第九十四話 出発と追試試験
「そろそろ次の街へ行こうと思うんだ」
なんとか煩悩という強敵を追い払ってそう告げるオレの言葉に
「いいんじゃない? 三人も進化したんでしょ? それってつまり周囲のダンジョンが三つなくなったわけだからより安全にこの集落は発展できるはずよ」
「もう終わりかぁ…。次はいつ来てくれるの?」
先生は特に何の感慨もなく、リナはちょっとだけさみしそうに返事をした。リナの寂しそうな表情には後ろ髪を引かれる。もう少しくらいここにいてもいいんじゃないかと思うがそうも言っていられない。
オレは心に活を入れて準備に取り掛かりつつカウリア族のみんなに挨拶をする。
「そうかい。もう行っちまうのかい…」
「二人で鍛えた剣。頼んだわよ…?」
「兄貴。アンタには世話になった。この集落は俺達が必ず守る。次は姉御との子供も連れて帰ってきてくれよな。待ってるぜ」
「いや子供って、でもまぁ、そん時はおいら達って『おじさん』になるんッスかね? …これいよいよ彼女を見つけなくては…っ」
「んだんだ。これも進化の影響かオラも随分力がついたし、気持ちも若々しくなった。一族復興のめども立ってるし、…もうアイツのことを思い出にしてもいいかもしれね」
村長。鍛冶未亡人。ゴードン。ジョゼフ。ダニー。
オレがあいさつした五人はこんな言葉をオレによこした。
村長の寂しげな表情。引き止めたい気持でもあるのか? 確かに人間に故郷を滅ぼされたことがまだ記憶に新しいカウリア族からすればリナが人間も住む街中へと行くなんて気が気じゃないかもしれない。
でももしそうだとしてもオレが必ず守る。どんな相手だろうと必ずオレの最愛の妻を守る。絶対に、だ。だから心配するな。必ず幸せにしてみせるよ。
鍛冶未亡人。アンタにはずいぶん世話になっちまった。オレの基準では全然大したことのない剣だけど、この剣で必ずドワーフの弟子になって見せる。そして見事に鍛冶の神髄を習得した時にはまた二人で何か作ろうぜ。
ゴードン。お前、子供って…。まぁ、いずれは顔を見たいと思ってるけれども
それはそれとして何気にゴードンが言った『帰ってきてくれ』なんて言葉がうれしかった。ここがオレの帰る場所なのかと思えたからな。
ジョゼフのつぶやきもしっかりとオレの耳に届いている。どこか切羽詰まったような、押し殺したような声から察するに適齢期のことを気にしてるのか? もし仮に二十代からが行き遅れだと考えてるにしてもまだ年齢的に余裕はあるだろうに…
それからダニー、お前のその言葉ナニか訳ありげじゃね? 今度来るときに聞かせろや。なんて視線を向けたらダニーは何かを察したのかそそくさと逃げ始めた。
何だか温かい気持ちになりながらオレはキャリーを走らせて集落を後にする。
「「「「「「「「「「また帰って来いよーーーーー」」」」」」」」」」
全員に見送られながらオレ達はもうすっかり帰る場所になっちまった集落を後にした。
さて、キャリーを走らせて森を抜け、目指すは次の目的地。『甲虫と魔樹の都』という名前のダンジョン。そしてそのダンジョンへと入る前にドワーフとエルフの街へ行く。
道を進んでいくと途中でゴブリンたちを見かけたが先手必勝でキャリーが槍で一掃して止まることもなく先へ進む。
さらに途中で盗賊団のアジトを見つけてしまった。
発見はホントに偶然だ。ゴブリンがまだいないかを調べるために探知系の魔法を発動させるとゴブリンと違う反応が引っ掛かったので世界眼で調べると盗賊団のアジトだった。
「さて、生かしておいてもロクなものでもなかろうし、ここは世直しのために狩るとするか…」
「アタシも行くわ」
リナが槍を手に名乗りを上げる。
「オレが一人で行くのが一番早いぞ?」
何たってアジトごと土属性魔術で閉じ込めた後で中で火属性魔術を発動させればそれで全滅だ。これが最適解であり最も効率のいい方法だ。
「でもあなたはその方法は取らない。違う?」
「…ッ!」
み、見透かされてたか…
バツが悪くてそっぷを向いてしまう。
そう。オレはそんな方法で盗賊団を滅ぼそうとは思っていない。もちろん逃げられないようにはするが一人一人この手で斬殺するつもりでいる。
なぜかと言うと自分への戒め。
オレはオレの都合で盗賊団を滅ぼす。別にこの盗賊団がオレに何かしらの不利益を与えたわけでもなくただその場にいたという理由だけで滅ぼされる。
これは当の本人からすればとんでもなく理不尽でしかないことだと思うし、もしこの盗賊団が物語によく登場する義賊のようなものであれば余計に申し訳ない。
それを確かめるついでにもう一回自分を試したいんだ。前に盗賊を殺した時はサリーの仇でありその時の映像をみえていた。それも本人の視点のおぞましい映像を、だ。
あの時は自覚がなかった。でも今であればはっきりとわかる。
オレはサリーの怒りや憎しみの感情に引っ張られていた。当然だと思う。それくらいひどい映像だったし、あんなことをするような奴らは一刻も早く始末するべきだと今でも思っている。
でもその感情はどこまでがオレの感情でどこからがサリーの感情なんだと聞かれれば明確な答えは言えない。
それではサリーの感情に上乗せする形で自分に人が殺せるのかという試験に合格したに過ぎないんだ。それではいけない。
ここでしっかりと自分に追試試験を課して、そしてクリアすべきだ。
だから、オレは…ッ!
