第八十六話 結果。そして次へ
あれから完売するまでにかかった時間はわずか一時間足らず、にもかかわらずオレたち三人でも抱えきれないほどに積み上げられた通貨の山が手に入った。
金の価値は日本円に直すと
石貨=一円
鉄貨=十円
銅貨=百円
大銅貨=千円
銀貨=一万円
大銀貨=十万円
金貨=百万円
大金貨=一千万円
白金貨=一億円
くらいの価値はありそうだ。
…あれ? そういえばオレって洞窟ダンジョンの調査報酬として白金貨10枚もらってなかったっけ? それってつまり総額…
うん。考えるのやめよう。元一般市民にとって非常に心臓に悪い情報っぽいもん…
あ、それと追加情報。オレ達が売っていた野菜の中で最も高値がつけられてたのはジャガイモ。そのお値段、何と驚異のたった一個で銀貨一枚というとんでも暴利。
これ、日本のスパーで同じ値段で販売しようものなら即通報されるんじゃねぇの? ぼったくりにもほどがある値段だ。だが先生曰く、「どうせ売ろうものなら自分たちで育てようとするんだからこれくらいの値段で売っても問題ないわよ」とのこと。つまり、今回オレ達が売ったジャガイモを種イモに自分たちで栽培しようとするやつらが必ず現れるらしい。
まぁ、考えてみればあり得る話だ。実際、オレもそういう風に改良していただろうしね。そう。少ない水と栄養素でも十分育つように改良しただろうね。
まぁ、もうここまで言われれば分かると思うが、オレそんな改良、してねぇわ…
いや、あのね? 言い訳させて? そりゃ将来的にはそう言って改良ももちろん必須なんだけどさ? なんにしてもまずは数がいるじゃん? 一回の収穫で得られる量を増やすことにこそまずは全力を注ぐべきだと思うんだよ。そしてそのあとでどんな環境下でも育つ種としての強さをはじめとする多種多様性を求めるべきだと思うんだ。
つまり結論から言ってオレはおかしなことは何一つしていないと思うんだ。だからオレ達が売った芋で栽培を始めようとする方々。ごめんなさい。多分、失敗すると思いますがそのうち痩せた土地でも十分に育ちつつ、実も十分大量に実る素晴らしい作物を作りますのでそれまでどうかお待ちください。よろしくお願いします。
なんてどこにいるかもわからない農家の方々に心の中で謝罪しながら後片付けを済ませ、買ったばかりのわが家へと帰宅。自分たちで育てた野菜を材料に味の研究もかねて料理を作り、夕食。
その後、風呂に入ってすぐに布団に潜り込んで就寝。いつもはやらないようなことをしたせいか布団のなかで目を閉じるとすぐに眠れた。
そして今日。陽も登り切り、オレ達三人全員の準備が完了したのですぐに出発した。なんでこんなに急ぐように出発するのかって? 理由は簡単だ。まず食料の安定大量生産はこの世界に生きる人々にとって最優先事項だからだ。
オレはこの世界に関してそんな多くのことを知っているわけではない。むしろ戦ってばかりで世情に疎いところがあると思っている。だがそんなオレでもいくつかの町や村を見て気づいたことがある。それは食糧問題。オレが今まで見てきた人々は基本的に痩せている。太ってるよりいいことなんじゃないのかと思われるかもしれないが、それにしてはみんな顔色も悪く、頬骨が浮き出ている奴も多い。
これはつまり、この人たちが食べる分の食料が足りていないんじゃないのか? 今まで見てきた人々も痩せてるんじゃなくて腹が減りすぎていてやつれていたんじゃないのか? もしそうなんだとすればこのあたり一帯の食料供給が足りていないことになる。それはまず大問題なんじゃないのか?
