31話 Try one's luck/乗るか、反るか
遅くなりまして申しわけありません。
現実に戻ってきても、やることはゲームの中と同じで食事を取るだけである。他にも洗い物とか風呂の掃除とか、自分の部屋の掃除とかこまごましたことはあるが、それはさっさと済ませてしまうのがいいだろう。自分の部屋を掃除して、VR機器も乾いた布で磨く。手入れをしてやらなければ、細かい部分に埃がたまってしまう。頭につけるものだから、余計にそういったハウスダストも吸入しやすくなってしまうからこまめな掃除が必要だ。
ソフトチップが入っているか確認して、動作を試してから、ヘッドセットを装着する。万が一の事故は嫌だからな。口元に意味もなく笑いを浮かべてみたりもしてみたり。すぐに意識が漂うように引き寄せられ、目を開けたらそこは海辺の小さな町。実際のところはゲーム内のヴェネツィアだけれども、ね。
さてさて、思っていたより早く戻れたから、テトラパッカで合流という話はなしになりそうだ。クリアミラはまだこの街にいるのだろうか。ステータスからフレンド画面を選択する。ぼくの顔の前に空中に浮くようにホログラムが浮かび上がった。どれどれ……。お、彼女はゲーム内にいるようだ。しかも、この町に。「戻った」と簡単にフレンド通信を入れておく。
なぜ合流しないのかというと、彼女のいる場所が問題であった。何せ女性向けの服屋だ。そんなところにずけずけと入っていって、クリアミラに声をかけたら本人も、周りの人も迷惑になるであろうということは明白だからである。ぼくも白い目で見られたくはない。
彼女が出てくるまでにはもう少しかかりそうだ。ということで、ぼくは武器屋に入って、物理防御力を上げるアクセサリのようなものはないか探す。もともとの物理防御のステータスが低いから、少しでも底上げをしておかなければ後が辛い。というか、この後の戦いが辛い。物理攻撃力に関しては、どうせこの投げても戻ってくる短剣しか使わないのだから、あまり関係がない。というか、のばすのはほぼ諦めているよ。
しばらく店の中を物色したけれど、色よいアイテム、アクセサリは見つからなかった。ぼくはちょっと気落ちするけど、実際のところはそんなものなのだろうと思う。
『ごめんなさい、待たせたかしら』
おっと。クリアミラから通信だ。
『合流できそう?』
『ええ、あなたの場所は──ああ、あそこの武器屋か。私が行くほうが近いから、そこで待っていて』
その言葉と一緒にマップで示されていた彼女のマーカーが一瞬で消えると、店の前に出現した。いつもの風属性の超高速移動魔法だろう。
「さ、テトラパッカに戻るわよ」
「観光はしていかない?」
こんな風光明媚なところだから、女子には人気があると思うのだが、クリアミラとしては何か違うところがあるのだろうか。
「ええ、それより妖精さんをレベル20にすることが先決かしらね」
それって今回の仕事で手に入る経験値でレベル20になると思うんですがそれは。
まぁいいや。とりあえず彼女もそう言っていることだし、乗合馬車に乗ってテトラパッカに戻ることにしよう。
馬車の近くにも小さな運河が流れている。ちゃぱちゃぱと聞こえる水音が人を穏やかな気持ちにさせるようだ。太陽とともにカモメが高らかに鳴いている。風景だけ切り取ってみたら、まるで夏だ。実際のところは春に近づいた冬であるのだけれども。
最近、馬車に乗っていても襲われることはなかった。馬車に乗っていて起こる戦闘は、俗にいうランダムエンカウント扱いの戦いになるわけだけど、それが連続で起きないことを考えると逆に絶対近々起きるだろうと思うときってあるよね。長々と何を言いたいかというと、現在、ぼくとクリアミラが乗っている馬車は襲われている。ゴブリンに似た顔付き。しかしその体はもっと筋骨隆々な肉体をしている。ぼくは始めて見たモンスターだったけど、なんとなく予想はついた。
「──ホブゴブリン?」
「ビンゴ! さぁ降りるわよ!」
クリアミラが窓枠に手をかけて一気に飛び降りる。ぼくは飛び込むように窓枠から出て、地面に転がって着地。特に意味はない。
ゴブリンとは異なり、ホブゴブリンはかなり大柄だ。少なくとも、平均的な身長が170センチメートル程度だとすると、大体1.1倍ぐらいのサイズである。もちろん目算だから正確なものじゃない。もちろん彼らは身長を測らしてはくれないだろう。こちらを唸りながら睨んでいるからでもあるし、彼らの右手にはゴブリンのそれと比べると上等なロングソードが握られているからである。
「1人1体だ、大丈夫だろう!」
乗り合わせていたPCの1人がそう口を開いた。ホブゴブリンは5体、こちらも5人。ちょうどいい数だ。1−1で馬車を防衛するつもりだろう。万が一別のモンスターが襲ってきたらそれはまた別に対処するほかないけれど、まあ、これが一番いいはずだ。そういえば、ぼくがクリアミラとパーティを組んでからほとんどは彼女の援護のもとで戦っているような気がする。いや、そんなことはないか、どうだろうな。
いかん、考えに浸っている場合じゃない。意識を戻して正面を見る。やや猫背になった姿勢で長剣を構えるホブゴブリンが目の前に一歩で到達していた。まずい! ぼくが考えていたより瞬発力がある!