「タイチ」
「!」
そっぷを向いたままだったオレの顔を両手で抑えて正面を向かせるリナの顔が目の前に広がった。
「タイチ。アンタが何をそこまで気にしてるのかは聞かない。でもそのつらそうな表情は見てられない。…別に教えろなんて言わないからせめて手伝わせて?」
噛んで含めるように
優しく労わるように伝えてくるリナ。
その言葉にはオレのこの感情をウソみたいに鎮める力があったようだ。
「でも、お前はそれでいいのか?」
人殺しだぜ? 今からやることは
主語を抜かしたオレの意図をあっさりと汲んだリナはそれはもう優しい笑顔になって
「だって、前から言ったでしょ? アンタについていくって」
それが例え人殺しの道であっても、か
リナの言葉をそう解釈すると肩の荷が一気に軽くなった気がした。
…まだまだだな。もう単純な戦闘能力であればリナのはるか上を言ってるはずなのに、オレはまだリナには勝てる気がしない。
そして早速オレとリナの二人で盗賊のアジトへとやってきた。が…
「アイツらダンジョンをねぐらにしてるのか…」
よっぽど腕に覚えがあるのか道外れの森の中にある洞窟型ダンジョンに盗賊団はいるらしい。もしかして盗賊っぽい冒険者なんて落ちはないかと思い、洞窟からオレ達が潜む森へと足を踏み入れた下っ端を捕まえて問いただすと
「お、俺はまだ入ったばかりだ。別に殺されるような悪いことなんてしてねぇッ!」
こんな答えが返ってきた。
「つまり盗賊。あの道を行く人々も襲ってたわけだ」
はいギルティ。これで何の憂いもなく皆殺しにできる。
「ま、待ってくれッ! 俺なら仲間にも気づかれずにアンタたちを手引きできる。この近くにいる同業者たちの情報も教える。だからどうか見逃してくれッ!」
オレの考えを察したのか必死に命乞いを始める下っ端。これにオレは心底あきれた。
「仮にも仲間をそんなあっさり見捨てるのか…」
「ッ! しゃーネェだろッ! 手前の命が最優先だッ!」
流石に罪悪感もあるのかついさっきまで命乞いをしていた相手に食って掛かる下っ端。まぁ、言いたいこともわかりはする。
誰だって死にたくないんだから死なないために努力するのは人として、というか生き物として当たり前の行動だ。
だが仲間を裏切るような行動が当然許されるわけでも褒められるわけでもないんだがな
しかし、それでも…
「同業者のことはどこまで知ってる?」
利用価値はある。
そしてその日。森から『甲虫と魔樹の都』へ続く道の周辺を縄張りとしていた盗賊は一切の例外もなく、皆殺しにされた。
「な、なんで……?」
オレにその情報を売った下っ端も当然含めてな。
「流石にもう少し容赦があってもよかったか?」
ここで逃がしても百害あって一利なし。あの下っ端にしても生かしておいても何の利益にもならない。そもそも盗賊団なんぞに与するような人間だ。たいした技術も根性もなく、また別の盗賊団にでも売り込むつもりだったろうし、あんな下っ端の雑魚にわざわざモンスターや魔法による監視をつけたり時間を割くのも非常に面倒くさい。
だから殺した。これが最善のはずだ。でも、流石に助かると思っていたのに突然殺されたあの下っ端の絶望した表情はしばらく忘れられそうにない。
それで零れ落ちた言葉だったが、今でもオレの頭の中で冷静そのもののオレはむしろこの言葉に困惑している。なんで気にするのかすらも疑問だと言わんばかりに
そして日本で培ってきた常識や良心の部分は何で殺したんだッ! 今回のことであの下っ端も心を入れ替えたかもしれないじゃないかッ! とこんな風にオレを責め立てている。
まぁ、絶対に心変わりはしてなかったと思うがな。あの下っ端…。
まぁ、それは空想というか蛇足というか意味のない考えだ。あの下っ端は死んだ。オレが殺した。これがすべてであり、結果だ。もうこれ以上考えてもしょうがない。
