9話 Autant en emporte le vent après/風の後に去りぬ
今回のタイトルはあの有名小説をもじりました。問題が出ないように配慮しましたが、問題があるようでしたらメッセージ等でご一報をお願いいたします。
中央広場のベンチから去っていったエルフ少女クリアミラはどこにいったのかわからない。フレンド登録しているからいつでも連絡できるからいいのだけれど。それにしてもエルフ補正というのを除いても美人な人だった。現実世界だったらまるでお近づきになれないであろう美人である。ぼくの顔がニヤニヤと笑みさがっていても仕方がないったら仕方がないのだ。
レベルの確認をしていなかったので、ステータスを開く。現在のレベルは10。HPは成長せず。筋力も成長せず。物理防御力も成長せず。俊敏さは成長。精神力(魔法の威力に関係)は急激成長。魔法防御力も成長。MPは右肩上がり、と。なんだこれは。ステータスに偏りがありすぎるというか、なんというか。なんと言う魔法特化型。分かっていたことだけどもこれはひどい。頼りになるハヤトはぼく自身がクラン《ライディーン》に帰還させたから、今更頼るのはさすがに情けなさすぎる。
「はぁ……」とため息をついて、ギルドへの道を歩き出す。まさか物理的な部分がレベル1のまま成長していくとは思っていなかった。そのうち成長するだろうと考えてはいても、どうモンスターに対処するべきか考えあぐねる。魔法で対処するしかないんだよな。魔法(火力)というのが無属性魔法であるから、うまく運用するべきだな。
ギルドの扉を開けて、依頼が貼り出されている掲示板を見る。いくつかは既に印鑑が押されているが、採取の依頼がひとつ、誰も受けないままに放置されている。アイテムを探索して採取し、ギルドまで持ち帰るという仕事だが、地味なせいか、あまり依頼を受けるプレイヤーがいないようだ。報奨金は多いから、実入りはいいと思うのだが。今回の採取依頼は「デゾルドル」と呼ばれる特殊な薬草を採取してくるというものだ。「デゾルドル」は持ったものを混乱させる効果を持った薬草で、磨り潰してポーションと混ぜると状態異常を回復する薬になるという。依頼者は生産系のプレイヤーのようだ。
なるほど。いくら実入りが良くても状態異常になってまで薬草なんて取りたくないというわけか。誰も受けていないならこれでいい。
この短時間で同じことをやっているとやり方にも慣れる。もう昔からここに通っているような錯覚さえ覚えるのがおかしい。さすが完全再現型というべきか。窓口に依頼書を提出して印鑑が押される。それを貼り出して依頼受諾済み、だ。
採取系の場合はフィールドのマップに大体の地点が表示される。薬草などと違って、ある地点にしか生えていないから、それを探していると時間もかかる。しかし変わりにその自生している地点にはやや強化されたモンスターが配置されているらしい。依頼を受けた時点で特殊モンスターが運営のほうで配置されるということだが、通常の討伐依頼としても出されることがあるらしい。ええい、ややこしい。
いつものように南門からワック草原へと向かう。空を飛べればいいのだけど、それあいにくとまだまだらしい。全然背中の翅が開く様子はない。昆虫のように翅が閉じているわけではなく、ぼくの背中は普通の背中なのだ。物質的な翅ではないのかもしれない。だから、ぼくの外見は小柄な人間のままだ。気づく人は魔力量が数値的に人間ではないから、気づくだろう。何らかの検査の結果をみたNPCは皆そこを見て人間ではないと気づいたのだろうから。
まとわりついてくる妖精を【フラッシュ】で叩き落しつつ、飛んでくるウサギを【ショック・ウェイブ】でふっ飛ばし、突進してくる草原鹿を【シューター】で蜂の巣にしながら採取ポイントまで向かう。精神力が上がっているからか、低い威力も多少改善されているようだ。
