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第三話 サヨナラとコンニチワ

やっとここまで書けました~。

リアルの仕事が忙しすぎます。もっと休みがないと身体がもちません。

時間空けすぎですが、どうかお楽しみください。

ここまで多く書いたのはぶっちゃけ初めてです。高評価をいただけると嬉しいです。

「はぁー」

 思わずため息が出てしまった。

 私、松田真紀子は座布団に腰かけながらテーブルの上に置いてあるケータイを眺めている。

 時計の長針と短針が同じく真上を向いていても私が起きている理由は仕事先の指示で健康診断に行っている息子の帰りを待っているからだ。


 家を出てから4時間くらいがたったころに一回だけ電話がかかってきた。健康診断は終わったけど、終わってすぐ仕事先から電話があり今日帰るのがとても遅くなるから晩御飯はいらないこと。最悪の場合今日は車の中で寝るから早めに寝ていてほしいことが伝えられた。


「あの子ったら今日本当に車の中で寝る気かしら」

 寝違えなきゃいいけど。

 私は日付が変わったことを確認した後大きくあくびをしながら自分の部屋へ行きあらかじめ敷いてあった布団に入って目をつぶった。

 明日、いやもう今日か。朝ごはんは娘の分だけでいいかしら。息子が帰ってきた時に備えて多めに作れるおじやにしようかしら。

 頭の中で朝食とお弁当の献立を組み立てながらゆっくりと夢の世界へと旅立った。




「あ、やっと寝た。母さん寝るのおせぇよ」

 さすがは夢ね。

 私が今まで息子を待っていたお茶の間で息子と娘が向かい合う形で座っているわ。食事をするときの定位置。

 息子が座っているのはあの子の部屋にある座布団かしら。

 それにしても一日息子が帰ってこなかったくらいであの子の夢を見るなんて私ったらどれだけあの子を心配しているのかしら。

 本人から電話も受けているのに。息子ももう社会人なんだからいい加減私も子離れしないとね。

 自分自身に呆れていると息子から座るように促された。

 自分の座布団に腰かけると、


「え~っと突然なんだけどさ。オレ異世界に行くことになったから、バイバイ」


 うん。意味が分からない。

 この子は本が好きでそんな感じの本もいくつか読んでいるのは知っているけど、いまさらそんな妄想を口走るような子じゃないし。

 確か今みたいな言動って中二病っていうんだっけ? あの子がそんなこと言うはずもないし、これはやっぱり夢ね。やけに座布団の感触や冷たさはリアルだけど。


「お兄ちゃん。頭大丈夫?」

 さすがね娘よ。よくぞ私が言うべき言葉を言ってくれたわ。

「まぁ。そういうよなぁ」

 息子がいかにももっともだと言わんばかりにうなずく。

「つーわけでお願いしま~す」

 息子が誰もいないほうに向かって呼び掛ける。


 息子よ。

 そこには誰もいないわよ?

 夢の中にしても私って息子のことを何だ思っているのかしら?

 息子が帰ってきたらお詫びも込めてあの子の大好きな手巻き寿司でも作ろうかしら


「はーい」


 おかしい。

 ちょっとまって。

 何今の声? 誰? 娘ではないし、まして私の声でもないあきらかな女性の声。

 そしてなんで私の向かい側に絶対にこの部屋のものではないドアがあるの?


「えっ? 『どこでも〇ア』?」

 私は茫然とつぶやいた。娘もこの光景に絶句している。そして…


「初めまして松田真紀子(まつだまきこ)さん、松田京香(まつだきょうか)さん。私はこの地球を管理している神の一柱『運命』を司る女神です」

 お医者さんが着るような白衣を着た目つきの悪い女性が現れた。

 しかもとんでもない美人。

 待って。今この人なんて言った?

 女神? 神様? 運命? え? 一体何なの?


「え~っと。その人お兄ちゃんの彼女? 手品師の人? そんでもって頭がおかしい人?」

 娘がおそるおそる聞いている。

 ナイスよきょーちゃん。

 手品。

 うん。まぁ。あんな非常識の塊はそんな風に考えるのが普通よね。

 これは私の夢だけど。っていうか夢でもなきゃありえないでしょ。『どこでも〇ア』とか。

 いったいいつ青いネコ型ロボットが現実世界に進出してきたんだっちゅうの。

 この人は女性の形をしたドラ〇もんなのかっちゅうの。


「さすがというべきか。親子なんですねぇ、兄妹ですねぇ。ストレートにひどいことを言う」


 女性は私のほうを向きながら苦笑いを浮かべる。


「彼女とかありえねぇよ。今の会社、マジで出会いがないんだから」


 たっちゃんがブスッとした表情で言う。

 あれ? おかしくない? たっちゃんはともかく女性は私に向かって言ってるわ。

 私は口に出して何か言ったわけではないのに。

 口に出して言っていたのはきょーちゃんよね? ふつう私ではなくきょーちゃんに向かって言うのが普通よね? 「ストレートにひどいことを言う」彼女は確かにそういったわ。

 これって私のドラ〇もん発言のことよね? 口に出したわけじゃないから『発言』ではないけどね。うん。

 女性にドラ〇もん発言。うん。確かに失礼っというかひどい発言よね。


「はい。とってもひどい発言です。ワタシあんなにコロコロしていませんよ?」

 女性はこっち憮然とした表情で言う。

 おかしい。絶対おかしい。

 口に出してもいないのに何でこっちの考えがわかるの?

「ぶっちゃけ心の中を読みました」

「「ちょっとっ!!!」」

 母娘で声がそろった。

 しっかしこの人いったい何なの?

