61話 Break Wall/撤退戦
「ちィッ!」
まさに異口同音。プレイヤーの心がひとつになったのは後にも先にもここが一番だったろう。そう思わせるような状況だ。
下級悪魔の自爆により、鉄壁の防御を誇っていた城壁の一部が崩落、それに巻き込まれて兵士と数人の冒険者がやられたようだ。──まずい。亀裂から濁流のように悪魔が内部に入り込んできている。スケイル兵団が押しとどめているが、あの様子だと長くは持たないかも。
ぼくがいっても焼け石に水かもしれないが、ここはあっちで戦うのがいい。あの流れを押しとどめないと飲み込まれる!
光の翼を発動し、軽く地面を蹴る。ふわり、と重力に反するように体が浮き上がり、一気に加速する。目標は、あの亀裂。
空中から【レイ・キャノン】を連射して、着地地点を綺麗にする。ヘリボーンみたいなもんだ。
「状況は!?」
「見ての通り最悪だよ!」
そんな会話を交わしながら、防御に秀でたスケイル兵団はさすがの一言だった。ライディーンにも被害がでているとじゃんじゃかうるさいPC間通信から窺えるような大混乱は見られず、その装備も、多少は煤けていたり、負傷したりしているが、大きな欠損はない。ぼくにはできないことだ。
「それで、どうするつもりだ。君は遊撃部隊じゃなかったのか? 」
「時間稼ぎです」
ぼくのその言葉に、スケイル兵団団長は目を見開いて驚いた様子だった。だが、すぐに平静に戻ると、静かに一言、告げてくる。
「無理だな。君ももちろん強いが、俺たちだけでは敵を押しとどめられない。単純さ、多すぎるんだよ」
大雨に晒された川のように、ぼく達の周囲には悪魔が満ち満ちていく。
「どうやら、ぼくとあなたは議論をしている暇も与えられないみたいだ」
ぼくと団長の顔に浮かんでいたのは苦みばしった笑み。共通の表情だった。
「ジャーヴィスだ。魚鱗の守護者のジャーヴィス」
「半妖精のスヴェンだ」
最初の顔合わせのときだけ。会話もほとんどかわしていないのに、さっきの笑いだけで友情を結べた気がした。奇妙なことだが、ここがゲームとはいえ、戦場という極限状況だからかもしれない。
「撤退だ! 円陣を組め! 脱落は許さんぞ!」
「応!」
スケイル兵団の勇ましい掛け声とともに亀の甲羅が作り出される。亀甲陣を組んだ彼らを中心にゆっくりと退いていく算段だ。それにしてもジャーヴィスの指示は鮮やかだ。カリスマも見える。
「スヴェン! 君もだ!」
「分かってる!」
遊撃部隊らしく、彼らの手の届かないところや火力が必要なところに魔砲の配達をしながら、ぼくもゆっくりと退いていく。黒っぽい軍団に青い光が命中し、吹き飛んでいく様は、自分が作り出した光景ながら、僕自身に妙な興奮を思い起こさせるものだった。ハヤトの「ヒャッハー」的なテンションの高さも、これに由来するのかもしれない。
だが、ジャーヴィスがぼくに伝えた通り、流れ込む悪魔の群れは無数といってよいもの。皇国軍もよく押しとどめているけど、遠からずこの位置だと限界が来る。囲まれやすい立地だし、後ろにはNPCの一般人が逃げ出していて、こちらの初動は遅くなるのだから。
近寄ってくるブラッドサッカーを槍で突き殺しながら退いていくスケイル兵団。その統制された動きは、単独で多数と戦うぼく達ソロの冒険者とはまったく違う戦い方だったが、強力であることは疑いようがない。多分、個人で戦っても相当に強いのだろうけれども。
「ああっ!」
スケイル兵団を援護しながら戦っていた兵士が、ブラットサッカーの延びる舌に足を取られ、転倒する。
「くそっ!」
NPCとはいえ、目の前でピンチになった人を見捨てるというのは気分が悪すぎる。切りかかってきた悪魔の剣を体をひねって避けて、すれ違いざまに【スフィア・ゼロドライヴ】を叩き込む。
「ごめん、ちょっと抜けてきます」
「おいィ!?」
兵士を救おうと飛び込んだ先には、ブラッドサッカーと、黒ずんだ鎧を着て斧を持った悪魔。やっべぇ、選択ミスったかも。
こちらの頭をカチ割ろうと振り下ろしてくる斧を防御魔法で受け止めながら、【ブラッディ・メイカー】で角錐状に展開した魔力を脚に宿し、右足を突き出す。
トラックに轢かれた主人公よろしく吹っ飛んでいくあたり、つくづくぼくも人間をやめている。ゲームとはいえ、自分より大きい敵があそこまで吹っ飛んでいくのを見ると、奇妙な感覚が否めない。
「退け! ほら、早く!」
後ろの逃げ遅れた兵士に顔を向け、急がせる。空は相変わらずの暗雲で、挙句の果てに叩きつけるような勢いで大粒の雨が降ってきた。気象変化がリアルすぎる。なんでこんな体力を持っていかれる方向に動くんだ。……半分くらいはぼくの自業自得だろうけれども。
