第十七話 いざ実戦へ
さて、この世界に来て一年。
鍛え続けていてもまだ心もとない。だがもういい加減訓練だけではだめだ。訓練をいくら続けても魔物は減らねぇし、この世界の状況は一つも好転しない。
だから
「この家の外に出ます」
「いいんじゃない? まだまだ今の君では歯が立たない相手もいるけどこの家の周辺であれば逃げ込むこともできるでしょうし」
もうキラープラントではいい加減学べるものも少なくなってるでしょうしね。と先生が言う。
そう。確かにこの一年でそれなりに討伐してきたキラープラント。
植物が魔物化した姿で植物の種類によってこの姿や攻撃方法は様々だ。
果実を投げつけてくる個体もいれば蔓を鞭のように振り回す個体もいる。
毒を操る個体もいれば葉を手裏剣のように投げつけてくる個体もいた。
そんな多種多様なキラープラントとの闘争でオレは様々なことを学べたし、今のオレの装備を決める経験値にもなってくれた。
だがそんなキラープラントでもいい加減新しく学べることが少なくなった。
オレ自身のレベルやスキルも強力になって相手にもならなくなってきたからいい加減別の魔物とも戦わないといけない。
そうしなければオレにこれから先はない。そんな気がする
だから行くことにした。
思い立ったが吉日。即行動あるのみ
先生の了解も取れたオレはさっそく家と外を仕切る門をくぐって外に出た。
空気が変わった。
気のせいと一言で片づけてもいいかもしれない。でもやはりこの一年を通してオレを魔物から守り続けてくれた家から出た。そう思うと身が引き締まる思いだ
いつでも武器が抜けるように気を張り巡らせつつ周囲を観察する。
辺り一面森林で別にどこかおかしなところはない。
だがわかる。
空気が違う。今までが日本にいた時と変わらない空気だとすれば今オレがいるここの空気は張り詰めていて吸い込むことすら難しいほどの粘度が高い。きっと戦国時代の戦場もこんな匂いがしたんだと思う
常に風を察知して風下に神経を張り巡らせる。もちろんそれ以外の方向をおろそかにするわけではない
だがもしも真っ先にオレの存在に気付くのであればそれは風下にいる魔物だ。なぜなら風に乗ってオレの匂いが、風の流れでオレの動きを察知できるからだ
この一年で学んだことを生かし、周囲を警戒している。
まだ家から出て数分も立っていないはずなのに猛烈な勢いで体力が削られていくのを感じながら周囲の変化に神経をとがらせていると
来る!
視覚でも聴覚でも嗅覚でも味覚でも触覚でもない。第六感。という奴だろうか
とにかくそれが大音量で警鐘を鳴らした瞬間。
目の前に鏃があった。
慌てて屈むことで兜に当たった。
全身が心臓になったんじゃないかと思うほど鼓動に合わせて小刻みに震えてしまっている視界の先にそれらは表れた。
「ゲギャギャギャギャギャ!」
緑色の肌を持った小学低学年くらいの体躯の醜い化け物。ファンタジーの名物。ゴブリン
しかも
「グゲゲゲゲゲ」
「ギャババババ」
「ゴブブブブブ」
ワラワラと出てくる出てくる。ファンタジー定番のやられやくのくせに生意気にもいい装備に身を包んでいる。しかも集団行動を大事にしているのかご丁寧に全員集合するまで手を出してくる様子もない。
ので、
「我が手に集いて礫となれ『ファイヤーボール』」
早速詠唱破棄の火属性魔法で先手を打った。
ゴブリンの群れへと飛んでいく拳ほどの大きさの火の球を打ち落とそうと弓を引くゴブリンもいたがそんな矢を燃やしながら火の球は着弾し、触れたゴブリン数体をまとめて燃やした。
生きたまま燃やされる痛みに絶叫する仲間に呆然として立ち尽くすゴブリンにオレは容赦なく襲い掛かった。
戦斧を引き抜いて野球のスイングの要領で振り抜く。肉を断ち、骨を叩き割る感触が手に伝わり、ゴブリンの首が宙を舞った。
ゴブリンがこちらに何か喚いているがもう気にしていられない。
戦いの火蓋はもう切られた。
改めてオレが相手取っているゴブリンの様子、どんな奴がどんな武装をしているのかを見る。
『ゴブリンファイター LV23~31』×7
『ゴブリンマジシャン LV33』
『ゴブリンアーチャー LV28~32』×4
コレが今オレの目の前にいる分。そして
『ゴブリンエリート LV40~45』×4
『ゴブリンシーフ LV32~35』×2
『ゴブリンプリースト LV28』
『ゴブリンコマンダー LV50』
こちらを窺っている本隊。気づいてるからな?
