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第四話 決戦!

やっと書けました~。少しずつ書くスピードが上がってきたかもしれません。次はもっと早く書けるように頑張ります。

「うん。どこだよここ」


 異世界に来てオレが最初に見たのは

 蒸し暑くどこまでも広がる熱帯雨林(ジャングル)だった。


「地球…、な訳ないか…」

 一瞬アフリカかどこかに来たのかとも思ったがそれはない。なんでかって? そりゃぁ…


「太陽が二つって…」


 思わず頭が痛くなる。鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々の隙間から空を見上げれば見慣れた太陽があるんだがそれが二つだと話が変わる。

 これで空の色が黄色とかだったらオレのSAN値がゼロになるのが先か理解力が追いつくのが先かの嬉しくないチキンレースが始まるところだった。


「さて…、どーすっかな?」

 今すぐやるべきことと言えば自分の置かれている現状を把握することが一番だろう。

 ひとまず辺りを見渡すと目で見える範囲で森が途切れていてキチンと舗装(ほそう)された街道が見える。とりあえず街道に出て適当に歩いていけば人里に出られるんじゃないか?

 でも、ちょっと待って。それはちょっとやばくない?

 だってオレ、この世界について知らないことが多すぎるんだもんよ? そもそもこの街道はどんな場所につながっているんだ? 田舎だったら遠い国から来た旅人だと言えばたとえ常識的なことを聞かれてもあまり突っ込まれないかもしれない。

 しかし、これが都会だったらそうはいかない。都会で常識的なことも知らないなんて田舎者ですと自分で言ってるようなものだし、都会に上京してきた田舎者なんてトラブルに巻き込まれる事間違いなしではありませんかっ!

 さらに魔物なんて危険生物がいるんなら大きい街にはそれに備えた城壁とかありそうだし門番とか普通にいそう。

 そこで身分証などを求められたらどうしよう。オレ、手ぶらだよ?

 女神にアイテムボックスをもらって食料や武器などを入れてもらっているが、そもそもそのアイテムボックスの開き方を知らないと意味なくね? 女神に尋ねてもイメージ次第って言っていたし、その中に身分証明書が入っていてもいきなり本番で試せるような度胸はオレにはない。


「よしっ とりあえず『鑑定』スキルと『アイテムボックス』をキチンと使えるようになるまで練習すっか」

 第一の目標はできた。女神のところで練習するって言っても『すぐ使えるようになる』って言われて、結局練習できてない。そして使えるようになった実感ないんだもんなぁ。はぁ~。


 さて、ここらへんで切り替えよう。とにかく、ここから移動しよう。もっと道によって練習はやるべきだな。すぐにでも練習はしたいが森の中でいきなり荷物を全開にして着替えとかを汚すわけにはいかないし、道の中でアイテムボックスの練習をしたらきっと中身をぶちまけることになるだろうし、それって公道のド真ん中で自分のバッグをさかさまにして中身を全部出してから荷物を確認するのと変わらなくない?

 それってかなりマナー違反っつーかすンごく変な人だろ。


「都合よく洞窟かなんかないかなー?」

 洞窟で練習。これがベストなんだが…

 改めて辺りを見渡すがさすがにそんな都合よくはいかないか。ジャングルが続いてるだけだ。

「ま、さすがにそれは期待しすぎか」

 やっぱりここでやっちまうか? 木々が目隠しになってそんなに人目につかないし、洞窟を求めてよく知りもしない森の奥に入るとか、遭難するフラグにしか見えないよな。

「よし、じゃあさっそ…!」


 なんだッ!? この悪寒はッ!? 脊髄の奥に氷の塊を差し込まれたみたいだッ

 心臓がめちゃくちゃな鼓動を繰り返し、冷や汗が滝のように流れる。パニックになっているのに何でか冷静になって状況を理解しようとする思考と動物的な第六感の両方から体がゆっくりと動き後ろへ、森の奥を見た。


「GUROooooO」

「………OH……」


 熊だ。それもただの熊じゃない。熊の魔物だ。なんで魔物ってわかるのかって? そんなもん一目見ればわかるよ。何あの腕? 六本って、阿修羅像をリスペクトしてんの? だったら顔も三つつけなさい。何事も中途半端はいかんよ?