人々が飢えることはもちろん、飢えた人々が少ない食料を求めて争い合えばあっという間にこの世は血で血を洗う地獄絵図に変わり果ててしまう。
それを阻止するにはまず食糧の増産が急務だ。人が人らしく生きていくために必要な衣食住のうち、まず食から満たすべきだと判断した。
だからまず食料を大量に生産できる肥料から作る必要がある。自分でも農作業してみてよくわかるがこのあたりの土地の土全てに栄養がない。いや、正確にはこのあたりにある栄養のすべてがあの森の木々に吸われていると解釈すべきだ。そうでもなきゃ、あれだけ立派な木々が生い茂る大森林ができるとは思えない。一応ダンジョンコアが木々を生成してる可能性もなくはないけど…
「ないだろうなぁ……」
「? どうしたの?」
「あ、何でもないよ」
ポツリと呟いたオレの言葉に反応するリナに返しつつ頭をなでる。ふんわりさらさらとした感触が手のひらに伝わってきてちょっと心地いい。そんな感触を楽しみながらまた考える。
うん。考えれば考えるほどダンジョンコアが木々を生成してる可能性は低いことを思わされる。なぜかというと非効率的だからだ。ダンジョンコアにとって森はあくまで自分を守らせる魔物が戦いやすいステージでしかなく、意味もなく木々を生やしてもかえって魔物も行動の妨げになってしまっている。そんな邪魔なものを維持する意味も増やす意味もまるでないからだ。
だがオレが大規模の森林破壊をしたときにダンジョンコアは獣魔王を創り出して攻撃してきた。このことから考えるとダンジョンコアにとって森林破壊はされたくないことだったってことか? いや、しかし…
なんて考えながらキャリーに揺られているうちにまたあの森へとやってきて…
「そうかい、そうかい。やっと正真正銘の夫婦になれたかい……」
「早く子宝に恵まれるといいわね♪」
「クソッ! あのヤロウ…ッ!」
「おい止せ。もういい加減見苦しいぞ」
「止めるなよ。おいらだって気に入らねぇのは一緒さ」
早速リナの実家へとやってきた瞬間につかまった。こいつらは全員リナの一族だ。女性陣はリナからの近況報告に喚起し、男性陣は一族一番の美人のリナを嫁にもらったオレをねたんでいる。
正直リナが評価されるのはとても嬉しいんだが、男性陣の視線だけで殺してやると言わんばかりに眼力だけは勘弁願いたい。
ましてやココ…
「ガァアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンッッッッ!!!!」
「ブヒヒヒヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッ!」
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………ッッッッ!!!!!!!!」
「ギチギチギチギチギチギチギチギチギチィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ―――――ッッッ!!!」
戦場だぜ?
いや、な? 別にリナの実家へといって挨拶もそこそこに魔物狩りをしてるわけじゃないんだ。ぶっちゃけた話、まだカウリア族の集落には到着していない。森へ入って少し進んだら偶然カウリア一族の戦士やその護衛対象の奥様方がいたんだ。
なんでも薬学の知識を持っている奥様の一人が戦士たちを護衛に連れて薬草の採取と探索をするついでにほかにも手に職を持っている奥様方やその弟子たちを連れて森の境界線近くまでやってきていたらしい。
そんな奥様方につかまってオレとの生活についてあれこれと問い詰められているリナ。背中越しに助けを求めてる気がするが、うん。オレが介入してもロクなことにならない気がするので無視しよう。
すまないと心の中で詫びつつ、オレは率先して魔物を討伐する。吠え声こそ立派だったがそこまで強くもなかったので一人で余裕に討伐できた。
「いや、このオオカミっておいらたち全員で戦ってようやく勝ち目が見えるくらいの奴だったよな?」
「それを言うならあのイノシシの突進を難なく切り裂いたのも相当おかしいぞ? 吾輩、あれよりも小柄な魔物の突進も受け止められなかったんだが?」
「かぁ――――っ! お前それでも前衛かよ。何が一族最硬の男だよ?」
「う、うるさい! あ奴がおかしいのだッ!」
全部聞こえてるぞ?