スキルの恩恵かこの一年の訓練のおかげか気づけた。そして逃げられないこともわかる。
だってどこの戦略ゲームだ。どこの大戦争のゲームだと突っ込みたいほどに相手の数が多い。いくらファンタジー定番のヤラレ役で群れる魔物だとしても群れすぎだろと言いたい。
まずこんな頭数がいる相手から逃げることが無理。しかも鑑定結果にもあったがコマンダー。つまりは司令官がいる
指示系統がきちんと整っている軍隊。は言い過ぎだとしても群れであることには変わりない。そんな相手から逃げきれるなんて思えない
だから戦う。
まずはどうやらゴブリン本隊はすぐこちらに加わってくる様子がない。
様子見をしているのか、今オレのすぐ近くにいるゴブリン分隊を切り捨てているのかは分からない。
だがもしも後者が正解ならこれはチャンスだ。運が良ければ本隊と戦わなくて済むかもしれない。
仲間を殺されたからかゴブリンたちがこちらに殺到してきた。生意気にも初日のオレよりも圧倒的に武装が整っており、使い込まれたであろう細かな傷が目立つ革鎧に身を包んだゴブリン。鑑定結果によればどうやらゴブリンファイターという上位種らしい。勉強した限りでは武器の取り扱いに精通したゴブリンが成れる上位種で名前の通りゴブリンの戦士らしい。
そんなゴブリンファイターたちがこちらに向けられる剣や槍にハンマーはとてもゴブリンが持つには上等すぎる鋼の武器だ。
見たところ毒の類はなさそうではある。だが無駄に接近させるつもりもない。一瞬で気力による肉体強化を完了させ、白銀のバトルアックスを全力で振るう。
ただやみくもに力任せに振るうだけではだめだ。
最初はむしろ力を抜く。指から戦斧がすっぽ抜けそうなほどに力の抜けた状態で体勢を整えてから一気に歯を食いしばって全身の力を込めて振るう。
脱力からの一気に開放。地球のスポーツでも重要とされる基本中の基本だ。そんな基本に則った攻撃は
鎧?
盾?
肉や骨?
一切合切関係なく、問答無用で斬り裂いた。
こちらを殺してやるとばかりに睨んでくる顔そのままに宙を飛ぶ三体分のゴブリンを視界に確認しながらオレはこちらを嘲笑を含んだ顔で見ている次の獲物に笑い返した。
オレがやった攻撃は確かに無駄だ。
大振りな攻撃で複数の魔物を討伐できたのは凄い。だが敵は今殺しただけではない。まだまだ数が多い。そんな中で止めでもないのに攻撃後の隙が大きい大振りな攻撃をするなんてまともな実戦経験があればまずしない。
だが、それがどうした? オレもこの一年間キラープラントのおかげでそれなりの経験を積んでいる。そんな常識なんて当然知っている。知っていてやったんだ
戦斧を振り抜いたオレの身体は攻撃の勢いそのままに引っ張られる。重さ、重力、慣性。様々な要因はあるのだろうが結果としてオレの身体の自由は聞かなくなり、ゴブリンたちに隙を与えることになる。
そう。普通ならな
普通こういうときは両足を踏ん張って出来るだけ身体が流されないように堪えつつ、体勢を立て直して次の行動がとれるように準備する。攻撃するにしても防御するにしても、だ
だがオレはあえて勢いのまま身体を流した。
オレが放った横薙ぎの攻撃。その勢いに逆らわず身体を流し、片足に全体重が取ったタイミングで勢いのまま腰を回して独楽のように回転してからもう一方の足を踏み込んで勢いを殺さずにさらに上乗せした威力の振り下ろしを叩き付けた。
こちらを嘲笑を含んだ顔で見ていたゴブリンを脳天から真っ二つにしてやった。
ここでこちらに向かってきていた残りのゴブリンたちの動きが止まった。やはりと言うべきかこのゴブリンたちはオレがすぐに二撃目を放ったことが信じられないようで立ち止まったが好都合。
今度はこちらから攻める番。
オレはすぐに戦斧を手放して剣鉈を引き抜いてすぐ近くにいたゴブリンに襲い掛かった。
突然の状況変化に戸惑っている様子のゴブリンの顔面に剣鉈を叩き付け、勢い良く振り下ろしたせいで斧頭が地面にめり込んでしまっている戦斧をアイテムボックスに収納してからすぐに取り出した。
このやり方なら地面にめり込んだ戦斧を引き抜く手間が省けるんだ。
そうして再び手にした戦斧で周辺にいたゴブリンたちを両断してやるとまた弓矢が飛んできていた。どうやらこちらに突っ込んできたゴブリンファイターが全滅したことでようやくアーチャーやマジシャンが動き出したらしい。
戦斧で矢を斬り裂いてからその勢いを殺すことなく距離を詰め、一気に振るう。
だがさすがにそんな攻撃は避けられた。当たり前だ。今回は戦斧の間合いに入るためにも三歩ほど踏み込まなくてはいけなかった。
それだけの時間があれば誰でも動くことくらいできる。何の不思議なこともない。だが忘れてはいけない。
