53話 Pretty Alchemist Rikonetta/美少女錬金術師(自称)リコネッタ
時間空いたから頑張った
『これから、あなた方の物語が始まります。その結末はあなた方次第、最もよいと思う結末を導いてください。なぜなら、これはあなた方の自由な生活なのですから』
という、短い運営のメッセージの後、世界が一気に切り替わる。それまで晴天だった空が暗く、どんよりとした曇天に変わり、どこからかおどろおどろしい陣太鼓の音が聞こえてくる。
心の奥底から恐怖が湧き出してくるような低い笛の音、水平線の向こうから、黒ずんだ軍隊がこちらに進軍してくる。
──あれが、魔王軍。
「それでは手はずどおりに。ライディーン、スケイル兵団、ピンキーガールズは正面へ。槍兵、弓兵、鉄砲、彼らの援護を!」
「はっ!」
複雑に組まれた柵の手前に鉄砲隊や連弩、槍兵が布陣し、柵の前面にはハヤトらをはじめとする冒険者クランが集結している。クリアミラもそちら側だ。
そこから少し離れた丘。板金で仕立てた鈍色の馬車に、鎧とドレスを合体させたような服を凛々しく着こなしたルクレーシャ皇女がいる。その傍らにぼくともう1人。大き目のオレンジ色のキャスケットをかぶり、首にゴーグルをぶら下げ、帽子と同じ色のタンクトップ。青のショートパンツに白のブーツという格好。ショートパンツにはベルトが括りつけられており、そこにはたくさんの瓶やら円筒やら色々。
むき出しの脚線美にしなやかな体つき。帽子の影から僅かに見える金髪が活発な印象を与える。いかにも身軽そうな少女が、馬車を挟んで向こう側にいる。彼女と出会ったのはほんの少し前。イベントの開始直前だった。
いよいよイベント開始、となって皆が気炎を上げていたそのタイミングで、ルクレーシャ皇女とぼくは席をはずした。もちろん、作戦の段取りはつけ終わっていたから、席をはずしても問題は全くなかったのだけど。
ああ、ちなみに。とてつもなく期待に満ちた目をした我が幼馴染については、ぼくは極力見ないことにした。さすがに今回は戦う場所が近くじゃないし、あいつに付き合って激戦区に突っ込むほど無謀じゃない。
ただ、ルクレーシャ皇女の護衛という立場は、激戦から離れられるというものではない。むしろその逆だ。その覚悟はしておかなきゃいけなかった。
そんな時だ。ルクレーシャから彼女を紹介されたのは。
「はいはーい! お久しぶりです皇女サマ!」
彼女の第一声がこんな感じ。
「元気そうですね。リコネッタ。前に言っていたでしょうけど、あなたと一緒に私の護衛を務めてもらう半妖精のスヴェンです」
好奇心を満載にして、ぼくの周りをくるくると回るリコネッタ。「ほー……」とか「ふむふむ」という声が聞こえて、ぼくとしては少し不安。何をされるかわからないという意味で、だけど。
「キミが噂の動く魔力砲かぁー。ふむふむ。皇女サマを助けたり、色々やってるみたいだね」
……んんん?
「いや、あの……」
いかん、ツッコミのタイミングを逃した気がする! そしてこの目の前の娘はまずいぞ。ルクレーシャ皇女とのやりとりである程度はわかったぞ。キャラが濃い!
「はじめまして! 人呼んで美少女錬金術師リコネッタちゃんだよ!」
「スヴェンです、どうぞよろしく……」
握手を求めてくるあたりは普通の女の子なんだけど、目の前の瞳に星が見える。キラキラしすぎで思わず少し腰が引ける。
「はぁ……あなたって娘は」とルクレーシャ皇女が額に手を当ててため息をついていた。
彼女との出会いは大体こんな感じ。とにもかくにも、あのルクレーシャ皇女が気圧されるのだから、その濃さは頷けるだろう。
「んー。とりあえずはゴブリンとかその辺が見えるよ。正面にいるつよーいお兄さん達なら大丈夫だねぇ」
と、リコネッタ。彼女が手にしているのは、遠眼鏡。なんと自分で作ったらしいから驚きだ。
「錬金術師ってのは、アイテムを混ぜて新しいアイテムを作るのがお仕事なのだ! 初めて試す組み合わせなんて、ほとんど経験則からどうなるか予想する感じだから!」
やれやれ。テンションが高い。まぁいいんだけどさ。
「まぁ、生産職の人たちが作るアイテムやらドロップする素材やら組み合わせてより強くする簡単なお仕事だよん。作った組み合わせは自動記録されるから、それが救いだよね! 一応手書きでも作ってるんだけどね。あはは!」
エネルギッシュで活発な魅力ある女の子なんだけど、いかんせんテンションが天元突破している。ここまでテンションが高いのはハヤトでもそうないから、若干ついていけてない。
「それで、状況はどうですか? リコネッタ」
「急かさないでよ、皇女サマ。えーっとねぇ……どっかん、うぎゃー。ばっかん、ほぎゃー。って感じかな」
つまりどういうことだ、まるで意味がわからんぞ!