ポイントにつくと、見覚えのある銀髪が。あ、クリアミラだ。弓を黄色い大柄なコボルトに向かって射っているようだ。なるほどあれが探索アイテムを守るモンスターというわけだ。ひらりひらりと舞うようにコボルトの爪の一撃をよけ、風魔法で距離をとり、また弓を射る。恐ろしく効率的な戦い方だ。どうやら彼女もゲーム慣れしているらしい。コボルトの爪からは黄色い毒液のようなものが染み出していて、全身の体毛も通常のコボルトの灰色とは違う鮮やかな黄色である。コボルトが仰け反ると口から毒液を吐き出してきた。それをクリアミラは風魔法の強力な風でもって逸らす。その逸らした毒液は──。
「こっちか!?」
そう、のんきに観戦していたぼくのほうへ飛んできたのだ。とっさに【バリアアクション】を使用して毒液を防御する。そして新しく使えるようになった魔法【アンドリバース】を使用する。【バリアアクション】を使用して受け止めた遠距離攻撃を敵にはじき返す反撃魔法である。障壁の粒子の境界を反転させることで【アンドリバース】は成立するという説明文があったがいまいちどういうことなのか分からない。はじき返された毒液はコボルトに直撃。コボルトは怒り狂ったかのようにその場で暴れ始めた。混乱状態だ。
それを見てクリアミラがこちらを見て、風魔法でぼくのところへ移動してくる。
「妖精さんじゃない。どうしたの? 私を追ってきた?」
そう言うクリアミラの口元は弧を描いている。このエルフは随分と人をからかうのが好きなようだ。まぁ美人だからからかわれても悪い気はしない。
「そういうわけじゃなくて、そこのコボルトの足元のやつが目的」
「ああ、デゾルドル草が目的なのね。でも、どちらにしろそこのコボルトを倒さないと取れないわよ?」
「見て分かる。だから協力する」
「あら、ありがたいわね」
言葉と共に弓をつがえて、放つ。風を切る音を残して矢はあっという間にコボルトの目に到達した。ぼくも【シャープシューター】をコボルトに撃つ。盛大に仰け反ったコボルトだったが、仰け反りが治ったときにはその目はしっかりとぼくとクリアミラを捉えていた。
「残念ながら正気に戻ったようね。近接タイプのエルフじゃないからどうしようかしら」
彼女はそう意味深につぶやいたあと、ぼくのほうをチラチラと見てくる。はぁ、わかったよ、君の提案に乗ればいいんだろう?
「ぼくが前に出ればいいんだろう?」
「悪いわね、お願いできるかしら」
ちょっと驚いたような表情をしたあと、舌をペロっと出しながら謝ってきた。まさかぼくが本当にそのように動くとは思っていなかったらしい。申し訳なさそうな表情をしている。君のような巻き込み型の人は身近にいるからね、考え方もなんとなくだけど分かるのさ。
「やっぱり私あなたのこと嫌いじゃないわ、妖精さん」
「ありがとうといっておくよ」
それにしても、なぜ彼女はぼくを名前で呼ばないんだろうか。まぁ今はそのことを考えている場合ではないのだけども。コボルト──デゾルドルコボルトが正式名称らしい──がこちらへまた毒液を飛ばしてくるが、今回はぼくが前に出て、クリアミラが後ろにいる。だから──。
「はからずしも防御担当というわけだ。バリアアクション──アンドリバース!」
カキーン、という金属バットでホームランを打ったときのような快音と共に魔法障壁が虹色に輝いて反転、黄色の毒液をはじき返した。しかし、今回は混乱状態にはならなかったようで、そのまま僕のほうへ突進してくる。その体に矢が何本か当たりダメージを負うも、コボルトは構わずこちらに突進してくる。犬じゃなくて猪か?横に思いっきり飛び込んで体を1回転させて逃げる。受け止めるという選択肢やカウンターをするという選択肢は今のぼくにはできない。後ろにいたクリアミラはコボルトの後ろに異動していて、強力な風でコボルトを吹き飛ばした。
「今よ!」
