逃げた奴隷
翌日、テレーズが目を覚ますと、イルマリネンが大慌てで出かける用意をしていた。
どうやらクレルヴォがイルマリネンの妻を殺して逃げ出したらしい。
「おばさんが死んだって」
「あいつはクレルヴォをいじめていたからなあ。わたしはクレルヴォが高貴な身分だったことを知ってたのでやめさせようとしていたのだが」
テレーズは妻の死体を見下ろし、息を呑んだ。
かなり残忍な殺され方をされており、遺体はセトに殺されたオシリスのようにばらばらにされていた。
それに、ヨウカハイネンがいなかった。
恐らくクレルヴォと一緒だろうと、テレーズは直感で思った。
「あたしが行って来る」
テレーズはクレルヴォを捜しに出かけた。
夕方まで近くを捜したが、とうとう見つからず、途方に暮れながら家に戻ってきた。
「そうか。いや、いいんだ。ありがとう」
イルマリネンは力なく微笑んで茶をくんだ。
「じつはクレルヴォは鍛冶屋になりたがっていてね。修行をつけてやりたかった。あいつならきっと、腕のいい職人になれると信じていたのに」
「おじさん」
テレーズは涙を拭い、クレルヴォを想った。
青い靴下を履いた、金色の髪の少年、クレルヴォは、今頃何をしているのだろうか。
そのころのクレルヴォは母を捜し、テレーズの勘どおり、ヨウカハイネンと黒犬ムスティを連れて旅をしていた。
「おい、いいのかい。勝手に出てきて」
「それじゃ聞くが、あのまま僕に一生、鍛冶屋の奴隷でいろと言うか」
「そうは、いってねえけどさ」
ヨウカハイネンの言葉に反発しているクレルヴォは、年頃の少年だった。
「母親を捜している」
イルマリネン家を出て三日目の晩、火に当たりながらクレルヴォは教えてくれた。
「生きてるのか」
「そのはずだ。隣の町にいると聞いた」
首から布の袋を出すと、金色の指環を取り出した。
「これがカレルヴォの息子である証。これであの人の子であることが証明されれば」
「はいはい、がんばってねぇ」
クレルヴォはやる気のないヨウカハイネンをつかむと、脅迫する。
「お前も捜せ。でないと、あの女に会わせんぞ」
「テレーズにか。ちぇ、脅しかよ、しょうがねえな」
そしてクレルヴォは、毛布にくるまって眠りに落ちた。
「こっちゃ心配で眠れねえっつの」
イライラを抑えきれず、ヨウカハイネンはぷりぷり。
「テレーズ、大丈夫かなあ。あの爺さん殺っちまってねえだろうなあ」
ワイノモイネンを倒すのは自分だ。
誓いながら、ヨウカハイネンも眠りについた。