 それぞれの腕が斬撃、打撃、投擲の役割を担っているのか爪が長かったり、掌全体が丸く膨らんでいたり、熊っていうより人間に近い構造をしていたりと特徴がある。

 確か熊って眉間が急所だったけ? でもこの熊にはそれは当てはまらないな。だって、

「なにあの角・・・」

 そう、角があるのだ。某ボクシング漫画で見たクマの弱点の眉間から鬼のように角が生えている。しかもただの角じゃない。雷を思わせる特徴的な角が眉間から生えている。



『アシュラグリズリー Lv:378』



「…はい?」



「いや、その、えっと、あの、は?」

 いろいろ待てい。いきなり目の前に透明のボードが現れてそこに書かれていた。何もかもがおかしいがこれが『鑑定』スキルか?

 するとこのアシュラグリズリーってのがあの六本腕熊の名前か? つーか本当に阿修羅像をリスペクトしてんのかよ! この世界にあんのか阿修羅像。

 そんでもってなにあのレベル。300後半ってドンだけヤバいんだよ。

 もう絶望しか感じないが熊のほうは完全にコッチをロックオンしているようで、薄暗いジャングルの木陰の中からでも赤い眼光が見える。しかし、熊のほうはコッチを敵として認識しているのではなく、『あれ何だろ~?』みたいな小さい子供が好奇心から遠くで観察しているような気がする。

 たしか、森でクマに出会った時の対処法は熊から目をそらさずに、ゆっくりと物音を立てずに後退りだったっけ?


 早速やってみよう。あ~スススっと。

 え? さっきからテンション高すぎじゃないかって? 現実逃避だ。言わせんなバカヤロー。

『GURON♪』

 ニィイイイイイ と不気味に笑ったように感じた。

 ゾクッと恐怖を感じたけど熊とオレの間には距離がある。アイツが突進するにしろ、何か投げてくるにしろ、避けるか逃げるかするくらいの余裕はあるはずだ。さっきの声にしろ今の笑い声にしろきっとオレがビビりすぎて幻聴が聞こえてきただけのはずだ。

 必死に、それはもう必死になって自分に言い聞かせながら後ろへのすり足を続ける。木々や枝のとげが刺さって痛いけど構うもんか。こんな化け物から逃げられるのならこれくらい安いものじゃないか。

 街道に出たら一目散に街に行こう。道にある足跡を探してその足跡がたくさん向かう方向に大きな街があるはずだ。こんな状況でまともな判断ができるかどうかはわからないけどできないとマジで死ぬかもしれない。だから、やるしかない。


「カアァアアアアアァァァ」

「……………………………」


 おかしいな。確かにオレは考え事をしていたけどあの熊から一瞬たりとも目を離さなかったのに(つーか目ぇ離したら死ぬかもしれないじゃん。理論とか理屈じゃなくて恐怖でできないっつーの)一瞬で、文字通り(またた)く間に熊の姿が掻き消えた。そのあとすぐにオレの背中に堅い何かがぶつかった。

 木だとするとおかしいな。オレはすぐに森から出られるように木の幹にだけはぶつからないように街道までの最短の道を行っていたはずだ。仮に木にぶつかったにしても街道までの距離にオレの肩幅より太い木なんてあったか…? 木はたくさんあっても全部か細かったと思うんだがなぁ…

 しかもこの木、なんか妙にワサワサしているぞ? まるで動物の毛皮みたいだ。それでなんかあったかいなぁこの木、人肌かそれ以上だ。冬の寒い夜に布団の中で抱けば極上の寝心地になりそうだ。

 気のせいかな。なんか木にぶつかってから生暖かくて生臭い風が吹いている。この風はいったいなんだろうなぁ。オレ、わっかんないなぁ~。



 ………………そろそろいいかな?



 もうほとんどわかりきったようなもんだけど振り返って自分の後ろを確認する。


「グオン♪」


 どうやらこの熊は瞬間移動ができるらしい。これがコイツのスキルなのかそれともレベル差でこんな風に錯覚するほど無茶なステータスの差があるのかはわからない。でも、これだけは言える。


 母さん。京香。シンちゃん。


 オレ、死ぬかも。


 とりあえず



「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」


 声の続く限り叫んで逃げる。

 死ぬかもしれませんよ? でもね、まだ死んでないんですよッ! 死んでいないのならいくらでも足掻(あが)きますとも。

 こちとらまだ、この世界に来て一日目だぞ? 働き盛りの20代だぞ? 実は結婚にもあこがれているんだぞ? まだ全身が燃え尽きるような恋も経験していないんだぞ?