「ええと、我々が有利ということですか」
「そーだね。ほら、見てみてくださいよ、妖魔が吹っ飛んでるでしょ」
手渡された遠眼鏡をルクレーシャ皇女は覗き込む。「あら」と一言つぶやいて、ぼくに回してきた。
「どうどう? リコネッタちゃんのお手製遠眼鏡! よく見えるでしょ」
「うん、よく見える」
よく見えるなんてもんじゃない。超見える。ぼくが見ている風景は、鱗鎧の集団だ。スケイル兵団だろう。一指乱れぬ連携でゴブリンたちを寄せ付けていない。うーん、どちらかというと守勢に強いクランなんだろうか。ライディーンやピンキーガールズではなく、スケイル兵団が真ん中に配置された理由としては、それが一番しっくりくる。
「リコネッタ、すごいね。ぼくにはとても無理だよ」
「えっ……」
ぼくのその言葉にリコネッタは顔を赤く染めた。……なぜだ。
「いや、そんなマジ顔で褒められると、いや〜、照れるっす。Mr.火力は女たらしさんですね」
風評被害だ!
「あらあら。私も気をつけませんと、コマされてしまうかしら」
予想の斜め上からっ!
「ぼくは女たらしじゃない! というかMr.火力ってなんだ! 姫様も悪乗りしないでください!」
一気に突っ込んで、若干息が上がる。そんなぼくの抗議を涼しい顔で受け流して口笛を吹く姫様。
「えーっ。銀髪エルフちゃんでしょ、鼠耳のロリッ娘でしょ、お姫様でしょ、美少女錬金術師でしょ……ほら! やっぱり女タラシだ!」
「待て待て待て」
クリアミラはパーティ、ニコはお得意様、ルクレーシャ皇女は護衛対象、リコネッタは同僚でしょ、心理捻じ曲げすぎだから!
きゃいきゃいと騒ぐ2人の少女に突っ込むと大やけどは間違いない。遠眼鏡で見ている地点をずらしてみる。
燃えるような赤色の髪の毛がよく目立つ。ありゃライディーンだな。先頭の黒い鎧──ハヤトが剣を振り上げる。それなりに離れているこちらにまで轟音が聞こえ、ハヤトを囲んでいた妖魔どもが塵芥のように上空に弾け飛んでいく。
ぼくと一緒に戦っていたときはまだ全力出してなかったな、あいつ。
紫色の髪が上空に飛び、雷を落とす。残っていた大型の妖魔が黒こげだ。あれはラート氏だな。うん、以下同文。全力出してなかったね。
「さすが、ライディーンと言ったところですね。うんうん。全隊に告ぎます。ライディーンに続いて攻撃開始! 妖魔どもを押し戻しなさい!」
その様子を逐一口頭でルクレーシャ皇女に伝えていたら、そんな命令が彼女から飛ぶ。
「うーん、超いい感じ!」と、リコネッタ。彼女がぐっ、と両手を重ねてノビをする。うん、そっちに視線が向いたのは男のサガだ。
「やっぱり、女タラシ?」
じとっとした粘度の高い目がぼくを睨む。……正直すいませんでした。
背中に、ピリっとした感覚。ゲームとはいえ、妙に現実的なLoLは、こういう『嫌な予感』もしっかり働くのだ。
空を見上げると、豆粒のような──いや、みるみるうちに大きくなっていく。口であろう部分に光が収束して──!
「いきなりかよっ!」
とっさに左手を振り上げて防御魔法を展開する。
結界のように広げた障壁に光弾が何発も何発も着弾し、真っ白な大爆発を起こす。だが、魔法属性の攻撃でしかも遠距離攻撃なんだ、ぼくの後ろに通るわけがない。
「いきなり王手か? 芸がないな! だが、効いたよ」
『ウソツケ!』
爆風が晴れた先にいたのは、鷲の頭、人間の上半身、甲虫の羽、牛の下半身という、趣味の悪いごった混ぜの怪物だった。しかも喋りやがった。
「そらぁ!」
飛び上がり、空中で倒立反転しながら【スフィア・ゼロドライヴ】を足に展開。思いっきりオーバーヘッドキックを叩き込んだ。だが、両手を交差して、受け止めている。うわぁ、勘弁してくれよ。
『ウゥーン、キクネ』
「嘘言え!」
脚を振りぬく。
かなりの魔力をこめて蹴りぬいたからか、僕が思っていたよりもすごい勢いで、斜め下の地上へ吹き飛んでいく。
「やっぱり、空中からも来るんだね。 今のはベルゼブブの眷属じゃないかな」と、急に落ち着いた様子になったリコネッタがぼそりとつぶやいた。
「あれはリコネッタちゃんに任せておいてよ。ほかのをお願いね!」
いや、気のせいだった。
『ツヨイネ、ヒトノコ』
「あんたの羽はいい素材になるから、リコネッタちゃんがいただくわ!」
瓶や円筒を指に挟んで姿勢を低くするリコネッタは、しなやかな肉食獣を思わせた。
「キミにはボディーガードをお任せってね!」
──了解!
ここまでお読みいただきありがとうございます。次回の更新は未定です。それではまた次回54話でお目にかかりましょう。




