアには〈妖精王の部屋〉と書かれたプレートが取り付けてある。
(何が妖精王だ、あれじゃあただの変態だよ!)
僕は自身の考えを押し殺し、ノックをして応答を待つ。
「開いている、入って良いぞ」
了承を得てドアを開けると、妖精王(変態)がいた。
勿論格好は先程と変わっていない。
妖精王は大きな机に両肘を付き、口元を絡ませた両手で隠していた。
その姿を見て僕は茫然としたが、気にしたら負けだと自分へ言い聞かせて妖精王へと近付いて行く。
ただし、心の中では(どうしてこんなに仰々しいんだよ!? どこかの司令官やら領主じゃないんだから!)と、盛大にツッコんでいた。
「届け物です……」
僕は一刻も早く帰りたいが為に手早くブツを渡した。
オッサンは小箱を受け取り、四方八方から眺め品定めする。
「ああ、あいつからか……。食堂をリニューアルして〈妖精が出迎えてくれる妖精食堂〉に転向してから全く近寄ろうとしないんだよな」
百パーそのせいだよ! というか、あなたがその格好をする意味はあるの!?
僕は心の中でこの店に来て何度目かも分からないツッコみを入れる。
声に出さない理由はこれ以上首を突っ込んでも無意味と判断したからだ。
受け取り証明のサインを貰い、足早に妖精の集落を出た。
つ、疲れた……。
妖精の集落……セラの意外な一面を垣間見て、店のサービスを受け、ターニア――ティータと同様に本名ではないだろうが――という目に毒な人物とも会えた。
確かに良い事はあった。
しかし、あの妖精王という存在だけで、全て帳消しになった様な気さえする。
多分、僕はもう二度と自らの意思でココに来ることはないだろう。
ファンタジー版メイド喫茶ネタがやりたかったのです。
エルフ喫茶と悩みましたが、フェアリー喫茶にしました。
読んで下さり、ありがとうございます。
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