そちらに回避や避難の時間があったようにこちらにも次の手が打てる時間があったんだと言うことを
「我が手に集いて礫となれ『ファイヤーボール』」
別に外すつもりで放ったわけではない。オレはもともと戦斧で仕留めるつもり満々で振るってはいた。だがこの一年の訓練で自分の想定通りに敵が動いてくれはしないといやというほど叩き込まれた。
だからこそ準備しておいた魔法。
まず十中八九当たらないことはわかっている攻撃を繰り出しながら準備しておいた魔法が放たれ、ゴブリンアーチャーすべてを焼き尽くす―はずだった
「ゲグレベグゴゴギャバビボ」
今までロクに何もしていなかったゴブリンマジシャン。ボロボロのローブを身に纏い、己の身の丈を上回る杖、何かしらの生き物の骨で作られている杖を振るって出てきたのは水の槍。多分水属性中級魔法の『アクアランス』だ。
水の槍がオレの火球に迫り、打ち消してしまった。いや、打ち消すだけにとどまらず、こちらに迫ってくる。幸いなことに威力はオレの火球が盾代わりになってくれたようで半減している。これなら問題ない
オレは戦斧を振るって水の槍を斬り裂いた。
しかし、オレが魔法の対応に取られた時間はゴブリンアーチャーに危険な間合いからの脱出と次の攻撃を加える時間を与えたらしい。
いつの間にか集結していたゴブリンアーチャーたちが再び散開。そしてそれと同時に矢を放ってきた。それぞれが人体の急所を的確に射貫く軌道をしていて回避するが
「! クソッ!」
驚くことにオレが回避した先にまた矢が迫っていた。
盾で防ぐと今度は背後から風切り音が聞こえる。きっとまた矢が迫ってきている。このままではじり貧だと考える冷静なオレを押さえつけるように
ふざけるな! こんなとこで死んでたまるかッ!
本能というべきか? 負けん気というべきか? とにかく感情が一気に噴き出て、冷静な心を置き去りにして動き出した。
まずは斧を力任せに崩れた形で振るった。
斬るため、ではなく風を起こすために振られた斧は周囲の空気を巻き込んで、かなり重い手応えをオレに与えた。
それはこんな無茶苦茶な振り方をするなという抗議のようにも感じられたがそうして起こされた風はオレの周囲にあった矢の軌道を捻じ曲げて見せた。
なるほど。敢えて基本に従わずに振るうことでこんなこともできるのかとまるで他人事のように感心するオレを余所にオレの身体が動き出す
無茶苦茶なフォームで斧を振るった代償に体勢を整えるのに時間を要するはずが筋肉や関節の痛みを無視して無理やり整え、一番手短にいたゴブリンアーチャーに襲い掛かった。
まだ痛みが残るうちに斧を振るい、ゴブリンアーチャーを真っ二つにし、また斧頭が地面にめり込んだところをこれまた無理やり引っこ抜きながらその反動を利用して斧を投げた。
ブーメランのように回転しながら斧はオレから最も離れていたゴブリンアーチャーをカチ割った。オレはそれを視界の端に収めつつ剣鉈を引き抜いて残ったゴブリンアーチャーに襲い掛かり、こちらに向けていた弓ごとその顔面を叩き割った。
肩で息を吐くにつれてだんだんと意識が肉体に追いついてきたのか元に戻れた。不思議な感覚だった。まるで意識が身体から抜け落ちて戦況を高い位置から見下ろしているような、まるで戦略シミュレーションゲームでもしているような感覚だった。
あれはいったい何だったんだ?
殻中に感じる痛みや耳に届く音もどうでもよくなるほどに混乱していてオレの考えを中断させたのは
「!」
殺気だった。
見ている。
ゴブリンファイターたちとの戦い始まってから一切動いていなかったはずのゴブリン本隊。その司令塔であるはずのゴブリンコマンダーがこちらを見ている。
その眼はこちらの情報を一片たりとも逃がさないようになのかそれとも仲間を殺されたことに対する怒りなのか尋常ではない眼力を持っており、まだまだ痛み身体に鞭を打って剣鉈を構えて、斧の位置を確認する。
すると視界にゴブリンマジシャンが映り、あまりにもあんまりな自分の間抜けさに全身の血が沸騰したような羞恥心に襲われた。
だが当のゴブリンマジシャンはオレと戦うつもりがないのかこそこそと遠回りをして本隊の方へと合流していった。近くあったオレの斧に手を着けなかったのは自分の杖を持つことで精いっぱいなのか、それともオレの怒りを買うのが怖かったのかどっちなのだろう
そそくさと本体へと逃げ込んだゴブリンマジシャン。だが次の瞬間
ゴブリンコマンダーが持っていた剣でゴブリンマジシャンの首を斬り落としていた。
「は?」
あまりにもあんまりは光景にオレは唖然とさせられていた。
なぜ殺した? 一体何の意味があって殺した?