 もうこれって勘が鋭いとか洞察力が優れているとかじゃ説明がつかないわよね?




 結論から言うと、

 ヤバい。こりゃマジで息子が異世界に行っちゃう。

 あの人マジで女神様だったわ。

 だって目の前で魔法を見せられたり、手のひらに乗るサイズのドラゴンっぽい生き物がギャアギャア鳴いたり火を吹いたりしたら信じるしかないでしょ? どうせ作り物かなんかだろうとドラゴンを小突いたときに噛まれた指が痛い。

 さらに息子が異世界に行かなきゃいけない理由も教えられた。


 アルファメスのこと。

 世界の誕生と死。

 世界の管理を放棄して逃げた神のこと。

 神の力を与えられるために必要な条件。

 このまま放っておけばこの世界も無事では済まない大惨事になること。


 一つ一つ息子が説明して女神さまが補足して教えてくれた。

「つーわけでオレ行くわ」

「いやいやいやいや行くじゃないよっ! なんでお兄ちゃんが行くのさ。今どき自己犠牲なんて流行らないってばっ!」

「そうよ。それにたっちゃんが行くところって法律とか完備されていないところなんでしょ? 犯罪に巻き込まれたらどうするのよっ!」

 もうほとんど反射だった。

 娘と一緒に無茶でバカなことをやろうとしている息子に思わず怒声を上げていた。


「まず母さん。人前で『たっちゃん』はやめろ。次に京香。オレは別に自己犠牲で異世界に行くわけじゃない」

 たっちゃんは真剣そのものっといった表情で私たちに向き合いながら言う。

 私の目をしっかりと見ながら話すたっちゃん。

 その眼には現実逃避も自惚れもヤケクソになった色もない。


「自分でしっかり考えてこれから起こる怖いこともツライことも理解した上でその結論を出した。

 もちろん異世界に行くなんて初めてだ。

 オレの頭じゃ考えも及ばないようなこともたくさんあるかもしれない。

 でもさ、カミサマから異世界でもやっていける力はもらうし保険ってわけじゃないけどもしも万が一って時の言質もシッカリととってあるから大丈夫さ。

 生活費のことなら心配するな。そこもシッカリ約束済みだ。なぁ女神サマ?」

 たっちゃんがニコヤカ~に女神さまに言う。

 女神さまは少し目をそらしながら


「ア、ハイ。こちらが保証などをまとめた資料になります」

 こちらに一枚の紙を渡してくる女神さま。

 もうツッコミませんよ? たとえ明らかに何も持っていなかったのにいつの間にか紙が握られていたとしてもツッコミませんよ?

 女神さまが渡してきた紙を受け取るとそこには…


「…求人票?」

 そうハローワーク等でもらえる就職活動の代名詞ともいえる求人票。

 女神さまが渡してきた紙には確かにそう書かれていた。

「エ~ットナニナニ。業務内容『異世界の魔物討伐、未開拓地の散策、ダンジョン攻略(ダンジョンコアの破壊含む)、人助け、悪党成敗(盗賊、海賊、悪徳商人、悪徳貴族など)etc・・・』って給料手取り20万以上ッ!? 昇給あり賞与ありッ!!?? 必要な免許・資格、経験等、学歴全て不問ッ!!!??? ナニこの夢みたいな条件を並べたような求人票ッ!!?? ハローワークでもこんな求人絶対ないよッ! お兄ちゃんこれやるの? チョーウラヤマシすぎるんだけどッ!!!???」

 きょーちゃんが求人票をのぞき込んで綺麗な青筋を作り出してたっちゃんに飛び掛かっていった。

 「ちょっマジ、やめろ」たっちゃんが肩をつかんで激しく揺さぶる妹を退かそうとするがきょーちゃんはよほど我慢できないのかキーキー喚きながら兄の肩を揺さぶり、駄々っ子ぽかぽかパンチを繰り返したり噛みついたりとやりたい放題だった。


 今年からきょーちゃんも社会人だもんねぇ。求人票なんてそれはもう山ほど見ているから余計にこの求人票の金銭項目が羨ましいんだろうけど、私が注目する点は保険項目だ。そこには…

 『実績によって変化、最低でも地球への転生保障』

 と書かれていた。

「あの、これってどういう保証なんでしょうか?」

 項目を指さしながら女神さまに尋ねると、

「あ~それはですね? 冷静に聞いてくださいね? この仕事は見ての通りモンスターと戦ったり、誰も行ったことのない場所へと行ったりします。神の力を渡すわけですし多少は大丈夫なはずですが、それでもやはり死んでしまう事はあるんです。冷静にっ! お聞きください。本人の希望をあり死んでしまった場合地球に人間として転生することは決まっているのですが、いつ、どの国で、どんな家庭に、どんな才覚を持って生まれてくるかは異世界でどれだけのことをできたかによって変わります。先に言っておきますが別にワタシが協力を渋ったわけでもありません。これは魂の輪廻転生においてどうしても守らなければならない絶対のルールです」

 話の途中で食って掛かろうとした私の声にかぶせるように大声を出した後も丁寧に説明をする女神さま。

 兄に飛び掛かっていたきょーちゃんもこちらをじぃと見つめている。


「まぁ、なんだ。異世界に行ったその日のうちにスライムとかに殺されたっていうんであれば日本じゃない知らない国に平凡以下の見て目と才能で生まれ変わるかもしれないけど。でも。

 もし、異世界にいるドラゴンや悪魔とか強いモンスターを倒しまくって死んだら金持ちの家で勉強もスポーツも抜群なイケメンに今の記憶を持って転生ってこともできるらしいだ。オレ、そうなったら母さん達に会いに行くよ。

 求人票にあった毎月の給料はオレの口座に振り込まれるらしいからこの金でたくさん長生きしてくれ」


「そういう問題じゃないでしょっ!!!」


 この子はいったい何を言っているだろう。生活費? 給料たくさんの仕事? 女神の保証? そんなものが何だと言うんだっ!