 なのに、何もできてない。何もやっていない今死ぬ? マジふざけんな!

 みっともなく、カッコ悪く、叫び声をあげながら逃げた。

 足の親指に力を込めて息の続く限り走る。石や草木に(つまづ)きそうになる。が、絶対に転ぶわけにはいかない。だって、


「グロロロロロロロロ♪」

『待て待て~♪ 食っちゃうぞ~♪』的なノリで熊が追いかけてくるからだ。


 つーかこれって小さい子供がオモチャやペットを相手にバカやってんのと同じだろう。

 つまり、オレはアイツにオモチャにされてんのかッ!?

 マジで張り倒してぇ…ッ!

 でも、今はナメられてて好都合。あの熊はその気になればあの反則なスピードでオレを八つ裂きにできるのにそうしてない。

「グオンっ!」バリンッ!

「どわぁっ」

 驚いた。いきなり近くにあった倒木が爆発した。

 あの熊が吠えた直後に爆発したよな?

 後ろをチラ見すると熊の角がピリピリと放電しているではないか。

「え? あの角って飾りじゃないの?」

 確か、角っていうのは動物が狩りや威嚇に使うものだったか? あの熊の場合、それプラスあんな使い方もあるわけか? もしかしてあれが魔法? 雷の力を放ってるっぽいから雷属性魔法ってやつか?

「って、感心してる場合じゃねぇ―――ッ!! 感電してクロコゲ。捕まって食われる。どっちも嫌なら死ぬ気で走れ―――ッ!!!」

 ここまでの全力疾走。いつぶりだろう? 柔道部にいた頃でもここまでじゃなかったような気がする。

 しっかし、オレ鈍ったなぁ時間にしたらここまで3分もたっていなくね? いくら歩きなれていない未整備の森の中でもここまで、息苦しくなるか? もうすっかり意気が上がって身体が休息を求めているが意志力でねじ伏せて走り続ける。だってそうしないと死ぬから

 死なないためにも本格的に鍛えなおさなくちゃいけないなぁ。なんて現実逃避のためにも考えながら走り続ける。ここを無事に乗り切るためにッ!


 ガサゴソ


「救世主ですかッ!?」

 来てくれ凄腕冒険者。もしくは正義の騎士。

 今ここにか弱い一般市民が助けを求めてるぞっ! 今助けてくれるんなら荷物運びから野営の手伝いまでできることならなんだってやってやんよッ!!



「シュロロロロロロロロ」

「…OH…」

 本日二回目の「OH」である。

 トカゲだ。それもただのトカゲじゃない。トカゲの魔物だ。なんでわかるのかって?そんなもん見ればわかるよ。


「なにあの尻尾…」

 節くれだってて黒々していて太陽の光を反射している。トカゲって言ったけど尻尾だけを見たらサソリだな。しかも、尻尾が付け根から分かれていて二本になっている。

 それぞれの尻尾が丸まっていて全長は分かりにくいが目で見える範囲で見積もっても体長は4メートル以上はある。

 そして、一番特徴的なのは(うろこ)の色だ。普通地球にいるトカゲって茶色とか緑だよね? ほかにもいろいろあるかもしれないけどそのどの色も結局は『自分のいる場所に合わせた色になって身を守るため』だよな? なかにはいかにも毒がありますよって知らせるために派手な色のトカゲもいるかもしれないが、それでもさ…


「その色は何なんだ…?」

 まず目につくのがドきついピンク色だ。もうこれだけでお前隠れる気ゼロだろ? って言いたくなる。しかも、ところどころの色が変わっていて水玉模様になっていてそれぞれの丸が紫、橙、赤、水色になっている。しかも、一番目立つのは眼の色だ。蒼色。顔もドきついピンク色のくせに深く、綺麗な蒼色をしている。もうここまでくると笑えるね。ここまで『ここにいますが、何か?』って言わんばかりのトカゲっているか?



『カースドポイズンバジリスク Lv:321』



 鑑定スキルが発動したらしく、また透明なボードが出てきて今度はこう書かれていた。

 …いや、無理じゃね?

