6話 Proceed nots is always retreated , nots always advance retreat/進まないものは必ず退く、退かないものは必ず進む
今回は福沢諭吉の格言を英訳して、少し変えてあります。
ログアウトすると知らない天井だった。もとい、尊人の部屋の天井だった。傍らの彼はまだVRギアをつけていて、現実世界には帰ってきていない。まあ、あと30分もしたら食事の時間だから、それまでには起きてくるだろう。ぼくは1階に降りて、昼食の準備を手伝うことにした。うちの両親は夜が遅いから、僕自ら夕食を作ることになる。といっても、料理上手というわけではない。レシピ本がないと卵焼きくらいしか作れない程度の手腕しかない。でもせっかく家にお邪魔しているわけだから、お手伝いをしておかないと。
「あら義孝ちゃん」
尊人のお母さんはなにかスープを作っているようだった。コンソメの匂いがする。
「何か手伝えることありますか?」
そう聞いたけど、「じゃあこれとこれを買ってきてくれるかしら」とメモとちょうどのお金をわたされてしまった。うまくはぐらかされてしまったように感じる。言い渡されたものは仕方がない。近くのスーパーへ行っていわれたものを購入する。
帰ってくると尊人もVRギアを外し、起きてきていた。
「おお、帰りか」
やや不機嫌そうな顔であったけれど、机の上に食事が並ぶと嬉しそうな顔に変わった。単純なやつだな。
「悪かったな。付き合うっていったのに結局できなくて」
「仕方ないでしょ。あんなふうに絡んでくる奴がいるなんてぼくも思っていなかったから」
VRとはいえあんな格好をするなんてなかなかに勇気がいるとぼくは思うね。金髪は自然な髪色だったけれど、あんなにピアスをじゃらじゃらつけて。あれは着けすぎというものではないだろうか。一周まわってドMとかでもぼくは驚かない。
「ご飯できたわよー」
並べられた食事を30分程度で食べきると、また2階へあがる。片づけを申し出たのだが、またもかわされてしまった。
「じゃ、今度こそ一緒にクエストしようぜ」
尊人のその言葉を合図としてぼくらはまた、VRギアを装着した。意識が一瞬落ちる。目を覚ますと、ぼくはギルド前にリスポーンしていた。死んでいないからリスポーンという表現は間違っている気がするが、まあこれはこれでいいとぼくは思う。
「よ、スヴェン」
と赤毛の二刀流剣士、ハヤト──中の人は尊人が声をかけてくる。正直赤毛という時点で結構驚いたのだけど、ハーフプレートを纏い、両腰に剣をさげているから、現実世界の面影が顔くらいしかない。まあ雰囲気ですぐわかったけど。
「うん。……また絡まれない?」
さっきのようなことがあるとまたハヤトは外に出て行くだろう。そうするとハヤトとともにクエストができない。せっかく一緒に楽しもうと彼本人が言っているのにそれができないというのは、彼本人にとってもストレスになるだろう。
「正式なPVP申請してボコボコにしておいたからさっきみたいなやつが絡んでくることはないぜ」
ハヤトは「勘違いする奴が多くて困る」とため息をついた。曰く、法律が違うように見えても、基本的なところは現実世界と同じなのだから、無法がまかり通るというわけではないのだ、ということらしい。内政ルートがあり、法津を定めることができるプレイヤーもいるけども、現実世界から逸脱しすぎない範囲でしか法律を定めることはできない。良識、モラルの問題、という面で、いくらもうひとつの現実であろうとも、VRであっても、忘れるべきではないこともあるそうだ。
「ま、俺がいるから難しいクエストでも余裕だろ。俺が主体になってやっちゃうと意味がないから、あくまでもお前が基本だけどな」
助かるよ、持つべきものは友人だな。
「いいのさ、スヴェン」
やっぱりお前は凄いやつだよ。ことゲームにおいてはさすがとしか言いようがないね。これでぼくを振り回しすぎることさえなければ完璧だ。
「そういえばレベルはどうなっているんだ?」
「5だよ」
ハヤトに譲られたあの猪のおかげで一気にレベルアップした。共闘したときの経験値というのは本来半分ずつ経験値が入る。ぼくの場合は全く戦っていなかったがために経験値が入る状態とみなされなかったけれども、ハヤトが自分の分の経験地を譲ってくれたおかげで段階飛ばしでレベルアップができたといえる。
「じゃあ多少強いモンスターでも大丈夫だな、何かあったら俺がフォローする」
「信じてるぞ?」
冗談めかしてそう言うとハヤトは耐え切れなかったように噴出した。全くぼくたちは楽しくて仕方がない。
ギルドに入って受付にいったら、あれよあれよという間にEランクに昇進していた。何があったのかわからないままに。ギルドの職員曰く、グリーンボアを倒したわけではないけれども、グリーンボアからFランクが生還したのは奇跡と同義らしい。これはある意味コネ昇進か?
