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秘密のバイト

「セ、セラ……だよね……?」


 僕は驚愕のあまり、目を逸らすことができなかった。

 セラも僕と同じのようで、目を見開いたまま僕を見ている。

 セラの服はいつもとは全く雰囲気が違い、薄く白い衣を何枚も羽織ったような姿であり、なにより一番の特徴は背中に付いた大きくて蝶の様な翅であった。


「ティータ。バイトだからと言っても、気を抜くんじゃない……」


 セラの格好に驚いていると、奥の方から厳ついサングラスの筋肉質なオッサンがセラと同じような格好で、こちらに向かって歩いてきた。

 唯一違うのは、翅が甲虫類のようであるというところだ。

 セラの格好はまさしく妖精であり、白く透明感のある薄絹から透けて見える白磁のように白い肌と美しい金髪が、神秘的な雰囲気を醸し出している。


 それなのに、それをこのオッサンが着ているだけで全てが台無しだ。

 薄絹は雑巾のように汚らしく見え、そこから透けて見える彼の濃い体毛と筋肉に吐き気がしそうになる。

 翅の種類が違ったところで、おぞましさが減少するわけではなく救いはない。

 全身呪いの装備で固められていた方がまだマシだろう。


「店長! 店長が出て来ると、お客さん減っちゃいますから!」


 後ろから慌てて出て来た店員さんに引きずられ、店長と呼ばれたオッサンは何処かへと姿を消した。

 先程の不審者が届け物の受取人だと分かったが、今はそれどころではない。

 残された僕とセラ。

 僕は先程までの記憶をゴミ箱の中に押し込めて、セラの方に向き直り声を掛ける。


「……セラ、何してるの?」


 引きつった営業スマイルを浮かべ、セラは静かに応える。


「とりあえず、座りなさい……!」


 不可視の圧力に押され、僕は勧められた席に大人しく座る。

 それを見届けた後、向かいの椅子にセラは腰掛けた。

 何か話してくれるのかと、少しの間待ってみるがセラに動きはない。

 このまま向かい合っていてもどうしようもないので、話を振ってみることにする。


「ねぇ、セラ? ここで何してるの?」

 

 びくりと反応は示すが、顔は俯いてしまい返事はない。

 良く見れば彼女の胸には名札が付いており、ティータと書かれている。


「ティータさん?」


 名札に書かれた名を呼ぶと、彼女は僕を「キッ」と音がしそうな程鋭く睨んできた。


「ごめん……」


 次は僕が俯き、更に沈黙が流れる。


「どうぞ。コーヒーとオムライスです」


 声がした方向を見ると、先程店長と呼ばれていた人を引きずって行った女の店員さんがいた。

名札にはターニアと書かれていて、背中の翅はトンボの様な形だった。

 しかし、彼女の何よりの特徴はその大きな胸だ。


 セラもそれなりに大きい方なのだが、彼女のモノはその次元を超えている……まるでスイカの様だ。

 僕の目が胸へと引き寄せられている間に、目の前のテーブルに二人分の食事が並べられて行く。


「ターニア……こいつ、金なんて持ってないわよ……」


 機嫌の悪いセラの姿を見て、ターニアと呼ばれた女性は優しく微笑んだ。


「コレはサービスですよ、知り合いなんでしょう? ティータ、今は忙しくない時間帯だし、せっかくだから賄いをここで食べて良いです。……一応お客さんだし、サービスもやってあげたらどうですか?」

「やらないわよ! でも、ありがと……」


 セラの拗ねたように照れる姿を見止め、満足気に彼女はカウンターの方へ下がって行った。

 それから僕達は暫く俯き合った。

 そして、流れる沈黙に耐えきれなくなった僕が話を切り出す。


「その、嫌なら別に話さなくても良いんだけど……どうしてここで働いてるの?」


 俯いたセラを見つめ、彼女が言葉を発するのを待つ。

 静かにセラの応答を待っていると、彼女は俯いたままぽつぽつと語り始めた。


「……朝ご飯、皆で分けていたら、あれだけじゃ足りないでしょ? カータは育ち盛りだし餓えさせたくないの……。だから、自分の昼ご飯のお金ぐらいは稼ぎたくて、日雇いのバイトを入れてたのよ……」


 そうか。カータの為だったのか。

 男とデートしているのでは、と疑っていた自分が恥ずかしい。


「カータには言わないで……。こんな格好恥ずかしいし、あの子が知ったらそんな事するなって怒るから……」

「そ、そんなことないよ……! カータの為にやったことなんでしょ? バイトしていたことぐらい言っても大丈夫だよ。恥ずかしくもないし怒るだなんて――」

「知らないくせに、勝手なこと言わないで!」


 僕の擁護は、セラの拒絶で塗り潰される。


「ご、ごめん……」


 彼女の拒絶に、僕はショックを受けていた。


 僕の心はどうしてこんなに痛みを訴えているんだ……?

 僕達はまだ昨日出会ったばかり……彼女達の事情を知らなくても仕方のない事だ。

 なのにどうして、こんなに息苦しいんだ?


「……こっちこそ悪かったわ。あんたに言っても、仕方のないことだもんね」


 薄く微笑みながら「仕方がない」というセラの言葉。


 ズキリ……。


 また、鋭い痛みが走る。

 叫び出したい程の、どうしようもない痛みが僕の心を支配して行く。

 だけど、もし今声を出したら、僕は心の情動を抑え込む事ができないかもしれない。


「そんな顔しないでよ……別に、怒っている訳じゃないんだから……」


 セラは僕を痛ましいまなざしで見つめている。

 心配してくれているようだ。

 でも、セラが心配する程だなんて、僕は今、どんな表情をしているというのだろうか?

 

 顔の表情を変えることができないのだけは理解していた。

 さっきからずっと失敗していたからだ。「大丈夫だよ」と言って、笑いかけてあげる事に。

 僕は仕方なく笑うことは諦め、セラに一つの質問を投げかける。


「教えてくれないかな……? カータが怒るって言う理由……」


 僕の問い掛けを受け、セラは少し逡巡した後、小さな声で語り始める。


「……私達が冒険者になる前に交わした約束なのよ。……あの子と私は対等な関係。お互いに、気を使ったり施しをしたりしないって……」


 確かに、セラの語った理屈なら、カータは真実を知れば怒るかも知れない。

 でも、例え約束を違えたとしても、その行動が本人に気付かれなかったとしても、カータの為になるのならそれで良い。

 それはまるで、セラの不器用な優しさそのもののようだ。


「そっか……分かったよ。そう言うことなら僕も絶対にカータに言わないよ」


 セラの優しさに触れ、僕はどうにか微笑む事ができていたと思う。


「あ、ありがとう。レナ……」


 セラからお礼を言われ、つい先程まで僕の心を支配していたモノが一気に消え失せていくのを感じる。

 

 さっきまでの感覚は一体何だったんだろうか?

読んで下さり、ありがとうございます。

よろしければ感想や評価などお願いします。


明日は四話投稿します。時間は(0,6,12,18)です。

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