 何この状況。あきらかに尋常なレベルじゃない魔物に二体連続で遭遇するとか、絶望のドン底ってヤツだよな。トカゲもコッチをロックオンしたようで緑色の下がチロチロと覗いている。


「ジュロ―――ン」

 トカゲは勢いよく立ち上がりのこぎりみたいな形をした爪と一本一本が鋭くとがった牙を見せてきた。普通トカゲの腹って鱗もなく無防備な弱点のはずなのにこのトカゲはむしろ腹の防御にこそ力を入れていると言わんばかりに岩を思わせる分厚く頑丈そうな茶色の鱗に覆われていた。

 マジでここで終わりか…?


 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 走馬灯と言うのか? やけに時間が遅く感じる中、死にたくないという想いだけがむなしく空回りするだけでこれといった手段も方法も思いつかないまま―


 バチンッ!!

「おうッ!」

 びっくりしたぁ。いきなりトカゲの目の近くの鱗が弾けたぞ。そんでこれって…。

「グ、グオッ!?」

『あ、ヤベッ』みたいな顔している熊がいる。うん。あの爆発ってお前の角だよね。だって、またお前の角がピリピリしているもん。そして…、

「ジャラァアアアアアッ!!!」

「グ、グロォオオオオオンッ!!!」


『ナニすンじゃワレェエッ!!!』と、『う、うるせぇええええっ!!!』的なノリかな。トカゲが熊を認識すると明らかに敵意っていうより殺意にまみれた咆哮(ほうこう)を上げて熊に突進していって熊もそれぞれの腕を大きく広げて迎撃態勢を整えた。


 まず、トカゲが丸めていた尻尾を勢いよく熊にめがけて突き伸ばした。つーか、トカゲ。お前身体より尻尾のほうがでかくね?

 熊は自分に突き伸ばされた赤黒く不自然に膨らんだ尻尾の先端を斬撃用の腕の爪一本で反らした。次に噛みついてくるトカゲの頭を人間に近い構造の腕でがっちりと抑え込み、もう一本の斬撃用の腕と左右それぞれの打撃用の腕でトカゲを攻撃した。

 熊の打撃用の腕は大きく丸く膨らんで、まるで大きな鉄球みたいになっている。ボーリングほどの大きさがある鉄球が左右それぞれから唸りをあげて襲い掛かった。しかし、トカゲのドきついピンク色の鱗に阻まれガキィイイイインッと硬質な音を立てた。

 斬撃用の腕は爪の一本一本が大きな(なた)のようになっていて四本すべて合わせるとまるで大きな鉄杭のようになっている。一点集中で突き破ってやると言わんばかりにトカゲの頭に振り下ろされたがまたしても鱗に阻まれた。しかも、頭部の形状のせいか、それとも何か細工でもあるのか鉄杭はトカゲの頭を滑り危うく熊の足に刺さるところだった。

 つーか。あのトカゲの鱗、堅すぎるだろ? ピンク色のくせに、ピンク色のくせに! …関係ないか。

 トカゲのほうは熊がよほど強い力で押さえつけているのか鉤爪とかでの攻撃ができなさそう。


「グギガァアアアグッ」

 トカゲはもう一本の尻尾を空に向かって大きく伸ばした。

「グロロロロロロロロォオオオオオオオオンッ!!!」

 一方熊は、トカゲの唸り声を最初の尻尾による攻撃だと思ったらしい。実際トカゲは最初に攻撃を仕掛けたほうの尻尾で猛攻撃を仕掛けている…みたいだ。


 オレがそう判断できたのは熊が爪を大きく伸ばして何回も防御しているからだ。だって見えねぇんだもんよぉ。


「そういえば何でおれはさっきまでの攻防が見えていたんだ?」

 クマがオレの後ろに回り込んだときなんかは全く見えなかったのに何で今のトカゲとクマの攻防は見えたんだ?

 現に今はもう見えない。金属音と激突する音が絶え間なく響くから何となく想像できているだけなのにこの違いは何なんだ?

