51話 We were alone/君とふたりきり
太陽は天上。風は微風。綿雲少し。ハイキングには最高の天気だ。真横にいるのが最高権力者──ルクレーシャ皇女であることが、その光景を現実感のないものにしているが、だがこれは仮想現実である。ありえないことでも実現できるのだ。
「簡単なものですが、食事を作ってきました。どうです? この風景とともに食べてみてはいかがですか?」
「ありがとうございます」
姫様に勧められるがままに食事を取る。タマゴサンドは丁寧に裏ごしされたタマゴの中にピリリとマスタードが効いていて、後を引く味。カツサンドはジューシィなカツとリンゴの甘酸っぱさがアクセントになったソースが空腹の胃にガツン、とくる。彼女手製の昼食は、すばらしいものだった。
「ごちそうさまでした」
ルクレーシャ皇女が自分の分も含めて、用意していた昼食をぼくはあっという間に平らげた。おかしいな、別にぼくは大食いってわけではないんだけども。
「いい食べっぷりですね。作った甲斐がありました」
そういってニコリ、と輝く太陽のように笑う姫様。ぼくは気恥ずかしくなって、頭をかいて視線を反らす。だがしかし、姫様はそれを許してくれなかった。こちらに猫のように近づいてくると、「どうしてそっちを向くのですか?」と無理やり視線を自分の方に向けさせようとする。
レジャーシートの上に四つんばいになってこちらの顔に右手を伸ばすものだから、胸元が緩くなっている。それで余計に視線を外すわけだが、それを指摘するわけにもいかない。
「ほら、こっちを向きなさい」
少しの呆れを含んだ声が、ぼくの耳朶を打つ。その優しい声音に思わず正面を向いた。どこか姉のような、そんな声だった。
「せっかく2人きりなのだから、面と向って話さないともったいないでしょう」
ぐらり、と自分が傾いたのがわかった。またこの人はそういうことを言う。わざとやっているのかと思って評判を調べてみたりしたけれど、どこにもそんなことは書いていない。これを全て計算でやっていたのだとしたら、玉藻の前もビックリだ。
色々な話をした。現実の話はもちろんしなかったけれど、このゲームのこと、イベントのこと、皇女がなぜ内政プレイヤーを選んだか──本人曰く、「たまには全然違うことをしてみたいからです」だったけれど──楽しい時間だった。自分の腹を覆う満腹感が薄れてきた頃、ルクレーシャ皇女は唐突に立ち上がった。
「そろそろいいかな。私が見せたい景色を──スヴェン、貴方にも見せましょう」
太陽に照らされ、微風で金糸が揺らめく。凛とした表情と真剣な目が、ひたすらに透明な光を湛えてぼくを見ていた。まるで天使の13軍団のようだ、と思う。一瞬を描いた芸術作品じみた造形が、余計にそう思わせたのだ。
ぼくの手を引いて歩き出す彼女に連れられるがままに、皇宮と町を見下ろす。
天から延びる光条が要塞と街を照らす。時折見える煌めきはガラスの反射だろうか。小さく人々が見え、生活をしている様子を伺わせた。──確かに、この風景だけ見ると、ただのゲームだからといってそうぽんぽんと捨てられるものではない。美しい風景だった。轟、としたから風が吹き上げ、彼女のドレスを揺らす。張り付くようにずれた彼女の衣装と、髪を押さえるその仕草に、ぼくは目を奪われた。
「どうですか? 綺麗でしょう、私の街は」
そういう彼女の声は誇らしげで、なおかつ無邪気であった。どちらかというとしっかりと地面を踏みしめた印象があっただけに、また違うイメージを抱く。
「ええ……」
彼女に返事をするぼくの声も、普段より高いものだった。どうやら、自分が思っているより高揚しているらしい。それはこの街の風景に対してなのか、目の前で両手を広げる皇女に惹かれているからなのか、それはわからないけれど。
「これが、私が見せたかった風景です。どうです、スヴェン?」
自慢げに笑う彼女は、やはり魅力的だった。こんなことは言えないけれど、町の風景よりよほどそっちのほうが印象深い。やれやれ、これは困ったものだと自分でも思う。目の前でこんなにも笑う顔を、崩したくない。ただただ、そう思っている自分がいる。
自分の考えに素直になろうと思う。──まだ迷っていたけれど、彼女の護衛としてできる限りのことはしよう──すごい単純な決意だな、しかし。でも、今はそれでいい。整備されたオリエンタルな光景と、遠景に竜が飛んでいるファンタジーな光景が混ざったこの空間は、えもいわれぬ不思議さを醸し出していたが、それよりも何よりも、目の前のお姫様が目立つことこの上ない。
「綺麗だと思います。……これが壊れるのは、もったいない」
それにしても、皇宮とそれを囲む城壁や街の巨大さはどうだ。運河を引き込み、河運を利用しているのはもちろんわかるが、それと一緒に幹線道路も整備している(ように見える)。一体全体、どうやってこんなことをしたのかわからん。とんでもない要塞だというのは、軍事に詳しくないぼくでもよくわかる。というか、ルクレーシャ皇女一体何者なんだ。そのあたりのことを質問してみると、彼女曰く、「ネットって便利ですね」とのことだった。……まったく要領を得ない。やはり彼女は少し天然が入っているようだ。
「イベントに向けて、軍の準備をしています。もちろん、メインはこれまで召集したプレイヤーだけれど、防衛線には国軍を加えます。西の王国より、軍隊の錬度が劣りますから、どうしても主力はあなた方プレイヤーになりますが、雑兵は防げます」
「ライディーンのハヤトやスケイル兵団の代表にも伝えていますが、指揮を取る上で私も前線に出ます。……スヴェン、あなたは私の護衛です。ご友人とは別行動になってしまいますが、──どうか、私をお守りください」
少し、芝居がかった様子で、古めかしい貴族のような仕草で頭を下げる佳人。わざとだろうけど、その仕草には気品が備わっていた。さすがは皇女殿下だけはある。
だから、ぼくも少し格好をつけることにした。
片膝をついて、右手を胸に。
「仰せのままに、殿下」
「ふふふっ……」
くすくすと幸せそうに小さく笑うルクレーシャ皇女。その様子が余りにも穏やかなものだから、ぼくも自然に笑い声が漏れてきてしまって、2人でしばらく笑っていた。2人きりで。ぼくら以外には誰もいなかったのに、妙に楽しくなってきてしまった。
「週末、イベントの開始です。この前来ていただいたあの部屋で。スヴェン、あなたを待っています」
ひとしきり笑った後、目じりの涙を拭きながら、ルクレーシャ皇女が僕にそう告げた。その透明な雰囲気に、少しだけ呑まれながら、笑顔で返事を返したと思う。
ここまでお読みいただきありがとうございます。次回の投稿は相変わらず未定でございます。気長にお待ちいただけると幸いです。それでは次回52話でお目にかかりましょう。




