第八十四話 農業革命? いえ、まだその前段階もいいところです
ストックがずいぶんたまったので少し放出します。
結局あれから研究に一日を費やしてしまった。
思えば今まで魔法に関する授業を受けているときも基本的な知識、というより必要最低限の知識の身を無理やり頭に詰め込んだあとはひたすら実戦の中で実験と検証をやっていた。こんな風に研究、机にかじりついて知識をむさぼることはなかった。
そういう意味ではこれは貴重な体験だったと思う。
「何よりこれで次にオレがやるべきことが分かった」
これが何よりも大きい。
何もない暗闇に手を入れながらの手探りではなく、頼りなくとも確かな道しるべのある。これがなんと心強いことか・・・
ではさっそく取り掛かることにしたんだが・・・
「これは正直どうなんだ・・・?」
「まぁ、仕方がないわよ。そう思わないとやってられないわ」
「く、くさしゅぎる・・・っ」
心が折れそうだ。
オレは今、鼻がもげそうな臭いに悪戦苦闘しながらも土属性魔法で作った即席の大釜で血や臓物を煮込んでいる。
もう鼻で息ができず、口で息をしているんだがそれでも臭いがクる辺り、どれだけヤバいのかがわかるというものだ。
かき混ぜているオレもものすごくつらいがそんなオレに助言をくれる先生もどこか眼が死んでいる気がする。リナも手伝おうとしてるんだが、涙目で鼻を抑えるので精一杯のようだ。無理しないでいいから離れてていいよ?
そんな二人の状態を見ているから泣き言も言ってられず我慢しながらかき回し続けた。
さて、そんなオレがかき混ぜてる中身だが、正確に言えば低級ゴブリンにオークやオーガの血や臓物といった毒にも薬にもならないものだ。
下等すぎて何の旨味もなく、その遺骸からは何の素材も採れないくせに一般人には危害を加えるから見つけたら即討伐しなくてはならないという害悪でしかない魔物なんだが逆に言えばどんな実験の材料にして失敗しようとも全く惜しくない材料だということだ。
というわけでオレは大釜の中に魔力を極限にまで込めた土。先生が言うには錬金術や魔道具制作において貴重な素材になる『魔土』にゴブリンやオークの血や臓物を加えて、さらに闇属性魔法を使って腐らせる。いや、発酵させている。
発酵途中の臭いは破滅的だが、完成すればおそらく・・・
「・・・心なしか臭いがマシになってきた」
「ようやくね」
「き、きちゅい・・・」
リナにとってはまだきついようだがだんだん臭いが収まってきた。見た目もだんだん土らしい色になってきたし
「やるなら今だな」
ここで仕上げだ。
「『ライフギフテッド』」
『生命土』・・・伝説級アイテム。実りの力のかけらもなく死にゆく大地にも命を吹き込む生命の土。大地の栄養を与え、植物に実りを約束する最高の肥料。同じ土地に使い続けることでその土地に永遠の実りを約束する。
「できた。成功だ」
「よかった。もう一回こんな臭いのに突き合わされなくて本当に良かった」
「も、もう臭いない・・・?」
世界眼で鑑定して目的のものが出来上がったことを確認したオレは安心した。先生も死んでいた眼に光が戻り、リナはまだ花の奥に臭いが残っているのか苦しそうだけど安堵しているようだ。
あとは・・・
「これであとは様子見だな」
「成功するのはわかりきってるけどやっぱり不安になるものね」
「なんで成功だって言いきれるのよ」
完成した肥料を土に混ぜて畑を耕した。この状態で木属性魔法を使えば普通よりも高品質な作物が短時間で仕上がるのだ。
魔力がゴリゴリに削られつつ慣れない労働で疲れたオレはまだまだ終わっていないこと自分に言い聞かせる意味でもいったことに先生がアンニュイな表情で答え、その答えにリナが食いついた。どうやらいい加減臭いも取れたらしい。
「簡単よ。失敗する要素がないもの。質のいい土に伝説級の肥料。さらにこれまた伝説と呼ばれて久しい木属性魔法の使い手が一から手塩にかけて作り上げた畑、それも大地の恩恵をこれでもかと受けられるね野菜が主な野菜畑よ。どこに失敗する要素があるのよ?」
先生の説明が耳に届くが自分でもいってた通り不安要素もあるんだろう。
実はオレも不安だ。
作った肥料や畑には自信がある。だが作ったのはあくまで農業素人のオレだ。特に農業経験を積んだわけでもない初心者が一日で作り上げた畑だ。
あくまで実験目的のためそこまで大きい畑でもない。せいぜい百メートル四方の正四角形を意識した畑だ。初心者がやるには大きいかとも思ったが家、いや屋敷の庭の大きさに合わせつつこの世界にやってきて得られた人外の身体能力を持つオレならこれくらいの畑の面倒は見られるだろうと判断した。
だがいざ完成してみると不安になってくる。
ホントに面倒見切れるか?
