僕の策
パーティ登録はすぐに終わった。
これをしていると、宿屋の記帳を免除されたり、団体割引が付いたり、有名なパーティになると、いろんな店で優遇されたりする。クエストの受注条件にパーティ登録必須というモノもあるらしい。
とはいえ、今の僕達にはあまり恩恵はないのだが。
しかし、登録時に一つだけ問題があった。それはパーティ名だ。
銀貨一枚払えば後でつけ直すこともできるので、僕は適当に『仲良し三人組』と書いたのだが、セラがそれに異議を唱えた。
「もう少しどうにかならないの? 何かダサいし、恥ずかしいわよ」
うーん、そう言われても特に良い名前も思い浮かばないし……。
頭を悩ませてみるが、ネーミングセンスのない僕には難しい。
何気なく周りに目を向けると、一人の冒険者が大量の黒百合を持ちこんでいた。おそらく採集クエストの納品であろう。
「……ああ、それじゃあ、『Black Lilies』なんてどう?」
黒百合を直訳しただけのモノ。
僕が倒れていたのをカータが見つけた時には、それに埋もれていたらしいし、今も偶然とはいえ目の前にある。
あまり良いイメージのない花ではあるが、なんとなく運命のようなモノを感じる。
「……まだそれの方がマシね」
どうやらセラの眼鏡にも適ったようで、僕達のパーティ名は『Black Lilies』に決まった。
「それにしても、やっぱりアンタって……」
「僕がどうかした?」
「いえ、私の精神衛生の為にも、あまり詮索しないようにするわ……」
良く分からないが、セラが納得しているならわざわざ聞き出す必要もないだろう。
そして今は、発行した冒険者証を受け取りに受付に戻るところだ。
そこで僕は受付嬢とちょっとした交渉をするつもりだ。
その為に、とりあえず二人には、何も発言しないように言い含めておく。
何故かというと、カータは別としても、セラは感情的になると失言してしまう可能性があるからだ。
交渉というモノは相手に弱みを見せてはいけないのだ。
セラに言ったら「誰が弱みよ!」と言って怒り出しそうだから言わないけどね。
「お待ちしておりました。こちらが冒険者証です。紛失しないようにお気をつけ下さい」
「ありがとうございます」
差し出された冒険者証を受け取り、代金を支払った後、意を決して本題を切り出す。
「あの……掲示板のクエストの事なんですが、まだ貼り出されていない銀貨五枚以上のクエストを、一つ優先的に斡旋してもらう事はできないでしょうか?」
もうこれしか手がない。
今できる物がないのなら、後からくるモノを先に押さえるのだ。
「申し訳ないですが、そういう訳には参りません」
まあ、こうなるだろうね。
基本的にクエストは早い者勝ちだ。
特に僕達のような新米パーティならば、そういう抜け道は普通使えない。
普通なら……。
「……その代わりですが、あの掲示板に残っている不人気クエストを、十件ほど引き受けます」
受付のお姉さんがピクリと反応する。
「どういうことでしょうか?」
かかった、狙い通りだ。
ギルドといっても信頼と信用の商売だ。長い間クエストの達成が滞ると、今後依頼を発注してくれなくなることもある。
故に、ギルド職員にとって、誰にも受注されない依頼は目の上のコブ……それを消化してもらえるなら、彼女達にとっても悪い話ではないと考えた末の作戦だった。
「言った通りの意味です。僕達が厄介事を引き受けると言っているんですよ」
僕は顔に意味ありげな笑みを張り付け、「そちらの意図を理解している」と暗に匂わせておく。
あくまでも「僕達は対等な関係である」という態度でいなければならない。交渉事というのは、弱みを見せると足元を見られてしまうものだからだ。
「どうしますか?」
内心冷や汗をかきながらも、時間をかけ過ぎて冷静になられても困るので、彼女の返答を急かす。
「……良いでしょう。実はまだ掲示板に貼っていないクエストの中に、条件に合いそうなモノがあります」
よし! なんとか約束を取りつけられそうだ。成功率は五分五分といった心持ちだったけど……。
「しかし、斡旋するのは最初に受ける十件をこなした後になりますが……よろしいですか?」
できればその十件は後回しにして、先に銀貨五枚のクエストをこなしたかったけど……そうはいかないか。
「……その代わり後からなかったことにしないで下さいよ?」
「信じられないなら別に断ってもらっても構いません。私も危ない橋を渡っているようなモノですから」
くっ……! 願い出ている立場だからやはり対等とはいかないみたいだ。
大体、時間的に間に合うかどうかも分からないし、やっぱり厳しいか……?
こういう時にこそ相手に弱みを見せてはいけないのは分かっている。
しかし、元々交渉やポーカーフェイスが得意ではない僕の表情は、多分崩れてしまっているだろう。
受付嬢はそんな僕の表情を見て、少し表情を緩ませる。
「安心して下さい。約束も違えるつもりはありませんし、全てのクエストを合わせても五日あればこなせます。きっと間に合いますよ」
受付嬢の発言に違和感を覚える。
彼女の前で制限時間の話をした覚えはないのだが……。
「えっ……なんで僕が時間を気にしていることが分かったんですか?」
「……セラさんの借金の話は私も聞いていますから。まあ同じ女性として他人事ではないと思いましたので」
「そうですか……」
まあなんにしても間に合うのなら構わないか。
「分かりました。それでお願いできますか?」
「はい、それでは今から書類を持ってきます。……ないとは思いますが、一つでもクエストを違約された場合、斡旋は行えませんので」
受付のお姉さんは事務所へと下がっていく。
違約などする気はなかったが、逆に安心というモノだ。
利用し合う関係は、約束に厳格でなければ成立しない……約束を反故しない限り、こちらの約束も守るということだろう。
受付嬢は書類を持って、すぐに戻ってきた。
「それでは、この十件をお願いします」
紙の束を手渡され、受注のサインを書く。
「全部終了したらクエストを斡旋しますので、もう一度私の所に来てください。一応午前中は毎日いますので」
「ありがとうございます」
挨拶をして受付を離れる。
さてと……宿に帰ってどのクエストから片付けるか、話し合うとしようか。
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