カレルヴォの子
テレーズはまず、世界でたった一人しかいない鍛冶職人のイルマリネンの家に向かった。
最近、大魔女ロウヒの娘と結婚したらしく、その祝いも兼ねてのつもりだった。
「イルマリネンはお前のおじさんなのか」
「血縁というほどじゃないが、世話になったのでね」
テレーズがイルマリネンの家の入り口へやってくると、女が弁当作りをしている最中に出くわした。
テレーズは女の行動に目を見張る。弁当のパンに大きな石をこめていた。
そしてその弁当をみすぼらしい服の少年に与えようとしていた。
「あたし見てたよ。そのパンには石を入れたね」
少年は美しい金髪を揺らし、弁当を女に投げつけた。
「この女。いつか殺してやろうと思っていたが、ここまで憎らしかったのか」
「なんだい。イルマリネンが銀貨で買った奴隷の分際で、そこまで言いがかりつけるのかい」
テレーズが間に入ってとめると、少年は諦めて外へ出て行った。
「あんたがおじさんの奥さんかい。あたしはテレーズ。おばさん、あの子に悪いよ」
「余計なお世話よ。あいつめ、イルマリネンが買わなければ、今頃飢えていたかもしれないのに」
肩を怒らせてその場から去った。
「すげえ気の強いおばさんだな」
ヨウカハイネンは、こっそりテレーズを見ながら言った。
そのうち外からイルマリネンがやってくると、テレーズに気がつき、テーブルで談笑した。
「ワイノモイネンにやられたのか。ははは、さぞや苦痛だろうな」
「うるせえ」
イルマリネンは愉快そうに笑い出す。
「そうそう。もうじきサンポが出来上がるので、テレーズ、見ていきなさい」
「サンポって何ですか」
「ダマスカスの剣を知っているだろう。ああいうのと一緒で、なぞの多い鋼鉄だ。義理の母、ロウヒさまの注文なのだが、完成すると何でも願いがかなう道具なのだとか」
「な、何でも」
テレーズはヨウカハイネンと声をそろえた。
「なあ、テレーズ。頼むよ、テレーズ」
「おじさん、あたし、そのサンポ見ていくよ」
その夜テレーズは、イルマリネンの家の一室に床を敷いた。
ところでイルマリネンの妻に虐げられていた奴隷の少年は、名をクレルヴォといって、偉大なる族長、カレルヴォの息子だったのだが、カレルヴォの弟、すなわちクレルヴォの叔父によって、内乱を起こされ、王であったカレルヴォは弟の手によって殺害。
クレルヴォの母は妹を連れて逃げ出し、クレルヴォは叔父に捕まって奴隷の身分にされたのだった。
クレルヴォは、宙に浮く三日月を見上げながら身を縮めた。
そばには黒犬のムスティがいて、クレルヴォを凍てつく寒さから守ろうとしているようだった。
「絶対に、あいつを許さない」
クレルヴォは闇の炎を瞳の奥に灯し、奥歯をかみ締めていた。