8話 Elf/森の妖精
総合評価が100ポイントを超えました。これも読んでくださる皆さんのおかげです。この場を借りて感謝申し上げます。
ギルドで報奨金5000コルバを受け取ってから、近くの武器屋へ入る。アイコンが店の前についていたから、NPCのお店だということが分かる。本当はPCの店が良かったのだけども、簡単に掲示板で検索をかけてみたところ、ワックタウンに店を構えている生産系のプレイヤーは残念なことにいないようである。ワックタウン周辺のフィールドに出てくる敵ならば初期装備、もしくはNPC装備で充分なのだろう。恐らく。ぼくは初期装備のままなのだ。だからわからない。
「いらっしゃい」
いかにも、といった様子の渋い親父が店主をしていた。気難しそうな表情でこちらを見ている。……小柄なぼくを見て前衛職とは思わんだろう。店内はそこまで広くないが、壁のいたるところに長柄武器や剣がかけてあった。しかしぼくは半妖精である。筋力値という物理攻撃力、及び前衛装備に関係するこの数値がぼくはとても低い。人間の半分程度である。ただでさえ低い筋力値なのだから、長いものを持っても使いこなせるものではない。そもそも武器の要求値が自身の筋力より高ければ使いこなせないという設定がある。ぼくの筋力値では極普通の長剣でさえ振り回されることになるはずだ。
「おっちゃん、ナイフある?」
店内を見回してもナイフのようなものは見当たらなかったために、椅子に座っている親父に声をかける。すると親父はしゃがれた声で言ってきた。
「お前さん、魔法職だろう。杖じゃないのか?」
やはり。この僕の姿を見て前衛職と思う人はいないだろうという確信はたしかなようだ。
「ぼくはちょっと特殊なので。杖要らないんですよ」
「ふん。長杖を選んで一緒に棒術を自衛のために習得する魔法職は多いがな。お前さんのようなタイプはそうおらん」
そうやっておっちゃんは考え込むと、奥に引っ込み、一本のナイフを取り出してきた。
「お前さんに使えるかどうかは分からんが、ナイフなんてほしがる奴はここのところおらん」
「だからこいつをくれてやる」との言葉でそのナイフをよくみてみた。青白く光る片刃のナイフで、よく切れそうである。青白く光るのはこのナイフだけで、ショーケースに入っているほかのナイフはどれもろうそくやランプの光を反射して金属の鈍色を放っているから、これだけが何らかの特別製なのだろう。レアドロップが手に入る、という種族特性はどうやらこのような部分にも作用するらしい。
「それは妖精が鍛えたナイフでな。投げて遠くに行ってもひとりでに鞘に戻ってくる魔法のナイフだ。ただし高いぞ」
親父が口にした金額は10000コルバ。平均的な長剣が初期資金である2000コルバと同じということを考えても相当の金額であった。しかし、ハヤトの無茶に従ったことで資金には余裕がある。現在、20300コルバを持っているから、半分を吹っ飛ばすことになる。でも、護身用で、投げても戻ってくるという便利なものがあるならばほしい。投擲用ナイフのようなものを買うよりはコストパフォーマンスもいいとぼくは思った。
「買った」
ぼくはそういって10000コルバをインベントリからポップさせて親父に渡す。その親父はまさか駆け出しの冒険者から10000コルバという大金が出てくるとは思っていなかったのだろう。驚きの表情で固まっていた。
「お、おお。まさかそんな大金持っているとは思っていなかったもんでな」
親父は置くからベルトと鞘を取り出してくると、ぼくの腰に巻きつけて位置を調節している。
「利き腕はどっちだ」
「右」
親父の質問に簡単に答え、右手ですぐにナイフを引き抜けるように調節してもらう。そもそもナイフを使える距離にまで接近されるとぼくには不利な距離となるのだから気をつけなければならないけども。
