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《Liberty of Life》  作者: 魚島大
4章 He only requires that you try/ただ、挑戦することだけを望んでいる。
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50話 Lucretia,Princess of the South/南の姫ルクレーシャ

 プレイヤーネーム、ルクレーシャ。誰が呼んだか南の姫。アグボンラオール皇国の実質的指導者。何かしら国家の運営に関わっている時は凛然としているが、そうでなければ普通の少女だ。その彼女がぼくの前にいる。


「それで、ぼくを呼んだ理由はなんですか、ルクレーシャ皇女」


 特に理由はないんだけど……と彼女が口を開く。両手を重ねて膝の上へ置いた姿勢で、薄緑のロングワンピースを着たルクレーシャ皇女は、こちらに顔を向けて穏やかに微笑んでいた。


「あなたに護衛を勤めてもらいますから、親睦を深めておこうと思ったのです」


 うふふ、と笑う。楽しげな表情。……悪くない。だが、この妙な居心地の悪さはなんだろう。


 悪魔退治から数日後。再びログインしたぼくの元にメッセージが届いた。ルクレーシャ皇女からの呼び出し。皇宮「トライオン」に呼び出されたぼくを待っていたのは譴責でも叱責でもなく、悪魔に悩まされていた人々からの感謝の言葉だった。ちょっとしたサプライズだ。目の前に悠然と微笑む彼女の仕業。NPCとはいえ、感謝の言葉を津波のように伝えられ、喜びの前に当惑が来たけれど。まさかぼくだけにやってるんじゃないだろうな、とルクレーシャ皇女に伝えると、「全員にやりました」と宣う。驚きだ。存外、強かだけではなく、茶目っ気もあるらしい。ああ、面の皮も厚いな。


「よろしいですか?」


 ノー、とはいえない。もちろん、言う気もなかった。魅力的な女性であることに変わりなく、ミステリアスなクリアミラで大分慣れてきたとはいえ、まだ美人の誘いからは弱い。当たり前だよなぁ!?


 さすがに外までは行かないと思う。この前あんな激戦繰り広げたんだから、その焼き直しは勘弁してほしい。


「うんうん、その失敗も最もですね。ご心配しなくて大丈夫です。外には出ませんから」


 見透かされたか? いや、どこかで聞いたような口癖、まぐれか。


「スヴェンには、この街を見てほしいのですよ。スケイル兵団の皆やライディーンにも見せましたが、あなたと──今日はいらっしゃらないですが、クリアミラさんにも」


「なぜ?」


 そこまでする必要はないだろう、と言外に含ませて。実際そうだ。同じゲームで、プレイヤーとして対等とはいえ、その立場は全く異なる。言ってしまえば、ルクレーシャ皇女は大勢に影響する立場であり、精々手の届く範囲ぐらいしか影響を与えられないぼくやほかのプレイヤー──ハヤトとかになるとまた少し違うかもしれないが──とは全く異なる。それが悪いと言っているんじゃない、ただ、わからないんだ。


「私は国に法を敷く立場です。……かっこよく言うとこうなります。メタ視点で言ってしまうなら、シュミレーションゲームのプレイヤーが私。アクションゲームのプレイヤーがあなた」


 情緒もなにもあったもんじゃない。


「ふふ、お許しくださいませね。同じゲームなのに、見る景色は全然違うのです」


「景色──?」


 ころころと笑う目の前の少女。春に咲く桜のようだ──などと、春の陽気に頭でもやられたようなセリフが浮かぶがすぐにシャボン玉のように消えていく。だが、心のどこかに、桜色のワンピースが似合いそうだ、という邪念が引っかかった。


「私が見ている景色をスヴェン、あなたに見せて。ついでに食事でもすれば、私の守りたいものをより深く理解してくれると思っているのです」


 ルクレーシャ皇女の言っている意味がわからず、怪訝な顔をするぼくに、彼女は、岩に沁みこむ水のように、ゆっくりと言葉を続けた。


「ゲームです。ゲームですが、余りにも現実(リアル)です。内政で人々の生活に影響するようなプレイヤーになったことは、確かに楽しいです。でも、ゲームだからといって邪道を敷いていい理由にはなりません」