ちゃんと実ってくれるのか?
今からでも小さい畑に切り替えたほうがいいんじゃないのか?
そんな不安がもたげてくるが今更遅い。
作ってしまった以上はちゃんと面倒を見ないとな。
オレは自分にい聞かせるため
そしてオレと先生とリナの三人で作り上げた戦果とは全く違う。何者も傷つけず作り上げたたった一つの小さな畑をこの目に焼き付けるために
なんてセンチメンタルな感傷に浸っていたのが一週間前。
「ウソだろ?」
「まぁ、余計な不安だったけど結果はいいんだからいいんじゃない?」
「これなんてアタシの胸より大きくない?」
はい。ものの見事に実りました。それもハンパない大きさでありながら
「下手な鈍器よりも凶器になるのでは?」
なんて思える重量感がある大根を手につぶやく。
そんなつぶやきが聞こえたらしい先生もあきれながらも心なしか声が柔らかい気がする。きっと安心できたからだと思いたい。
収穫を手伝っていたリナも自分の手で収穫したスイカと自分の胸部を見比べながら言ってる。うん。まぁ、相当立派な大きさですもんね・・・
大根にスイカ。そうダイコンと夏に定番のスイカなんだ。地球。日本でもよく見かけた白い根野菜の大根と緑と黒の縞模様が美しいスイカが実ったんだ。
「まさかたった一世代でここまで品種改良がうまくいくなんてな・・・」
「そうね。地球だったらここまではっきり分けられるようになるまで一体何世代かかるのかしら・・・? スイカに至っては完全な新種よね?」
「たった三日で実った野菜も大概だったけど今回は四日で収穫できてるわね・・・」
先生は純粋な疑問を抱き、リナはもうあきれ果ててしまっていた。
そう。オレ達がセンチな気持ちになって見つめていた畑は次の日にはもう芽が出ていて、その日のお昼には芽からかなり成長して、次の日にはもう収穫できるのではと思えるくらいにまで成長していた。さすがにまだ早いだろうと思い次の日まで待って収穫したんだが、それはもう大豊作だった。
見た目はジャガイモそっくりなのに割ってみると中身がダイコンそのものだったりする『ジャガコン』はその生態もジャガイモと大根が混ざっているのか葉に部分は大根だったのに実の見た目はジャガイモそっくり、それでいて中身は大根そのものの実が複数個実っていた。
畑に植えたのが十個で収穫できたのが二百個という大豊作だったので実験用に半分残しても十分残るので早速食事に使ってみたんだが、炭火でじっくりと焼かれたジャガコンの味はどちらかといえば大根に近いようで瑞々しくシャキシャキとした歯ごたえが特徴だった。
実験とは簡単で普通に作付けする『ジャガコン』。
木属性魔法で大根に近く品質を寄せたダイコン。
同じく木属性魔法でジャガイモに近い品質に寄せたジャガイモ。
この三つに区分して育てるというもの。
ジャガイモは種イモと呼ばれるわざと発芽させた芋を使うことは知っているが大根はどうやって繁殖させればいいのかがわからなかった。ので、大根の葉をもっと成長させて花を咲かせてそれから取れた種を品種改良してみたんだが、どうやらうまくいったらしい。
スイカはもともと繁殖力が高い以外に何の特徴もなかったウリ科の植物『イッパイウリカ』という果物。いや、食べてみても甘みがなかったし、やっぱり植物という表現の方が正しい気がする。
まぁ、とにかくこの植物から取れた種を使って品種改良を施した。
流石にたった一世代で急変するとは思えなかったので大生な繁殖力を半分に減らしてその分を身の甘さへと変換させた。なるべくスイカに近い瑞々しい甘さへと変換させた第一世代は見た目はヘチマに近い見た目で味の方はかなりオレの知っているスイカに近くなったので次の世代で見た目も出来るだけ似せようと試みたんだ。
「その結果、見事にスイカになったな…」
これを夏に近々冷やしてから割ってかぶりつくのが美味いんだよなぁ~。…イカンな。想像するだけでよだれが出てきそうだ。