頭の中が?埋め尽くされかけているオレを気にも止め自、ゴブリンコマンダーはゴブリンマジシャンが持っていた杖を手に取り、こちらに投げ寄越してきた。
「は?」
またも意味が解らずにポカンとしているとゴブリンコマンダーはもうやることはやったと言わんばかりにこちらに背を向けてある出している。
そんなゴブリンコマンダーに従うようにほかのゴブリンたちもこちらに背を向けて歩き出した。
軍靴の音。とはまた違うのだろうけどそれでも規則ある音が徐々に遠ざかっていくのを聞きながらオレは顔中に熱が回っていくことを感じた。
これは
この感情は
「ち、チクショォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
悔しさ。
情けなさや恥ずかしさ
そしてそれらを上回る程の怒りだった。
情けをかけられた。オレが
あのゴブリンコマンダーはオレがゴブリン分隊と戦っているところを逐一全部見ていた。オレの力量も使える魔法も見ていてそのうえで今ここで戦う必要なしと判断された。
要するに「相手にする価値なし」なんて言われたんだ。あの醜い小鬼にそんな評価を着けられたんだ。このオレがッ! 一年間一切訓練に手を抜かず、自分でもそれなりに強くなれたと思っていたのにこんな評価を着けられたんだ
こんな屈辱はない。
しかも更にムカつくのが
『魔骨の杖』・・・特殊級装備品。複数種類の魔物の骨を加工して作られた杖。闇属性、水属性、土属性、火属性の順で魔法に適性があり、それぞれの属性魔法を行使する際に消費魔力を減少させ、威力に補正をかける。
この杖を投げてよこしたこと。
これはつまり「お前はここまでやれたんだからご褒美をやるよ(笑)」と言われたんだ。
そう思うと悔しくて悔しくてしょうがない。できることなら今すぐゴブリンコマンダーを追いかけてその顔に思いっきり斧を叩き付けてやりたい。
だが、…ッ!
「見えなかった…ッ!」
あの時、ゴブリンコマンダーがゴブリンマジシャンを殺した時の剣がオレには見えなかったんだ。
それにあの剣
「ヤバい。あれは相当にヤバイ…」
あの刀身を見たときに背筋に走った寒気がそれを証明している。ゴブリンコマンダー自身の技量も申し分なく、その腕前にふさわしい業物を持っている。これだけでも厄介なのに…
「無理。あれだけの配下を連れてるやつを相手取るとか、マジで無理…」
ため息を吐く。
この一年。鍛えてそれなりに強くなれたと思っていた。だがまだまだ足りないらしい
確かゴブリンコマンダーの配下が
『ゴブリンエリート LV40~45』×4
『ゴブリンシーフ LV32~35』×2
『ゴブリンプリースト LV28』
うん。無理
ゴブリンコマンダーだけでも厄介なのにおまけに配下もこれだけいるんじゃ無理。絶対に殺される。
「あぁ~~~~~~~…、クソッ!」
ごろりと横になる。
不思議なほどにあれだけあった怒りも悔しさも静かになった。なくなったわけじゃない。ただ静かになった
まだ胸の内を焦がす感情。だがそれもこれだけの事実が並べば納得できる。納得できるからこそ次の感情につながる。
つまり
「今に見てやがれ…ッ!」
オレは生きている。生きているからこそ次がある。次があるんだからリベンジのチャンスだってある。
もっともっと強くなる。
もっともっともっと強くなってどんな奴にも負けない男になる。
そんな気合が胸の奥から湧き上がってきた。
もう体の痛みもない。
「ッシャ!」
起き上がって走り出す。もちろんゴブリン本隊とは真逆の方向。杖もしっかりと回収して戦利品のすべてを回収。
そして走り出す。
誰に何か言われたわけじゃない。ただ自分でそうしたかったからそうする。
もうオレは誰にも負けない。もっともっともっともっと強くなって見せる。
そんな気合を漲らせて走る。もうこそこそしてやれるか、ゴチャゴチャ考えるのももう止めだ。鬼だろうが蛇だろうが何だろうがかかってこい。オレがこの斧で叩き割ってやる。
どこまでも真っ直ぐに走りながらオレはそう考えていた。胸の奥から漲る熱い血のたぎりに酔いしれながら




