3話 A loner/一匹狼
ヒロインはまだかって?すいません、まだです。
尊人──ゲーム内ではハヤト──に先導されるがままにレストランへ入る。
「ここもプレイヤーがやってるんだ。旨いぞ?」
「そんなことまでできるのか。ほんとに自由なんだね」
ぼくはびっくりして、店の中を見回す。一見ファミレスのように見えるんだけど、メニューが洋食屋のそれだ。
「あら?いらっしゃいませ」
店の奥から背の高い女の人が出てくる髪の色が現実ではほとんど見ない紫だったことでぼくは改めてVRの中にいるんだと実感した。無理やり染めた人工的な色ではなく、自然な紫色の髪をした女性だった。
「ハヤト君じゃない。どうしてまた始まりの街になんてきてるのよ」
女性がハヤトにジト眼を向ける。……またなにかしたな、こいつ。
「いや、その、リア友がLOL始めたから……」
ハヤトは微妙に視線をそらして僕のほうにチラチラ視線を向けながら、おぼつかない調子で女性に答える……仕方がないなあ。
「スヴェンといいます。ぼくとハヤトは長い付き合いなんで、誘われてしまって」
「目は口ほどにものを言う」などとことわざでいわれているが、それをよく実感したよ。ハヤトが良くぼくにアイコンタクトで助けを求めてくるのはよくあることとはいえ、まさかVR世界でも同じことをしてくるとは思っていなかった。どうやら女性関係に彼が振り回されるのはどこも同じことらしい。
「ハヤトとは違って随分とかわいらしいわね? どうかしら、ハヤト?」
あ、役者が向こうのほうが上だ。これは多少のごまかしはききそうにない。
「え、あ。その。スヴェン男だから……」
たじたじである。どうやらリアルでも年上の大人の女性らしい。
「まあいいわ。あなたにも悪い気持ちはなかったんでしょうし。何か注文したら許してあげる」
今のハヤトを一言で説明するのならば、「とほほ……」が正しいだろう。しょぼくれすぎである。……追い討ちをかけてやろう。
「ハヤト。おごってね?」
「う……」という表情をして、さらにハヤトは崩れ落ちた。……ある意味自業自得といわれればそれまでである。まあそこまで高くないだろう。始まりの街であるワックタウンに構えているのだから。
まあ、リアルでもかなり振り回されているから、よく食事を奢ってもらっているのだ。もちろん悪い気はしているから、彼の手助けも良くしている。例えばテスト勉強など彼が苦手な分野を、重点的に。
そんなことを考えながら、カウンター席に座ってメニューを見る。
「カツカレーください」
「注文早いな、おい!」
ハヤトならぼくの好物であるカレーを頼むということぐらい分かっただろうに。今更何を言っているんだ。
「俺はボロネーゼでお願いします」
焦ったようにメニューを流し見て、パスタをハヤトは頼む。
「はい、任されました」
女性が奥に引っ込むとハヤトはウィンドウを開き、掲示板を開く。情報交換やらアイテムドロップ情報などを掲示板に書き込んでいくようなもので、2から始まるあの巨大掲示板にそっくりだ。
「ここだ。半妖精のメリットとデメリットが書いてある」
なになに?
『メリット:高い魔力、精神により、強力な魔法を使用できる。レアドロップを引き当てやすい。成長すれば、空を飛ぶことが可能。
デメリット:体力と防御力、筋力が低い。オーバーモンスターを引き寄せやすい』
「つまり分かりやすくいってしまうと、魔法は得意だけど、物理はからっきし」
なるほど。それは別に種族の調整の結果だろうからハズレではないだろうに。
「まあそうだな。お前の言うとおりだ」
「で?このオーバーモンスターというのは?」
見慣れない単語だ。言葉の感じからするとあんまり良くない気がするから、あまりいい予感はしないのだけど。
「これがハズレといわれる大きな原因だ。平たく言うなら自分のレベル以上のモンスターと遭遇しやすいってことだな。安全マージン以上の。これのせいでパーティやクランには嫌われてはじかれる」
本当かよ。うげ。
「確かにそれはハズレだね。でもなんとかなるんじゃない?」
だが、ハヤトの表情は変わらない。ぼくの言葉を聞いてもしかめっ面のままだ。
「半妖精は飛べるまでは移動速度が遅い」
な、なんだと……。
「救われているのは調整のおかげで産廃まではいっていないところだな。ただ、大変だぞ」
そういってこちらを向くハヤトの眼はいつになく真剣な光をたたえていた。いや、ゲームでそこまでマジ顔になられても困る。君は真剣になるところを真剣に間違えているんではなかろうか、とツッコミをいれたかったが、よくよく考えてみれば、昔から同じようなツッコミをいれていた気がする。