あ、ついでに名前も品種改良第一世代までが『イッパイウリカ』のままで次の第二世代の鑑定結果は『スイカ』だった。
名前の方はもっと世代を積み重ねないと変わらないかと思ってたんだが…
「もしかしてオレが知っているスイカとほとんど変わらないものになったから変わったのか?」
分からんが別に不都合もないので問題ない。
今回は肥料なしでやってみたんだが、まだ前回の肥料の栄養が残っているのかすくすくと成長して今日、収穫することができた。
「うん。もう誰が何と言おうと大根にジャガイモ、ニンジンにサツマイモ、そしてスイカだ」
日本スーパーでおなじみの野菜たちと果物、それが大量に実ってる。
「ていうかなんで大根は大きい一本に実ってるのと小さいのが複数同じ葉になっているのに分かれてるんだ?」
これはもともとジャガイモに似てる生態も持っていたジャガコンの名残なのか? さすがにたった一世代くらいで完全に別物にできるとは思っていないが・・・
「これはさらに品種改良を重ねればいいものができるのか・・・?」
さて、これで農業に関する課題がある一点を除いて解消された。
そう。一点を除いてね
そのある一点とは
「あの肥料作りの時の臭いがなぁ・・・」
確かに効果はすごいものだったがいくらなんでもあのレベルの臭いは耐えられないぞ? 一応今回、二回目の収穫も豊作ではあったがそれはあくまで前回、一回目の畑づくりの時に蒔いた肥料の栄養が残っていたからだ。
またいずれはあの肥料に頼らなくてはならない。幸いにも一度作ったときの余りはあるんだし、そんな急に作る理由もないんだが、それは作るタイミングを先延ばしにしただけで根本の解決にはなっていない。
「さて、どうしたもんか・・・」
「あ、あの臭いなら軽減できるかもよ?」
ズッコケ
「ど、どうやってですか?」
「太一君が素材さえ採ってきてくれれば私が最高のマスクを作ってあげるわよ」
レスラーとかが顔を覆ってるタイプのマスクじゃなくて普通に口と鼻を覆うマスクで臭いを防ごうというわけね。
「でもそれってそこまで効果あるんですか? 地球ではマスクってないよりマシってレベルだったと思うんだけど・・・」
忘れもしない。あれはスーパーの惣菜コーナーの調理スペースの清掃バイトをしていた時のこと。フライヤーの掃除から油の廃棄。惣菜を乗せていた皿の皿洗いやコーナーの掃除が業務内容だったんだが、その中の一つに生ごみの廃棄もあったんだ。その臭いは殺人級でどれほど高性能を謳うマスクを自腹で買っても効果はほとんどなかった。
あとで知ったんだが、オレはマスク代に一万円以上を費やしてしまっていたらしい。それで効果がないんだから、笑えるよな?
そんなわけでオレはマスクを信用できていないんだ。
異世界であれば特殊効果でマジで臭いをシャットダウンできてしまうマスクもあるのかもしれないが、少なくともオレはまだ見たこともないので信じ切れていない。
「もちろん簡単な素材じゃないわよ? でも優秀な素材で私ほどの腕を持つ薬剤師であれば抜群の効果を持つマスクが作れるわ」
流石に臭いを完全に遮断してしまうことはできないんだけど、リナちゃんみたいな獣人の娘でもちょっと顔をしかめる程度で済むくらいにはできるわ」
「それは素晴らしいですッ!」
ワオ。
リナが眼を輝かせている。
まぁ、気持ちはわかる。ホントにつらかったもんな
でも・・・
「そんなすごいものがどこにあるんですか?」
「ダンジョンの中よ?」
うん。知ってた。
何を当たり前のことをとでもいわんばかりの表情で言う先生を見てオレは内心ため息が出そうになる。だってまだ一週間と少しだぜ?
仮にもセミリタイヤを決意したというのにこんなに早く現場復帰のフラグが立つか? 普通・・・
いや、日本では一週間も連日で仕事が休めれば十分以上の長期休暇だとは思うが正直まだまだリフレッシュしていたいところではあった。
でもまぁ、言っててもしょうがないし、やるしかない。
そう自分に言い聞かせよう。うん。
もしかしたらまた…?