 疑問は尽きないが今はとにかくここから離れることを考えるべき。今はクマもトカゲもお互いの事に夢中でオレの事なんて眼中にないだろうから逃げるチャンスだろ。チャンス、何だが…


「ハハハ、足が動かねぇ…」

 全力疾走の反動か? 太ももからつま先までが一つの心臓のように脈打ってオレの言うことを聞かねぇ。筋トレ後に似ているからある程度時間を置かないと動かないことも知っている。

 つまりオレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだ。

 そのためにはあの二匹の様子が見えないとどうすることもできない。


「奇跡でも何でもいいよ…」

 この場、この局面を切り抜けられるのなら何だっていい。

 見えろ。見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ見えろ

 目に血を行き渡らせるイメージで見開いて見ていると少し、ほんの少しだけ二匹の動きが見えてきた気がする。

「オッケー。このまま。この調子だ」

 こめかみの奥から心臓の音が響いて目の毛細血管が悲鳴を上げていくのがわかる。だがそれでもやめるわけにはいかない。さっきまであれだけ耳に届いていた息遣いすら聞こえなくなるほど集中してようやく見えてきた。



 トカゲはどうやら熊の視線が自分のもう一本の尻尾に向かないようにしたいのか熊の側面に攻撃を集中させている。しかも、赤黒く膨らんでいる尻尾の先端から黄緑色の汁が出ている。あれって、まさか、もしかして…


「ぐ、グオッ!?」

 熊が戸惑ったような声を上げた。

 それはそうだろう。だって、熊の分厚い鉈のような爪が硫酸でもかけられたみたいにドロドロに溶けていたんだから。つーか、あの黄緑色の汁ってやっぱり毒だったんだな。名前に「ポイズン」ってつくから予想はできていたが…。

 熊が自分の爪の惨状に戸惑い思わず攻撃を中断してしまったが今ここでは思いつく限りでは最悪の悪手だ。だって、トカゲの狙いはおそらく…


「ジュロォオオオオオンッ!」

 トカゲが咆哮を上げると空に向かって大きく伸ばしていた尻尾が

 ボッフゥウウウウウウウウウンッ!!!

 弾けた。黄色くてものすごく嫌なにおいがする汁をまき散らしながら。


「グゥオオオオオオオオオォオオオオオオンンンンッ!!!!」

 熊が我慢できないと言わんばかりにトカゲの頭を押さえていた腕も攻撃を担当していた腕も全部を戻してそれぞれの腕が熊の顔や体を抑えた。

 やっぱりというべきかあの黄色の汁は猛毒だったらしい。熊に汁がかかった場所から煙が上がっているし、ジュゥウジュゥウと音が鳴っているし、肉が腐っていくような嫌なにおいが漂っている。



 え? お前急に冷静になってるんじゃないかって? なんかもう驚きと恐怖を味わい過ぎて一蹴まわって冷静になった。と言うか冷静に慣れなければ死ぬ。殺される。

 どこで聞いたか忘れたが人間の最も優れた武器は『智』であると聞いたことがある。知識や経験を共有して学ぶことが人間の武器なんだそうだ。であればオレは今まさにその武器を活用するために極限状態になっているわけだ。

 もう今では脳があの二匹から以外の情報を受け取っていないのか自分の足がどうなっているのかもわからない。

 だがオレはそれでいいと思っている。きっとこの二匹が殺し終えたらオレはその生き残りに食われることになるだろう。であれば今オレが動くことは悪手。今あの二匹にか弱い獲物(オレ)がいることを思い出させることは死に直結していると思うからまずは二匹の様子を十分に観察している。




「ォオオオオオオオオオオンンンン」




 腹に響くような重低音が鳴り響きオレや熊たちの近くにあった一際目立つ巨木が動いた。

 あんな馬鹿デカイ木。具体的に言えば、もし切り株にしたら地球にあるオレの部屋より絶対に広いと断言できるくらいの巨木をまるでカーテンをどけるように動かせるような化け物が出てくるのかと思ったがそうじゃなかった。

 あの巨木そのものが木の魔物だった。



『エルダータイラントトレント Lv:349』



 賢き暴君とはこれいかに? エルダーって確か賢いって意味だよな? タイラントって暴君って意味だよな? 賢き暴君とはこれいかに?