Eランクからは依頼書を提出する必要がある。そうすると、張り紙の上に受注済みの印鑑が押されるのだ。可笑しいな、ぼくゲーム始めたばかりなのだけれど。今のレベルよりちょっと強い──推奨レベル8の『ビッグスパイダー討伐』を選び、窓口に提出する。「あなたのレベルを超えていますが──」と言われたけど、「大丈夫」と食いぎみに答えて踵を返した。場所はワック草原の奥まったところだそうだ。日のあたる草原に蜘蛛というのも何か違和感があるけど、ファンタジーと考えれば違和感はない。
「お待たせ。ビックスパイダーでいいかな?」
「なんかその言い方意味深だなおいやめろよ」
半笑いでハヤトがそう言ってくるが、ぼくには全く彼が何を言っているのかがわからない。「なんだそれ」と聞きかえすと、「なんでもない」とごまかされた。こいつかこんな感じにごまかすということは検索してもあまり良い結果にならないということだ。
連れだって午前中のように南門からワック草原へ向かう。門番に一声投げて、フィールドに続く一本道を歩く。ハヤトがどんな武器を持っているのか、鎧はどんななのか、彼のレベルの話とか。ハヤトのレベルは45。ぼくの9倍である。だがそんなハヤトでもこのゲーム中最強ではないそうだ。通称“ユニコーン”と呼ばれる女性の騎士で、口元しか分からない兜をつけていて、一本角のような装飾がその兜にあるからそのあだ名がついたという。また、彼女は全身鎧を着ていながら相当のスピードを持っており、名実ともに最強と呼べるらしい。彼女が組織した『白金の騎士団』は西の王国の最大戦力となっている。“ユニコーン”と西の王国を統べる女王はリア友ではないか、という噂話がよく出ている──というのがハヤトの語る話であった。
フィールドに入り、前のようにまとわりついてくる妖精を【フラッシュ】でスタン状態にしてレアドロップを入手したり薬草を取ったりしながらおくまで進み、大きな蜘蛛と対峙する。わりと怖い、蟲は嫌いだ。
両手の人差し指と中指を伸ばし、指で銃の形を作る。魔法陣を指先に展開、【シューター】発動。魔弾とも表現されるそれは、円筒状の魔力弾を発射する。5発が一まとめで発射される多段ヒット攻撃なのだが、威力が低い。だが、同時に魔力の消費も低い。まさに魔弾。この時点で圧倒的な継続火力。手を伸ばしたまま左右に動かせば簡単に弾幕を張ることができる。半妖精の魔力量は人間の初期値の50倍である。ふざけた数値だけれど、これが逆に魔法のみに特化させる要因ともなっている。
「効いた様子がないってのも悲しいものだね」
敵のステータスを確認するとしっかりきっちりHPが減ってはいるのだから、そのうちこれを繰り返していけばいつかは倒せる。
しかし、時間がかかりそうだ。ぼくはそれを思ってため息をつくことになった。蜘蛛はHPを細かく刻んでくる【シューター】に苛立ちを募らせたかのように突進してくる。ぼくより大きい蟲が突進してくるというのは、パニック映画も真っ青な光景であるが、思いっきり横に飛びのくことでそれを避ける。
その側面に新しい魔法を放つ。
「──ショック・ウェイブ」
突き出した両手に【フラッシュ】とも【シューター】とも異なる魔法陣が構築される。【ショック・ウェイブ】は不可視の衝撃波をはなつ魔法だ。強力な吹き飛ばし効果を持ち、それは大蜘蛛の巨体さえも吹き飛ばす。距離が離れていたほうが効果範囲が広がるという特徴を持つが、この場合は近距離だったから、そこまでの効果はないが、宙へ浮かすには充分な威力だ。
「ほら、もう一発──シューター!」
左腕を内側に横にしてL字に組み、その上に右手を乗せて右手が跳ね上がらないようにしてから【シューター】を連射。多段ヒットのノックバックによってどんどん後ろに押されテイク大蜘蛛をハヤトがドロップキックで蹴り飛ばす。地面を転がって戻ってきた大蜘蛛に密着してもうひとつの魔法をはなつ。──【シューター・ショット】。魔弾を拳に発生させた魔法陣から散弾銃のように拡散させて放つ【シューター】の派生型である。射程が近距離になる代わりに威力向上、吹き飛ばし効果が付与される。まさに魔弾・散弾式と呼ぶに相応しい。いまぼくが使える魔法では最大の威力を誇る。MPを確認すると、半分ほどまでに減っていた。しかし、今までに撃ち込まれた無数の魔弾。衝撃波などで大蜘蛛も疲弊しているはずだ。
口から糸の弾をはいてくる。両手をやや広げて大型の魔法陣を展開。
「──バリアアクション!」
光の膜が魔法陣に展開され、糸弾を防ぐ。相手の直接攻撃でなければ防げる魔法の障壁だ。しかし、一定以上の攻撃ならば突破される可能性がある。そこで。
「ブーストアクション!」
魔法を増幅する効果のある魔法を展開する。これで障壁を強化。大蜘蛛はまたもこちらに突進してくる。コッチの魔法障壁に激突してひびが入る。また横に転がって突進をかわす。大蜘蛛がガラスが割れるような音を立てて障壁を破った先にぼくはいない。
「当たるかっ! ブーストアクション──そこだ!」
【シューター・ショット】発動。増幅されたそれは先ほど発動したときよりも威力が増加したのか、拡散する魔弾の量も多い。『クリティカルヒット』の表示が出るとともに、半分ほどだった大蜘蛛の体力が一気に減少した。
勝てる。そう思った。
「ブーストアクション──シューター!」
右手の指から放つ強化した【シューター】は左、中央、右の3方向に連射するように変化した。そのすべてが命中すると、大蜘蛛は地響きを立てて倒れ、光になって消えた。
「お疲れさん、まさか倒すとは思わなかったぜ。最適解を導き出すっていうことに関してはお前に勝てる気がしないよ」
「そんなことはないよ。でも疲れた。ギルドへ帰ろう」
ギルドカードに討伐記録が記録されたことを確認してから草原に背中を向けて共にギルドへもどる。
疲れた。しばらくどこかで休みたいよ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。感想など、よければ宜しくお願いします。