コボルトとは距離があった。左手で【シャープシューター】、右手にレベル10で使えるようになった新たな攻撃魔法【スフィア・ブラスター】の魔法陣を発生させ、発射。【スフィア・ブラスター】は青色の──(僕の魔力色は青だ。だから魔弾にしろ全部青色なのだ)──球状のエネルギー弾を発射する魔法で、連射が全く利かないかわりに、【シューター】とは比べ物にならない威力を実現している。しかし【フラッシュ】のようなスタン効果も【シューター・ショット】のようなスタン+吹き飛ばし効果などは一切ついていないというのが残念なところだ。もちろん、【シャープシューター】のような長射程距離もない。純粋な中距離攻撃魔法といえる。
しっかりコボルトに命中させるも、まったくこらえた様子がない。
「やれやれ。無属性魔法の威力のなさには泣けてくる。スフィア・ブラスターはそれなり威力があったようだけども」
「そんなことないと思うな。ほら、妖精さんの攻撃のおかげで私にヘイトは向かないわ」
「掲示板の情報にヘイトを集めやすいって新情報を追加しておいたほうがいいかな」
「妖精さんのほかに使っている人見たことないわ。トッププレイヤーに1人いるっていう噂だけど」
そんな会話をぼく達はしながら、魔法を撃ち、弓を射ち、風を飛ばし障壁を建てる。魔法系スキルと後衛系スキルの複合持ちであるクリアミラはおそらく15は超えているはずだ。デゾルドルコボルトの推奨レベルは12。ここのボスモンスターであるグリーンボアと同じレベル帯のはずだから、それを超えていないとなかなか討伐依頼に成功して報奨金を貰うのは難しい。もちろん僕は超えていないし、ぼくはそういう知識に詳しいわけじゃない。全部ハヤトからの受け売りだ。
「そろそろかしら」
HPゲージを確認すると残り5分の1程度だった。風魔法も攻撃力は高いほうではない。5属性のなかでは2番目に低いといっていいだろう。かわりに強力な移動力を確保できるという強みがある。
両手に【スフィア・ブラスター】を発生させる。それを自分の胸の前でひとつに合わせ、より大きな球状のエネルギー弾を作る。右手で投げつけるようにコボルトに向かって撃ち出す。【ツインスフィア・ブラスター】とスキルツリーに表示された【スフィア・ブラスター】の強化型であり、今ぼくが使えるなかでもっとも威力が高い。ワンクッション溜め動作が必要ではあるけども。
「サイクロン・エイジ!」
クリアミラが発生させた風魔法と共にコボルトに同時に直撃。LOLのシステムには、フレンドなどと連続攻撃を行った場合においてはコンボ効果でダメージが増加する場合がある。もちろん自分ひとりでも発生させることができるが、ダメージ倍率が違う。前者のほうがダメージが高くなるわけだ。これもハヤトがいっていたことだけど。
ズン、という音を立ててコボルトが地面に沈む。そして光のポリゴンとなって消えていった。これで採取ができる。ぼくは跪いて黄色のデゾルドル草を指定された量採取していく。一瞬だけ視界がゆがんだけれど、混乱状態にはならなかった。
「状態異常っていうのは魔法防御力に依存するからね。私や妖精さんのような魔法防御力の高い種族はこういうクエストのとき便利よね」
なぜぼくの考えていることが分かった!?
「割と顔に出てるわよ──ありがとね。助かっちゃった」
ぼくの耳元で「また会いましょう」とささやいてクリアミラは始めてあったときのように風と共に消えた。嵐のような女性であった。
ポーン、という音を立ててレベルアップが通告される。11になった。なんか成長はしているけれど、本当に強くなったのかはわからない。新しい魔法が使えるようになっているのは嬉しいことではあるのだけど。
「はぁ……」
そんな自分の考えに苦笑して、ぼくは帰りの道を歩き出した。
ここまでお読みいただきありがとうございました。感想などをいただけると励みになります。