「ほい、終わったぞ。初回限定で鞘とベルトはサービスにしといてやる。痛みが出たら俺のところにもってこい。有料になるが修理ができる」
「いろいろありがとう。ああ、ここら辺で魔法薬を売っているお店ってあるの?」
自衛の武器もそうだけれど、ぼくにはマジックポーションのようなMPを回復する薬が大量に必要であるのだ。いくら基礎の魔力量が高いからといって大量に使用すれば魔力はなくなる。基礎の魔力量が高いということは、マジックポーションも大量に必要になるということだ。資金も大量に必要になるのか……。
「俺の店の左2つ隣が薬屋だ。マジックポーションや普通のポーションも売っているから、簡単に見てみるといい」
その言葉を背中に受けて、僕は武器屋を出る。薬屋はすぐに見つかった。軒先に小さい方形状のビンの絵が描かれた看板がかけられていた。本当に少しの距離しか離れていない。店に入ると、店番をしていたのはバンダナで髪をまとめた壮年の女性であった。
「あら、いらっしゃい」
会釈だけして、マジックポーションを探す。店はせまく、四方の壁全部が棚で覆われており、そこに大量の瓶が詰まっていた。
商品名を書いた札を見ていくと、緑色の瓶がマジックポーションであることが分かった。効果は全魔力の20パーセントを回復。もうひとつの価格の高いほうは50パーセントを回復。値段が500コルバ、1000コルバだ。少々高めではあるが、背に腹は変えられない。
「マジックポーションを4本、ハイマジックポーションを2本」
「はいよ、4000コルバだ」
残りが6300コルバ。特に購入するようなものはないから、この辺で店めぐりは終わりだ。集団討伐をして、コボルトの爪、毛皮等がアイテムとして残っている。ギルドに売ることもできたが、服飾という形にもできるそうだ。ということで、細工屋や服屋に売りに行くことにした。もっとも、コボルトの毛皮程度だとそこまで利益が出るようなものではないのが少々残念ではある。
ワックタウンの中央広場へ足を運ぶ。細工屋や服屋がある方向には一度も訪れたことがない。だから、中央広場の立て地図で場所を確認する。地図によると、中央広場の正面、南門から真っ直ぐ北に歩いたところにギルドがある。さっきまでいた武器屋と薬屋は中央広場から見ると南西の方向にある。細工屋と服屋はちょうど対角線上、北東の道を行くとあるようだ。
細工屋へ。
「コボルトの爪ですか。骨細工に加工はできますが、特に効果などはつきませんので、ただのアクセサリーになりますが」
「いや、そのまま売るだけだ」
「ひとつ10コルバになります」
コボルトというのは純粋な敵性のモンスターである。ドロップ品はたいして価値がない。コボルト自体のレベルはそれなりに高いというのが余計に敵性をアップさせている気がする。コボルトの爪を20個。200コルバを貰って店を出る。すぐ横にあった服屋によると、耳の長い銀髪の美しい少女がいた。そう、ファンタジーには必須ともいえるエルフである。エルフというのはどんな種族だろうか。有名だからなんとなくはわかるけど、念のために掲示板を見てみる。
『ちょwwwエルフ美人過ぎワロタwwww』
『エルフの魔法強すぎワロスwwwwww』
『リア友エルフキターーーー!!!!』
『内政ルートのPC、従者エルフとか勝ち組すぐるwww俺も内政選んどくんだったwwwww』
『そういえば内政ルートといえば、下手打ち過ぎると革命とかおきてPC生命終わるらしい』
『マジか。運営力入れすぎ草』
『アグボンラオール皇国をモデルにすれば大抵うまくらしいが本当か? 情報キボンヌ』
役に立たん。このHENTAI共め。話題ズレすぎだ。
「毛皮の服ないんですか? どうしようかな」
エルフの少女は背が高く、両腕を完全に露出したノースリーブに革の胸当てをつけているといった風体である。