 息子が決して手の届かないところに行ってしまう。


 辛い事も悲しい事も一緒に乗り越えてきた。


 嬉しい事も楽しい事も一緒に味わってきた。


 私が仕事で手が回らなかったときに妹の面倒を一人で見て何度も助けてくれた大事な息子が異世界に行って二度と会えなくなってしまう。

 そんなこと、とても納得できるわけがないっ!!




 どこまで自分の口で伝えたがわからない。

 頭に血が上り思考が全然まとまらない。

 一気にまくし立てたせいで肩を上下させながら荒い息が漏れる。

 目の奥がクラクラする。

 相当な大声だったのか。女神は手で耳を抑えて、京香は半泣きになって縮こまっていた。

 そんな中たっちゃんは妹を下ろしてこっちを静かに見つめている。

 私の怒声に驚いた様子も怯えた様子もない。

 ただ、真っ直ぐに私の目を見つめている。

 私もたっちゃんの目を見つめている。いや、睨んでいる。



 たっちゃんの目を見ている内に段々頭に上がった血がゆっくりと下がっていった。

 息は整い、目の奥のクラクラも治った。

 私の様子を見てかたっちゃんはどこか嬉しそうに笑いながら口を開いた。


「オレ母さんの息子でよかったわ。

 オレのためにここまで本気で怒ってくれる。

 金のために安全を売り払いバカで無茶なことをやろうとして、母さんや京香に『金はあるんだからいいだろ?』とか『親子とか兄妹の縁ってこんなもんだろ?』って言わんばかりのことを言ったオレに『バカなことを言うなっ!!!』って言ってくれる。

 母さんはそれは親子なんだから当たり前って言ってくれるだろうけど、オレにはそのアタリマエが本当にうれしくてありがたい。

 やっぱりここがオレの家、オレが最後に帰ってくるべき場所。

 オレにそう思わせてくれる大切な場所。

 オレは母さんたちが本当に大好きだ」


 嬉しそうに

 楽しそうに

 幸せそうに

 満面の笑顔でそう言うたっちゃん。

 きょーちゃんはぼろぼろと泣いている。私も目の前がにじんでよく見えない。耳に届く嗚咽が娘のものかそれとも私のものかがわからない。


「だからこそ世界の終わりだからとかで理不尽なモンでその『大切』が壊れるのはど~しても我慢できないっ!。

 世界を救うだの。全人類を守るだの。二つの世界を救うヒーローになるだの。

 こんなことには全く興味がない。

 ガラじゃないとか、ファンタジーと現実の区別がつく大人だからとかじゃなくてそもそも興味自体がないんだ。

 でもさ、そんなオレでもさ。

 大切な人たちを守りたいんだよ。

 母さんがオレを大切だって言ってくれたみたいにオレも母さんや京香が大切なんだよ。たった一つの家族なんだよ」


 真剣に、真っ直ぐにこちらを見て話すたっちゃん。きょーちゃんの頭を乱暴に撫でまわしながら私の目をしっかりとみている。

 相変わらず目は滲んだままだけどきょーちゃんの顔がさらにくしゃくしゃになったのがわかった。

 たっちゃんが真面目にそれはもう真剣に考えてこの答えを出したのは分かった。

 異世界だヒャッハー!! なんて浮かれていないのも軽~く考えているわけでもないのも分かった。

 それでもやっぱり突然にもう二度と会えなくなるなんて、絶対にイヤだ…


「あっ、そうそう。別にこれ今生の別れってわけじゃないからな? 女神の話によるとオレが行く異世界の魔法に『時空属性魔法』てのがあるらしいんだけどそれを極めることができればオレが自分の意思で世界を渡ることができるらしいんだ。

 もちろん簡単なことじゃない。聞いてみるとその魔法を最も上手に扱えた賢者でも無理だったらしい。

 だけどオレはやるよ? 必ずその魔法を極めて二人にまた会いに来る。帰って見せる」


 異世界なんてファンタジーな世界にいっても必ずここに、私たちのもとに帰ってくるという宣言だった。

 自分の中の逃げ道を崩し自分の尻に鞭を入れる言葉だった。

 でもね?

「ん? なに? どったの?」両手で頬をしっかりと抑え強制的にこっちを向かせ絶対に逃がさないようにされ戸惑うたっちゃんに私は、

「最初に言えっ!!!!!!!!!!!!!!」

 怒鳴った。

 ジト目でたっちゃんを睨んでいたきょーちゃんも思いっきりわき腹をドついている。たっちゃんが痛みに身をよじらせた。


 そして完全に蚊帳の外だっは女神様は、

「Zzzzz」

 座ったまま器用に寝ていた。



 Prrrrr

 たっちゃんが誕生日プレゼントにくれた目覚まし時計が鳴り、私は目を覚ます。

 午前5:30

 3人の朝食作りのために私の起きる時間。


「いや、今日から2人分でいいのか…」


 あの夢がただの夢じゃないのはもうわかっている。

 だって、

 まだあのドラゴンに噛まれた指が痛いんだもの。

 たっちゃんの頬をしっかりと抑えた両手にまだ感触が残っている。


「たっちゃん…」


 一人息子だった。

 大雑把でいい加減なところがあったけど、いつもいつも私やきょーちゃんのために何かしようと頑張ってくれていた。

 ドジを踏んだり失敗することも多かったけど、とても優しい自慢の息子。

「う…、ううう…」

 だめだ。どうしても止められない。涙が出てきてしまう。

 その息子がもう二度と会えなくなってしまったかもしれない。


「大丈夫よ…。たっちゃんが自分で言っていたじゃない」

『必ずここに帰ってきて見せる』

 たっちゃんがそう宣言したんだ。

 母親の私が信じなくってどうする!?