そう思って切り替えたが、ここで新しい問題が出てきた。最初に討伐した盗賊のねぐら。洞窟ダンジョン。ここは思いのほか狭い。せいぜい八十畳ほどの広さしかない。一人暮らし。もしくは家族暮らしには申し分ない程度の広さではある。だが大規模集団ではすし詰め状態になるのが目に見えている。まぁ、あの下っ端を含めてせいぜい六人程度の規模だったからこれで事足りたんだろう。
盗賊たちの持ち物を除けば何もない岩肌があるだけの空間。これだけ見ればただの洞窟にしか見えない。だがしかしそれはダンジョンコアの偽装。岩肌に触れて土属性魔法を発動させるとすさまじい抵抗が出る。
「大人しくしろ…ッ!」
首根っこを押さえつけるように強引に力でねじ伏せるように押し切った。岩肌の一部が崩れ落ち、現れた空間から弱弱しく光るダンジョンコアが現れた。
「まだまだ幼すぎるな…」
「そうなの?」
オレの感想に不思議そうに聞くリナ。
「あぁ、コイツはあまりにも弱すぎる。さっきオレの土属性魔法に抵抗するのにもう力を使い果たして死にかけてる。たいした量のアルファメスも望めないところを見る限りコイツはまだ生まれたばかりだ。だから盗賊たちから身を護るために自分の身を奥へと隠すだけで魔物の生成しなかったんだろう」
もし力が十分にあるのなら侵入してきた時点で盗賊を返り討ちにしているはずだ。もしそうしようとして逆に盗賊が勝ってるのであればこんなに弱いわけがない。鑑定しても精々レベル10に満ちたのが一人いただけだ。あまりにも弱過ぎる。
「以上の根拠をもって、オレはこのダンジョンコアには力がないと判断した。二人はどう思う?」
まぁ、聞いても期待してるのは一人なんだがな
「アタシにはよくわからないよ…」
「まぁ、そうでしょうね。多分ここで、あの盗賊たちに殺された人たちの負のアルファメスによって生まれたんでしょうね」
リナはぶぜんとした表情で、先生は普段のお茶らけた態度とは打って変わった。まるで学者のような表情で分析する。
オレのその分析には賛成だ。そして
「お前の存在がここまで早くダンジョンコアの生成につながったのか?」
「? タ、イチ…ッ?」
「これは、強烈ね…」
オレの発言に初めはきょとんとしていたリナが途中から気づいたようで滝のような汗を流して震える。そして先生でも体の震えを抑えることができないでいるらしい。
オレが盗賊団を殺して回っていた時から山の内部中心からオレ達を見えている規格外の化け物の存在はそれだけ脅威というわけだ。
オレが声をかけたの意外だったのかいくらか動揺しているのが伝わってくる。…今のオレが全力を出しても勝率三割行けばいい方か? いや、慢心だな。どれだけあがいても一割行けば奇跡と思う方が無難だな。
『富嶽龍 LV5000』
うん。インフレも大概にしろ。これが世界眼で分かった化け物の情報だ。調べることで怒り出す危険もあったが最低でもこれだけは調べないと後手に回った時点で終わる。
今までレベル1000の敵にも悪戦苦闘させられていたのにさらにその五倍のレベルって…
ミノタウロスたちとは次元が違う。そもそも牛頭鬼と龍種では文字通りに生物としての格が違う。多少進化しようがダンジョンコアの恩恵に預かろうがまず超えられない壁がある。
そんなミノタウロスのレベル二千にもひーこら言ってたのにさらにその倍以上のレベルの龍種になんて勝てない。まず無理だ。
龍種の方もオレ達に興味があるのか山から離れても視線が消えない。もしかしてオレが声をかけたのがまずかったか? 明らかに動揺してたし…
ようやく視線が消えたときは…
「おいおいおいおいおい…」
「え・・・?」
「あ~あ。間に合わなかったわね」
街が魔物に蹂躙される姿だった。