「とりあえず、他も回って見ます」とエルフの少女は言って、店の別のコーナーへ向かった。手が空いた店員を呼び止め、コボルトの毛皮を引き取ってもらう。【シューター】や【シューター・ショット】などで穴だらけになっていたものが多いので、二束三文にすらならないという残念な状態だった。……資金が増えない、だと。
「ねえねえ、今の毛皮でマントって仕立てられるかしら?」
ぼくと店員の会話に割り込むように少女が声をかけてくる。NPCの店員は困惑しながらも、「できますが」と返答していた。もうぼくの手を離れたものだったから、ぼくは関係ないだろうと静観を決め込んでいたけど、少女がこちらに振り向いた。
「ねえ、妖精さん? これあなたが売ってくれたやつよね。私がお店の変わりにお金を払うわ!」
……なんて危ないことを言うのだろうか、この人は。それに、何でぼくが妖精だと分かったのか。
「いきなり見知らぬ人にそんな風に声をかけるのは危ないと思うんだ。少なくとも僕はそう思うよ」
声をかけた先の人が強い人だった時には目も当てられない結果になるというのをこの少女はわかっているのだろうか。
「あら? 私は人を見る目はあるつもりよ? 無料で引取りをOKするプレイヤーなんてほとんどいないから。大体の人は文句を付けるらしいわ」
「へぇ。それはいいことを知った」
意味ありげに微笑む少女をジト目で睨んでおく。向こうのほうが背も高いしレベルも上のようだから大して怖くもなんともないだろうけど。
「お客様。この毛皮はこちらの方のマントに仕立てるということでよろしいですか?」
ぼくらの会話を黙って聞いていたNPCがそう声をかけてくる。それにしても、このパターン多いな。「ええ」と答えて掲示板で情報を探す。見つけた掲示板によると、NPCには優先順位というものが設定されていて、プレイヤーどうしの会話には介入してこないそうだ。
彼女が所望した毛皮のマントができるのは1日後ということで、ぼくと彼女は中央広場まで戻ってきた。広場に備え付けのベンチに2人で座って資金の受け渡しをする。
「自己紹介もしてなかったわね。私はクリアミラ。みての通りにエルフよ」
エルフはレア種族のひとつではある。しかし、ぼくのような半妖精とは異なり、NPCとしても存在している。森妖精だの、理を知る者だの、けっこうよくわからないあだ名が公式でついているらしい。うん、エルフっぽい名前だね。それじゃ次はぼくの番というわけだ。
「ぼくはスヴェン、半妖精」
よろしくね、と微笑んでくる彼女は確かに魅力的ではあったけど、見下ろされるというのはあまりいいものではない。
「なんでまた半妖精? ハズレらしいじゃない」
「神様はどうやらぼくのことを嫌いらしいからね」
未だになんでこんなことになったのが分からないぐらいにハズレを引いている。実際はオーバーモンスターと近接戦闘の弱さくらいしかハズレという感覚を実感していないというのが幸いというべきだろう。ぼくの拗ねたような言い方が面白かったのか、クリアミラはしばらく爆笑していた。
「あー、面白いわね妖精さん。いいわ。あなた私とフレンドになりましょうよ」
どうやらぼくはクリアミラによほど気に入られたらしい。彼女が言うには、「無料で引き取りOKないい人っぷりに始めて会った相手のほうを心配する人が悪人なわけがない」だそうで。
フレンド通信を飛ばしてきたので、そのまま受け取ってこちらもそれを送る。
「それじゃあ、またね」
その言葉を残して、彼女は風になった。比喩ではない。強風が来て彼女のミニスカートをめくり上げるかと思ったその瞬間、彼女は消えていた。エルフの特殊能力かなにかだろう。羨ましい。
目標のものは手に入った。じゃあレベル上げでも行いますかね。できるなら美少女が横にいてくれた方がぼくとしては嬉しいんだけど、そううまくもいかないよね。
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