 いつまでも泣いてはいられない。

 たっちゃんがここに帰ってくるというのであれば私のすべきことはただ一つ。

 笑顔で『おかえり』という。

 これ以外に何がある?


「あるわけない。

 いつもどおり。

 毎日そうしてきた」

 高校受験の時も、

 就職活動の時も、

 面接の時も、

 いつも、いつだってそうしてきた。

 さ、布団から出よう。

 いつもどおりに、朝食を作ろう。

 時間になったらきょーちゃんを起こさなくっちゃ。


「!?」


 驚いた。

 きょーちゃんがもう起きている。

 いつも私が起こすまで布団にくるまっているのに。

 こんなに朝早くから起きて自分の座布団に座っている。

 きょーちゃんはこれ以上にないくらい不機嫌そうな表情で、真剣そのものといった表情で、

「おかあさん。カミサマに殴り込みをかけに行こうッ!」

「いや、どうやってよ?」

 テーブルの下に置いてあったらしいバットを取り出して言うきょーちゃん。

 あのバットって確かたっちゃんが小学生のころ草野球チームに入る時にもらったやつよね?

「だってさッ! こんなの納得できないよッ! お母さんは納得できるの? お兄ちゃんは帰ってくるって約束してくれたけどさッ! そもそもカミサマがお兄ちゃんを選ばなければよかっただけジャンッ! あの時はテンパッてて出来なかったけどさッ! カミサマのヨコッツラに一発カマしてやるーッ!」

 興奮してバットを振り回すきょーちゃん。

 きょーちゃん? たっちゃんのことで神様に怒っているのは分かったからバットを振り回すのはやめなさい。

 そんなに振り回していたらテレビや蛍光灯にあたって壊しちゃうわ。


 もしも壊したら朝からお母さんの特大雷が落ちるわよ…?


 それはもう朝から盛大に大きなヤツが落ちるわよ…?


 笑顔で言うときょーちゃんはすっかり興奮から覚めたようで座布団に座りなおしている。

 でもその顔からは「納得できない~。カミサマの顔面に一発ブン殴ってやりたい~」という考えがこれでもかと溢れているのがわかる。


「ふむ…」

 少し考えこむ。「そもそもカミサマがたっちゃんを選ばなければよかった」確かに一理あるわね。

「健康的で丈夫、そしてある程度鍛えられた身体…」

 確かこれがカミサマの力を分け与えられて異世界に行くために必要な条件だったかしら。

 でも、これなら確かにたっちゃんじゃなくても他にいなくない?

 確かにたっちゃんにピッタリ当てはまる条件だったけどさ。

 別にたっちゃんにしか当てはまらない条件じゃないわよね?

 あれ? なんか段々…


「腹が立ってきた…ッ!」


 たっちゃん自身が決めたとか、それだけじゃないわよね?

 こんな大事なこと普通母親である私に前もって連絡をよこすものよね?

 なんでないの?

 『報・連・相』報告、連絡、相談。この三つは社会人ならできて当然、やって当然よね?

 え? カミサマだから社会人のルールは関係ない? …あるにきまっているでしょッ!! むしろカミサマだからこそ、こういうことはしっかりやってほしいんですけど?

 ああ、だめだ。ドンドン腹が立ってきた…ッ!!

 確かに息子の帰りを待っているって決めたばかりですよ? でもね? 帰りを待っている間にカミサマとは一度ひざを突き合わせてゆっくりと話したいわねぇ?

「それできょーちゃん?」

「?」

「殴り込…いやいや、文化人らしくのOHANASHIにはどうやって行くの?」

「…え?」

「神社に行って賽銭箱を蹴り上げる? それとも教会に行って十字架にそのバットを投げつける?」

「あの…? お母さん?」

「流石にただ純粋に神様に敬意をささげる信徒の方々にご迷惑をかけるわけにはいかなくてもこっちだって大事な一人息子にお兄ちゃんを取られてるんだから事情を説明すればきっとわかってくれるわよね?」

「お母さん? お母さん!?」

 戸惑ったようにきょーちゃんが声をかけてきた気がするけど、きっと気のせいよね?


 さて、カミサマ…?



 覚悟シテクダサイネ…?









 一方とある女神さまと一人の青年は

「――――ッ!?」

「どうした女神サマ?」

「いえ、何か急に悪寒が…」

「神様でも風邪ってひくのか?」










『おいっ! そっちに行ったぜッ!』

 槍を構えて一匹の大猪を追い込むいかにも戦士といった鎧を着た男。

『ブギィイイイイイイッ!!!』

 全身が黄金色に輝くイノシシが真っ直ぐこちらに向かって突進してくる。

 俺は装備した剣をゆっくりと上段に構えてスキルを発動する。

『スラッシュッ!』

 剣が一気に加速してイノシシを勢いよく切り裂く。

 イノシシはそのまま消滅していくつかのドロップアイテムとたくさんの金貨に変わった。

 剣装備の時に使える初級スキル『スラッシュ』。通常攻撃の2割増しの攻撃をするだけのスキルだが発動するまでの時間が短く、次に発動するまでの時間も短く一部の例外を除いて全部のモンスターに効く攻撃なので重宝している。

『やったな。相棒』

『そうだな。今日のノルマは後二匹って言ったところだ。この調子でいこうぜ相棒』

 槍戦士がハイタッチを求めてきたのでパッシィイイインと小気味いい音を立てて手を叩く。



 …一応言っとくけどこれゲームの話だからな?