レベルアップの恩恵か日本にいたころより大幅に上昇した聴覚が逐一会話を拾ってくるんだが、いちいち全部に反応しててもキリがないので聞こえないふりをして周囲を警戒する。
侵入者であるオレやリナに先生を警戒する魔物もいればカウリア一族をいい餌だとでも判断したのかじっくりと戦士や奥様方を観察する魔物もいる。一応、奥様方にはキャリーに乗ってもらっているのでいざとなれば逃げることはできるはずだが用心に越したことはない。
あれから数回魔物の襲撃に合いながらもほとんどオレが討伐することで片が付いた。一応一回だけカウリア族の戦士たちに任せてもみたんだが、結局はリナも参戦してようやく討伐できていた。まぁ、彼らの名誉のためにも言えばリナが参戦しなくても討伐そのものはできただろうけど、その場合は結構な長丁場になっただろうし、その分奥様方にも危険があったからリナが参戦したんだろう。決して奥様方からの取り調べから逃げたいリナが強引に戦士たちの見せ場を横取りしたわけじゃないはずだ。うん。
「…やっと離れられた」
……前言撤回が必要かも…
まぁ、そんなこんなでようやく集落へと到着した。以前訪れた時よりも住居は立派なものが立てられているし、人々の顔も明るくなっている。
「いい集落になってるな…」
「えぇ、みんなで力を合わせてここまではのものになれましたわい」
オレのつぶやきに長老が答える。まぁ、近づいてることには気づいてたよ。
「浴場も作ったんですね?」
「えぇ、もともと我らの一族に合った娯楽施設の一環でしてな? 地下に源泉が流れていることに気づいたものが掘り当てたのですじゃ」
ふ~ん。娯楽施設ね。風呂の実用的価値を分かっていないのか? 身体を清潔にすればそれだけ病気への抵抗力も上がることはオレでも知ってる。でもまぁ、たとえ知っていなくても問題ない。日常的に浴場を利用さえしていればそれだけでも十分効果はあるはずだし
「オレも利用してみていいですか?」
「? もちろんいいですよ?」
なんでこんなことを聞くの? と言わんばかりの態度で言われたが、まぁいい。
オレが戦場から離れていた間に作っていたのは野菜だけじゃない。ほかにもクラフトできるものはいろいろあった。
地球の知識。たとえそれを専門的に取り扱っていない一般知識程度であってもこれぐらいはできるんだよってところ、見せてやろうじゃねぇか。
石鹸。
察しのいい奴ならもうこの一言で分かるだろう?
極端に言えば灰と油があれば作れる。普通であれば相性のいい灰と油の調達に使った後、清潔になれるようにバランスを整える必要もあって自作するのはかなりめんどくさい。だがオレ達の場合は魔力なんてよくわからんエネルギーがあるから別に問題はなし。
それどころか…
『破邪の石鹸』・・・特殊級アイテム。歴戦の戦歴を持つトレントの灰と幾千幾万の攻撃を耐え忍び、鍛え上げられたシェル系魔物の貝殻に『生命土』から生み出された万人を虜にする香りを持つ『フレグランスローズ』の濃縮液から作られた石鹸。肌を覆う有害物質のすべてを洗い流し、ほのかに甘く優しい香りを残す。使用し続けることで軽度の呪いをも洗い流す。
こんなものが出来てしまった。
まぁ、清潔になれるのであれば問題もない。正直、男なのにバラの香りの石鹸を使うことに思うところがなくもないんだが、これを使った後のリナの反応は悪くなかったので気にしないことにする。
さて、早速石鹸と体を洗うためのタオルを片手に浴場へとやってきたんだが
「意外にちゃんとした施設だ」
これには素直に驚いた。もっと小規模、ぶっちゃけ言ってショボい風呂釜があるだけの施設だと思っていたんだが