 つーか、またこのパターンかよ。なんかもうさ。いちいち驚くのも疲れてきたっつーか飽きてきたな。普通レベル300台ってだけで絶望だろうにさっきからそのレベル300台の化け物たちの戦いをまじかで見ていたせいかもう驚ききれない自分がいるなぁ~。はぁ~~。

 もうなんかいろいろと投げやりになってきたオレを余所に、巨木の二つのくぼみが赤々とした輝きを放った。もしかしてあれが目か? さらにその下にUの字に裂けるように開いたのって口だよな? ヤバくない? 口だけでトカゲとか丸のみにできそうなんですが…


「ォオオオオオオオオオオンンンンッ!!!」


「ジュロッ!?」

「グオンッ!?」


 トレントが勢い良く吠えるとトカゲも熊も関係ねぇーっ! と言わんばかりに自分の枝や根を槍のように突き放った。トカゲも熊も突然の乱入者に驚いたようだが、別にトレントが横入りしたわけじゃない。どっちかというとトレントが巻き込まれた側だな。だって、


「あの時の毒だな」

 トレントの目の位置からして頬のあたりか? にさっきトカゲがぶちまけた猛毒がついている。ジュゥウウウウッ!! と音もそうだし、この臭いも熊の時と一緒だろ。

 つまり、さっきのトカゲの攻撃は何の関係もないトレントにいきなり猛毒をかけたのとおんなじことな訳だ。こりゃぁトレントがブチ切れて襲うかかっても仕方がない。


「グゥウウウオォオオオオオンンンッ!!!」


 熊はまだ毒で痛む体に鞭打って斬撃用の両腕でトレントの槍を迎撃している。トカゲの毒のせいで溶けている爪もあるのに残りの爪で豪快に繊細に槍を薙ぎ払い、反らし、いなしている。俺もこれから武器で戦うことになるだろうしこの動きはとても参考になる。しかし、問題もある。それは、


 熊の動きが速すぎてオレの目で追いきれないことだ。


 時々、瞬間的ではあるがマジで目に見えない動きをするもんこの熊。うわ、今何回腕振った? しかも、斬撃の腕はトレントの迎撃に集中しているが残りの腕はトカゲのけん制や攻撃に使われている。


「ジュロォオオオオオンッ!!!」


 トカゲもトカゲで毒を使って槍を溶かしたり、尻尾に毒を滴らせて槍を貫いたり、鉤爪や牙で切り裂きかみ砕いている。弾けた後の風船のように(しぼ)んでいた尻尾がまた膨らみ始めた。おそらくまたあの猛毒をまき散らすあれを繰り出すつもりなのだろう。しかし、

「グアッ!!!」

「ジュラッ!?」

 そうはさせないと言わんばかりに熊の打撃用の腕が襲い掛かった。

 もともと猛毒をまき散らす攻撃で自分も無傷では済まなかったらしく所々の鱗が剥がれかけている。そこに、熊の鉄球のような手が打ち据えた。

「ジィイッ!」

 トカゲが顔をしかめて距離を取ろうとするが、

「ォオオンンッ!!」

 逃がさん! と言わんばかりにトレントが木の葉をまるで手裏剣のように打ち放ってトカゲの逃げ道をふさぐ。もともとトカゲは切り札であろうまき散らしのために武器の一つである尻尾の一本を封じている状態だ。言ってしまえばハンデがついてしまっている状態、そんな状態でもともとトカゲ自身とレベルが近い(つーか、熊に至ってはトカゲよりもレベルが高いもんな)魔物二体の相手はキツイだろなぁ。

 熊もトレントもそんなトカゲのスキを見逃すはずもなくそれぞれで襲い掛かっている。弱肉強食の掟って言うかまず弱いほうから先に始末してしまおうって感じかな?



「…あれ? もしかしてこれってチャンスじゃね?」

 今までもしこの戦いが終わってからでもまだ魔物たちがオレを狙い続けていたらと怯え続けるのがいやだったからずっと観察していたけどさ。

 少なくともトカゲは詰みかけてるし、熊のほうも新手のトレントの乱入で余裕がなさそうだし、トレントに至ってはもともと俺は顔を合わせてもいない。

 そもそも今まではクマとトカゲの一騎打ちの状態からトレントも参戦した三すくみに変わっている。特にこのトレントに関してはオレは全く関係ない。


 うん。これはチャンスだ! 今逃げればおそらく逃げ切れる。でも、その前に…

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