 俺が今猛烈にハマッている幻想星世界(ファンタジースター)通称『ファンスタ』っつーオンラインゲーム。

 プレイヤーは好きな種族で冒険者ギルド所属の冒険者になり好きな職業(ジョブ)、装備でモンスターを倒したり、武器や防具、ポーション等を創ったりしてレベルを上げて楽しむゲームだ。

 広いマップとプレイヤーの自由度の高さ、そして定期的にある数多くのイベントで根強い人気を誇るネットゲームだ。


『んでアークよぉ。本当にここが<ゴールデンゼニーボア>の群生地なのナ。こんなに短い間に二匹目とか普通じゃねぇもん』

『だろ? ガロンも<酒BAR>来いよ。金次第でいろんな情報が手に入るぞ?』


 『アーク』ってのは俺のアバター名。侍をイメージしてちょんまげが似合う渋いイケメンに創ったアバターだ。

 『ガロン』は相棒の槍戦士のアバター名。鎧越しからでもわかる筋肉と右腕全体と右の頬、脇腹に刻まれたドラゴンを思わせる刺青(いれずみ)が特徴的な高身長アバター。

 ちなみにだが、俺とこの『ガロン』。実はリアルでも知り合いってか幼馴染だったのだっ!。

 幼稚園の時から一緒で、小学三年生の時に親の仕事の都合で『ガロン』いや、『松田太一(まつだたいち)』が引っ越しちまったんだっけ…。

 このゲームである日ひょんなことでお互いリアル割れしたんだ。ハハハハハっ!

 そんで、ムカつくことにコイツ小三の時から身長が高かったんだよなっ!

 きっと今でも身長は高いだろうけど、ゼッタイリアルじゃコイツガリガリだよっ! アバターがこんなに筋肉マッチョなのは筋肉(それ)にコンプレックスがあるからだろっ!? 絶対こいつ、リアルじゃガリガリかデブだよっ!


 え? リアルの俺? んー? 商人? それもかなり儲けている恰幅(かっぷく)のいい商人に近いですがなにか?

 ちなみにゴールデンゼニーボアとは、俺がついさっき倒した黄金猪のこと。ドロップアイテムはショボい。取得経験値も少ない。けど、多くのお金を落としてくれるいわゆる『金稼ぎ用のモンスター』。金落とし版の『はぐれメ〇ル』である。

 酒BARとは、いわゆるプレイヤー同士の情報交換の場所兼NPCのクエスト受注の場所のこと。

 クエストのほうは普通に冒険者ギルドで受けられるモンより報酬のいいのが多いが、情報交換のほうは下手すると大金払ってガセネタをつかまされることがある。


『ケッ! ヤナコッタ。あそこにはロクな思い入れがねーんだよ。あんなもんもういっぺん味わうよりドラゴン倒してぇんだよっ! オレァ』

 あいつらのドロップおいしーからなぁ。と、ボイスチャット越しに獰猛な笑い声が聞こえてくるが、さっきの忌々しそうな声色…。

 もしかしてコイツ大金積んでガセネタよこされたクチか?

 俺は、リアルで営業の仕事に就いているからこういう腹の探り合いは結構得意でガセネタをつかまされることは滅多(めった)にないんだけど。

 それでもやっぱり騙されることもある。

 あ、ダメだ。あの時のことを思い出したら今でもムカムカするッ!


『ま、無理にとは言わねぇよ』

 こいつにはこいつなりの情報収集方法があるだろうさ。

 無理に騙し合いに参加することもない。


『しかしお前ドラゴンを倒すってもしかして龍戦士のジョブ狙ってんの?』

『オウトモサ。(オトコ)に生まれたからには最強を目指すだろ』

 『龍戦士』とは戦士系のジョブの中でも最強クラスの攻撃力とスピードを持っている職業のこと。

 ワイバーンなどを倒すことでなれる『竜戦士』の上位互換で戦闘中に翼竜を呼ぶことができて自分が騎乗して空を飛ぶことも翼竜に戦わせることもできる。

 しかも戦士系のジョブのくせに『龍魔法』と呼ばれる特別な魔法を使うことができる。ただし、消費魔力量がバカ高く連発はできない。なんてデメリットもあるらしいが詳しいことは俺もわからない。


『ってかお前ってテイマー系のジョブ持ってたっけ? あれって確かテイマー職持ってないと翼竜ってザコだろ?』

『よくぞ聞いてくれたっ! 実はこの間ついにカンストしたんだ! 狂勇者(ベルセルク)至高の鍛冶師(オールマスタースミス)に続く三つ目のジョブマスターだ!』

『はっ!? ちょっと待てっ! お前いつの間に・・・』

 『ベルセルク』は攻撃特化型の戦士職。

 近接戦闘用の武器を全て装備することができてその装備した武器全ての攻撃力を上昇させることができてスキルの攻撃力も上乗せすることもできる。

 さらに、ベルセルクだけが扱うことができる固有(ユニーク)スキルの『絶対両断(アブソリュート・レイ)』は自分の攻撃力以外のステータスを0にする代わりに攻撃力を100倍にするというもはや壊れスキル。


 本来なら複数のパーティーが徒党を組んで戦う相手『レイドボス』をコイツはこのスキルを使ってたった一人で倒しちまった。

 倒したボスがレイドボスの中でも弱いヤツだったとしても一人でレイドボスを倒しちまったコイツは一部では伝説扱いされている。

 コイツに自覚があるかは知らないけどな。

 ちなみに、コイツの真似してベルセルクに就いたヤツらもいたらしいが有名になっていないとこを見るとコイツほどうまく扱うことができなくて別のジョブに就いたのかな?