「……ええ」


「重く考えているわけではないです。ただ、せっかく作った国を、街を、人々を。ゲームだからと根絶やしにはできません」


「人間の感情として、そう思うのです。皆に傅かれる皇女ではなく、1人のプレイヤー、ルクレーシャとして」


 語る彼女の姿に、ぼくはすっかり参ってしまった。何を言われるかと警戒していた心の砦は全面降伏だ。こんなこと言われたら無理無理。熱くならないわけがない。こりゃいけない。


「わかりました。ルクレーシャ皇女の見たい景色(ミライ)を見れるように。ぼくもできる限りのことはします」


「ありがとうございます。……うんうん、それでこそスヴェンです」


 しかし、この既視感だけは拭えないなぁ。不快なものじゃなくて、引っかかりというかね。違和感というか。一体全体、なんなんだろうか?


 にっこりと向日葵のように笑った皇女の姿にぼくのそんな内心の疑問はすっかり吹き飛ばされてしまうけれど。


 さて、皇女様が御手ずから食事をお作りになり、4頭立ての馬車を仕立てて、ぼくと彼女でそれに乗るそうだ。……なんかおかしくない?


「お気になさらず。皇宮に招かれるような方が粗相をなさるとは思いませぬ」


 いやいや、おいおい。


 護衛の姿勢じゃないだろ、それ。NPCとはいえさ。おかしくない?


 あんまりそこを考えていても仕方がないだろうということで、ぼくはもう考えないようにした。だってわからないから。


 さて、ぼく達の行く先はというと。


 裏山。皇宮の裏側には小高い丘がある。そこからなら要塞と化した皇宮も含め、街の全景が見下ろせるのだ。もちろん、そこはフィールドではないから安心していいらしい。まぁね、そんな裏山にモンスターが出るようだったらむしろ問題があるから、そこは心配していないけど。あんまりそういうことに詳しくないぼくでもわかるぞ。本拠地の裏側に敵出現、なんて洒落にならないからね。


 時間だ。


「お待たせしました。参りましょう」


 そう言ってこちらに手を差し出した彼女の手を取って、馬車に乗り込む。皇宮前から出発。時間はそれほどかからない。馬車のゆれもほとんどない。さすが内政プレイヤーの使う馬車だ、グレードが違う。


 城を一回りし、少し細い路地を馬車で入っていくと、石畳ではなく、土を踏み固めたような道路に変わっていく。あるところで、馬車が止まり、ドアが開いた。


「このまま道なりに進んでください。ルクレーシャ様をお願いしますぞ」


「了解」


 微笑む少女を連れて、野山の道へ。手は繋いでいないけど。


 周囲には花が爛漫と咲き乱れ、甘い匂いが漂っている。まさに春だ。五感全てでその訪れを訴えてくるような、そんな気がする。


「整備しているのは皇国の軍隊です。本来ならば、こういった仕事ばかりになると危険は無いですが、そういうわけにも参りませんね」


 そう言ってルクレーシャ皇女は苦笑する。そうなってしまっては軍隊の意味がないのでは、という疑問は心の中にしまっておく。


「どうですか? 綺麗でしょう?」


 美しい胸を張る。言葉が頭から消えた。花より彼女のほうが綺麗というのは、言うべきだろうか。それとも黙っておくべきだっただろうか。クリアミラにならば冗談めかして言えるが、目の前の佳人にはどうも言いにくい。うーん、なんだろう。


「ええ……」


 だが、花が綺麗なのは事実だ。言葉少なめに頷く。無口だと思われただろうか。


「警戒しているんですか?」


 少し彼女は勘違いしているようだったが、悪いほうに勘違いしているわけではないので、とりあえずそのままで。


「いえ、そういうわけではないんですよ。よくよく考えたら、あんまり観察なんかしてなかったな、と思いまして」


 そう、よくよく考えたら、周囲の観察はしたことがあるが、あれは必要に駆られてだ。敵が潜んでいる場所はどこかなど、そういった視点でしか周囲を見ていなかったかもしれない。


「ゆっくりしていきましょうか。せっかくの機会ですから」


 やわらかく微笑んだ彼女の周囲に、緩く風が舞う。舞い上がった髪と表情に、ぼくは今度こそ余計なことを考えることもなく、その美しさに、言葉を失った。


ここまでお読みいただきありがとうございました。次回の投稿は未定ですが、気長にお待ちください。それでは次回51話でお目にかかりましょう。

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