考えるより前に体が動いたといっていい。とっさに片膝を突いて身をかがめた。ぼくの頭上をホブゴブリンの振るった剣が通り過ぎていく。地面についた左手から【ショック・ウェイブ】を地面に流して、ホブゴブリンを吹き飛ばす。吹き飛んでくれるだけありがたい。あの大竜人は後退するだけだったからな。
距離が開いたら、こっちが有利だ。右手に出現させた魔法陣から、青い光球が飛んでいく。いつものスフィア・ブラスターだ。多分、習得してからは一番使用している率が高いのはこの魔法である。
しかし、ホブゴブリンは自分の体の前で剣を斜めに立ててぼくの魔法を防いだ。あれ、魔法って防げたっけ。一瞬呆けてしまったぼくの目の前にホブゴブリン。剣を袈裟懸けに斬って落とそうと、振りぬいてくる。
「くっ……!」
魔法陣を使用する魔法はタイムラグがない思考誘導式というものらしい。だから、攻撃が当たる直前で防御魔法が発動した右腕がそれを防いだ。しかし間髪いれずに下からぼくの腹に蹴りが入る。
「ぐぁっ!」
ぼくは物理攻撃に弱い。繰り返し考えてきたことだけど。
一瞬体が浮き上がったような気がして、ぼくは地面に転がる。
やばい。
体の奥のほうが痛いというか、なんというか。
ホブゴブリンはぼくの体をまたぐようにして、剣を大上段に構えて振り下ろしてくる。防御魔法を発動して両手を×印に交差して何とかそれを防ぐ。やつは邪悪そうな意思を見せる顔をぼくに近づけて、威嚇してくる。
「このっ!」
交差させた腕を素早く振り回して剣と圧力をなんとか弾く。まるでぼくを食べようとするかのごとく近づけていた顔を掴んで自分の体ごと回転させて地面に叩きつけてやった。地面を転がって距離をとり、ネックスプリングで跳ね起きる。
「ふー」とひとつ息を吐いて短剣を右手に構える。どうせ投げるだけだけども。
「ガァァ!」と怒りながら起き上がったホブゴブリンは、こちらに向って剣を振りかざして迫ってくる。その顔に向けてぼくは短剣を投げ打った。ホブゴブリンはそれを弾いてこちらへさらに接近しようとする。
──でも。
こっちのほうが早い。
【舞空術】の恩恵で、ぼくの方が移動力がある。
一歩目に左足を大きく踏み出す。
右足を左足と交差するように左へ踏み出して体をずらしながら、ぐっと踏み切って上空へ。左足を自分の腹につけるように飛ぶ。
あとは、体を空中で右に90度くらい回転させながら、振り上げた左手の魔法球をホブゴブリンに叩きつけるだけだ。
【スフィア・ゼロドライヴ】は白兵戦ができる魔法だ。魔法全体からすると、そのような種類の魔法は少ない。頭に魔法を浴びせられたホブゴブリンはしばらく頭を抱えるようにしてうめいている。残念なことにスタン状態にはできなかったか。
「さて……」
一撃こちらが与えたことで、僕にも余裕が出てきた。少なくとも、さっきのような油断はしない。この距離ならば──魔弾を使って近づかせなければいい。MPには余裕がありすぎるのだ。その代償に物理ステータスを犠牲にして。
両手を住のような形にして、指先を伸ばす。人差し指と中指、親指を残して後は握りこんで、相手に向ける。無属性魔法を使い始めてからはもうおなじみになった構えだった。クリアミラの使うような属性魔法ではないからこそ、できる戦法かもしれない。
魔法、発動。
ぼくの手から放たれる魔法は無慈悲なまでに相手に降り注ぎ、ホブゴブリンはこちらに近づけていない。基礎ダメージが低いのはやっぱりネックだけれど、これで終わりだ。
発動する魔法陣を変更。
左右に下ろした両腕を上にあげて、胸の前に集めた魔法エネルギーで通常のスフィア・ブラスターよりも大きな光球を作り出す。
ただのそれより威力が高い【ツインスフィア・ブラスター】ならば、シューターで削りに削られたホブゴブリンを倒せる。相手のHPゲージとこっちの魔法の威力でふわっと計算した結果だが……。
多段ヒットのノックバックのおかげか、まだ体勢を立て直していなかったホブゴブリンの胴体にビームのような音を立てて命中する。
ホブゴブリンはまるで支えを失った人形のように棒立ちになると、そのまま何も発せずに後ろに倒れていった。
「あれではもう動くことはない」と確信したぼくは、ホブゴブリンに背を向けて馬車へ戻る。特に活躍も見せずに戻ってきた魔法の短剣に、キラキラと光って消えていくホブゴブリンの体が映っていた。
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それでは、次回32話でお目にかかりましょう。