 『オールマスタースミス』は生産職『鍛冶師(スミス)』の最上位職。普通は鍛冶師と言っても武器専門鍛冶師、防具専門鍛冶師、装飾品専門鍛冶師などに分かれているものなのだがオールマスタースミスだけはすべての装備品を作ることができるトンデモナク便利な最上位職。

 今コイツが装備している物の多くはこいつが自作したものだ。全ての装備にHP回復効果が付与されているらしく、その持ち前の攻撃力の高さを生かしてガンガン前へ出て敵をバッタバタとなぎ倒していくのがコイツの戦い方だ。


『くそ、俺だってジョブは三つ持ってるがまだどれもカンストには足りてないってのに…』

『確か聖騎士王(パラディン)熟練の錬金術師(エルダーアルケミスト)と…あとなんだっけ?』

重力魔導士(グラビティマジシャン)だよ』

 パラディンは防御力が高い戦士職。回復魔法や付与魔法を多く習得できるけど、攻撃力はかなり低い。

 普通は攻撃には参加せずに淡々と防御と回復に専念するんだけど、俺はガロンに頼んで全装備に『攻撃力上昇』・『スキル威力上昇』の二つが付与されているパラディン専用装備を創ってもらっていて攻撃力もとても底上げしてある。


 くっくっく。


 これで俺も攻撃に思いっきり参加できるぜ・・・!


 エルダーアルケモストは生産職『錬金術師(アルケミスト)』の上位職。アルケミストでは下級ポーションくらいしか作れないが、エルダーアルケミストになると中級ポーションを作れるほかに一つの魔法が付与された低位の魔法衣(マジックファッション)や材料はたくさん必要だけど『家』を作ることができる。

 グラビティマジシャンは魔法職。その名前の通り重力を操ることができる『重力魔法』を使うことができるジョブ。ほかの魔法も使えるがほかの魔法職でも十分に使うことができる魔法ばかりだからほとんど重力魔法だけが売りのあまり人気がないジョブ。


『そーそーそれそれグラビティマジシャン。

 そいつのグラビティバインドってヤバすぎだろ! 空飛んでいようが水に潜っていようが問答無用で自分の間合いに引きずり込んじまう。

 どんなにスバシッココウが絶対に逃げられないって怖すぎだろ?』

 コイツなりに(はげ)ましてんのかな…?

 まぁ、褒められることは嬉しいが…。

 でも、コイツの言う事にはひとつ間違いがある。

 グラビティバインドはかかった相手を近くの地面に縫い付けるだけの魔法であり、俺へと引き寄せる効果はない。

 お前がそういう風に見えたのは単純に俺がその位置に来るようにモンスターを動かしていただけの話。

 モンスターには決められた行動パターンがあるからそれを先読みして魔法を打てばいいけど

 これがもしプレイヤー同士の戦闘にだったら、グラビティバインドはまず使えない。

 ほかの魔法も効果が期待できないからほとんどパラディンの力だけで勝たないといけない。


 まぁ、負ける気はないけどなぁ…?


『お~い。聞いてるか~?』

『ッ!? おう、聞いてるぞ』

 いかんいかん。

 考え事に夢中になりすぎるのが俺の悪い癖。

 学生のころからこれで痛い目にもあってきたんだからホントいい加減に直さないと、今ここが取引先だったらとんでもないことになってたな。

 なにネトゲでリアルのことを考えてるんだ?

 今の俺はリアルの佐藤信一(さとうしんいち)じゃなくてファンスタのアークだろ。

『そろそろ次のボアPOPしたろーから行こうぜ?』

『あぁ、行こう』

 俺とガロンは次の獲物を探しに行く。

 この狩場はまだほかのプレイヤーに目をつけられていない。

 ゴールデンゼニーボアがたくさんPOPする場所なんてみんなが殺到したあげくに大手のクラウンに占領されるのが目に見えている。

 だったらせめてその前に狩れるだけ狩ってジャンジャン稼ぐのが俺たちにできること。




「ふぅー、明日は忙しいしもうそろそろ寝よう」

 一人暮らしのアパートの部屋で独り言ちる。

 今の職場に就いてすぐに実家を出た。

 職場のすぐ近く、歩いて十分くらいにある比較的新しいアパート。

 住み始めてそろそろ一年になる俺の城。

 ベッドにのそのそと潜り込んで、

 いざ、

 夢の中へ




 最初に言う。これは夢だ。

 俺、佐藤信一が見ている明晰夢(めいせきむ)だ。

 明晰夢って何ぞや? と思う人もいると思うが、要するに『これは夢だ』と認識している状態で見る意識のはっきりした夢。

 なんでこれが夢だってわかるのかって?

 そりゃあぁ、


「よぉ、久しぶり。

 マジで懐かしいじゃんか。

 ネトゲじゃしょっちゅう会ってたけど、リアルで顔を合わせるのなんて何年ぶりだ?