すっころびながら、陣を構えるスケイル兵団の方へと兵士が走っていく。とりあえずの目標は達したぜ。
そういう風に、意識を後ろに向けていた。
間違いなく油断だったのだ。
嫌な予感に振り向くと、顔面に突き出される斧頭。
完全に油断をしていて、兵士が助かった安心感も手伝ってか、その一撃を避ける術なんてどこにもなかった。
ちょっとした攻撃だったのか、それともそれなり以上の力をこめた攻撃だったのかはわからない。だが、ぼくの体に生じたジェットコースターがコースを滑り落ちているような浮遊感は、間違いなくぼくが浮いていることを悟らせてくれた。全く嬉しくない事実だけれども、そこから逃げることなんてできないんだ。光の翼を発動しようにも、中途半間に発生したのであろうスタン状態のせいで、ぼくの体は言うことを聞かない。そのまま地面にぶつかるのだという気持ちが、眼を閉じさせた。──だが、激突するはずだった固い地面の感触はなく、ぐちゅり、という水を含んだ泥面の感触が背中に伝わる。
地面についた手を見ると蕩けた灰色の汚泥が纏わりついた。激しい雨が、一瞬でフィールドを変えていく。それまでしっかりと地面を踏みしめていた人々が足を取られて、転げたり、もたついた動きになっていたりと、一気に人類側に不利になっていく。
他人任せで本当に申し訳ないが、はよ来いぼくの幼馴染。さもないと、1目の城壁と2個目の城壁の間に作った殺し間が無用の長物になっちまうぞ。「最高戦力が全力を振るってもいいような設計にしたつもりです」という姫様の言葉が無駄になるぞ!
よろめきながら立ち上がり、近寄ってくる悪魔達に攻撃魔法を浴びせる。じりじりと後ろに退きながら、襲い来る連中をポリゴンに変えていく。だが、正直、多勢に無勢だ。だが、最低限の撤退の支援はできた。
「構え!」
凛とした声。後ろを振り向くと、にやり、と不敵に笑う整った口元。月の光が隠されてなお、激しく降りつける雨に塗れてもなお、美しい光を返す銀髪。
彼女の後ろには、整った装備の弓隊が整然と並んでいて、矢を悪魔どもに向けていた。
「クリアミラ!」
「はぁい、妖精さん。──撃て!」
つがえていた矢が放たれる。
ヒュウ、という風切り音とともに、接近していた怪物の群れに矢が降り注いだ。雨にも負けない、強力な一撃だ。ドミノ倒しのように敵がバタバタと倒れていく。
どしゃぶりの雨で矢が叩き落されそうなところだけど、そこはゲームだし、クリアミラの風魔法が作用しているのかもしれない。
「姫様が、援護を送りなさいってね。まったく、よく見ているわ。この混沌とした状況なのに」
若干の呆れを含んだような声音のクリアミラだったが、不敵な笑いは変わっていない。妙に久しぶりな気がしたけど、生憎と再会を喜んでいる余裕は双方どちらもないのだ。
「撤退するわよ。第2城壁で防衛戦を再構築。姫様は秘策をお持ちだそうだから、それまで耐えるのよ。後は、ライディーンね」
「とりあえず爵位持ち2体のうち1体でも倒せれば、状況はかなり変わるわ。私も随分と悪魔退治をしたけれど、それなり以上に強い敵はほとんどいない。ライディーンの一般団員達がひきつけてくれているおかげね」
そんな会話をしながらも、矢を放つ手と魔法を放つ手は止まらない。全然関係ないことをやりながら、クリアミラと会話しつつ、敵を倒す。ぼく達はこれくらいのことが出来る程度には、一緒に戦ってきた、少なくともぼくはそう思っている。
「妖精さん! バーンとやっちゃって!」
クリアミラが竜巻を放つ。空気を揺らすような轟音とともに、薄煙の竜巻が巻きあがった。
「ぶっ飛ばして、その間に退くわよ」
はいよ!
ぐっと、腰を落とし、少し脚を開く。頭上に左手を掲げ、魔力を集中させる。普段から使っているよりずっと複雑な魔法陣が出来上がり、回転を始める。
浮かび上がるのは、白すぎて眩しい光。魔力の集中による極光だ。
雨の中にトンネルを作るように、雨粒を散らしながら、魔法を発射する。
直撃すれば蒸発。直撃しなくても着弾点の大爆発で蒸発。自身のMPとINT、MINによって攻撃力が決定される【ディスタント・クラッシャー】は、覚えたときから、今までも、最強の魔法であり続けているのだ。
「行こう。皆が待ってる」
「ええ」
ここまでお読みいただきありがとうございました。次回の投稿は五月です。GWは仕事です。以上。後はお察しください。
それでは次回でお目にかかりましょう。