タイルとは少し違う。レンガとレンガの間にモルタルを挟み込むように施工されたであろう床は日本にある実家の風呂場ほど足に優しくはない。肌の弱い人ではお湯でふやけた皮が削れる可能性もある。だが地べたを裸足で歩くよりはるかにマシだし、どうせお湯で痛むのだからと手を抜いて作られた適当な床よりもずっと足に優しい床だった。
肝心の湯殿も広く、身長二メートルほどはある今のオレが余裕で泳げるくらいには広い。そのうえ使われている材料は『ヒノヒノキ』だ。
木のくせに火を取り込む性質があるヒノヒノキは山火事が起こった時などに火の元に現れてその火を食って消化してくれるので大変ありがたられる樹木だ。
その樹木から作られる木材はほんのりと温かく、陽光と魔力を帯びているのでレイス系統の魔物への特効がある武器になる。
そんな材木で湯殿が作られている。
「なるほどこうすればお湯はなかなか冷めないな…」
感心してしまった。
確かにほんのりと温かいヒノヒノキであれば注がれたお湯はなかなか冷めない。もちろんヒノヒノキもそこまで万能ではないんだからいづれ冷めはするだろうがそれまでにかかる時間は普通の木材で作られた湯殿とは比べ物にならないくらいの時間がある。
効率的である上にオレにとっては日本の檜風呂を連想させる作りに思わず保保が緩んでしまう。
「日本にいたころでもここまで立派な浴槽はなかなかなかったなぁ~」
弁明すれば銭湯にでも行けばここより大きい浴槽もあると思うがそもそもオレはそこまで風呂に対してこだわりもなかったので詳しくはわからないんだ。
そんな施設内にはまばらではあるがオレ以外にも人がいた。
「おい、あいつ…」
「あぁ、来てたんだ」
「てことはリナちゃんも来てんだな」
「後であいさつにでも行こうぜ」
「「「おうッ!」」」
タオルを巻いてるやつもいればぶらり族もいる。うん。非常に見たくないね。距離があるせいでどうしても全体が見えてしまうので視界に入ったんだが…
気を取り直して体を洗おう。
早速石鹸を取り出して…
どうしてこうなった…
「お、俺が先に使うんだッ!」
「バカヤロウッ! オレが先に声をかけたんだからオレが先に決まってんだろッ!」
「お、おいらだって興味あるっス」
「早い者勝ちだぜッ!」
オレの目の前を行われている全裸での石鹸争奪戦。それはもうお見苦しい光景が広がっている。もう、こうね? ぶらぶらブンブンと……
こうなった原因は単純明快だ。
オレの石鹸。超人類のオレの嗅覚では少し強いか…? と感じる匂いも獣人族の皆さんにはちょうどいいようでみんな石鹸の香りに骨抜きにされてしまったんだ。
そこでオレが興味があるんなら使ってみないかと聞いてみた結果がこの通りだよ。
醜い…
「あ~…ッ! みんな体験してもらった通りそれが石鹸だ。作り方自体もそこまで難しいものじゃねぇし、自分好みに合わせて作ってみたらどうだ? 教えるぞ?」
注目を集めるために手を強く打ち鳴らし、浴場全体に音を響かせてから言ったオレの言葉は思いのほかみんなの気を引いたようでようでみんながその場で接見を見つめて考え込み始めた。
さっきまで騒がしかったのがウソのように静まり返った浴場にお湯が動く水温だけがこだまする光景はどこか日本の銭湯にも通ずるところがあり、思いのほか心地よくなったオレは実は最初に考えていた言うべきことを言ってさっさと出てしまおうという考えは無しにして、今度こそゆっくりとふろを完納することに決めた。
そんなオレにいくつもの視線が突き刺さってくるがそんなものは目さえ閉じてしまえばそこまで気になる要素でもない。
そうだ。せっかく目を閉じるのだから日本の銭湯の風物詩でもある富士山の絵でも思い浮かべてみよう。富士山の雄大な姿が瞼の裏に浮かび上がり、胸にほんの少しだけよぎる郷愁を楽しみながら風呂を楽しんだ。