 十年?

 いや、十五年?

 いやいや十七年以上かぁ。お互いにマジで変わったもんなぁ」


 目の前にやけに身長が高い厳つい知らないニイチャンがやけに俺にフレンドリーに話しかけてきたらそう思うだろ?

 ホントだれ? コイツ。

 なんか怖いんだけど

 しかし、なんでだ?

 初めて会った気がしない。

 高身長・フレンドリー・そしてこのしゃべり方。

 あれ? 前にどこかで…


「どーしたんだよ? むっつりと黙っちまって。

 あっ もしかしてオレがわからない?

 まぁ十七年ぶりだもんなぁ。仕方がないかぁ」


 ニイチャンは寂しそうに苦笑いしながらうなずいた。

 そして、大きく息を吸い


「シ~ンちゃん♪ もう『ゾウさん』ヤんねぇの?」

「その名で俺を呼ぶんじゃねぇッ!!!」


 俺は反射的に叫んだ。

 自分の名前が嵐を呼ぶ幼稚園児に似ているからとソイツの真似をしていた事は今ではとんでもない黒歴史だ。

 出来ればブラックホールの中にでも放り込んで永遠に封印してしまいたい。クソッ!!!


「あれ? っていうかなんでそのこと知ってんの?

 それって確か幼稚園ぐらいの時の話だよな。なんで知ってんの?

 もうその話を憶えていて俺に言ってくるような奴なんて幼馴染ぐらいしか…」

 

 幼馴染…、

 十七年ぶり

 …あれ?

 …まさか、…もしかして、


「たっくん…?」

 震える声でさっきまでネトゲで一緒だった幼馴染のあだ名を呼ぶとニイチャンは、


「ピンポ~~ン。

 大正解~~、ネトゲじゃマナーの問題であんましリアルの話とかできないからな。

 ネトゲでも言ったけどさ改めて、

 久しぶり、シンちゃん」

 無邪気に笑いながら言うニイチャンいや、たっくん。

 こうしてみるとなんとなく昔の面影がある。

 毎日学校のグランドで、近所の公園で、通学路で暗くなるまで遊んでいた俺も友達。突然親の仕事の都合で引っ越してからしばらくの間はよく手紙のやり取りをしていたが、中学に入るころから段々手紙を送る回数も減ってきて高校を卒業するころにはお互いに年賀状ぐらいしかやり取りしなくなった。

 新しい環境になじまないといけなかったから、

 勉強のレベルもどんどん上がってのんびりしていたら置いて行かれてしまうから、

 仕事を早く覚えないとライバルに先を越されてしまうから。

 

 どれもこれも言い訳だ。

 理由はどうであれ俺は、あんなに仲が良かった友達の顔もロクにわからなかった。

 たっくんとの思い出が頭をよぎるたびに嬉しい反面、ハンパじゃない罪悪感が胸に刺さってくる。


「しっかしシンちゃん。太ったなぁ~『木登りシンちゃん』って言われてた時のあのスマートな体型はどうした?」

「ヒドくねっ!? いや、まぁ言い訳できない腹だけども」

 取引相手との接待、会社の上司や同僚との飲み会、、ガタガタの生活リズム、、運動不足。

 理由を挙げればきりがないが、確かに俺は太った。


「そう言うお前もずいぶん体形が変わったじゃねぇか。ボディビルダーにでもなったのか?」

「いや? オレは運送会社に就職したからなぁ。毎日重い荷物を運んでいるんだから多少は筋肉がついてくれないと困るぞ? それに学生のころから鍛えていたしな」

「くそ、俺だって野球で鍛えたのにこの差は何なんだ? やっぱり就いた職の差なのか?」

「いやいや、そこは格闘技とスポーツの差。そんで、ソイツがどれだけ鍛えたかだろう?」

「クソクソクソ」

 どーせ俺は外野守備だよ。準レギュラーにしかなれなかったよ。

 一時はそれでグレてたもんなぁ(遠い目)。


 あっ天井にシミができている。


「ってか、なんでお前ここにいんの? ここって俺の家だよな?」

 ぶっちゃけ最初っから気になっていたけどそろそろ聞こう。

「まぁ、いろいろ理由はあるんだけどさ。オレさ、『ファンスタ』引退するだ」

「はッ? いきなりなんだッ!? どうしたんだよお前ッ!?」

 落ち着け、落ち着けとたっくんは俺に言うけどこれが落ち着いていられるかよッ! お前は有名な『ベルセルク』だぞ! レイドボスをたった一人で倒した『巨獣(ギガント・ビースト)殺し(キラー)』の異名まである『英雄ガロン』だろうがッ!! そんなお前がいきなり『ファンスタ』をやめる? 俺らプレイヤーにとって大事件じゃねぇかッ!!!



「落ち着いたか?」

 フゥー、フゥーと荒い息が漏れる俺にコイツは冷静そのものと言わんばかりの無表情と平坦な声で尋ねた。このことにまた頭に血が昇りそうになるがこのままだとラチが明かない。

「オレがお前の夢に来たのはこのことを知らせるためとオレの『ガロン』を預かっていてほしいからなんだ。オレはこれから異世界に行く。場合によっては二度と地球には帰れないかもしれない。でもな、オレは絶対に帰ってくるよ? 絶体になッ! その時にまだ『ファンスタ』があったらまた一緒にやりたいじゃん? その時さ、長い間インしてないからってガロンが消えていたら寂しいじゃん? だからさ、オレが帰ってくるまでガロンを預かっててくれ」

 真剣にこれ以上にないってくらいに真剣な表情で言うたっくん。その表情には声にはさっきまでのそれと同じものとは思えない程にいろんな感情が想いが込められていた。

 理解させられてしまう。さっきまでの無表情や平坦な声ははち切れんばかりの感情(おもい)を何とか抑え込もうとした結果なのだと、普通なら話の中に出てきた『異世界』という単語にバカにしてんのかッ! と怒るべきかもしれない。

 でも、こんなに真面目で重苦しい空気を出している状態でヒトをバカにするようなヤツだったろうか…?