「ま、ソロプレイになるってことでしょ」
ぼくがそういうとまたハヤトは表情をかえた。
「せっかくのMMOなのにな。おまえはそれでもいいのか?」
随分と不満そうな顔じゃないか。ハヤト。君は相変わらず心配性すぎる。
「よければ俺のクランに入るか?」
「君とぼくのレベル差を考えなよ、ハヤト。他の人にも迷惑になるだろ?」
クランというのはギルドのようなもので、プレイヤーの集団である。国家に雇われてクエストを行ったりする。その場合、他ルート選択のプレイヤーとは特別なイベントがない限りは接触できない代わりに、多人数でなければ受けられないクエストなどもあるから、入っていたらそれなりの特典もある。ハヤトはプログラムソフトは第一陣のものを購入していたはず……あれ、第二陣の先行発売だっけ?とにかくどっちか忘れたけど、購入してからのプレイ時間が買ってすぐのぼくより相当長い。それだけ彼とぼくとの間にはレベル差があるのにそこのクランに入ったって迷惑になるだけである。
ソロプレイだと逆にソロプレイ限定クエストができたり、内政ルートを選択したり、生産ルートを選択した人などと交流がしやすくなるなど、ソロプレイにはソロプレイの利点もある。それはうまく調整されていて、差異が出ないようになっているらしい。ハヤトの真似をして掲示板にアクセスして確認することができた。
「覚えるの早いな、さすがだ」
「それほどでも」
「おまたせ」
お、きたきた。
「お前はいつもカレーだな」
まったく、カレーこそは日本海軍発祥の日本国民のソウルフードといっても過言ではない。喧嘩をしていてもカレーを一緒に食べれば仲直りできる。カレーこそ神のつくりたもうた万能の食料なんだぞ。
「はいはい。それでどうするんだ? ソロか」
一匹狼のレア種族ってかっこいい気がするからそれで。それに自分のペースで世界を回ってみるよ。
「そうか」
「うん」と受け答えをしてカツカレーを食べることに集中する。
「スキルの説明は?」
「それくらい自分でできるよ」
「……そうか」
また目に見えてテンションが下がったな。そんなに説明したかったのか。……だが断る。
「ま、それくらいは自分でやる。いつまでもハヤトにおんぶにだっこじゃいかんでしょ」
しばらくは喋りもせずに、二人とも食事に集中していた。ほぼ同じタイミングで食べ終わり、女性に礼を言って、皿を片付け店を出る。
「それじゃがんばれよ」
「ああ」
そう言ってハヤトと別れ、ぼくは冒険者ギルドへ向かう。とりあえず冒険者にならないと何も始まらないからである。今のぼくの立場は旅人Aだから、とりあえず身分保障ついでに手に職を得るために冒険者になってからスキルの検証を始めよう。
冒険者ギルドの扉を叩いて、ドアを開ける。入ってきたぼくに対していっせいに視線が集中する。でもほとんどの人が視線をすぐにはずした。辺りを見回して新規登録の窓口を探す。
奥まったところにぽつんと「新規登録」と札がかけられた淋しい窓口があった。第二陣発売したからもっと混んでいると思ったのだけども、どうやらそれは違うようだ。
「すいません、新規登録をしたいんですけれども」
窓口の若い男性に声をかける。NPCは常にアイコンが頭の上についているから見分けられる。このひとはどうやらNPCのようだ。
「身分証をご提示なさってから、そこの魔法陣に手を置いてください」
身分証を職員に渡し、いわれたとおりの行動をすると、魔法陣が青く光って、窓口内のカードのようなところに記入されていく。
「珍しい種族の方が来ましたね。……失礼しました。犯罪歴もなし、問題はありません。スヴェンさんはFランクからの開始となります。どうぞ栄達なされますよう、お祈り申し上げます」
ぼくのデータが記録されたカードを職員から渡され、それだけで登録は完了した。……何もなさ過ぎて拍子抜けしてしまったけど、とりあえず依頼の貼り紙を見に行く。様々な貼り紙があるが、Fランクができる仕事というのは極々簡単なものか雑用に毛が生えた程度のものだ。注意書きを読むと、Eランクからは依頼書に記入してから窓口に出すそうだが、ぼくは成り立て出常時依頼状態で依頼書すら要らないFランクの仕事しか請けられない状態である。
ぼくがそのなかから選んだのは薬草取りの依頼である。一口20本。200コルバ──コルバというのがLOLでの通貨単位のようだ。
まあ、のんびり気長にやりますか……。
ここまでお読みいただきありがとうございました。感想、お待ちしています。