 小学生のころも、ネトゲで一緒に遊んでいた時も、いつだってコイツはそんなことをするヤツだったろうか…?

 こんなに真っ直ぐに感情をぶつけてくるヤツに常識や理屈を並べることが果たして正しい事なんだろうか…?



「ショージキに言って納得できないところがある。それも大いにたくさん、でもお前が真剣に俺に言ってんだってことは分かった。だから、わかった。ガロンは俺が預かっておく。いつかゼッタイに引き取りにこい」

 俺はこう答えた。

 もうこれがただの夢じゃないってことくらいは分かっているつもりだ。

 たっくんが伊達や酔狂でこんなことを言ってるんじゃないってことも分かっている。

 とにかくたっくんはしばらくの間、ファンスタにINできないことはわかった。

 そのせいで、ガロンを消したくないってことも分かった。

 だから、俺が預かっておく。いつかまたINできるようになったらまた夢で知らせろや。

 そのときはまた、一緒に冒険をしよう。

 待ってるぜ…?

 相棒…

「ああ、いつか必ずな。その時はまた一緒に遊ぼうぜ。楽しみにしとく。待っててくれ相棒」

 たっくんは笑顔で手を振りながら去っていった。



 チュンチョン…

 小鳥の声で目が覚めた…。

 体を起こすと、枕が濡れていることに気が付いた。汗じゃない、…涙だ。

「たっくん・・」

 久しぶりだった。本当に懐かしかった。もっともっと話したいことがたくさんあったのにな…

 ベッドから起き上がって枕を天日に干してカバーを洗濯機に入れる。

 朝飯の支度をしながらぼんやりしているとふっと自分のPCが目に入った。


 なんとなく。本当になんとなくPCを立ち上げて『ファンスタ』にINすると―――――――

「ッ! うっ…、くう…」

 思わず涙があふれた。

 ゲーム画面には俺が育ててきた『アーク』のほかにもう一体のキャラクターがいた。



 キャラクター名『ガロン』  性別『男』   種族『人間』

               職業『狂勇者(ベルセルク)』★

                 『至高の鍛冶師(オールマスタースミス)』★

                 『高位調教師(ハイ・テイマー)』★



 間違いない。あいつのガロンだ。職業の下にある星印はそのジョブを完全に極めた『ジョブマスター』の証だ。

 本当にテイマー職も極めたんだな。

 本当に俺に預けたんだな。

 なら、俺のすべきことなんて決まっているじゃないか。


「お前のガロンを俺が最強にしてやるッ‼」


 お前に誓うなんて格好つけすぎてるかもしれない。

 もしかしたらお前はそんなことを望んでいないかもしれない。

 お前の理想とは違うキャラになってしまうかもしれない。

 それでも、精一杯やろう。

 俺がガロンを最強の龍戦士にする。してみせる。

「また、冒険に行こうな…。相棒」

 まず、ガロンを龍戦士にするためにはガロンの操作に慣れる必要が出てくる。俺のアークとは戦い方もスキルも全く違う。手ごろなクエストをジャンジャンこなしてすぐに慣れよう。

 ドラゴンを倒すにはアークの強化も必要だ。ガロンに慣れる練習の合間に強化していこう。


 キャラが冒険(クエスト)に向かう。


 このゲームをやり始めてからずっと見てきた光景なのに、なんだかとても尊いものに思えてくる。


 俺は朝からゲームにのめり込み、会社に遅刻した。





「あれでいいんですか? 確かにあなたの条件の一つに『家族や友達に知らせたい』というものがあり、それを許可したのは私ですけど…」

「いいんだよ。あれで」

 心配そうな顔で尋ねる女神にオレはハッキリという。

 少なくともこれで母さんや京香は余計な心配をしなくて済むし、しんちゃんにガロンを預けておけば安心だからな。

 ほかにも会社の上司などにも会ってるからこれで迷惑はかけないはず。

 しかし、今になって思えばおれってかなりシヤワセな人生だったんだな。

 なんでかって言うと、オレ泣いてるもん。

「そろそろいきますよ?」

 女神はそう言いながら異世界に行くための(ゲート)を開いた。

 母さんたちの目の前に現れるときに使っていた門。このゲートをくぐればオレはいよいよ異世界へと旅立って地球とはお別れだ。

 目を閉じれば浮かぶのはついさっき会った母さんや京香やしんちゃんの顔。

 オレは今からこの人たちの笑顔を守るために行くんだ。

 たくさんの魔物を倒して、いろんな人たちに出会って、無数の魔法やスキルや技術をものにしてそして、絶対に帰ってくる。

 改めて心に誓い、オレは異世界へのゲートをくぐる。


 サヨナラ、オレが今まで生きてきた地球。コンニチワ、オレが今から生きていく世界(アールピーナ)

かなりおくればせながら明けましておめでとうございます。

今年はいぬ年、わたくしの干支でございます。今年はジャンジャン小説が書きたいですね。

出来次第投稿するのでどうかご覧ください。

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